別たれた道
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月29日 16時53分39秒
うっすらと雪の積もった庭に、初めての足跡を落とす。冬だというのに手入れの行き届いた庭は、どこか異世界にでも迷い込んだかのような雰囲気を感じさせた。
ロサード・シュナイダーは、おかかえ庭師自慢の庭を雪音を感じながら歩いている。
子供の頃にはここで妹と一緒にどちらが沢山足跡を付けられるか競ったものだ。
――もちろん、全敗だった。
自嘲気味に笑うロサードは白く煙る息で手を温めながら、庭を外れ林へと向かう。
シュナイダー伯爵家の嫡子が実家へと帰ってきているというのに、お供は誰もいない。この家で自分はいても居なくてもいい存在。使用人達からはもちろん、家族からも忘れられる人間だった。
――もう慣れた。
悲しくないわけではない。伯爵家の人間としてではなく、人として誰からも見向きをされないのは単純に寂しいし悲しい。見向きをされる努力をしているかと言われると、素直に首を縦に振れない自分も悪いとは思うのだが、それでも、せめて、家人くらいには……。
――さっき慣れたと思ったところなのに。
生まれてこなければよかったのに。などと酷いことを言われ虐げられたわけではない。ただ単純に興味を持ってもらえない。
『好きの反対は嫌いではなく、無関心』
私は、この家の誰からも好いてもらえない。自業自得だという事はわかっている。自分が可憐な妹に勝手に引け目を感じ、陰に隠れる様に過ごしていたから。だから、次第に忘れられた。
――駄目だ駄目だ。こんな考えをこの道で思っては。
ロサードは頭に浮かんだ仄暗い感情を振り払うと、雪に隠されてしまった道を記憶を頼りに進む。
「着いた」
そこは林の中の切り取られた空間。陽の光が差し込み、神々しく白亜の石柱を照らし出していた。
「お久しぶりです、おじい様」
ロサードは飾り気の殆どない石柱の前に屈みこむと、台座に取り付けられていたプレートに黙礼する。
ここに眠るのはロサードの祖父。名をボルファシオ・フォン・シュナイダーという。
このシュナイダー領に善政を敷き領民の誰からも愛され、王国でもその名を轟かせた名領主。
10年前に他界するまで、ロサードのよき理解者であり、家人の中で唯一ロサードを愛してくれた人物でもあった。
ロサードは脳裏に優しかった祖父の笑顔を思い浮かべ口元を緩める。
「学園ではシュナイダーの名を出すと誰もが一目置いてくれます。これもおじい様のおかげですね」
墓石に刻まれる祖父の名に話しかける。
「自分では何もしていないのに誇り高く思ってしまうのは、私の中におじい様と同じ血が流れているからでしょうか」
ロサードは右手で胸を押さえ瞳を閉じる。とくんとくんと耳を打つ自分の鼓動が誇らしくも思えた。
「冒険者になってしばらく経ちました。ギルドに持ち込まれる依頼を幾つも解決に導きましたよ。どうでしょうか、もう一人前と名乗れますか?」
白亜の石柱を見上げながら問いかける。家でくすぶっていた自分が外に出て、少しずつではあるが変わっていると報告しながら。
「……おじい様、空で見ていてください」
ロサードは立ち上がると、祖父の前で凛とした佇まいを見せる。ずっと癖だった猫背は冒険者になって治した。もう下は向かない。その決意を祖父に示す様に。
「行ってきます。おじい様」
踵を返したロサードは、二度と振り返ることなく祖父の墓を後にした。
●
ロサードは自邸の廊下を歩く。すれ違う使用人達からは「誰?」と怪訝な表情を向けられた後、「お嬢様、お帰りなさいませ」と挨拶が飛んでくる。新人もベテランも関係なく誰もが同じ反応を示すから、ロサードは呆れを通り越して楽しくなってきた。
――もう、わざとやってるのかと思ってしまうな。おとう様も同じ反応を示すのだろうか。
今日、屋敷を訪れたのは父に会う為。学業の成績報告と冒険者としての業績報告が目的だった。
――聞いても興味はないだろうけど、パトロンだから無下にもできない。
ロサードが心の中で苦笑しながら、歩いていると――。
「あら、誰かと思ったらお姉さまじゃない。絨毯に同化していて気づかなかったわ」
突然かけられた、鈴が鳴る様な可憐な声に振り向いた。
見れば、自宅だというのにそのまま社交界にでも出席できそうな煌びやかなドレスを纏い、美しい顔に紅を刺し、髪を結いあげた絶世の美女が佇んでいる。
お供の使用人を5人も連れ、廊下を行く他人を見下す様に顎を上げる美女。
名をエグランティーナ・フォン・シュナイダーという。
ロサードとは違い、貴族を表すミドルネームを名に刻むシュナイダー家の次女である。
「あの、退いてくださらない? 私が通れないのですけど」
貴族らしい高慢な物言い。自分が避けるなんて言う考えは1mmもないらしい。自分が常に最上位で、自身の中から溢れ出る魅力を一片も疑わず、他者を貶めるのを快楽に感じる、根っからの貴族の考え方。
「なぜお姉さまがこの屋敷に居るのです? 宝石の原石――いえ、すでに宝石である私と、ただの石ころな貴女では、住む世界が違うと、そろそろ気づいて欲しいですわね」
ロサードが道を開けるように廊下の端によると、エグランティーナが扇子で口元を隠しながら当然と言った様に笑った。
「……そうだ。エティとは違う」
「え……」
まさか姉から言葉が帰ってくるとは思っていなかったのか、エグランティーナは思わず立ち止った。
「私は私だ。他の誰でもない」
「な、何を言っているのかしら、この人は」
幼い時の呼び名で呼ばれ動揺するエグランティーナを真っ直ぐに見つめロサードは気持ちを奮い立たせた。
「煌びやかで豪華な場所。世間から隔離され閉じられた檻。囚人同士で権勢を競う小さな世界。エティ、君にはとてもお似合いだ」
「ふ、ふんっ! なにを言うかと思えば。それは選ばれた者だけが享受できる特権よ! 貴女のような負け犬が、いくら望んだ所で踏み込める世界じゃないわ。野良犬は野良犬らしく、お外でお腹を空かせ泣いていればいいのよ! バカバカしい!」
――そうだろう。この程度の嫌味で心折れる妹君じゃない。
だから、すれ違い様に言ってやった。
「外の世界には――冒険者にはエルフのイケメンも多い。毎日たくさんの事を学ばせてもらっている。野趣あふれる殿方もいれば、幼い蕾の様に可憐な方もいる。毎日が出会いだ。おかげでとても楽しいよ」
背後で妹が振り返る気配がする。
だからなおさら背筋を伸ばし、自信に満ち溢れた風に歩こう。
マントを翻し、歩幅を取って。
存分に見るといい。今まで視線の端にも入れる意味を見いだせなかった姉の背が、どれだけ大きくなったかを。
ロサードは背にあからさまに敵意のこもった妹の視線を感じながら、薄く微笑む。
もう道は違えた。エティ、君の進む道と私の進む道は決して交わらないだろう。その先で何が待つのかはわからないが、それだけは確信できる。
だけど、それでいい。君には私が不要で。私には君が不要だ。
だから存分に輝けばいい、君を認めてくれる世界で。君を欲してくれる世界で。
私は私の世界を生きる。絶望と歓喜が表裏一体の世界を。努力すれば報われる世界を。
世界は広いよ、エグランティーナ。
だから、さようなら。可愛い可愛い私の妹。どうか、幸せに――。
ロサードはどこか晴れ晴れした表情を浮かべ、父の待つ部屋へ歩みを進めたのだった――。
ロサード・シュナイダーは、おかかえ庭師自慢の庭を雪音を感じながら歩いている。
子供の頃にはここで妹と一緒にどちらが沢山足跡を付けられるか競ったものだ。
――もちろん、全敗だった。
自嘲気味に笑うロサードは白く煙る息で手を温めながら、庭を外れ林へと向かう。
シュナイダー伯爵家の嫡子が実家へと帰ってきているというのに、お供は誰もいない。この家で自分はいても居なくてもいい存在。使用人達からはもちろん、家族からも忘れられる人間だった。
――もう慣れた。
悲しくないわけではない。伯爵家の人間としてではなく、人として誰からも見向きをされないのは単純に寂しいし悲しい。見向きをされる努力をしているかと言われると、素直に首を縦に振れない自分も悪いとは思うのだが、それでも、せめて、家人くらいには……。
――さっき慣れたと思ったところなのに。
生まれてこなければよかったのに。などと酷いことを言われ虐げられたわけではない。ただ単純に興味を持ってもらえない。
『好きの反対は嫌いではなく、無関心』
私は、この家の誰からも好いてもらえない。自業自得だという事はわかっている。自分が可憐な妹に勝手に引け目を感じ、陰に隠れる様に過ごしていたから。だから、次第に忘れられた。
――駄目だ駄目だ。こんな考えをこの道で思っては。
ロサードは頭に浮かんだ仄暗い感情を振り払うと、雪に隠されてしまった道を記憶を頼りに進む。
「着いた」
そこは林の中の切り取られた空間。陽の光が差し込み、神々しく白亜の石柱を照らし出していた。
「お久しぶりです、おじい様」
ロサードは飾り気の殆どない石柱の前に屈みこむと、台座に取り付けられていたプレートに黙礼する。
ここに眠るのはロサードの祖父。名をボルファシオ・フォン・シュナイダーという。
このシュナイダー領に善政を敷き領民の誰からも愛され、王国でもその名を轟かせた名領主。
10年前に他界するまで、ロサードのよき理解者であり、家人の中で唯一ロサードを愛してくれた人物でもあった。
ロサードは脳裏に優しかった祖父の笑顔を思い浮かべ口元を緩める。
「学園ではシュナイダーの名を出すと誰もが一目置いてくれます。これもおじい様のおかげですね」
墓石に刻まれる祖父の名に話しかける。
「自分では何もしていないのに誇り高く思ってしまうのは、私の中におじい様と同じ血が流れているからでしょうか」
ロサードは右手で胸を押さえ瞳を閉じる。とくんとくんと耳を打つ自分の鼓動が誇らしくも思えた。
「冒険者になってしばらく経ちました。ギルドに持ち込まれる依頼を幾つも解決に導きましたよ。どうでしょうか、もう一人前と名乗れますか?」
白亜の石柱を見上げながら問いかける。家でくすぶっていた自分が外に出て、少しずつではあるが変わっていると報告しながら。
「……おじい様、空で見ていてください」
ロサードは立ち上がると、祖父の前で凛とした佇まいを見せる。ずっと癖だった猫背は冒険者になって治した。もう下は向かない。その決意を祖父に示す様に。
「行ってきます。おじい様」
踵を返したロサードは、二度と振り返ることなく祖父の墓を後にした。
●
ロサードは自邸の廊下を歩く。すれ違う使用人達からは「誰?」と怪訝な表情を向けられた後、「お嬢様、お帰りなさいませ」と挨拶が飛んでくる。新人もベテランも関係なく誰もが同じ反応を示すから、ロサードは呆れを通り越して楽しくなってきた。
――もう、わざとやってるのかと思ってしまうな。おとう様も同じ反応を示すのだろうか。
今日、屋敷を訪れたのは父に会う為。学業の成績報告と冒険者としての業績報告が目的だった。
――聞いても興味はないだろうけど、パトロンだから無下にもできない。
ロサードが心の中で苦笑しながら、歩いていると――。
「あら、誰かと思ったらお姉さまじゃない。絨毯に同化していて気づかなかったわ」
突然かけられた、鈴が鳴る様な可憐な声に振り向いた。
見れば、自宅だというのにそのまま社交界にでも出席できそうな煌びやかなドレスを纏い、美しい顔に紅を刺し、髪を結いあげた絶世の美女が佇んでいる。
お供の使用人を5人も連れ、廊下を行く他人を見下す様に顎を上げる美女。
名をエグランティーナ・フォン・シュナイダーという。
ロサードとは違い、貴族を表すミドルネームを名に刻むシュナイダー家の次女である。
「あの、退いてくださらない? 私が通れないのですけど」
貴族らしい高慢な物言い。自分が避けるなんて言う考えは1mmもないらしい。自分が常に最上位で、自身の中から溢れ出る魅力を一片も疑わず、他者を貶めるのを快楽に感じる、根っからの貴族の考え方。
「なぜお姉さまがこの屋敷に居るのです? 宝石の原石――いえ、すでに宝石である私と、ただの石ころな貴女では、住む世界が違うと、そろそろ気づいて欲しいですわね」
ロサードが道を開けるように廊下の端によると、エグランティーナが扇子で口元を隠しながら当然と言った様に笑った。
「……そうだ。エティとは違う」
「え……」
まさか姉から言葉が帰ってくるとは思っていなかったのか、エグランティーナは思わず立ち止った。
「私は私だ。他の誰でもない」
「な、何を言っているのかしら、この人は」
幼い時の呼び名で呼ばれ動揺するエグランティーナを真っ直ぐに見つめロサードは気持ちを奮い立たせた。
「煌びやかで豪華な場所。世間から隔離され閉じられた檻。囚人同士で権勢を競う小さな世界。エティ、君にはとてもお似合いだ」
「ふ、ふんっ! なにを言うかと思えば。それは選ばれた者だけが享受できる特権よ! 貴女のような負け犬が、いくら望んだ所で踏み込める世界じゃないわ。野良犬は野良犬らしく、お外でお腹を空かせ泣いていればいいのよ! バカバカしい!」
――そうだろう。この程度の嫌味で心折れる妹君じゃない。
だから、すれ違い様に言ってやった。
「外の世界には――冒険者にはエルフのイケメンも多い。毎日たくさんの事を学ばせてもらっている。野趣あふれる殿方もいれば、幼い蕾の様に可憐な方もいる。毎日が出会いだ。おかげでとても楽しいよ」
背後で妹が振り返る気配がする。
だからなおさら背筋を伸ばし、自信に満ち溢れた風に歩こう。
マントを翻し、歩幅を取って。
存分に見るといい。今まで視線の端にも入れる意味を見いだせなかった姉の背が、どれだけ大きくなったかを。
ロサードは背にあからさまに敵意のこもった妹の視線を感じながら、薄く微笑む。
もう道は違えた。エティ、君の進む道と私の進む道は決して交わらないだろう。その先で何が待つのかはわからないが、それだけは確信できる。
だけど、それでいい。君には私が不要で。私には君が不要だ。
だから存分に輝けばいい、君を認めてくれる世界で。君を欲してくれる世界で。
私は私の世界を生きる。絶望と歓喜が表裏一体の世界を。努力すれば報われる世界を。
世界は広いよ、エグランティーナ。
だから、さようなら。可愛い可愛い私の妹。どうか、幸せに――。
ロサードはどこか晴れ晴れした表情を浮かべ、父の待つ部屋へ歩みを進めたのだった――。
登場キャラクター
ロサード・シュナイダー