冒険者ギルド職員の、ひとつの戦い方
キャラクターノベル制作 革酎納品 2024年10月19日 10時51分58秒
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シルトラース帝国奪還後から、結構な月日が過ぎた。
ロスガリア大陸はかつての戦乱の日々を思えばかなり落ち着いた様にも見えるが、各所に於いてはまだまだ数多くの危険がひとびとの生活に大小様々な翳を落としており、冒険者は今尚、引く手あまたな状況だ。
当然、冒険者ギルドも未だ活況を見せ続けており、出入りする依頼者も一向に絶えることが無い。
しかし明らかに、扱う依頼の数は減った――リブラネスタの冒険者ギルド職員ペデラ・ウォーカーはその様に感じていた。
都市部やその勢力圏を離れれば魔獣やクリーパーの姿は今でもよく見られるものの、最大級のテロ組織『メドゥの指先』が事実上瓦解したことで、犯罪関係の依頼は以前に比べると結構な割合で減少した様に思われた。
そして今宵。日没を少し過ぎた頃合い。
頭上を振り仰げば闇色に染まり始めた空に、幾つかの星が瞬き始めた時間帯。
残業中だったペデラはリブラネスタ内の下町にある何某の家を目指して、近道である路地裏をのんびり歩いていた。
別に然程の用事ではない。その家に住む依頼者が、帽子を忘れて帰ってしまった為、それをわざわざ届けてやろうと思ったに過ぎない。
他の職員らは、どうせそのうち本人が思い出して取りに来るだろうから放っておけといっていたが、しかしペデラは、もし本人が困っていたら可哀そうだからという理由で自ら足を向けることにした。
こういう細やかな部分で変に真面目なところがあるペデラだが、しかしその実直さが彼のギルド内に於ける評価を確たるものにしているといっても良い。
ところがこの日は、その真面目さが裏目に出た。
(この路地裏も平和になったもんだな……ま、オレらが暇なのは良いことか……給料減らされたら、それはそれで困るけど)
そんなことを考えながら、路地裏の中でも特にひと気の少ない薄汚れた一角に差し掛かった時、不意に何者かの襲撃を受けた。幾つかの人影に包囲されたかと思ったその直後には、腹と首筋に強烈な打撃を浴びて気を失ってしまった。
この時から、授恵者ではなく、特別な力も持ち得ない一般人ペデラの孤独な戦いが始まった。
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グリオ・スレンダースは、授恵者である。が、冒険者ではない。
シルトラース帝国崩壊以降に誕生した授恵者は基本、冒険者ギルドにその名を連ねることが義務とされていたが、このグリオは各国行政からの指示には従わず、敢えて野良の授恵者であり続けた。
理由は単純だ。
この男が根っからの悪党で、ひとびとに恐怖を与えることを是とする野盗気質の男だったからだ。
グリオは多くの冒険者がシルトラース帝国奪還に力を注ぐ中、そんな彼らを横目に眺めながら野盗のリーダーとして好き勝手な生活を続けてきた。
勿論、冒険者に討伐される危険性はあったが、それでもこの男は数々の窮地を何とか切り抜けてきた。
そして現在、グリオは帝国奪還が成り、世情がある程度落ち着いてきたところで別の儲け口を探し始める様になった。
(これからは、情報の時代になるかも知れねぇな)
グリオは各所の町や村、集落が安定した防御力を備え始め、街道を行く隊商も少なくない数の護衛を雇う様になってきた為、自分達の様な小規模の野盗ではそろそろ立ち行かなくなってきたことを実感し始めていた。
このままでは確実に食いっぱぐれてしまう。
その危機感から、新たな収入源を探そうと考えるに至った。
当初は色々な方面に思考を巡らせて次なる獲物を探し求めていたが、最終的に行きついたのが情報だった。
それも、冒険者ギルドが有する近年のヤバそうな種類のものである。
先の動乱の時代、ありとあらゆる階層の人間が、ありとあらゆる依頼を持ち込んだ筈だ。そしてそこには、悪用すれば一攫千金になるオイシイ情報が幾つも転がっているに違いない。
しかし、当然ながらそれらの情報――報告書は厳重に管理されており、おいそれと手を出せる代物ではないだろう。
グリオが率いる小規模の野盗団では、簡単に手を出せるレベルのものではない。
しかし、グリオはそこで発想を変えた。
(報告書を書いた奴なら、そんなに難しかぁねぇな)
冒険者は手強い授恵者だが、冒険者ギルド職員ならば恐らくその大半が一般人だろう。であれば、彼らを攫うのは然程難しい話ではない。
以前ならばリブラネスタの冒険者ギルド職員を拉致するなど、余りにリスクが高過ぎて思いつきもしなかったが、今は違う。色々と面倒な制約が取り払われ、巨大都市リブラネスタ内で自分達の様な悪党が暗躍するのも、意外と楽になってきた。
冒険者ギルド職員のひとりやふたり、掻っ攫うのに然程の困難は伴わないだろう。
そこでグリオは部下の野盗連中に命じてリブラネスタ冒険者ギルドの職員を何人か、目星をつけて見張らせることにした。
そこそこ真面目で、勤務態度にも問題が無く、或る程度の職務経歴がありそうな人物。そういう輩ならば過去に作成した報告書についても相当な情報を握っている筈だ。
そうしてふるいにかける内に、ひとりの職員に行き着いた。
ペデラ・ウォーカー――それが今回の、獲物の名だった。
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薄暗い室内で、ペデラは目を覚ました。
木椅子に座らされており、手足が縄か何かで戒められている。
(え……オレもしかして、拉致られた?)
流石に焦った。
一介のギルド職員に過ぎない自分が何故、こんな目に遭うのかがよく分からなかった。親しい知り合いに富豪や貴族が居る訳でもなく、特別な力を持った授恵者でもない自分が、何故――そんなことを思いながら周囲を見渡していると、やがて軋んだ音を響かせながら粗末な木製扉が開き、次いで幾つかの足音が迫ってきた。
「目が覚めた様だな」
数人の男を従えた巨漢が、薄闇の中でペデラの顔をじぃっと覗き込んできた。
ペデラはこの男の特徴に覚えがあった。過去に何度か討伐依頼が出された、グリオ・スレンダースという授恵者だ。野盗団を率いて、リブラネスタ近郊の街道で隊商を襲うなどしていた小物だが、逃げ足だけはやたらと早く、これまで何度も冒険者による討伐を免れている。
その男が今、ペデラの目の前に居る。ということは、ペデラをこの薄暗い木造家屋内に連れ込んだのも、このグリオだろうか。
しかし何故この男が、自分なんかを――ペデラは内心で戸惑いながらも、無表情を貫いた。
「痛い目に遭いたくなきゃ、素直に答えろ……お前今まで、幾つぐらいの報告書を作ってきた?」
思わぬ問いかけに、ペデラは一瞬呆けた表情を浮かべた。
自分が知る限り、グリオは俗物に過ぎず、即物的な欲求以外はほとんど持ち合わせていないというのがペデラの理解だった。それなのに何故、このグリオは報告書などについて問いかけてくるのか。
「俺の言葉が理解出来なかった様だな……だったら、理解させてやるよ」
グリオは手にした棍棒でペデラを数発、打擲した。
流石に授恵者だけあって、その一発ごとが非常に重い。途端にペデラの額が割れ、鮮血が流れ出した。
するとグリオは手近にあった別の木椅子を引き寄せてきて、ペデラの正面に座った。その一方で配下の男達がペデラの左右と背後に立ち、手にした得物でペデラの肉体に打撃を加え始めた。
「さぁどうだ。答える気になっただろう。お前ら一般人は、授恵者とは訳が違う。ちょいと手を加えてやるだけであっさりくたばるからな……命が惜しけりゃ、さっさと口を割れ」
どうやら、この男には何か狙いがある様だ――そう確信した瞬間、ペデラは腹を括った。
ここは死んでも、こいつらのいいなりになってはならぬ、と。
●
ペデラは更に何発も、顔面や胴部に鈍い打撃を喰らった。
痛みの余り、意識が飛びそうになることもあった。それでもその瞳は正面の男を睨み据えている。
「さぁ、さっさと吐け。今までに作った報告書は? どんな奴が依頼者として現れた? 表に出せない様な事情とか、色々あった筈だ」
グリオは余裕ぶっているが、若干の焦りが見え始めてきている。
これらの問いかけから、ペデラは敵の狙いがだんだん見えてきた。
(報告書そのものの情報が欲しいって訳か)
相手の思惑さえ分かれば、対処法はある。ペデラは全身が苦痛に悲鳴をあげるのを意志の力で抑えつつ、ふんと鼻で笑った。
「お前ら程度が報告書の中身なんて理解出来るのか? いっとくが、俺が今までに書いてきたのは全部難し過ぎて、お前らの頭じゃちっとも追い付かないぞ」
「てめぇ……ちょいと優しくしてやりゃあ図に乗りやがって!」
手下の野党のひとりが声を裏返して吠えながら、横合いからペデラの頬に拳を叩き込んできた。
口の中が切れ、唇の端から鮮血が伝い落ちる。それでもペデラはただ黙然と、目の前の男を睨み続けた。
「ふん……どうやらじっくりいたぶってやらねぇと、気が済まねぇみたいだな」
グリオのこのひと言に、ペデラは内心でほくそ笑んだ。
(よし、かかった)
長期戦に持ち込ませる。
これがペデラの狙いだった。
ペデラは冒険者ギルドを出る際、行き先と帰着時刻を告げていた。彼は冒険者ギルド内でも時間はきっちり守る方だということを、同僚達にもよく知られている。そのペデラが時間通りに戻らなければ、必ずやギルド内で異変に気付く筈だ。
それならば、時間を稼いで敵をこの場に引き留め、捜索に動いたギルドに始末を任せる――これがペデラが立てたグリオ達への対処法だった。
確かにペデラは一般人であり、授恵者の様な優れた能力は持たない。が、その頭脳とこれまでの経験は授恵者が相手であっても決して引けは取らない。
(冒険者ギルド職員を舐めんなよ……例えオレが死んだとしても、お前達全員、お縄にかけてやる)
自分自身を囮として、武器として用いる男、ペデラ。
この男が一度覚悟を決めたなら、相手がたとえ授恵者であったとしても、そう簡単に崩せるものではないだろう。
●
ペデラの肉体に加えられる打撃は、その後も苛烈を極めた。
腕の骨や肋骨が折れ、内臓の一部が損傷して腹の内部に血が溜まり始めている。殴打を受け続けた顔面は、最早ペデラ当人だとすぐには分からない程に人相が変わってしまっていた。
それでもペデラは一切、口を割らなかった。
呼吸が荒く、喉の奥から血の味が込み上げてくる。常人ならば、もうひと思いに殺してくれと懇願したであろうが、しかしペデラは一切何もいわず、ただ不敵な笑みを浮かべるばかりだった。
「お頭、どうしやす? こいつぁもう、どんなに頑張っても吐きそうにありやせんぜ」
殴り疲れた野盗のひとりが、とうとう音を上げた。
グリオも相当に苛々しているらしく、何度も舌打ちを漏らしている。恐らく、もうこの辺が潮時だろうと考えているのだろうが、しかしここまで持ちこたえれば十分だった。
「おいてめぇ……何笑ってやがる!」
グリオが腕を伸ばしてきて、ペデラの喉元を鷲掴みにした。ただでさえ困難だった呼吸が、気道を締め上げられてほとんど完全に詰まった。
それでもペデラは笑みを絶やさなかった。この男達を挑発し、苛立たせることで、冷静な判断力を失わせようという訳だ。
怒りは周囲への注意力をも幾らか殺ぐ効果がある。
事実、グリオもその配下の野盗共も、この木造家屋周辺に響き渡る足音には全く意識を向けていない様子だった。
「何が可笑しいかって? そんなもの、決まってるだろう……俺が勝ったからさ」
その直後、この木造家屋の正面玄関と裏口から、複数の気配が一斉に突入してくるのが分かった。グリオ達は狼狽し、慌てて得物を引き抜くも、この部屋に殺到してきた完全武装の冒険者らには到底抗うことは叶わず、あっという間に制圧された。
(ギルド職員から情報が欲しけりゃ、殴る脅す以外の方法も用意しておかなきゃ駄目だぜ……)
そんなことを思いながら、ペデラは意識が遠退いていった。
数日後、ペデラは自宅のベッドで全身包帯まみれで仰臥していた。
救助に駆けつけた冒険者が、その場で治癒術を駆使してペデラの命を救ってくれたものの、完全回復には至らず、数日の安静が必要だといい渡された。
酷い目に遭ったとは思ったが、ペデラは決して後悔はしていない。
そしてギルド内からのペデラに対する評価が爆上がりしたこともそれとなく聞いていたが、正直そんなことはどうでも良かった。
シルトラース帝国奪還後から、結構な月日が過ぎた。
ロスガリア大陸はかつての戦乱の日々を思えばかなり落ち着いた様にも見えるが、各所に於いてはまだまだ数多くの危険がひとびとの生活に大小様々な翳を落としており、冒険者は今尚、引く手あまたな状況だ。
当然、冒険者ギルドも未だ活況を見せ続けており、出入りする依頼者も一向に絶えることが無い。
しかし明らかに、扱う依頼の数は減った――リブラネスタの冒険者ギルド職員ペデラ・ウォーカーはその様に感じていた。
都市部やその勢力圏を離れれば魔獣やクリーパーの姿は今でもよく見られるものの、最大級のテロ組織『メドゥの指先』が事実上瓦解したことで、犯罪関係の依頼は以前に比べると結構な割合で減少した様に思われた。
そして今宵。日没を少し過ぎた頃合い。
頭上を振り仰げば闇色に染まり始めた空に、幾つかの星が瞬き始めた時間帯。
残業中だったペデラはリブラネスタ内の下町にある何某の家を目指して、近道である路地裏をのんびり歩いていた。
別に然程の用事ではない。その家に住む依頼者が、帽子を忘れて帰ってしまった為、それをわざわざ届けてやろうと思ったに過ぎない。
他の職員らは、どうせそのうち本人が思い出して取りに来るだろうから放っておけといっていたが、しかしペデラは、もし本人が困っていたら可哀そうだからという理由で自ら足を向けることにした。
こういう細やかな部分で変に真面目なところがあるペデラだが、しかしその実直さが彼のギルド内に於ける評価を確たるものにしているといっても良い。
ところがこの日は、その真面目さが裏目に出た。
(この路地裏も平和になったもんだな……ま、オレらが暇なのは良いことか……給料減らされたら、それはそれで困るけど)
そんなことを考えながら、路地裏の中でも特にひと気の少ない薄汚れた一角に差し掛かった時、不意に何者かの襲撃を受けた。幾つかの人影に包囲されたかと思ったその直後には、腹と首筋に強烈な打撃を浴びて気を失ってしまった。
この時から、授恵者ではなく、特別な力も持ち得ない一般人ペデラの孤独な戦いが始まった。
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グリオ・スレンダースは、授恵者である。が、冒険者ではない。
シルトラース帝国崩壊以降に誕生した授恵者は基本、冒険者ギルドにその名を連ねることが義務とされていたが、このグリオは各国行政からの指示には従わず、敢えて野良の授恵者であり続けた。
理由は単純だ。
この男が根っからの悪党で、ひとびとに恐怖を与えることを是とする野盗気質の男だったからだ。
グリオは多くの冒険者がシルトラース帝国奪還に力を注ぐ中、そんな彼らを横目に眺めながら野盗のリーダーとして好き勝手な生活を続けてきた。
勿論、冒険者に討伐される危険性はあったが、それでもこの男は数々の窮地を何とか切り抜けてきた。
そして現在、グリオは帝国奪還が成り、世情がある程度落ち着いてきたところで別の儲け口を探し始める様になった。
(これからは、情報の時代になるかも知れねぇな)
グリオは各所の町や村、集落が安定した防御力を備え始め、街道を行く隊商も少なくない数の護衛を雇う様になってきた為、自分達の様な小規模の野盗ではそろそろ立ち行かなくなってきたことを実感し始めていた。
このままでは確実に食いっぱぐれてしまう。
その危機感から、新たな収入源を探そうと考えるに至った。
当初は色々な方面に思考を巡らせて次なる獲物を探し求めていたが、最終的に行きついたのが情報だった。
それも、冒険者ギルドが有する近年のヤバそうな種類のものである。
先の動乱の時代、ありとあらゆる階層の人間が、ありとあらゆる依頼を持ち込んだ筈だ。そしてそこには、悪用すれば一攫千金になるオイシイ情報が幾つも転がっているに違いない。
しかし、当然ながらそれらの情報――報告書は厳重に管理されており、おいそれと手を出せる代物ではないだろう。
グリオが率いる小規模の野盗団では、簡単に手を出せるレベルのものではない。
しかし、グリオはそこで発想を変えた。
(報告書を書いた奴なら、そんなに難しかぁねぇな)
冒険者は手強い授恵者だが、冒険者ギルド職員ならば恐らくその大半が一般人だろう。であれば、彼らを攫うのは然程難しい話ではない。
以前ならばリブラネスタの冒険者ギルド職員を拉致するなど、余りにリスクが高過ぎて思いつきもしなかったが、今は違う。色々と面倒な制約が取り払われ、巨大都市リブラネスタ内で自分達の様な悪党が暗躍するのも、意外と楽になってきた。
冒険者ギルド職員のひとりやふたり、掻っ攫うのに然程の困難は伴わないだろう。
そこでグリオは部下の野盗連中に命じてリブラネスタ冒険者ギルドの職員を何人か、目星をつけて見張らせることにした。
そこそこ真面目で、勤務態度にも問題が無く、或る程度の職務経歴がありそうな人物。そういう輩ならば過去に作成した報告書についても相当な情報を握っている筈だ。
そうしてふるいにかける内に、ひとりの職員に行き着いた。
ペデラ・ウォーカー――それが今回の、獲物の名だった。
●
薄暗い室内で、ペデラは目を覚ました。
木椅子に座らされており、手足が縄か何かで戒められている。
(え……オレもしかして、拉致られた?)
流石に焦った。
一介のギルド職員に過ぎない自分が何故、こんな目に遭うのかがよく分からなかった。親しい知り合いに富豪や貴族が居る訳でもなく、特別な力を持った授恵者でもない自分が、何故――そんなことを思いながら周囲を見渡していると、やがて軋んだ音を響かせながら粗末な木製扉が開き、次いで幾つかの足音が迫ってきた。
「目が覚めた様だな」
数人の男を従えた巨漢が、薄闇の中でペデラの顔をじぃっと覗き込んできた。
ペデラはこの男の特徴に覚えがあった。過去に何度か討伐依頼が出された、グリオ・スレンダースという授恵者だ。野盗団を率いて、リブラネスタ近郊の街道で隊商を襲うなどしていた小物だが、逃げ足だけはやたらと早く、これまで何度も冒険者による討伐を免れている。
その男が今、ペデラの目の前に居る。ということは、ペデラをこの薄暗い木造家屋内に連れ込んだのも、このグリオだろうか。
しかし何故この男が、自分なんかを――ペデラは内心で戸惑いながらも、無表情を貫いた。
「痛い目に遭いたくなきゃ、素直に答えろ……お前今まで、幾つぐらいの報告書を作ってきた?」
思わぬ問いかけに、ペデラは一瞬呆けた表情を浮かべた。
自分が知る限り、グリオは俗物に過ぎず、即物的な欲求以外はほとんど持ち合わせていないというのがペデラの理解だった。それなのに何故、このグリオは報告書などについて問いかけてくるのか。
「俺の言葉が理解出来なかった様だな……だったら、理解させてやるよ」
グリオは手にした棍棒でペデラを数発、打擲した。
流石に授恵者だけあって、その一発ごとが非常に重い。途端にペデラの額が割れ、鮮血が流れ出した。
するとグリオは手近にあった別の木椅子を引き寄せてきて、ペデラの正面に座った。その一方で配下の男達がペデラの左右と背後に立ち、手にした得物でペデラの肉体に打撃を加え始めた。
「さぁどうだ。答える気になっただろう。お前ら一般人は、授恵者とは訳が違う。ちょいと手を加えてやるだけであっさりくたばるからな……命が惜しけりゃ、さっさと口を割れ」
どうやら、この男には何か狙いがある様だ――そう確信した瞬間、ペデラは腹を括った。
ここは死んでも、こいつらのいいなりになってはならぬ、と。
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ペデラは更に何発も、顔面や胴部に鈍い打撃を喰らった。
痛みの余り、意識が飛びそうになることもあった。それでもその瞳は正面の男を睨み据えている。
「さぁ、さっさと吐け。今までに作った報告書は? どんな奴が依頼者として現れた? 表に出せない様な事情とか、色々あった筈だ」
グリオは余裕ぶっているが、若干の焦りが見え始めてきている。
これらの問いかけから、ペデラは敵の狙いがだんだん見えてきた。
(報告書そのものの情報が欲しいって訳か)
相手の思惑さえ分かれば、対処法はある。ペデラは全身が苦痛に悲鳴をあげるのを意志の力で抑えつつ、ふんと鼻で笑った。
「お前ら程度が報告書の中身なんて理解出来るのか? いっとくが、俺が今までに書いてきたのは全部難し過ぎて、お前らの頭じゃちっとも追い付かないぞ」
「てめぇ……ちょいと優しくしてやりゃあ図に乗りやがって!」
手下の野党のひとりが声を裏返して吠えながら、横合いからペデラの頬に拳を叩き込んできた。
口の中が切れ、唇の端から鮮血が伝い落ちる。それでもペデラはただ黙然と、目の前の男を睨み続けた。
「ふん……どうやらじっくりいたぶってやらねぇと、気が済まねぇみたいだな」
グリオのこのひと言に、ペデラは内心でほくそ笑んだ。
(よし、かかった)
長期戦に持ち込ませる。
これがペデラの狙いだった。
ペデラは冒険者ギルドを出る際、行き先と帰着時刻を告げていた。彼は冒険者ギルド内でも時間はきっちり守る方だということを、同僚達にもよく知られている。そのペデラが時間通りに戻らなければ、必ずやギルド内で異変に気付く筈だ。
それならば、時間を稼いで敵をこの場に引き留め、捜索に動いたギルドに始末を任せる――これがペデラが立てたグリオ達への対処法だった。
確かにペデラは一般人であり、授恵者の様な優れた能力は持たない。が、その頭脳とこれまでの経験は授恵者が相手であっても決して引けは取らない。
(冒険者ギルド職員を舐めんなよ……例えオレが死んだとしても、お前達全員、お縄にかけてやる)
自分自身を囮として、武器として用いる男、ペデラ。
この男が一度覚悟を決めたなら、相手がたとえ授恵者であったとしても、そう簡単に崩せるものではないだろう。
●
ペデラの肉体に加えられる打撃は、その後も苛烈を極めた。
腕の骨や肋骨が折れ、内臓の一部が損傷して腹の内部に血が溜まり始めている。殴打を受け続けた顔面は、最早ペデラ当人だとすぐには分からない程に人相が変わってしまっていた。
それでもペデラは一切、口を割らなかった。
呼吸が荒く、喉の奥から血の味が込み上げてくる。常人ならば、もうひと思いに殺してくれと懇願したであろうが、しかしペデラは一切何もいわず、ただ不敵な笑みを浮かべるばかりだった。
「お頭、どうしやす? こいつぁもう、どんなに頑張っても吐きそうにありやせんぜ」
殴り疲れた野盗のひとりが、とうとう音を上げた。
グリオも相当に苛々しているらしく、何度も舌打ちを漏らしている。恐らく、もうこの辺が潮時だろうと考えているのだろうが、しかしここまで持ちこたえれば十分だった。
「おいてめぇ……何笑ってやがる!」
グリオが腕を伸ばしてきて、ペデラの喉元を鷲掴みにした。ただでさえ困難だった呼吸が、気道を締め上げられてほとんど完全に詰まった。
それでもペデラは笑みを絶やさなかった。この男達を挑発し、苛立たせることで、冷静な判断力を失わせようという訳だ。
怒りは周囲への注意力をも幾らか殺ぐ効果がある。
事実、グリオもその配下の野盗共も、この木造家屋周辺に響き渡る足音には全く意識を向けていない様子だった。
「何が可笑しいかって? そんなもの、決まってるだろう……俺が勝ったからさ」
その直後、この木造家屋の正面玄関と裏口から、複数の気配が一斉に突入してくるのが分かった。グリオ達は狼狽し、慌てて得物を引き抜くも、この部屋に殺到してきた完全武装の冒険者らには到底抗うことは叶わず、あっという間に制圧された。
(ギルド職員から情報が欲しけりゃ、殴る脅す以外の方法も用意しておかなきゃ駄目だぜ……)
そんなことを思いながら、ペデラは意識が遠退いていった。
数日後、ペデラは自宅のベッドで全身包帯まみれで仰臥していた。
救助に駆けつけた冒険者が、その場で治癒術を駆使してペデラの命を救ってくれたものの、完全回復には至らず、数日の安静が必要だといい渡された。
酷い目に遭ったとは思ったが、ペデラは決して後悔はしていない。
そしてギルド内からのペデラに対する評価が爆上がりしたこともそれとなく聞いていたが、正直そんなことはどうでも良かった。