怪しいキノコは酒厳禁
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2024年09月14日 14時00分48秒
●怪しいキノコは酒厳禁
深い森の中、歩くのは【ストレガ・L・リベルガストラ】だ。
季節も巡り、キノコが美味しい時期になってきたので彼女はキノコ狩りに来ていた。
薬に使う薬草なども採取しながら、珍しいキノコや新種でもないかと辺りを注意深く観察しながら彼女は歩いている。
「ふむ……見知ったキノコばかり。そうそうあるものではないかー」
この採取地に彼女は何度も足を運んでいる。庭、という程ではないが何が生え、何が危険かそのぐらいは熟知している。
キノコや薬草が多めに自生するこの辺りは危険な生物は少ない。それ故に危険度の低い温厚な魔獣がうろついているのが日常だ。
てちてちと歩く足の短い魔獣を見つつ、ストレガは採取箱を見る。中身は、薬に使えるアオムラサキ草や果汁を絞れば何かと有用なキノモモなどなど、そう変わり映えのしないものたちが並ぶ。
研究者という者は何かと新発見や新しい事柄に惹かれるものだ。それは彼女とて例外ではない。
「む? あの辺りの草が変質している? これは……」
ふと、視線を向けた木の根元。何やら草が変色し、くたびれているように見える。不思議に思ってストレガは木の根元に近づくと、しゃがんで根元を漁ってみる。
すると、草の合間から見知らぬキノコの頭部分が見えた。色は青と紫のストライプ。毒々しいその色合いは見た目だけで言えば、実に毒キノコである。
十分に注意しながらストレガはそのキノコの一部を採集、手首の内側に擦りつける。毒ならば、かぶれたり、肌が荒れたりと何かしらの反応がある筈だ。
しかし、しばらく経っても特に肌に変化はなかった。完全に安全とは言い切れないが、とりあえずは持ち帰っても問題はなさそうだ。
「それにしても……この香り、すんすん……こう、うずうずするような、なんなのだ、これは。嗅いだことがあるような気も……」
立派なキノコを嗅ぎ、ストレガは記憶の中に似た匂いがあったことに気が付く。それは【夕刻の部屋に差し込む日差しの中、情熱が地平線を突破】した時に感じたものだ。
少しうっとりした顔を浮かべながらストレガはキノコに頬ずりする。その瞳は潤み、少々熱を帯びているようにも見えなくもない。新種の発見に喜んでいるのだろうか。
「ふむ、煮たり焼いたりと試すのもアリなのだ。知らぬキノコは記録するに、はふぅ、値するのだー」
採取箱にそのキノコを突っ込むと、ストレガは帰路に着いた。
思えば、この時から既に彼女は少々正気を失っていたのかもしれない。
森の奥にある自宅兼研究所に帰り着くと、ストレガを助手の青年【レゼル】が出迎える。
いつものように荷物を受け取り、部屋に運ぶとレゼルは背中の柔らかい感触に立ち止まる。どうやらストレガが背後から抱き着いてきたようだ。
「ふふふ、少年……採ってきたキノコを炒めようと思うのだが、何味がいいのだー? 何でもいいのだ」
「ス、ストレガ様ぁ!? 密着されると色々とやばいですって!?」
ぎゅっと抱き着いたストレガはレゼルの頭を撫でながら、うっとりした表情で首辺りに頬ずりしている。何やらマタタビに浮かされた猫っぽい動きをしながらストレガは微笑んでいた。
成長して立派に育ったレゼルを少年、少年と昔と変わらない名で呼び、可愛がるのはいつもと変わらないのだが……今日はやたらと密着的なスキンシップが多かった。
くっつかれているレゼルは助手とは言え、彼も男性。美しく、見目麗しいストレガに密着されて平静ではいられない。
「りょ、料理の準備をするのでしょう? そ、そろそろ、具材を切り分けませんと!」
「……料理。そうだったのだー、新種のキノコを食べてみるとしよう。何事も経験、記録はしっかりとしなくては」
ぽやぽやとした顔をしながらストレガは料理の準備をしていく。フライパンや具材を並べていく様は普段と変わらない。
だが彼女をよく見ていたレゼルから見れば、今日のストレガは少々“おかしい”のだ。どこがどうとはうまく言えないが。
(機嫌がいいのか? いや、もっと違うような……それこそ【地平線を砕き、朝日を浴びた時】のような、幸福感があるというか……帰りに酒でも飲んだのかな?)
採取に出かけ、食事を済ませたり酒を店で飲んでから帰ってくることも少なくはない。今日の様子はそういった“いいこと”をしてから帰って来た時に近い。
レゼルが人参やじゃがいもを切るなどの下準備を進めている間、ストレガはぱらぱらと本をめくっていた。それは彼女とは別の過去のストレガが記した書物【キノコ・マジヤベエ】である。その本には、世界に存在するありとあらゆるキノコを食して資料をまとめた真のキノコ中毒者とも言われる彼女の体験をもとにあらゆるキノコの味や危険性、有用性が記されている名著である。そんなキノコ大好きなストレガの最期は、毒キノコにやられたというのだから、まさにキノコに始まり、キノコに終わった生涯だったと言えるだろう。
「ストレガ様、それはもしかして何代か前のストレガ様の……?」
「うむ。彼女はキノコを中心に研究していたのだ。その技術と探求心、実践する姿勢は尊敬に値する。この本にそのキノコのことが載っていたのだが……危険な毒はない、気分が昂揚するとかそういうことしか書かれていないのだ。何か、実践できない理由でもあったのだろうか」
キノコに情熱を傾け続けた著者らしくなく、そのキノコに関しては記述が少ない。というか、文章もどこか寂しげである。どういった理由かはわからないが、名称すらつけていない模様。
「本当ですね。他のキノコは詳しく書いてあるのに、このキノコに関しては記述はほぼ無いです。それと……この最後の【もう、マジつらたん。むりぽ】って何でしょう?」
「何かしらの理由で心底、憔悴していたのだろう。恐らくではあるが」
代々受け継がれるストレガの名。そのストレガたちの中には、変わった語尾の者も少なくはない。この著者もその一人だった。キノコ好き過ぎた故か、彼女は生涯独身だったという。
そんな話をしながらストレガは、フライパンに油を引くとじゃがいも、人参などの火が通りにくい素材から炒めていく。
軽く塩、胡椒を振りながら焦げ付かないように混ぜ合わせつつ、タイミングを見て例のキノコを投入。しばらく火を通すと、独特の香りが当たりに広がった。
うっとりとした目をしながら、フライパン片手にストレガは隣に立つレゼルへ身を寄せる。それはまるで、恋人へするかのような甘い雰囲気を纏わせていた。
普段の冷静な彼女からは想像もつかない行動にレゼルは真っ赤になって俯いた。
「ふふ、どうしたのだ少年? 今更、何を恥ずかしがることがあるのだー?」
「そ、それはですね! こういうのは、新鮮というかなんというか! ああ、えっと、そろそろタレを入れるべきでは!?」
雰囲気に耐えられなかったレゼルは味噌と醤油を合わせておいた器をストレガに差し出す。ストレガはそれを受け取ると具材の中にタレを投入、手際よく混ぜ合わせていく。
タレとからめたキノコ炒めを皿に盛り付けるストレガを見ながらレゼルは覚えのある匂いを感じていた。
(この匂いって……アレだよな? でも、何でキノコからそんな匂いが……いや、あれもある意味では“キノコ”と称されるけども)
ストレガの要望で果実酒を用意し、レゼルも夕飯を食べる為にテーブルについた。目の前でストレガは左右に揺れながら微笑んでおり、なにやら気分がよさそうだ。
「では実食なのだー! はむっ……うむ、爽やかな味わいでとてもタレとよく合うのだ!」
「ほんとですね、凄い美味しいですよ、コレ。この感じだったら、様々なタレ系の料理と合わせても良いでしょうし、揚げてもありだと思います」
ストレガが採ってきた例のキノコは大変美味しく、特に味の変化もなかった為、二人は楽しく食事をしながらあのキノコは有毒ではないようだ、と結論付けようとした。
だがそれから数時間後、事態が変わる。ストレガが強い酒に酔ったように酩酊し、起き上がる事すらできなくなったのだ。
「うう、視界がぁあ、ぐるぐるぅう、するのだぁあ……」
「大丈夫ですか、ストレガ様? いつもならあのぐらいの酒でこんな風にはならないのに……」
ぐわんぐわんとする頭で、ストレガは考えた。食事の中に原因があると。
そうなると原因は一つしか思い当たらない。そう、例のキノコだ。
直接的な毒はなかったにしろ、何かしらの作用を強める効果があったのだろう。
して、同じ食事をしたというのにレゼルは平気でストレガは駄目な理由は何か。
答えは明白だった。酒を飲んだか、飲んでいないか、である。
ストレガとレゼルは食事をしながら酒を楽しむことは少なくはない。
だが今日のレゼルはストレガの状態を見て、夜中にある研究がおこなわれる可能性を考え、酒を意図的に飲まなかったのだ。
それ故にストレガにだけ症状が出て、彼は平気だったのだろう。
頬を赤く染め、潤んだ瞳で見上げながら荒い呼吸を続けているストレガはレゼルを呼んだ。レゼルはそのストレガの所作にドキッとする。
「ちょうどいいのだ、この機会に……回復体位を実践練習すればいい。まず、身体を横にして――」
「わ、わかりました! えっと、辛かったら言ってくださいね?」
その後、ストレガに指示されながらレゼルは回復体位の練習をした。
まず、横に寝かせたストレガの上の手を顎の下に入れ、頭を傾けてから顎を前に出すようにして喉の気道を確保、もう片方の腕は伸ばしておく。こうすることで呼吸は少し楽になるのだ。
次に上側の足を90度程度に曲げ、ストレガが倒れないようにしておく。身体がぐらつかないようにするのは大事なことだ。
「ふぅ、少し楽になったのだー。だが目の前はグルグルしているが。ふむ、そうだ……さっきのキノコはぁ、はははは、断酒茸とでも名付けるのだー、ふふふ」
なんだか楽しそうに話しているストレガだが、レゼルから見れば酷い酩酊状態であり、そんな呑気なことを言う余裕はなさそうに見える。ストレガ故、だろうか。
「まさに名は体を表すと言った感じになりそうですね。その名称なら、酒と一緒に食べることは無くなりそうでいいと思います」
潤んだ瞳でレゼルを見ながら、ストレガは自分の状態をよく観察し飼料に纏めるようにとレゼルに指示した。
食事の際の飲酒量、食べたキノコの量、酩酊するまでの時間やストレガの発汗や体の各部の状態。記すことは山ほどある。
レゼルは記録しながら、ストレガの視線が少々変わってきていることに気が付いた。酩酊した者の眼というよりは、ハンターというか、森で獲物を見つけた獣のようだとでもいうべきか。
「……」
それをストレガも感じていた。キノコを採った時のあの香りがどんどん強まってきている気がするのだ。香しく、頬ずりしたくなるような香り。
(どこなのだ? あの、匂いの……出所は? もう、キノコはない筈なのに……)
キノコは少量だけ採った為か、夕食で使い切ってしまった。匂いの元となるキノコはどこにもない。
それなのに、香りは強くなる一方でストレガの身体はその匂いに反応するようにむず痒く疼き、彼女は足をもじもじさせる。痒いところがあるのに、その場所がわからないような何とも言えない感覚だ。強い虫刺されとでも言えばいいだろうか。
「むぐぅうう……痒いのだぁー、少年、足を掻いてくれー、痒くて仕方ないが、動けないのだー」
美脚を伸ばし、足先で手招きするようにストレガはレゼルを呼んだ。
彼は目のやり場に困りながらも、ストレガの隣に座ると太ももを彼女の代わりに掻いた。柔らかい太ももの感触に、彼は頬を染めて目を逸らす。
「もうちょっと上なのだー、そうそう、もっと上にぃ―」
「こ、ここですか?」
赤面しつつもある程度掻いてやるとストレガは満足したのか、微笑む。
目のやり場に困っていたレゼルはほっと胸を撫で下ろしたが、彼の受難は終わらない。そう、理性が試されているのだ。
「少年、風呂に入りたいのだー」
「何言ってるんですか、ストレガ様。酩酊状態での風呂は危険だと、あれだけ言っていたじゃないですか」
危ないからダメだと言って聞かせようとしたレゼルだったが、まるで駄々っ子のようにストレガは風呂に入りたいと主張する。
「入りたいったら、入りたいのだーっ! お風呂ぉーっ、お風呂にぃー、入りたいのだぁあーっ」
瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな勢いだった為、レゼルは妥協案として湯を桶に持ってきて身体を拭くことを提案する。
ストレガもそれならば、と了承しレゼルは沸かした湯をたっぷりと桶に持ってきて、服を脱いだストレガの身体を湯に浸した薄布で拭いていく。
背中や腕は良かったのだが……当然、ある部分を拭く時には彼の理性が試された。揺らぐ理性と情熱。彼の精神が揺さぶられている。
「もっと遠慮なく、ごしごし拭いていいのだー?」
「いえいえ、流石にそれは……」
「ふふ、研究の際には豪快で逞しく【黄昏のソラに燃ゆる終末】のようだとういうのにー。あの時のようにしていいのだー」
それとこれとは話が別です、と恥ずかしそうにしながら身体を拭き終えたレゼルは恒例である夕飯後の自家製香油マッサージを行った。
心地よいマッサージにストレガはうとうとしてしまっているようだ。
「はふぅ……手間を駆けさせた褒美は、必ず取らせるのだ。あう、気持ちがいいのだぁ、そうだ、気持ちがいいと言えばぁ……煙湯という香木を焚いてぇ、浴びる方法がぁ……うぐぅ……っ」
どうやら最後まで話す前に寝てしまったようだ。彼女を抱え、ベッドに運んで共にレゼルは眠りについた。
これで一連のキノコ騒動も終わった、とレゼルは思っていたが……どうやらそういうことではなかったらしい。
それは夜中の出来事。
何やら強い視線を感じてレゼルが目を覚ますと、そこにいたのはストレガだった。
だがいつもと違い、少し涎を垂らしながら笑うその目は“美味しい獲物を見つけた肉食獣”そのものだ。
荒い呼吸を吐きながら、ストレガはレゼルに近づく。
「はふぅう……あのキノコの本来の効果はぁ、こっちだったようなのだ……ふう、ふう、では少年……研究するのだ」
待ってという言葉を出す前に、ストレガは【地平線の向こうで輝く朝日】を目指し【情熱と探求心の狭間】で【考察と希望への階段】を駆け上がった。
レゼルは朝まで研究につき合わされ、解放されることはなかったという。
翌朝。
酷い頭痛に苦しみながら、ストレガは体を起こす。隣ではぐったりとしたレゼルが死んだように眠っていた。
「うむぅうう……一体、昨日の夜は何があったのだ? 体が重く、筋肉痛が酷いのだ……頭痛もするし、うぬぬ」
机の傍らにあった研究メモを見るが、何やら湿ってしわしわであり、いくつもの染みがある。文字はミミズがのたくったような感じで判読することはできない。一体、昨日の夜に何があったのだろうか。真相は闇の中である。
薬を煎じながら、ストレガはふと気が付いた。昨日感じていた香りが何やら薄まっていることに。全く感じないわけではないが、明らかに昨日よりも薄い。
「ふむ、一日経つとこうも違うものなのだ? それとも何かしら昨日のいずれかの行動が影響?」
「ふわぁあ、起きたんですね、ストレガ様」
振り向くとレゼルが寝床から上半身を起こし、伸びをしている。
「おはよう、少年。うむ、少々頭は痛いが……」
「酩酊した翌日ですからね、二日酔いなんでしょう、きっと」
話を聞くと彼も昨日の夜のことは覚えていないようだ。そればかりか彼も二日酔いらしい。
「酒を飲んでいないのに何で二日酔いになってるのだ?」
「どうやら夜中に起きて、酒を飲んだみたいなんですが……覚えてないんですよね」
見れば、机には二人分のコップがある。どうやらストレガも飲んだようだ。
「夜中に酒を? 起きて飲む? 一体……夜中に何があったのだ」
気になったストレガは断酒茸をもういくつか採取し、経過を観察することを決めたようだ。
その結果、断酒茸の記述には【食した後は酒厳禁。飲むと反応する毒あり。酒を求めるようになる模様? 要検証】と記述が書き加えられたという。
まだ断酒茸の性質は奥が深そうなのであった。
深い森の中、歩くのは【ストレガ・L・リベルガストラ】だ。
季節も巡り、キノコが美味しい時期になってきたので彼女はキノコ狩りに来ていた。
薬に使う薬草なども採取しながら、珍しいキノコや新種でもないかと辺りを注意深く観察しながら彼女は歩いている。
「ふむ……見知ったキノコばかり。そうそうあるものではないかー」
この採取地に彼女は何度も足を運んでいる。庭、という程ではないが何が生え、何が危険かそのぐらいは熟知している。
キノコや薬草が多めに自生するこの辺りは危険な生物は少ない。それ故に危険度の低い温厚な魔獣がうろついているのが日常だ。
てちてちと歩く足の短い魔獣を見つつ、ストレガは採取箱を見る。中身は、薬に使えるアオムラサキ草や果汁を絞れば何かと有用なキノモモなどなど、そう変わり映えのしないものたちが並ぶ。
研究者という者は何かと新発見や新しい事柄に惹かれるものだ。それは彼女とて例外ではない。
「む? あの辺りの草が変質している? これは……」
ふと、視線を向けた木の根元。何やら草が変色し、くたびれているように見える。不思議に思ってストレガは木の根元に近づくと、しゃがんで根元を漁ってみる。
すると、草の合間から見知らぬキノコの頭部分が見えた。色は青と紫のストライプ。毒々しいその色合いは見た目だけで言えば、実に毒キノコである。
十分に注意しながらストレガはそのキノコの一部を採集、手首の内側に擦りつける。毒ならば、かぶれたり、肌が荒れたりと何かしらの反応がある筈だ。
しかし、しばらく経っても特に肌に変化はなかった。完全に安全とは言い切れないが、とりあえずは持ち帰っても問題はなさそうだ。
「それにしても……この香り、すんすん……こう、うずうずするような、なんなのだ、これは。嗅いだことがあるような気も……」
立派なキノコを嗅ぎ、ストレガは記憶の中に似た匂いがあったことに気が付く。それは【夕刻の部屋に差し込む日差しの中、情熱が地平線を突破】した時に感じたものだ。
少しうっとりした顔を浮かべながらストレガはキノコに頬ずりする。その瞳は潤み、少々熱を帯びているようにも見えなくもない。新種の発見に喜んでいるのだろうか。
「ふむ、煮たり焼いたりと試すのもアリなのだ。知らぬキノコは記録するに、はふぅ、値するのだー」
採取箱にそのキノコを突っ込むと、ストレガは帰路に着いた。
思えば、この時から既に彼女は少々正気を失っていたのかもしれない。
森の奥にある自宅兼研究所に帰り着くと、ストレガを助手の青年【レゼル】が出迎える。
いつものように荷物を受け取り、部屋に運ぶとレゼルは背中の柔らかい感触に立ち止まる。どうやらストレガが背後から抱き着いてきたようだ。
「ふふふ、少年……採ってきたキノコを炒めようと思うのだが、何味がいいのだー? 何でもいいのだ」
「ス、ストレガ様ぁ!? 密着されると色々とやばいですって!?」
ぎゅっと抱き着いたストレガはレゼルの頭を撫でながら、うっとりした表情で首辺りに頬ずりしている。何やらマタタビに浮かされた猫っぽい動きをしながらストレガは微笑んでいた。
成長して立派に育ったレゼルを少年、少年と昔と変わらない名で呼び、可愛がるのはいつもと変わらないのだが……今日はやたらと密着的なスキンシップが多かった。
くっつかれているレゼルは助手とは言え、彼も男性。美しく、見目麗しいストレガに密着されて平静ではいられない。
「りょ、料理の準備をするのでしょう? そ、そろそろ、具材を切り分けませんと!」
「……料理。そうだったのだー、新種のキノコを食べてみるとしよう。何事も経験、記録はしっかりとしなくては」
ぽやぽやとした顔をしながらストレガは料理の準備をしていく。フライパンや具材を並べていく様は普段と変わらない。
だが彼女をよく見ていたレゼルから見れば、今日のストレガは少々“おかしい”のだ。どこがどうとはうまく言えないが。
(機嫌がいいのか? いや、もっと違うような……それこそ【地平線を砕き、朝日を浴びた時】のような、幸福感があるというか……帰りに酒でも飲んだのかな?)
採取に出かけ、食事を済ませたり酒を店で飲んでから帰ってくることも少なくはない。今日の様子はそういった“いいこと”をしてから帰って来た時に近い。
レゼルが人参やじゃがいもを切るなどの下準備を進めている間、ストレガはぱらぱらと本をめくっていた。それは彼女とは別の過去のストレガが記した書物【キノコ・マジヤベエ】である。その本には、世界に存在するありとあらゆるキノコを食して資料をまとめた真のキノコ中毒者とも言われる彼女の体験をもとにあらゆるキノコの味や危険性、有用性が記されている名著である。そんなキノコ大好きなストレガの最期は、毒キノコにやられたというのだから、まさにキノコに始まり、キノコに終わった生涯だったと言えるだろう。
「ストレガ様、それはもしかして何代か前のストレガ様の……?」
「うむ。彼女はキノコを中心に研究していたのだ。その技術と探求心、実践する姿勢は尊敬に値する。この本にそのキノコのことが載っていたのだが……危険な毒はない、気分が昂揚するとかそういうことしか書かれていないのだ。何か、実践できない理由でもあったのだろうか」
キノコに情熱を傾け続けた著者らしくなく、そのキノコに関しては記述が少ない。というか、文章もどこか寂しげである。どういった理由かはわからないが、名称すらつけていない模様。
「本当ですね。他のキノコは詳しく書いてあるのに、このキノコに関しては記述はほぼ無いです。それと……この最後の【もう、マジつらたん。むりぽ】って何でしょう?」
「何かしらの理由で心底、憔悴していたのだろう。恐らくではあるが」
代々受け継がれるストレガの名。そのストレガたちの中には、変わった語尾の者も少なくはない。この著者もその一人だった。キノコ好き過ぎた故か、彼女は生涯独身だったという。
そんな話をしながらストレガは、フライパンに油を引くとじゃがいも、人参などの火が通りにくい素材から炒めていく。
軽く塩、胡椒を振りながら焦げ付かないように混ぜ合わせつつ、タイミングを見て例のキノコを投入。しばらく火を通すと、独特の香りが当たりに広がった。
うっとりとした目をしながら、フライパン片手にストレガは隣に立つレゼルへ身を寄せる。それはまるで、恋人へするかのような甘い雰囲気を纏わせていた。
普段の冷静な彼女からは想像もつかない行動にレゼルは真っ赤になって俯いた。
「ふふ、どうしたのだ少年? 今更、何を恥ずかしがることがあるのだー?」
「そ、それはですね! こういうのは、新鮮というかなんというか! ああ、えっと、そろそろタレを入れるべきでは!?」
雰囲気に耐えられなかったレゼルは味噌と醤油を合わせておいた器をストレガに差し出す。ストレガはそれを受け取ると具材の中にタレを投入、手際よく混ぜ合わせていく。
タレとからめたキノコ炒めを皿に盛り付けるストレガを見ながらレゼルは覚えのある匂いを感じていた。
(この匂いって……アレだよな? でも、何でキノコからそんな匂いが……いや、あれもある意味では“キノコ”と称されるけども)
ストレガの要望で果実酒を用意し、レゼルも夕飯を食べる為にテーブルについた。目の前でストレガは左右に揺れながら微笑んでおり、なにやら気分がよさそうだ。
「では実食なのだー! はむっ……うむ、爽やかな味わいでとてもタレとよく合うのだ!」
「ほんとですね、凄い美味しいですよ、コレ。この感じだったら、様々なタレ系の料理と合わせても良いでしょうし、揚げてもありだと思います」
ストレガが採ってきた例のキノコは大変美味しく、特に味の変化もなかった為、二人は楽しく食事をしながらあのキノコは有毒ではないようだ、と結論付けようとした。
だがそれから数時間後、事態が変わる。ストレガが強い酒に酔ったように酩酊し、起き上がる事すらできなくなったのだ。
「うう、視界がぁあ、ぐるぐるぅう、するのだぁあ……」
「大丈夫ですか、ストレガ様? いつもならあのぐらいの酒でこんな風にはならないのに……」
ぐわんぐわんとする頭で、ストレガは考えた。食事の中に原因があると。
そうなると原因は一つしか思い当たらない。そう、例のキノコだ。
直接的な毒はなかったにしろ、何かしらの作用を強める効果があったのだろう。
して、同じ食事をしたというのにレゼルは平気でストレガは駄目な理由は何か。
答えは明白だった。酒を飲んだか、飲んでいないか、である。
ストレガとレゼルは食事をしながら酒を楽しむことは少なくはない。
だが今日のレゼルはストレガの状態を見て、夜中にある研究がおこなわれる可能性を考え、酒を意図的に飲まなかったのだ。
それ故にストレガにだけ症状が出て、彼は平気だったのだろう。
頬を赤く染め、潤んだ瞳で見上げながら荒い呼吸を続けているストレガはレゼルを呼んだ。レゼルはそのストレガの所作にドキッとする。
「ちょうどいいのだ、この機会に……回復体位を実践練習すればいい。まず、身体を横にして――」
「わ、わかりました! えっと、辛かったら言ってくださいね?」
その後、ストレガに指示されながらレゼルは回復体位の練習をした。
まず、横に寝かせたストレガの上の手を顎の下に入れ、頭を傾けてから顎を前に出すようにして喉の気道を確保、もう片方の腕は伸ばしておく。こうすることで呼吸は少し楽になるのだ。
次に上側の足を90度程度に曲げ、ストレガが倒れないようにしておく。身体がぐらつかないようにするのは大事なことだ。
「ふぅ、少し楽になったのだー。だが目の前はグルグルしているが。ふむ、そうだ……さっきのキノコはぁ、はははは、断酒茸とでも名付けるのだー、ふふふ」
なんだか楽しそうに話しているストレガだが、レゼルから見れば酷い酩酊状態であり、そんな呑気なことを言う余裕はなさそうに見える。ストレガ故、だろうか。
「まさに名は体を表すと言った感じになりそうですね。その名称なら、酒と一緒に食べることは無くなりそうでいいと思います」
潤んだ瞳でレゼルを見ながら、ストレガは自分の状態をよく観察し飼料に纏めるようにとレゼルに指示した。
食事の際の飲酒量、食べたキノコの量、酩酊するまでの時間やストレガの発汗や体の各部の状態。記すことは山ほどある。
レゼルは記録しながら、ストレガの視線が少々変わってきていることに気が付いた。酩酊した者の眼というよりは、ハンターというか、森で獲物を見つけた獣のようだとでもいうべきか。
「……」
それをストレガも感じていた。キノコを採った時のあの香りがどんどん強まってきている気がするのだ。香しく、頬ずりしたくなるような香り。
(どこなのだ? あの、匂いの……出所は? もう、キノコはない筈なのに……)
キノコは少量だけ採った為か、夕食で使い切ってしまった。匂いの元となるキノコはどこにもない。
それなのに、香りは強くなる一方でストレガの身体はその匂いに反応するようにむず痒く疼き、彼女は足をもじもじさせる。痒いところがあるのに、その場所がわからないような何とも言えない感覚だ。強い虫刺されとでも言えばいいだろうか。
「むぐぅうう……痒いのだぁー、少年、足を掻いてくれー、痒くて仕方ないが、動けないのだー」
美脚を伸ばし、足先で手招きするようにストレガはレゼルを呼んだ。
彼は目のやり場に困りながらも、ストレガの隣に座ると太ももを彼女の代わりに掻いた。柔らかい太ももの感触に、彼は頬を染めて目を逸らす。
「もうちょっと上なのだー、そうそう、もっと上にぃ―」
「こ、ここですか?」
赤面しつつもある程度掻いてやるとストレガは満足したのか、微笑む。
目のやり場に困っていたレゼルはほっと胸を撫で下ろしたが、彼の受難は終わらない。そう、理性が試されているのだ。
「少年、風呂に入りたいのだー」
「何言ってるんですか、ストレガ様。酩酊状態での風呂は危険だと、あれだけ言っていたじゃないですか」
危ないからダメだと言って聞かせようとしたレゼルだったが、まるで駄々っ子のようにストレガは風呂に入りたいと主張する。
「入りたいったら、入りたいのだーっ! お風呂ぉーっ、お風呂にぃー、入りたいのだぁあーっ」
瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな勢いだった為、レゼルは妥協案として湯を桶に持ってきて身体を拭くことを提案する。
ストレガもそれならば、と了承しレゼルは沸かした湯をたっぷりと桶に持ってきて、服を脱いだストレガの身体を湯に浸した薄布で拭いていく。
背中や腕は良かったのだが……当然、ある部分を拭く時には彼の理性が試された。揺らぐ理性と情熱。彼の精神が揺さぶられている。
「もっと遠慮なく、ごしごし拭いていいのだー?」
「いえいえ、流石にそれは……」
「ふふ、研究の際には豪快で逞しく【黄昏のソラに燃ゆる終末】のようだとういうのにー。あの時のようにしていいのだー」
それとこれとは話が別です、と恥ずかしそうにしながら身体を拭き終えたレゼルは恒例である夕飯後の自家製香油マッサージを行った。
心地よいマッサージにストレガはうとうとしてしまっているようだ。
「はふぅ……手間を駆けさせた褒美は、必ず取らせるのだ。あう、気持ちがいいのだぁ、そうだ、気持ちがいいと言えばぁ……煙湯という香木を焚いてぇ、浴びる方法がぁ……うぐぅ……っ」
どうやら最後まで話す前に寝てしまったようだ。彼女を抱え、ベッドに運んで共にレゼルは眠りについた。
これで一連のキノコ騒動も終わった、とレゼルは思っていたが……どうやらそういうことではなかったらしい。
それは夜中の出来事。
何やら強い視線を感じてレゼルが目を覚ますと、そこにいたのはストレガだった。
だがいつもと違い、少し涎を垂らしながら笑うその目は“美味しい獲物を見つけた肉食獣”そのものだ。
荒い呼吸を吐きながら、ストレガはレゼルに近づく。
「はふぅう……あのキノコの本来の効果はぁ、こっちだったようなのだ……ふう、ふう、では少年……研究するのだ」
待ってという言葉を出す前に、ストレガは【地平線の向こうで輝く朝日】を目指し【情熱と探求心の狭間】で【考察と希望への階段】を駆け上がった。
レゼルは朝まで研究につき合わされ、解放されることはなかったという。
翌朝。
酷い頭痛に苦しみながら、ストレガは体を起こす。隣ではぐったりとしたレゼルが死んだように眠っていた。
「うむぅうう……一体、昨日の夜は何があったのだ? 体が重く、筋肉痛が酷いのだ……頭痛もするし、うぬぬ」
机の傍らにあった研究メモを見るが、何やら湿ってしわしわであり、いくつもの染みがある。文字はミミズがのたくったような感じで判読することはできない。一体、昨日の夜に何があったのだろうか。真相は闇の中である。
薬を煎じながら、ストレガはふと気が付いた。昨日感じていた香りが何やら薄まっていることに。全く感じないわけではないが、明らかに昨日よりも薄い。
「ふむ、一日経つとこうも違うものなのだ? それとも何かしら昨日のいずれかの行動が影響?」
「ふわぁあ、起きたんですね、ストレガ様」
振り向くとレゼルが寝床から上半身を起こし、伸びをしている。
「おはよう、少年。うむ、少々頭は痛いが……」
「酩酊した翌日ですからね、二日酔いなんでしょう、きっと」
話を聞くと彼も昨日の夜のことは覚えていないようだ。そればかりか彼も二日酔いらしい。
「酒を飲んでいないのに何で二日酔いになってるのだ?」
「どうやら夜中に起きて、酒を飲んだみたいなんですが……覚えてないんですよね」
見れば、机には二人分のコップがある。どうやらストレガも飲んだようだ。
「夜中に酒を? 起きて飲む? 一体……夜中に何があったのだ」
気になったストレガは断酒茸をもういくつか採取し、経過を観察することを決めたようだ。
その結果、断酒茸の記述には【食した後は酒厳禁。飲むと反応する毒あり。酒を求めるようになる模様? 要検証】と記述が書き加えられたという。
まだ断酒茸の性質は奥が深そうなのであった。