星が瞬く
キャラクターノベル制作 白葉うづき納品 2024年10月19日 14時01分31秒
馬車が音を鳴らして進む。その先には町があり、搭乗者の少女はそれが見えると窓から顔を覗かせる。一瞬だけ花の香が香り、少女は嬉しそうに瞳を細めた。
フィオが手紙を受け取ったのは、商人との偶然の邂逅からしばらく経った頃だ。手紙には共通の知人である『彼』についてのことが綴られており、以前よりも比較的安定したようだということ、『彼』の居場所やそこへの行き方が記されていた。それを読んだ後、ほとんど間も置かないでフィオは馬車へと飛び乗った。
辿り着いたのは賑やかな街。花の気配が強いその場所に芽生える好奇心も抑え、フィオは手紙に記された一軒家へと歩を進める。家の前に到着すると、身なりを直して。何度も深呼吸をして。そうして、扉を叩いた。
玄関を開けたカイン・ステラは、目の前の光景にしばらく固まってしまった。のどかで見慣れた風景の中に、記憶よりも少し髪が伸びた桃色の少女がいる。その少女はカインを見るや否や、喜色に満ちた視線で微笑みかけた。
「カインさん、お久しぶりです。突然来てしまってごめんなさい」
「……、……」
言葉を返そうとして、カインは口を数回開閉させる。思った通りの声はきっと出ない。急いで家の中へ戻り、ノートとペンを掴んで戻った。
『おひさしぶり ごめん こえ でにくい』
「大丈夫ですよ」
にこにこするフィオに、カインは再びペンを走らせる。
『なか はいる?』
「ぜひ!」
お茶を出し、お菓子も添えて。カインのブレンドしたお茶の中で評判の良いものがあったから、それを淹れて少女に出した。
「美味しいです」
『よかった』
「もしかして、カインさんが作ったんですか?」
『なんで』
「昔、カインさんに教わった味と似てるな、って。そう思ったんです」
当たりました、と朗らかに少女は笑う。そんな彼女をしばらく見つめた後、カインはまた別の言葉をメモに書いた。
『どのくらい きいてる? しょうじきにいって いい』
カップを置き、居住まいを正したフィオはゆっくりと語りだす。教会の家族からはほとんど聞かなかったこと。商人と出会い、そして手紙でカインの今を聞いたこと。
「本当は、カインさんがお話してくれるまで待っているつもりでした。けど、ごめんなさい。知りたいっていう気持ちを抑えきれなかったんです」
『どうして』
「大切な人のことだから」
返ってきた答えに、カインは目を瞬かせる。フィオは僅かに楽しそうに笑った。
「カインさん、私に料理を教えてくれたことを覚えていますか」
カインはこくんと頷く。
「その頃、やっと皆が食べてくれるお料理が出来るようになったくらいで。あんまり上手にできないけど頑張りたいって思えたのは、カインさんが教えてくれたからなんです」
食事はただ腹を満たすだけではなく、気持ちも心も身体も満たすことが出来る。それを教えてもらった少女の世界は一気に広がった。
「大好きな人たちのためになれることが本当に嬉しかった。だからカインさんは恩人で、院の家族で、私の大切な人なんです」
よどみなく言い切る少女は、本心を語っているのだろう。カインが何も言わないでいると、急に柔らかかった瞳が凛としたものに変わった。
「あと、カインさんに怒ってもいるんですよ。あの子が帰ってきた日に、カインさんだけどこかへ行ってしまったこと」
あの子とは恐らく、彼女の家族でありカインの友人である少年のこと。カインは続く言葉を想像して咄嗟に体を強張らせたが、紡がれたのは別のことだった。
「でも、それ以上に、私に腹が立ったんです。なんで、私、少しも気付かなかったんだろうって。きっと、私ならわかったはずなのに」
訥々と言葉は続く。少女はカインが孤児院出身だと知っていた。なら以前フィオたちが抱いた気持ちと同じように、彼の旅立ちが寂しいものではないか。その寂しさを、誰も上手に受け止めることが出来ていなかったんじゃないか。そう考えた。
「自分本位、ですよね。でも、カインさんを一人にしてしまったことが、許せないんです」
一人ぼっちは寂しいから。
でも、だから。
「今日、謝ることが出来てよかった。あの時はごめんなさい。もう一人にさせません。また一緒にお料理しましょう。私もあれから少しだけ料理を覚えたんですよ。他にも、体にいい食事とか、植物のこととか、色んなことを覚えました。カインさんのお話も聞かせてくださいね。今までのことも、これからのことも、たくさん、たくさん聞きたいです」
ぽつりと。胸に光が灯る。
その光は、目の前の少女のような形をしているようだとカインは思った。
「あり、がとう」
息を吸い、何とか口を開いて伝える。少女は目を瞬かせた後、花のように笑った。
「なんだか嬉しいです。カインさん、そういうお顔、見せてくれないと思ってたから」
そういうお顔。どんな顔だろうと気にはなったが、なんだかそれを聞けなかったし、顔が熱いし、少女を真っ直ぐ見ることも出来なかった。
「へ、ん?」
「変じゃないです! とっても素敵だと思います」
「……よか、った」
お代わりのお茶を淹れた時、フィオが尋ねた。
「カインさん、その後はいかがですか?」
「すこ、し よく、なってる。やりたい、こと、できた、し、……っげほ、ごほっ、ごほ」
すぐさまフィオが駆け寄り背を撫でる。しばらくして落ち着いた後、カインは深く息を吸って、口を開いた。
「友達が、支援してる孤児院があって。後継者を探してる。俺にどうかって言われてる。冒険者……続けたいし、恩返ししたい人、沢山いるし、そこにいつもいられないかもしれないけど」
ぽつぽつと告げたのは、管理する者のいなくなる孤児院のこと。無理に言われている訳でもないし、時折院を空けるのは友達も出来るだけ相談に乗ってくれるだろう。カイン自身を必要としてくれる場所、出来れば力になりたい。それを聞いたフィオがぱあっと表情を明るくする。
「カインさんが院長さん……! とっても素敵な院になりそうですね。温かくて、優しくて」
「もし、良かったら、だけど」
「はい」
「フィオも、たまにでもいい、手伝ってほしいな」
フィオがカインを見る。
「もちろんです! ぜひ、たくさんお手伝いさせてください」
(あ)
琥珀色の瞳が柔らかく細まったのを見て安堵するとともに、カインは自分の抱えていた感情がすとんと胸に落ちた。
死別した妹は、生きていたら彼女くらいかなと思っていた。こんな風に笑って、喋っていたのかもしれない。いつしかフィオのことを特別だと思う自分がいた。そのうちに芽生えたものも、無視できないほどになっていた。
(でも)
きっとこれは重荷で、彼女に抱えさせてしまう。だからカインは、自覚した想いをまた元通りに胸にしまい込んだ。
「もし庭があったら、一緒にお花を育てるのもいいな。私、最近はガーデニングのお仕事もしているんですよ」
「いい、な」
「もし、よかったら」
フィオがひとつ呼吸を置く。
「カインさんがいられない時、私が子どもたちを見ることも出来ます」
「それは、さすがに悪い、から」
彼女に負担を強いることになる。本当は飛びつきたい提案だけれど。それでもフィオは首を振った。
「カインさんは私たちをたくさん助けてくれました。だから今度は私の番。私は私の大切なもののために頑張りたいんです。よかったら、頭の片隅に置いておいてください」
微笑む少女に、カインは小さく頷いた。
フィオが手紙を受け取ったのは、商人との偶然の邂逅からしばらく経った頃だ。手紙には共通の知人である『彼』についてのことが綴られており、以前よりも比較的安定したようだということ、『彼』の居場所やそこへの行き方が記されていた。それを読んだ後、ほとんど間も置かないでフィオは馬車へと飛び乗った。
辿り着いたのは賑やかな街。花の気配が強いその場所に芽生える好奇心も抑え、フィオは手紙に記された一軒家へと歩を進める。家の前に到着すると、身なりを直して。何度も深呼吸をして。そうして、扉を叩いた。
玄関を開けたカイン・ステラは、目の前の光景にしばらく固まってしまった。のどかで見慣れた風景の中に、記憶よりも少し髪が伸びた桃色の少女がいる。その少女はカインを見るや否や、喜色に満ちた視線で微笑みかけた。
「カインさん、お久しぶりです。突然来てしまってごめんなさい」
「……、……」
言葉を返そうとして、カインは口を数回開閉させる。思った通りの声はきっと出ない。急いで家の中へ戻り、ノートとペンを掴んで戻った。
『おひさしぶり ごめん こえ でにくい』
「大丈夫ですよ」
にこにこするフィオに、カインは再びペンを走らせる。
『なか はいる?』
「ぜひ!」
お茶を出し、お菓子も添えて。カインのブレンドしたお茶の中で評判の良いものがあったから、それを淹れて少女に出した。
「美味しいです」
『よかった』
「もしかして、カインさんが作ったんですか?」
『なんで』
「昔、カインさんに教わった味と似てるな、って。そう思ったんです」
当たりました、と朗らかに少女は笑う。そんな彼女をしばらく見つめた後、カインはまた別の言葉をメモに書いた。
『どのくらい きいてる? しょうじきにいって いい』
カップを置き、居住まいを正したフィオはゆっくりと語りだす。教会の家族からはほとんど聞かなかったこと。商人と出会い、そして手紙でカインの今を聞いたこと。
「本当は、カインさんがお話してくれるまで待っているつもりでした。けど、ごめんなさい。知りたいっていう気持ちを抑えきれなかったんです」
『どうして』
「大切な人のことだから」
返ってきた答えに、カインは目を瞬かせる。フィオは僅かに楽しそうに笑った。
「カインさん、私に料理を教えてくれたことを覚えていますか」
カインはこくんと頷く。
「その頃、やっと皆が食べてくれるお料理が出来るようになったくらいで。あんまり上手にできないけど頑張りたいって思えたのは、カインさんが教えてくれたからなんです」
食事はただ腹を満たすだけではなく、気持ちも心も身体も満たすことが出来る。それを教えてもらった少女の世界は一気に広がった。
「大好きな人たちのためになれることが本当に嬉しかった。だからカインさんは恩人で、院の家族で、私の大切な人なんです」
よどみなく言い切る少女は、本心を語っているのだろう。カインが何も言わないでいると、急に柔らかかった瞳が凛としたものに変わった。
「あと、カインさんに怒ってもいるんですよ。あの子が帰ってきた日に、カインさんだけどこかへ行ってしまったこと」
あの子とは恐らく、彼女の家族でありカインの友人である少年のこと。カインは続く言葉を想像して咄嗟に体を強張らせたが、紡がれたのは別のことだった。
「でも、それ以上に、私に腹が立ったんです。なんで、私、少しも気付かなかったんだろうって。きっと、私ならわかったはずなのに」
訥々と言葉は続く。少女はカインが孤児院出身だと知っていた。なら以前フィオたちが抱いた気持ちと同じように、彼の旅立ちが寂しいものではないか。その寂しさを、誰も上手に受け止めることが出来ていなかったんじゃないか。そう考えた。
「自分本位、ですよね。でも、カインさんを一人にしてしまったことが、許せないんです」
一人ぼっちは寂しいから。
でも、だから。
「今日、謝ることが出来てよかった。あの時はごめんなさい。もう一人にさせません。また一緒にお料理しましょう。私もあれから少しだけ料理を覚えたんですよ。他にも、体にいい食事とか、植物のこととか、色んなことを覚えました。カインさんのお話も聞かせてくださいね。今までのことも、これからのことも、たくさん、たくさん聞きたいです」
ぽつりと。胸に光が灯る。
その光は、目の前の少女のような形をしているようだとカインは思った。
「あり、がとう」
息を吸い、何とか口を開いて伝える。少女は目を瞬かせた後、花のように笑った。
「なんだか嬉しいです。カインさん、そういうお顔、見せてくれないと思ってたから」
そういうお顔。どんな顔だろうと気にはなったが、なんだかそれを聞けなかったし、顔が熱いし、少女を真っ直ぐ見ることも出来なかった。
「へ、ん?」
「変じゃないです! とっても素敵だと思います」
「……よか、った」
お代わりのお茶を淹れた時、フィオが尋ねた。
「カインさん、その後はいかがですか?」
「すこ、し よく、なってる。やりたい、こと、できた、し、……っげほ、ごほっ、ごほ」
すぐさまフィオが駆け寄り背を撫でる。しばらくして落ち着いた後、カインは深く息を吸って、口を開いた。
「友達が、支援してる孤児院があって。後継者を探してる。俺にどうかって言われてる。冒険者……続けたいし、恩返ししたい人、沢山いるし、そこにいつもいられないかもしれないけど」
ぽつぽつと告げたのは、管理する者のいなくなる孤児院のこと。無理に言われている訳でもないし、時折院を空けるのは友達も出来るだけ相談に乗ってくれるだろう。カイン自身を必要としてくれる場所、出来れば力になりたい。それを聞いたフィオがぱあっと表情を明るくする。
「カインさんが院長さん……! とっても素敵な院になりそうですね。温かくて、優しくて」
「もし、良かったら、だけど」
「はい」
「フィオも、たまにでもいい、手伝ってほしいな」
フィオがカインを見る。
「もちろんです! ぜひ、たくさんお手伝いさせてください」
(あ)
琥珀色の瞳が柔らかく細まったのを見て安堵するとともに、カインは自分の抱えていた感情がすとんと胸に落ちた。
死別した妹は、生きていたら彼女くらいかなと思っていた。こんな風に笑って、喋っていたのかもしれない。いつしかフィオのことを特別だと思う自分がいた。そのうちに芽生えたものも、無視できないほどになっていた。
(でも)
きっとこれは重荷で、彼女に抱えさせてしまう。だからカインは、自覚した想いをまた元通りに胸にしまい込んだ。
「もし庭があったら、一緒にお花を育てるのもいいな。私、最近はガーデニングのお仕事もしているんですよ」
「いい、な」
「もし、よかったら」
フィオがひとつ呼吸を置く。
「カインさんがいられない時、私が子どもたちを見ることも出来ます」
「それは、さすがに悪い、から」
彼女に負担を強いることになる。本当は飛びつきたい提案だけれど。それでもフィオは首を振った。
「カインさんは私たちをたくさん助けてくれました。だから今度は私の番。私は私の大切なもののために頑張りたいんです。よかったら、頭の片隅に置いておいてください」
微笑む少女に、カインは小さく頷いた。