星灯り、花灯り

キャラクターノベル制作 白葉うづき納品 2025年01月28日 11時25分12秒

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 白いシーツがはためいていた。冷たさの混じる風に吹かれながら、洗濯籠を傍に置いた女性がもう一つシーツをロープに干していく。柔らかい草色のエプロンを着て、長い桃色の髪を左右に編み込み、凛とした琥珀色を瞳に持つ女性が、体より大きなシーツと格闘していると。シーツの下側に小さな顔が押し付けられ、そこにおばけみたいな顔が現れた。

「ばーっ! おどろいた?」
「ふふ、驚いたわ。マイクは元気いっぱいね」

 小さな男の子が悪戯っぽく楽しそうに笑う。それから女性のエプロンを引っ張った。

「フィオ、はやくあっちであそぼ!」
「あなたが手伝ってくれたら、すぐ遊びに行けそうよ」
「じゃあてつだう!」
「あ、マイク! お掃除さぼってフィオ先生のお手伝いしてるのずるい!」
「レナだってカインいんちょーのおてつだいしてるじゃん!」
「あたしはいつもだもん!」
「おーい」

 少女が少年とわあわあ話していると声がかかった。雪が薄く積もる花壇の向こう。畑を耕す、畑仕事の格好をした背の高い男性が、土で汚れた手袋で手招いている。

「早くやっちまわないと、遊ぶ前に日が暮れるぞ」
「「はーい!」」

 カイン・ステラが孤児院を任されるようになってから、早数年が経過していた。子どもたちに院長、あるいはカインと呼ばれながら孤児院の運営に尽力し、年を重ね、カインも今年でもう23になる。朝早く行う孤児院の仕事も、寝かしつけの後で子どもたちについて話すことも、すっかり習慣になった。

「お疲れ様です、カインさん。お茶が入っていますよ」
「ありがとうフィオ。今日はどうだった?」

 いつもの場所に座ると、フィオもカインの正面に座り、今日の子どもたちや、孤児院についてのことを話し出す。何かを話した訳ではないが、特に冬は毎日のように、夜は二人で話していた。
 フィオは、カインの孤児院に常駐するお手伝いさんだ。エルフである彼女も、14から4年も月日が流れれば、少女ではなく大人の女性に姿を変えていた。初めは、王国近辺でガーデニングの仕事を行いながらカインの孤児院を手伝っていたが、少しずつ頻度を増やし、院の支援をしている商会とも契約をして、今ではカインと一緒に先生として子どもたちの世話をしている。他に手伝ってくれるスタッフともすぐに仲良くなって、やがて院の中に彼女が過ごす部屋もできた。毎日彼女と顔を合わせるようになった。

 カインは彼女に恋をしていた。
 いつの間にかそうだと気付いて、一緒に過ごす内、その時以上に彼女に惹かれていた。
 けれどそれを、彼女に伝えようとは思わなかった。
(きっとこのままが、一番穏やかでいられる)
 カインは家族を喪い、その傷は今も確かに残っている。もし彼女がいなくなってしまうようなことがあれば、今度こそその傷はカインを粉々にしてしまうかもしれない。そして、彼女にも二度と喪失を味わわせたくなかった。けれど人間(ヒューマン)とエルフという違いが、どうしても未来を決定づけてしまう。そもそも、彼女もカインと同じ気持ちかどうかもわからない。怖がらせたくも、嫌われたくも、ない。
(この理由が一番強いかもな)
 今の幸せが、すでに心地良いのだ。だからこのままでいい。幸せそうに子どもたちのことを話すフィオを見ながら、カインは温かなお茶を一口飲んだ。

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「いんちょー、まだー?」
「待てって、……確かここにしまったと思ったんだけどな」
「まえの年に、こわれちゃったって捨てたんじゃなかった?」
「あ、そうだった。エラルドはよく覚えてるな」
「へへん」

 寒さの募る冬から、季節が移り替わりつつある今日。本格的に畑と花畑の準備をしよう、と子どもたちに汚れてもいい衣服や道具を配っていた最中、シャベルの数が足りないことに気付く。いつかの訪問時に商人が持ってきたことを思い出し、カインは屋根裏部屋へ続く梯子を下ろした。元々孤児院に備わっていた部屋だが、特に使い道はなかったため備品や備蓄物の保管室にさせてもらっていた。
 何段か登った途端。ばき、と。嫌な音が聞こえた。
(そういえば、前も嫌な音したっけか)
 以前、直そうと思ってそのままだったかと他人事のように思い出す。自分の体が後ろに傾ぐ。床が近づいてくる。

「カインさん!」

 ――思ったような衝撃は襲ってこなかった。受け身を取れたのかと思ったがどうも違うらしい。硬い床の代わりに温かな体温を感じる。心地よい花の香りが、強く香る。

「わ!?」
「きゃっ」

 慌てて体を起こすと、座り込んだフィオがそこにいた。カインと目が合った途端に、驚いた顔は眉を下げる。

「お怪我はないですか? 梯子、新しくしないといけないですね」
「ああ……驚かせて悪ぃ。フィオも、怪我無さそうか。えっと。ありがとう」
「いいえ、カインさんがご無事でよかった」
「いんちょー! まだー?」
「ああ、今行く!」

 カインを呼ぶ声が聞こえ、そのまま子どもたちの元へと向かっていった。

「カインさん、今日もお疲れ様でした。畑はどうでしたか?」
「ああ、しっかり準備できたよ。子どもたちも泥だらけになって耕してくれた。しかも何植えたいかだけじゃなくて、収穫した後も考えてたりしてさ」
「頼もしいですね。今度やる花畑のことも考えててくれてるんですよ。ブルーベリーの木も育ってきたから、次の春は収穫できるかもしれません」
「お、ならブルーベリーを使ったレシピを考えておくか」
「楽しみです! カインさんのブルーベリータルトもまた食べたいです。私が作るものよりとっても美味しくて……子どもたちにもとっても評判でしたから」
「おう、任せとけ。でもフィオのも俺は好きだからな」
「ふふ、ありがとうございます。そろそろ休みましょうか」
「そうだな。おやすみ」
「おやすみなさい」

 フィオと別れて自室に入る。灯りを付けようとして……そのまま閉じた扉に寄り掛かった。
(――バレて、ねぇよな?)
 昼間の一件が脳裏をかすめる。頬を確かめるよう触れれば、思った通り熱を持っていた。考えないようにずっと頭の隅に追いやっていたが、限界だったらしい。あの時は、きっと彼女が自分を抱きしめるように受け止めてくれた。不意打ちのように接近したことで、いつもは上手く隠せていた欠片が咄嗟に漏れ出てしまった。
 これまで接触がなかった訳ではない。同じものを取ろうとして手が触れたり、子どもたちと遊んだ後に埃や汚れを取ってあげたりすることも多かった。けれど今回は訳が違う。出来るだけ触れないようにと気を付けていた分、激しい反動が来たのかもしれない。
(初々しすぎんだろ)
 そうは思っても、頬の熱も胸の音もしばらくは鎮まりそうにない。冷たい息を大きく吸い込み、いい加減静かになれ、と自分の頬を叩いた。

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 穏やかな気候が続いている。畑や花畑にはつい最近種を植えた。数日もすれば芽が出てくるだろう、と水をやりながらカインは考える。孤児院での生活も変わりはない。それはすなわち、カインとフィオとの関係も特に変わってはいなかった。

「カインさん、こちらにいたんですね」
「フィオ? どうした」

 朝早くから、急いだようにフィオがやってくる。話を聞いたカインはすぐに院へと戻っていった。
 そこには、顔見知りの男女が二人いた。縁があれば引き取り手になりたい。そう願って時折孤児院に訪れていた夫婦だ。人柄や経済状況については申し分ないと、ずいぶん前にフィオと話してある。その夫婦の側に、一人の少年――マイクがいた。
 そこからはとんとん拍子に話が進んでいった。お別れ会も程なくして開かれた。子どもたちは寂しくて泣いたり、よかったねと笑ったりして、マイクとの別れをそれぞれ惜しんでいた。ただ一人、マイクと一番仲の良かったレナだけが、ずっと黙ったままだった。そんな彼女に、フィオがずっと寄り添っていた。

 いつものようにお茶――カインが調合したコーディアルをフィオが淹れる。コーディアルの種類はあれからずいぶんと増え、特にフィオは花がブレンドされたものを気に入っていた。柔らかくて甘い、深い香りがする。

「寂しくなりますね。マイクは特に、賑やかな子だったから」
「ああ、泣いてる子が多かったな。マイクも泣きたかったろうに……他の子を気遣ってな」
「あの子は、他の子が心配するからって、自分が泣いたり悲しんだりするところを見せようとしないんです。すごく優しくて強いけれど、いつか閉じ込めていた想いが何かをきっかけに爆発しないか、心配な子です」
「そうか……ありのままを見せられたり、甘えられたりできる人になってくれたらいいな」
「でも、実は心配していません。レナがいます」
「レナ?」

 そういえば、彼女はちゃんとマイクと最後に話ができたのだろうか。カイン自体は他の子を見ることで精いっぱいで、フィオに任せていた。

「お別れする前にちょっとだけ二人きりで話せたんです。私は廊下で待っていたら、二人の泣き声が聞こえてきて……きっと、心行くまで話が出来たんだと思います。レナもマイクも、晴れ晴れとした顔をしていましたから」
「そうか。よかった」
「はい、本当に。それに……なんだか、カインさんを思い出しました」

 そう言われたカインは、思わずフィオを見る。フィオは言葉選びに悩むよう、カップに指を添えた。

「考え方とか、優しくて強いところとか、自分より他の人を優先することとか……一人で頑張ってしまうところとか」
「俺はフィオに支えられてるし、助けられてるよ」
「もっと近いところでは、駄目ですか」

 カップをなぞっていた指先が、カインの手に伸ばされる。そのまま手を取って両手で握った。それはまるで、大切なものに触れるかのように恭しく、慈しむかのように優しく。

「ふぃ、フィオ?」
「私はカインさんが好きです」

 そう言ってフィオは微笑んだ。いつもの、花咲く笑顔とは少し違う顔で。
 ――今のは、なんだ。子どもたちに言うようなニュアンスではないことはカインにも分かった。それなら。
 固まるカインを見ながらフィオは可愛らしく笑い、おやすみの言葉を告げて自室へと戻って行く。カインはしばらく、その場から動けなかった。

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「院長せんせー、なんだか元気にない?」
「わたしのすきなごはん、わけてあげる!」
「僕、フィオせんせーとお話するとげんきでるよ。呼んでくる……え、いいの?」
 翌日。眠ることのできなかったカインは目の下にうっすら隈を作っていた。子どもたちが気付いて心配されたり何度も尋ねられたりしたが、どうにか乗り切ることが出来たように思う。フィオの方はあまり見られなかった。いつも通りだったかもしれないし、そうではないかもしれなかった。

「今日もお疲れ様でした、カインさん」
「おう」

 子どもたちが寝静まった夜。いつものようにフィオが今日のことを話し出す。カインは出してもらったお茶を飲みながら、静かに聞いていた。そういえば今日はいつものコーディアル(自分が作ったもの)ではない。
(昨日の今日だから、ってこともないだろうが)
 少し胸には引っかかったが、彼女には伝えないといけないことがあった。話の切れ目に、カインは口を開く。

「フィオ、話がある。昨日のこと――」
「カインさん」

 遮られた後、すぐに続く。

「そのお話を、聞きたいところがあるんです」

 フィオがカインを連れてきたのは、花壇と畑のある院の裏。世話のために毎日来ているので、見なくても今がどんな状態か説明できるほどだ。けれど、歩き慣れた道のりを進んでいくと――見慣れない風景がそこにあった。
 ずいぶんと明るい夜だと思った。月が出て、空には星も光っていて、それから花壇も、ぼんやりと光っていた。ぽつ、ぽつと間を開けて規則正しく、淡い光を携えて。

「このお花の種は特別なんです。光を蓄える性質があって、夜になるとこうして光ってくれるんです。照らしてくれるほどではないので、灯りの代わりにはなりませんが……種の状態で光っているのも綺麗ですよね。花が咲いても花びらが光るので、子どもたちと見に来ましょう。こうやって種から見せるのもいいと思います。でも、今日だけは、二人占めしちゃいましょう」

 フィオはその淡い光で出来た道を歩き、それからカインに振り向いた。

「名前はステラフィオレ。星灯りのお花です」

 ――気付いた時、カインはフィオの傍に立っていた。幾分も背が低い彼女が、カインのことを見上げた。

「フィオ。俺も好きだ。ずっと前から、好きだった」

 ひとつ口に出せば、あふれるように伝えたい言葉が流れ出てきた。

「フィオとの時間が好きだ。一緒にいるといつの間にか楽しい気分になったり、気付けばフィオのことを考えたりしてた。優しいとことか、可愛いとことかもたくさんあるし。料理も上手いし、畑や花壇のことも助かってるし、朝、おはようって言ってくれるとか、おやすみって言ってくれるのも好きだ。他にも、」

 その後は続かなかった。俯いたフィオが、またカインの手を取っていた。

「あの、えっと……」
「あ……悪い、いきなり……なにか困ること、言ったか」
「違うんです、その、……想像していたよりも、ずっとずっと、……嬉しくて」
「……泣いてるか?」
「……あんまり、見せたくない顔になってると、思います」
「……見せたくねぇなら、見せなくていい、けど」
「見たい、ですか」
「うん」

 顔を上げたフィオは真っ赤になって、涙を流していた。快活で清楚な雰囲気をもつ彼女が、昔の、出会った頃のように幼く見えた。白い指がカインの頬を撫でる。

「カインさんも、泣いてます」
「え……? あ、ほんとだ」
「笑ってください。私も笑います。こんなに嬉しいから」
「ああ。……俺も嬉しい。嬉しい、フィオ」
「ずっと傍にいてください。私はいなくなりませんから。きっと、今日みたいに悲しいことも寂しいことも、たくさんあります。でもカインさんとなら大丈夫だって思うんです。でも私、ずっと生きてくから、たくさん楽しい思い出をください」
「ああ」

 泣きながら笑っていたカインも、彼女の頬に触れて涙を拭ってやる。そうして、力強く頷いた。二人の時間は永遠なようで異なる。でもきっとそれは、二人とも承知の上で手を取り合った。

「ひとつだけ、今、お願いがあるんです」
「なんだ?」
「私の、名前を呼んでください。……本当の名前。孤児院にいた時、皆が私の名前を呼びづらくて、そこからずっとフィオって呼ばれてるんです。本当の名前は、フィオレラ」
「……フィオレラ」
「はい、カインさん」
「俺からも頼む。ずっと傍にいてくれ、フィオレラ」
「はい!」

 星灯りの中、二人は手を繋ぎ直す。そうしてどちらからともなく身を寄せ合った。風が吹き始めても、二人でいれば不思議と寒さは感じなかった。手を絡め合いながら、一緒に星を見上げる。なんてことはない話をしては、二人で顔を見合わせて笑い合う。そんな時間が、愛おしかった。

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