【蒼紅】いつかまた、この不思議な街で 後編
4周年イベントノベル(テーマ)制作 STANZA納品 2024年10月07日 09時06分47秒
「中の居心地はどうだい?」
シルヴィア・A・カペルが入ったキャリーボールを手のひらで軽く弾ませながら、吸血鬼ノアは語りかける。
「これを売ってた商人は安全快適なんて言ってたけど、本当かなあ?」
片方の手をポケットに突っ込み、空いた手でボールをぽんぽん弾ませながら歩く姿は、どう見ても遊びたい盛りの無邪気な少年だ。
だがその正体は齢五百を越える吸血鬼。自らを人間と呼び、それ以外を唯人と呼んで哀れみ蔑みながらも愛してやまない、老獪で狡猾な策略家。
「ねえシルヴィア。僕の声、聞こえてる? 僕が消えた後、君は少しでも悲しんでくれたかな。僕に会いたいと、想ってくれたかな」
ノアは綺麗な弧を描く橋の頂点で立ち止まり、欄干にもたれかかって川面を眺める。
「僕はね、とても会いたかったよ……たとえ君が僕の一番大切な存在の代用品でしかないとしてもね」
この声が届いているなら、彼女は今「代用品などではない」と抗議の声を上げているに違いない。けれどそれが聞こえないという事は、こちらの声も向こうには届いていないのだろう。
ならば丁度良いと、ノアは手の中のボールに語りかけた。
「花だけを見ていたいと草を根こそぎ摘めば、それは灰色の景色だ。それでも僕はそんな世界が見たかったんだよ」
悪意がある者も怠惰な者も、能力的に劣った者もいなくて、皆が幸せにそれぞれの役目を全うして、誰かを貶める人間がいない正しい社会を実現したかった。それこそが、誰もが願うユートビアだと考えた。
「けど、それを聞いて僕の大嫌いな彼は言ったんだ。それだと社会からはみ出した奴は救われない、それに何をもってはみ出していると決めるのかって」
決めるのはノアだ、何故なら彼こそが人間なのだから。他は全部、人間の真似を頑張っているだけの愚かな唯人なのだから。
でも彼は、ノアの考えに「そうだね」とは言わなかった。
「代わりにこう言ったんだ。出自や種族を問わず様々な人々が受け入れられる、実力を公正に認められる社会を作りたいんだって」
ノアの想いは、その存在ごと全否定された。心は砕かれ身体は灰になり……けれどまだ、ここに在る。
ならば自分は存在を赦されたと思って良いのだろうか。
近付く足音と殺気に、ノアの意識は夢想から引き戻された。
顔を上げると、すぐ目の前に楽しげな音と光で溢れるゲートがあった。
「望月先輩、あそこです!」
「遊園地か、厄介な所に……いや、却って好都合かもしれない」
天石 茜と望月 英俊はノアを追って遊園地に飛び込んだ。
「人がいっぱいで探すだけでも一苦労っていうか先輩、見失いました!」
自身も人波に呑まれ、半分涙目になりながら茜が叫ぶ。だが。
「大丈夫だ、俺に考えがある」
どんな考えか知らないが、言い切ってずんずん進むその背中が頼もしい。
やがて場内アナウンスが流れた。
『迷子のお知らせふぇ〜、アニエピ界から来たノアくんが迷子になってるふぇ〜』
ノアの外見的特徴を告げ、見かけた人はお手持ちの端末に位置情報を入力してねと言い残してアナウンスは終わった。
「端末って?」
「これだ」
英俊が入場時に手渡されたカードを取り出す。
園内の地図を呼び出すと、ノアの現在地を示す光点が次々に更新されていった。
「すごい、先輩よく知ってましたね!」
「前にスケッチに来た事があるからな」
アトラクションガン無視でひたすらスケッチしていたソロ遊園地。思い出すとちょっぴり悲しくなる。
「それじゃ追いかけますよ!」
茜は人混みを巧みに縫って駆けた。ノアは今ジェットコースターに向かって移動中だ。
「いました!」
待機列の前から二番目に、律儀に並んでいる。
「私達も並びましょう、今なら一緒の回で乗れます!」
「いや乗ってどうする、捕まえるなら降りた所で待ち伏せた方が確実だろう!?」
「それはそうですけど折角の遊園地ですよ?」
いいのか、それで。
「それにほら、乗ってる間に不思議な術か何かで消えたりしないように、ちゃんと近くで見張ってないと!」
見失ってもまた端末で探せばいい……とは言えなかった。茜の瞳があまりにも楽しそうにキラッキラしているものだから。
ジェットコースターではノアがボールを取り落とさないかとハラハラ見守り、ゴーカートは追いつきそうで追いつけないチェイスにイライラを募らせ、そして次はメリーゴーラウンド。
「先輩、知ってました? メリーゴーラウンドって永遠に前の馬に追い付けないんですよ、理不尽だと思いません?」
これはどう答えれば良いのだ。ボケたつもりなのか、それとも本気で言っているのか。
この子、ある意味ノア以上の強敵なのでは?
コーヒーカップでノアが目を回した時は確保のチャンスと思ったが、目を回していたのは茜と英俊も然りだった誤算。
「ノア、もう暫くは回るもの禁止! わかった!?」
何故か紳士協定が結ばれ、次に駆け込んだのはお化け屋敷。
「先輩、ここは私達でノアを怖がらせて、その隙にボールを奪ってしまいま……キャアァァァッ!!?」
逆に脅かされた。考えてみれば吸血鬼がお化けを怖がる道理もなかったかもしれない。
「本気でシルヴィアを攫えるとは思っていないな?」
大事な奴を攫いたいという気持ちは分からないでもない――それがどんな感情であろうとも。だがこれは。
「ねえ唯人、次はどこに行く?」
逃げ惑って道に迷い、漸く外に出られたと思ったら、ノアがすぐそこで待っていた。
(こいつ本当はただ遊びたいだけなんじゃないのか?)
よかろう、ならば気が済むまで付き合ってやろうじゃないか。
だがその前に。
「だったらもうシルヴィアを出してあげても良いんじゃない?」
言おうと思っていた事を、茜に言われてしまった。
この場所には何もない。
何もないが、不思議と満ち足りていた。
自身を包む空間は心地よく、まるで揺籠に揺られているような安心感がある。
音は聞こえない。最初はただ自分の呼吸と心臓の音だけが聞こえていたが、それも次第に聞こえなくなった。状況に慣れて、意識にのぼらなくなったのだろう。
けれど代わりに意識を占め始めたものがある。
耳には聞こえないけれど、その想いは心に伝わってきた。
この一時だけはノアを救おうと手を伸ばす。
しかし今、シルヴィアは文字通り手も足も出ない状況に――
と思った瞬間、シルヴィアは揺籠から放り出されていた。
「……え?」
何が起きた? ここはどこだ? 今これはどんな状況なのだ?
「お帰りシルヴィア!」
駆け寄った茜に身体中をぺたぺた触られて、シルヴィアはますます困惑を深めた。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ああ」
問題ないと言おうとしたその時、ノアの姿が目に入った。
シルヴィアが腰の軍刀に手をかける。
「待って、これはそういうのじゃないの! 今この子、ただの構ってちゃんだから!」
気が付けばシルヴィアは虚無顔で超ロングスライダーを滑走していた。その顔のままフリーフォールされ、宇宙船で360度ぶん回され、フードコートで串揚げのソースを二度付けして叱られていた。
そして何が起きているのかさっぱりわからないまま、気が付けば四人で締めの観覧車に乗っていた。
園内のあちこちでライトアップが始まる中、ゴンドラはゆっくりと高度を上げて行く。ガラスに映った顔はどれも疲れた様子で、けれど満足げに輝いていた。誰も何も言わないけれど、その沈黙が心地良い。
やがてその沈黙を、ドンという腹に響く音が破った。
「花火!」
茜が声を上げる。ゴンドラのすぐ脇で大輪の花が咲いた。次々に咲いては散る花火の中をゴンドラは行く。
ドン、ドドン。
(僕が人間でなければ、君達と一緒にいる未来もあっただろうか)
ふと湧き上がった想いを、ノアは音の後ろにそっと滑り込ませる。
その表情を見て、茜が口を開いた。今は二人、仲良く並んでいるように見えるシルヴィアとノアに向かって。
「君達のような、身を焦がすほどの想いを私は持ったことが無い――それが愛であれ憎しみであれ、怒りや切望であれ。だからもっと教えてよ。今度は私が二人に教わりたいんだ」
それを聞いて、シルヴィアは何故か英俊の顔を見た。
「君にとっての先生なら、もっと身近にいるじゃないか」
「同感だ」
ノアもまた意味ありげな視線を英俊に投げる。
「唯人2号、欲しいなら早めに手を出した方が良いよ? 僕みたいに死んでからじゃ遅いからね」
「なっ、何を……っ」
言われた事の意味はわかっている。頭上に「?」を浮かべているのは茜だけだ。
(天石はエイシュンを弟の様に思ってくれているようだが……)
その正体を茜は知らない。出会ってから数年、エイシュンは外見的に成長する事もなく悪夢の中で茜と共に戦って来た。だがきっと近いうちに違和感を抱かれる。
(勘が鋭い彼女はすぐ正体に気付くだろう)
出来ればそれまでに自分がエイシュンだと伝えたいが、勇気が足りない――そんな葛藤と逡巡が、二人の目には恋愛感情に映るのだろう……と、英俊は分析してみた。
その目の前に、不思議なキャラメルが差し出される。
「望月先輩! 永遠は無いですけど……今、この時は! 一緒にいて下さいね!」
その言葉に心臓が飛び跳ねたのも、きっとそのせいだ。
せめて今は今のままで思い出を作ろうと、英俊はそれを二人で分け合った。
やがてゴンドラは地上に降りる。
「僕はここでお別れだ」
シルヴィアの手に不思議なバルーンを持たせ、ノアが言った。
「アルヴィンと家族になりたかった。ただ手を繋いで欲しかった。でも、アルヴィンとイザベラが……大好きな二人が幸せであれば、本当はそれだけで」
言葉を切り、寂しげに微笑んで、ノアは去る。
いつかまた、こんな不思議が訪れるなら、気紛れに同じ時を過ごしてみるのも良いだろう。
君はどんな“花の領地”を作るのかな。
僕はずっと君達を見ているよ――
シルヴィア・A・カペルが入ったキャリーボールを手のひらで軽く弾ませながら、吸血鬼ノアは語りかける。
「これを売ってた商人は安全快適なんて言ってたけど、本当かなあ?」
片方の手をポケットに突っ込み、空いた手でボールをぽんぽん弾ませながら歩く姿は、どう見ても遊びたい盛りの無邪気な少年だ。
だがその正体は齢五百を越える吸血鬼。自らを人間と呼び、それ以外を唯人と呼んで哀れみ蔑みながらも愛してやまない、老獪で狡猾な策略家。
「ねえシルヴィア。僕の声、聞こえてる? 僕が消えた後、君は少しでも悲しんでくれたかな。僕に会いたいと、想ってくれたかな」
ノアは綺麗な弧を描く橋の頂点で立ち止まり、欄干にもたれかかって川面を眺める。
「僕はね、とても会いたかったよ……たとえ君が僕の一番大切な存在の代用品でしかないとしてもね」
この声が届いているなら、彼女は今「代用品などではない」と抗議の声を上げているに違いない。けれどそれが聞こえないという事は、こちらの声も向こうには届いていないのだろう。
ならば丁度良いと、ノアは手の中のボールに語りかけた。
「花だけを見ていたいと草を根こそぎ摘めば、それは灰色の景色だ。それでも僕はそんな世界が見たかったんだよ」
悪意がある者も怠惰な者も、能力的に劣った者もいなくて、皆が幸せにそれぞれの役目を全うして、誰かを貶める人間がいない正しい社会を実現したかった。それこそが、誰もが願うユートビアだと考えた。
「けど、それを聞いて僕の大嫌いな彼は言ったんだ。それだと社会からはみ出した奴は救われない、それに何をもってはみ出していると決めるのかって」
決めるのはノアだ、何故なら彼こそが人間なのだから。他は全部、人間の真似を頑張っているだけの愚かな唯人なのだから。
でも彼は、ノアの考えに「そうだね」とは言わなかった。
「代わりにこう言ったんだ。出自や種族を問わず様々な人々が受け入れられる、実力を公正に認められる社会を作りたいんだって」
ノアの想いは、その存在ごと全否定された。心は砕かれ身体は灰になり……けれどまだ、ここに在る。
ならば自分は存在を赦されたと思って良いのだろうか。
近付く足音と殺気に、ノアの意識は夢想から引き戻された。
顔を上げると、すぐ目の前に楽しげな音と光で溢れるゲートがあった。
「望月先輩、あそこです!」
「遊園地か、厄介な所に……いや、却って好都合かもしれない」
天石 茜と望月 英俊はノアを追って遊園地に飛び込んだ。
「人がいっぱいで探すだけでも一苦労っていうか先輩、見失いました!」
自身も人波に呑まれ、半分涙目になりながら茜が叫ぶ。だが。
「大丈夫だ、俺に考えがある」
どんな考えか知らないが、言い切ってずんずん進むその背中が頼もしい。
やがて場内アナウンスが流れた。
『迷子のお知らせふぇ〜、アニエピ界から来たノアくんが迷子になってるふぇ〜』
ノアの外見的特徴を告げ、見かけた人はお手持ちの端末に位置情報を入力してねと言い残してアナウンスは終わった。
「端末って?」
「これだ」
英俊が入場時に手渡されたカードを取り出す。
園内の地図を呼び出すと、ノアの現在地を示す光点が次々に更新されていった。
「すごい、先輩よく知ってましたね!」
「前にスケッチに来た事があるからな」
アトラクションガン無視でひたすらスケッチしていたソロ遊園地。思い出すとちょっぴり悲しくなる。
「それじゃ追いかけますよ!」
茜は人混みを巧みに縫って駆けた。ノアは今ジェットコースターに向かって移動中だ。
「いました!」
待機列の前から二番目に、律儀に並んでいる。
「私達も並びましょう、今なら一緒の回で乗れます!」
「いや乗ってどうする、捕まえるなら降りた所で待ち伏せた方が確実だろう!?」
「それはそうですけど折角の遊園地ですよ?」
いいのか、それで。
「それにほら、乗ってる間に不思議な術か何かで消えたりしないように、ちゃんと近くで見張ってないと!」
見失ってもまた端末で探せばいい……とは言えなかった。茜の瞳があまりにも楽しそうにキラッキラしているものだから。
ジェットコースターではノアがボールを取り落とさないかとハラハラ見守り、ゴーカートは追いつきそうで追いつけないチェイスにイライラを募らせ、そして次はメリーゴーラウンド。
「先輩、知ってました? メリーゴーラウンドって永遠に前の馬に追い付けないんですよ、理不尽だと思いません?」
これはどう答えれば良いのだ。ボケたつもりなのか、それとも本気で言っているのか。
この子、ある意味ノア以上の強敵なのでは?
コーヒーカップでノアが目を回した時は確保のチャンスと思ったが、目を回していたのは茜と英俊も然りだった誤算。
「ノア、もう暫くは回るもの禁止! わかった!?」
何故か紳士協定が結ばれ、次に駆け込んだのはお化け屋敷。
「先輩、ここは私達でノアを怖がらせて、その隙にボールを奪ってしまいま……キャアァァァッ!!?」
逆に脅かされた。考えてみれば吸血鬼がお化けを怖がる道理もなかったかもしれない。
「本気でシルヴィアを攫えるとは思っていないな?」
大事な奴を攫いたいという気持ちは分からないでもない――それがどんな感情であろうとも。だがこれは。
「ねえ唯人、次はどこに行く?」
逃げ惑って道に迷い、漸く外に出られたと思ったら、ノアがすぐそこで待っていた。
(こいつ本当はただ遊びたいだけなんじゃないのか?)
よかろう、ならば気が済むまで付き合ってやろうじゃないか。
だがその前に。
「だったらもうシルヴィアを出してあげても良いんじゃない?」
言おうと思っていた事を、茜に言われてしまった。
この場所には何もない。
何もないが、不思議と満ち足りていた。
自身を包む空間は心地よく、まるで揺籠に揺られているような安心感がある。
音は聞こえない。最初はただ自分の呼吸と心臓の音だけが聞こえていたが、それも次第に聞こえなくなった。状況に慣れて、意識にのぼらなくなったのだろう。
けれど代わりに意識を占め始めたものがある。
耳には聞こえないけれど、その想いは心に伝わってきた。
この一時だけはノアを救おうと手を伸ばす。
しかし今、シルヴィアは文字通り手も足も出ない状況に――
と思った瞬間、シルヴィアは揺籠から放り出されていた。
「……え?」
何が起きた? ここはどこだ? 今これはどんな状況なのだ?
「お帰りシルヴィア!」
駆け寄った茜に身体中をぺたぺた触られて、シルヴィアはますます困惑を深めた。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ああ」
問題ないと言おうとしたその時、ノアの姿が目に入った。
シルヴィアが腰の軍刀に手をかける。
「待って、これはそういうのじゃないの! 今この子、ただの構ってちゃんだから!」
気が付けばシルヴィアは虚無顔で超ロングスライダーを滑走していた。その顔のままフリーフォールされ、宇宙船で360度ぶん回され、フードコートで串揚げのソースを二度付けして叱られていた。
そして何が起きているのかさっぱりわからないまま、気が付けば四人で締めの観覧車に乗っていた。
園内のあちこちでライトアップが始まる中、ゴンドラはゆっくりと高度を上げて行く。ガラスに映った顔はどれも疲れた様子で、けれど満足げに輝いていた。誰も何も言わないけれど、その沈黙が心地良い。
やがてその沈黙を、ドンという腹に響く音が破った。
「花火!」
茜が声を上げる。ゴンドラのすぐ脇で大輪の花が咲いた。次々に咲いては散る花火の中をゴンドラは行く。
ドン、ドドン。
(僕が人間でなければ、君達と一緒にいる未来もあっただろうか)
ふと湧き上がった想いを、ノアは音の後ろにそっと滑り込ませる。
その表情を見て、茜が口を開いた。今は二人、仲良く並んでいるように見えるシルヴィアとノアに向かって。
「君達のような、身を焦がすほどの想いを私は持ったことが無い――それが愛であれ憎しみであれ、怒りや切望であれ。だからもっと教えてよ。今度は私が二人に教わりたいんだ」
それを聞いて、シルヴィアは何故か英俊の顔を見た。
「君にとっての先生なら、もっと身近にいるじゃないか」
「同感だ」
ノアもまた意味ありげな視線を英俊に投げる。
「唯人2号、欲しいなら早めに手を出した方が良いよ? 僕みたいに死んでからじゃ遅いからね」
「なっ、何を……っ」
言われた事の意味はわかっている。頭上に「?」を浮かべているのは茜だけだ。
(天石はエイシュンを弟の様に思ってくれているようだが……)
その正体を茜は知らない。出会ってから数年、エイシュンは外見的に成長する事もなく悪夢の中で茜と共に戦って来た。だがきっと近いうちに違和感を抱かれる。
(勘が鋭い彼女はすぐ正体に気付くだろう)
出来ればそれまでに自分がエイシュンだと伝えたいが、勇気が足りない――そんな葛藤と逡巡が、二人の目には恋愛感情に映るのだろう……と、英俊は分析してみた。
その目の前に、不思議なキャラメルが差し出される。
「望月先輩! 永遠は無いですけど……今、この時は! 一緒にいて下さいね!」
その言葉に心臓が飛び跳ねたのも、きっとそのせいだ。
せめて今は今のままで思い出を作ろうと、英俊はそれを二人で分け合った。
やがてゴンドラは地上に降りる。
「僕はここでお別れだ」
シルヴィアの手に不思議なバルーンを持たせ、ノアが言った。
「アルヴィンと家族になりたかった。ただ手を繋いで欲しかった。でも、アルヴィンとイザベラが……大好きな二人が幸せであれば、本当はそれだけで」
言葉を切り、寂しげに微笑んで、ノアは去る。
いつかまた、こんな不思議が訪れるなら、気紛れに同じ時を過ごしてみるのも良いだろう。
君はどんな“花の領地”を作るのかな。
僕はずっと君達を見ているよ――