過日の言葉、今の思い
キャラクターノベル制作 崎田航輝納品 2024年09月21日 15時24分26秒
広い通りに出れば、賑やかさが増す。
「……ここは変わらないな」
商店へ歩む人々。ギルドへ向かう者達、迷宮を目指す探索者。
――迷宮都市エドゥノーグ。
その喧騒の中、一度目を閉じて。カイン・ステラは道をゆっくりと歩みだしていた。
カペル領フロル。
花薫るその地から、療養生活を送るカインが辺境へ足を伸ばすと決めたのは、ある日の事だった。
自分は天涯孤独になってしまった――そう長く思っていたけれど。
縁があり、遠い親戚と巡り会う事が出来た事。
そして高祖父の甥の死を看取った、あの時の事。
(俺は――)
親しい人の死は常に自分の知らない所で起き、後から知らされるものでしかないと思っていた。けれどあの時そうじゃなくなったから。
もう一度、自分が目にするべきものの前に行こうと思ったのだ。
それは使命感とは違う。
(多分、俺は……)
――ずっと、そう言いたかったから。
平和が訪れた今も、迷宮都市は見慣れた様相でもあった。
人々が生活と冒険に向き合い、逞しく生きている。
カインはそれを横目に道を進む。
目的の場所は決まっていた。だから――その中途で予想しない顔に会えるとは決して思っていなかった。
けれどそれは一つの必然でもあったろうか。
「カインさん?」
ふと声を掛ける人影に、カインは振り返って……微かに驚く。
「……ソルスか?」
頷いて表情を和らげたのは、ドワーフ王国の鍛冶師の青年だった。
山脈以来の再会。少し大人の面影を宿した彼に、「久しぶりだ」と言葉を交わしてカインも歩み寄る。
あれからの事が気になっていたが――
「それは……」
ふと目に留まったのはソルスの荷馬車。
ソルスが頷いて覆いを捲ると……木材と金属を組み合わせた製品があった。
「義足か」
「うん。親方が、迷宮で足を失った元冒険者の人達に届ける為。俺は同行してきたんだ」
カインは一つ一つを観察する。
「お前が作ったのか?」
「一部は」
成程とカインは頷く。
軽い素材で可動域も広い。使う人間の事を考えていると、一目で分かった。
「よく出来てるな」
「帝国事変も終わって……武器よりも義手や義足こそ求められる物だって、改めて思ったんだ」
「自分の道を進んでるんだな」
カインの言葉に、ソルスははにかむ。
「カインさん達のおかげだよ。あの助言で……初めて自分の道を見つけられたんだと思う」
そちらは今何を、という問いに――カインは「少しな」とだけ返した。
「用があって来たんだ」
それ以上は、語らずに。後は別れを告げて歩み出す。
ソルスはその背中を少し、見つめていた。
カインの目指す先は、商店街でもギルドでもなかった。
フロルでは、ここに居る料理人ペッパーに会うと告げてあったが……事実はそれだけではない。
(本当の目的を言ったら、きっと心配されるから)
陽が届かない暗がりを進む。
迷宮中層。
その一端から奥へ伸びる枝場、冥路。嘗て冒険者を惑わせたそこへ、カインは入っていた。
直通の階段を下れば目的地は遠くない。
そうして辿り着いた最下層は――あの日のままだった。
(時間が止まったみたいだ)
あるのは闇でも光でもない静謐。
一度は乗り越えた場所。けれどカインは、そこに今も幻が揺蕩うのを感覚で捉えた。
ゆらりと暗む視界。
瞬間にはもう、周囲の景色は再び過日へと変わっていた。
「――」
自分で選んでここへ来た。だがカインはそれを目にした時、呼吸が止まる感覚に見舞われる。
ぼんやりと、輪郭を取るのは自身の家族。
父、母、祖父母。
冷たい表情、刺すような視線。
それはもう戻らない場所から、カインが来ない事を糾弾する瞳だった。
「まだそんな所にいるのか」
私達の事も考えず、と。
「本当に冷たい子」
何も変わらないのね、と。
家族が投げかけたのは責め立てる言葉だった。
それが強く、カインの耳朶を打つ。
幻のはずだった。けれどそれが確かに聞こえるものならば、言葉の持つ力は現実と変わらない。
刃で抉られるより痛く。
誰に責められるより胸が苦しい。
そしてそれが時間と感情を過去へと引き戻す。
「じゃあ――」
カインは崩れ落ち、膝をついていた。
「じゃあ、どうして、おれをつれて行ってくれなかったの!」
溢れたのはずっと胸の奥、記憶の奥にしまい込んでいた声だった。
ぐずるように涙を零し、喉が痛いほどに喚く。
「おれ以外みんな死んで、おれを置いていったじゃん!」
――どうしておれをつれて行ってくれなかったの、と。
叫ぶ声は七歳のカインのものそのものだった。
あの日の自分が、今までの自分が、ずっと言いたくて言えなかった事。
なのに幻はただ温度の無い声を返す。
「お前は今もそこにいる。それは、お前が選んだ事だよ」
「違う!」
カインは泣きながら首を振った。
「イアース様がかなしむから――じぶんでいのちをたっちゃだめだっておそわったから、しねなかった! でも、でも……おれは置いていってほしくなかった!」
我儘でも理屈でもない。
ただ純粋に零れた思い。だからカインは、寂しかった。
「皆、おれを置いていくんだ……」
幻を喝破して、乗り越えられるなんて始めから思っていなかった。
大鼬のファだけがカインの顔を舐めて慰める。その中で、幻はカインの全てを掌握しようと指先を伸ばしていた。
けれどその時。
「カインさん!」
声と共に足音が響く。
カインが顔を上げると、そこに立っているたのはソルスだった。
「……」
どうして、と。
声にならない声で問うと、ソルスが傍に寄る。
「フィリーさんに頼まれて」
それはカインと縁のある迷宮記者だ。
ソルスがカインの様子を話した時、その違和から進言したのだろう。ソルスは迷わず迷宮へ踏み込んだようだった。
「これが、カインさんの中の……」
揺蕩う幻を見やり、ソルスは一瞬目を伏せる。
一目で多くを悟ったのだろう。カインへと向き直っていた。
「あなたは俺の事を迷子の三歳児だって、言ってくれた。あの時の俺を、そう気づかせてくれた。それは――」
カイン自身が迷子であり――自分は迷子のままだという諦観と絶望があったからだったのかと。
「……カインさん」
故にこそ、ソルスは真っ直ぐ言った。
「道を示してくれて、ありがとう」
そして幻へ向き合い、頭を下げる。
「どうか、彼を連れて行かないでほしい」
家族達の視線が微かに迷う。
そこにソルスは言葉を続けた。
「彼はまだ歩けるんだ。俺がそうだったように。彼が俺にそうさせてくれたように」
あるいは、そこにカインの中の変化を認めたか。
幻達は一度目を閉じた後、カインを見つめる。
それは家族としての言葉だったのか、判らないけれど。
「ならば前に進みなさい」
言い残したその声を最後に、幻は消えていった。
ソルスはカインを介抱しようとした。
けれどカインは、ファを抱きしめながら――ゆっくりと立ち上がっていた。
「大丈夫か?」
その言葉にも目で返事と礼をすると、階段へ向かう。
これはきっと他の誰かからすれば、“けじめ”と言えるようなものではなかったのかも知れない。
けれど。
「上れるか?」
ソルスが上から伸ばした手に、カインは少し唇を震わせながらも……声を返していた。
「……上る、よ」
自分の足で、と。
そうして一歩を踏みしめる。
前は、上は、先はまだ遠い。けれどそのずっと向こうには確かに、陽の光があると感じられたから。
「……ここは変わらないな」
商店へ歩む人々。ギルドへ向かう者達、迷宮を目指す探索者。
――迷宮都市エドゥノーグ。
その喧騒の中、一度目を閉じて。カイン・ステラは道をゆっくりと歩みだしていた。
カペル領フロル。
花薫るその地から、療養生活を送るカインが辺境へ足を伸ばすと決めたのは、ある日の事だった。
自分は天涯孤独になってしまった――そう長く思っていたけれど。
縁があり、遠い親戚と巡り会う事が出来た事。
そして高祖父の甥の死を看取った、あの時の事。
(俺は――)
親しい人の死は常に自分の知らない所で起き、後から知らされるものでしかないと思っていた。けれどあの時そうじゃなくなったから。
もう一度、自分が目にするべきものの前に行こうと思ったのだ。
それは使命感とは違う。
(多分、俺は……)
――ずっと、そう言いたかったから。
平和が訪れた今も、迷宮都市は見慣れた様相でもあった。
人々が生活と冒険に向き合い、逞しく生きている。
カインはそれを横目に道を進む。
目的の場所は決まっていた。だから――その中途で予想しない顔に会えるとは決して思っていなかった。
けれどそれは一つの必然でもあったろうか。
「カインさん?」
ふと声を掛ける人影に、カインは振り返って……微かに驚く。
「……ソルスか?」
頷いて表情を和らげたのは、ドワーフ王国の鍛冶師の青年だった。
山脈以来の再会。少し大人の面影を宿した彼に、「久しぶりだ」と言葉を交わしてカインも歩み寄る。
あれからの事が気になっていたが――
「それは……」
ふと目に留まったのはソルスの荷馬車。
ソルスが頷いて覆いを捲ると……木材と金属を組み合わせた製品があった。
「義足か」
「うん。親方が、迷宮で足を失った元冒険者の人達に届ける為。俺は同行してきたんだ」
カインは一つ一つを観察する。
「お前が作ったのか?」
「一部は」
成程とカインは頷く。
軽い素材で可動域も広い。使う人間の事を考えていると、一目で分かった。
「よく出来てるな」
「帝国事変も終わって……武器よりも義手や義足こそ求められる物だって、改めて思ったんだ」
「自分の道を進んでるんだな」
カインの言葉に、ソルスははにかむ。
「カインさん達のおかげだよ。あの助言で……初めて自分の道を見つけられたんだと思う」
そちらは今何を、という問いに――カインは「少しな」とだけ返した。
「用があって来たんだ」
それ以上は、語らずに。後は別れを告げて歩み出す。
ソルスはその背中を少し、見つめていた。
カインの目指す先は、商店街でもギルドでもなかった。
フロルでは、ここに居る料理人ペッパーに会うと告げてあったが……事実はそれだけではない。
(本当の目的を言ったら、きっと心配されるから)
陽が届かない暗がりを進む。
迷宮中層。
その一端から奥へ伸びる枝場、冥路。嘗て冒険者を惑わせたそこへ、カインは入っていた。
直通の階段を下れば目的地は遠くない。
そうして辿り着いた最下層は――あの日のままだった。
(時間が止まったみたいだ)
あるのは闇でも光でもない静謐。
一度は乗り越えた場所。けれどカインは、そこに今も幻が揺蕩うのを感覚で捉えた。
ゆらりと暗む視界。
瞬間にはもう、周囲の景色は再び過日へと変わっていた。
「――」
自分で選んでここへ来た。だがカインはそれを目にした時、呼吸が止まる感覚に見舞われる。
ぼんやりと、輪郭を取るのは自身の家族。
父、母、祖父母。
冷たい表情、刺すような視線。
それはもう戻らない場所から、カインが来ない事を糾弾する瞳だった。
「まだそんな所にいるのか」
私達の事も考えず、と。
「本当に冷たい子」
何も変わらないのね、と。
家族が投げかけたのは責め立てる言葉だった。
それが強く、カインの耳朶を打つ。
幻のはずだった。けれどそれが確かに聞こえるものならば、言葉の持つ力は現実と変わらない。
刃で抉られるより痛く。
誰に責められるより胸が苦しい。
そしてそれが時間と感情を過去へと引き戻す。
「じゃあ――」
カインは崩れ落ち、膝をついていた。
「じゃあ、どうして、おれをつれて行ってくれなかったの!」
溢れたのはずっと胸の奥、記憶の奥にしまい込んでいた声だった。
ぐずるように涙を零し、喉が痛いほどに喚く。
「おれ以外みんな死んで、おれを置いていったじゃん!」
――どうしておれをつれて行ってくれなかったの、と。
叫ぶ声は七歳のカインのものそのものだった。
あの日の自分が、今までの自分が、ずっと言いたくて言えなかった事。
なのに幻はただ温度の無い声を返す。
「お前は今もそこにいる。それは、お前が選んだ事だよ」
「違う!」
カインは泣きながら首を振った。
「イアース様がかなしむから――じぶんでいのちをたっちゃだめだっておそわったから、しねなかった! でも、でも……おれは置いていってほしくなかった!」
我儘でも理屈でもない。
ただ純粋に零れた思い。だからカインは、寂しかった。
「皆、おれを置いていくんだ……」
幻を喝破して、乗り越えられるなんて始めから思っていなかった。
大鼬のファだけがカインの顔を舐めて慰める。その中で、幻はカインの全てを掌握しようと指先を伸ばしていた。
けれどその時。
「カインさん!」
声と共に足音が響く。
カインが顔を上げると、そこに立っているたのはソルスだった。
「……」
どうして、と。
声にならない声で問うと、ソルスが傍に寄る。
「フィリーさんに頼まれて」
それはカインと縁のある迷宮記者だ。
ソルスがカインの様子を話した時、その違和から進言したのだろう。ソルスは迷わず迷宮へ踏み込んだようだった。
「これが、カインさんの中の……」
揺蕩う幻を見やり、ソルスは一瞬目を伏せる。
一目で多くを悟ったのだろう。カインへと向き直っていた。
「あなたは俺の事を迷子の三歳児だって、言ってくれた。あの時の俺を、そう気づかせてくれた。それは――」
カイン自身が迷子であり――自分は迷子のままだという諦観と絶望があったからだったのかと。
「……カインさん」
故にこそ、ソルスは真っ直ぐ言った。
「道を示してくれて、ありがとう」
そして幻へ向き合い、頭を下げる。
「どうか、彼を連れて行かないでほしい」
家族達の視線が微かに迷う。
そこにソルスは言葉を続けた。
「彼はまだ歩けるんだ。俺がそうだったように。彼が俺にそうさせてくれたように」
あるいは、そこにカインの中の変化を認めたか。
幻達は一度目を閉じた後、カインを見つめる。
それは家族としての言葉だったのか、判らないけれど。
「ならば前に進みなさい」
言い残したその声を最後に、幻は消えていった。
ソルスはカインを介抱しようとした。
けれどカインは、ファを抱きしめながら――ゆっくりと立ち上がっていた。
「大丈夫か?」
その言葉にも目で返事と礼をすると、階段へ向かう。
これはきっと他の誰かからすれば、“けじめ”と言えるようなものではなかったのかも知れない。
けれど。
「上れるか?」
ソルスが上から伸ばした手に、カインは少し唇を震わせながらも……声を返していた。
「……上る、よ」
自分の足で、と。
そうして一歩を踏みしめる。
前は、上は、先はまだ遠い。けれどそのずっと向こうには確かに、陽の光があると感じられたから。