花薫る地の、或る商談
キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2024年09月23日 14時46分27秒
花の彩りも懐かしい。
それはここの暮らしに慣れてきた為だろうかと――庭園を歩むカイン・ステラはふと感じていた。
カペル領フロル。
迷宮都市への用向きから数日、カインはこの地に帰っていた。
療養は継続中だ。けれど……今はこうして外を散策する時間も多くなっている。
目に映る自然を、以前より純粋に楽しめるようになっていたからだろうか。
と、遠方に動くものを見つけたのはそんな折。
それは記憶にもある馬車だった。
「あれは……」
洗練された機能美を思わす、その見目。アーダベルト商会謹製の一台である。
とすれば乗る人物には想像がつく。
こちらをみとめたか、やってきて扉を開けたのは他でもない見知った顔。
「ヴィナか」
「やあ、散策?」
言って降り立ったヴィナスは、挨拶と共にそう笑いかけていた。
「ここは綺麗だね」
ヴィナスがカペル領へ入ったのは、つい昨日の事だった。
カインに部屋へと案内されながら……今一度窓に目をやる。清涼感を齎す景色に、風土の良さを改めて感じながら。
そんな友人を座らせつつカインは口を開いた。
「わざわざ来なくても、用事なら出向いたぞ」
「まだ療養中の身でしょ」
ヴィナスはとんでもないというように返す。
けれど、その声音にあるのはただの心配の色だけではなかった。
カインの出した飲み物を受け取りながら、出し抜けに問う。
「何かあった? 空気が良くなった」
「……。分かるのか」
カインはほんの少し憮然と、けれど素直に言う。
「まあね」
ヴィナスは短く答える。
本当は、縁の続くエドゥノーグの友人達からの手紙で大体の所を知っていた。けれど今、カインの中に変化を見ているのも事実だから。
カインも否定はしない。
「ちょっとな。依頼で世話になった奴に会って来た」
それだけだが、と。
それ以上は思い出すと恥ずかしいので口を噤むけれど……表情を柔らかくする。
「色々あってな。言えなかったこととか言えたから、少し楽になった」
「そっか」
言葉に穏やかさがあるのが、ヴィナスには判る。
だから、良かった、と。
微笑みを返していた。
「で、用事ってのは」
「うん」
ヴィナスはカインに答え、改めてテーブルについていた。
そして僅かに間を取ってから本題に入る。
「今日は、商人ルース・アーダベルトとして話をさせてもらいにきたんだ」
「商人、か」
カインは噛みしめるように返す。
「って事は仕事?」
「そういう形になるね。商会の関わる事だし」
「じゃあ、ローレラウラの話か」
「その近郊だよ」
ヴィナスはその小都市に、とある孤児院があると語った。
「そこは、商会で支援しているんだけど……今後継者を探しているんだ。それを、カインにどうかと思って」
予想だにしなかった話に、カインは目を見開く。
「俺に、子供達を見る役目を?」
「そう。具体的な引き継ぎとかはまだだけど。決めるなら早い方がいいから」
「それにしたって――」
自身にお鉢が回ったという事実を、カインは即座に飲み込めない。
「商会なら、人材は探せるだろ」
「適任者がやるのが一番いいんだよ。そうやって探した結果が今だ、とも言える」
「……」
何だか、言いくるめられている気もする。
が、カインはヴィナスが気まぐれで人選をしないとも判っている。全てを勘案した上で、自分に託したい思いがあるのだろうと。
「にしても、子供達の親になるって事だぞ。簡単な事じゃない」
「だから任せたいんだよ」
ヴィナスは少し静かに言った。
「子供には親が要る。それも良い親が」
「俺がそうなると?」
「なれるよ。俺が俺を保てたのだって、カインが年下のママとして俺にあれこれしてくれたからだからね」
「ママじゃねえけどな……」
「立派なママだよ。少なくとも、俺の親だった人達よりは」
ヴィナスはやわく笑むと、自身の父と継母について少し話した。
折り合いが悪いと言えば簡単だが、その“面倒”には長く煩わされた事。同じだけの苦境を誰かに味わってほしくない事を。
「自分を思ってくれる親がいるなら、子供達の時間は幸せなものになる」
だからカインを推薦したいんだ、と。
カインは背もたれに体を預ける。
「高く買ってくれるんだな」
「事実だからね」
「……」
衒わずに言うよな、とカインは思う。
だがそれがヴィナスの本心だとも伝わる。
ヴィナスは強い心を持っている。それでも自身の親について積極的に話したいとは思っていなかったはずだ。
全てはこちらの為。
だから――
(親、か)
カインは天井を仰ぐ。
孤児院、というものについて思考を巡らせていた。
世界は平和になった。争いは減り、人々は繁栄を謳歌しようとしている。
(でも)
孤児という存在がいなくなる訳ではない。
苦しく、寂しい目に遭う子供達はこれからも出続けるだろう。
それはきっと動かせない現実だった。
――だったら、自分にできる事は?
少なくとも、彼らを保護し将来の身の振り方を教え……賊などになってしまわぬよう、道を示せる場所が必要だろう。
即断できない事情もあるが……ヴィナスは理解しているというように口を開いた。
「都合もある程度は判っているよ。カペル領への恩返し、考えてるんだよね」
「ああ」
カインは頷く。
ドゥーベ家との縁も考えれば、軸足はある程度王国に置いておきたい。冒険者も続けるなら、やるとしても常駐は厳しくなるだろう、と。
が、それもヴィナスは織り込み済みのようだ。
「その点はスタッフも居るから大丈夫。信頼できる人がいるなら、共同経営者として連れてきても良いよ」
「成程。完全にやらせるつもりで来たな……」
カインは苦笑を零していた。
それも当然か。ヴィナスが失敗前提で商談に臨むはずはないのだから。
だけに、条件は整っていた。
「今すぐにって話じゃないから。孤児達の親になることを考えてほしい」
どうかな、と。
目を向けるヴィナスに、カインは一度瞳を伏せる。
「……」
無論、断っても良い話。
けれど単なる義務感ではなく。自分の心が、ある方向へ向かいたいと声を上げるのが分かった。
自分は少しだけ、変わったろう。
そしてこれからも変わっていく。それも自分の歩み方次第なのだと。
(親がなすべき事をし、子が新たな親となる、か)
カインの脳裏に過るのは、自分が育った孤児院だった。
あの院長も息子夫婦が後を継ぎ、隠居をしていた。
院長がそうやって息子夫婦に繋いだように……自分も繋いでいけるものがあるのならば。
「前向きに考えてみるよ」
それがカインの返事だった。
自身の行く道を、少しだけ見つめて出た答え。
「良いのかい」
「ああ」
子だった自分が新たな親となり、新たな子達をこの目で見て、愛してゆく。
それはきっと代えがたいものだ。
「ありがとう。感謝するよ」
ヴィナスは真っ直ぐ、真摯に礼を述べた。
それからメモを走らせる。
「じゃあ、こっちでできる事は進めておくよ。……と、あれはそのままで問題ないかな」
言葉の後半は呟きでよく聞こえない。
カインは首を傾げたが……ヴィナスがそれ以上何も言わないので深く問いはしなかった。
「それじゃあ、俺は挨拶回りもあるから」
言って馬車に乗るヴィナスを、カインは庭園から見送った。
花園の間でふと思う。
自分は長く、過去を考えていたのかも知れないと。
(未来か)
先にあるもの。将来に待つもの。
そこに思いを馳せると――吹く風も違った色に見えた。
それはここの暮らしに慣れてきた為だろうかと――庭園を歩むカイン・ステラはふと感じていた。
カペル領フロル。
迷宮都市への用向きから数日、カインはこの地に帰っていた。
療養は継続中だ。けれど……今はこうして外を散策する時間も多くなっている。
目に映る自然を、以前より純粋に楽しめるようになっていたからだろうか。
と、遠方に動くものを見つけたのはそんな折。
それは記憶にもある馬車だった。
「あれは……」
洗練された機能美を思わす、その見目。アーダベルト商会謹製の一台である。
とすれば乗る人物には想像がつく。
こちらをみとめたか、やってきて扉を開けたのは他でもない見知った顔。
「ヴィナか」
「やあ、散策?」
言って降り立ったヴィナスは、挨拶と共にそう笑いかけていた。
「ここは綺麗だね」
ヴィナスがカペル領へ入ったのは、つい昨日の事だった。
カインに部屋へと案内されながら……今一度窓に目をやる。清涼感を齎す景色に、風土の良さを改めて感じながら。
そんな友人を座らせつつカインは口を開いた。
「わざわざ来なくても、用事なら出向いたぞ」
「まだ療養中の身でしょ」
ヴィナスはとんでもないというように返す。
けれど、その声音にあるのはただの心配の色だけではなかった。
カインの出した飲み物を受け取りながら、出し抜けに問う。
「何かあった? 空気が良くなった」
「……。分かるのか」
カインはほんの少し憮然と、けれど素直に言う。
「まあね」
ヴィナスは短く答える。
本当は、縁の続くエドゥノーグの友人達からの手紙で大体の所を知っていた。けれど今、カインの中に変化を見ているのも事実だから。
カインも否定はしない。
「ちょっとな。依頼で世話になった奴に会って来た」
それだけだが、と。
それ以上は思い出すと恥ずかしいので口を噤むけれど……表情を柔らかくする。
「色々あってな。言えなかったこととか言えたから、少し楽になった」
「そっか」
言葉に穏やかさがあるのが、ヴィナスには判る。
だから、良かった、と。
微笑みを返していた。
「で、用事ってのは」
「うん」
ヴィナスはカインに答え、改めてテーブルについていた。
そして僅かに間を取ってから本題に入る。
「今日は、商人ルース・アーダベルトとして話をさせてもらいにきたんだ」
「商人、か」
カインは噛みしめるように返す。
「って事は仕事?」
「そういう形になるね。商会の関わる事だし」
「じゃあ、ローレラウラの話か」
「その近郊だよ」
ヴィナスはその小都市に、とある孤児院があると語った。
「そこは、商会で支援しているんだけど……今後継者を探しているんだ。それを、カインにどうかと思って」
予想だにしなかった話に、カインは目を見開く。
「俺に、子供達を見る役目を?」
「そう。具体的な引き継ぎとかはまだだけど。決めるなら早い方がいいから」
「それにしたって――」
自身にお鉢が回ったという事実を、カインは即座に飲み込めない。
「商会なら、人材は探せるだろ」
「適任者がやるのが一番いいんだよ。そうやって探した結果が今だ、とも言える」
「……」
何だか、言いくるめられている気もする。
が、カインはヴィナスが気まぐれで人選をしないとも判っている。全てを勘案した上で、自分に託したい思いがあるのだろうと。
「にしても、子供達の親になるって事だぞ。簡単な事じゃない」
「だから任せたいんだよ」
ヴィナスは少し静かに言った。
「子供には親が要る。それも良い親が」
「俺がそうなると?」
「なれるよ。俺が俺を保てたのだって、カインが年下のママとして俺にあれこれしてくれたからだからね」
「ママじゃねえけどな……」
「立派なママだよ。少なくとも、俺の親だった人達よりは」
ヴィナスはやわく笑むと、自身の父と継母について少し話した。
折り合いが悪いと言えば簡単だが、その“面倒”には長く煩わされた事。同じだけの苦境を誰かに味わってほしくない事を。
「自分を思ってくれる親がいるなら、子供達の時間は幸せなものになる」
だからカインを推薦したいんだ、と。
カインは背もたれに体を預ける。
「高く買ってくれるんだな」
「事実だからね」
「……」
衒わずに言うよな、とカインは思う。
だがそれがヴィナスの本心だとも伝わる。
ヴィナスは強い心を持っている。それでも自身の親について積極的に話したいとは思っていなかったはずだ。
全てはこちらの為。
だから――
(親、か)
カインは天井を仰ぐ。
孤児院、というものについて思考を巡らせていた。
世界は平和になった。争いは減り、人々は繁栄を謳歌しようとしている。
(でも)
孤児という存在がいなくなる訳ではない。
苦しく、寂しい目に遭う子供達はこれからも出続けるだろう。
それはきっと動かせない現実だった。
――だったら、自分にできる事は?
少なくとも、彼らを保護し将来の身の振り方を教え……賊などになってしまわぬよう、道を示せる場所が必要だろう。
即断できない事情もあるが……ヴィナスは理解しているというように口を開いた。
「都合もある程度は判っているよ。カペル領への恩返し、考えてるんだよね」
「ああ」
カインは頷く。
ドゥーベ家との縁も考えれば、軸足はある程度王国に置いておきたい。冒険者も続けるなら、やるとしても常駐は厳しくなるだろう、と。
が、それもヴィナスは織り込み済みのようだ。
「その点はスタッフも居るから大丈夫。信頼できる人がいるなら、共同経営者として連れてきても良いよ」
「成程。完全にやらせるつもりで来たな……」
カインは苦笑を零していた。
それも当然か。ヴィナスが失敗前提で商談に臨むはずはないのだから。
だけに、条件は整っていた。
「今すぐにって話じゃないから。孤児達の親になることを考えてほしい」
どうかな、と。
目を向けるヴィナスに、カインは一度瞳を伏せる。
「……」
無論、断っても良い話。
けれど単なる義務感ではなく。自分の心が、ある方向へ向かいたいと声を上げるのが分かった。
自分は少しだけ、変わったろう。
そしてこれからも変わっていく。それも自分の歩み方次第なのだと。
(親がなすべき事をし、子が新たな親となる、か)
カインの脳裏に過るのは、自分が育った孤児院だった。
あの院長も息子夫婦が後を継ぎ、隠居をしていた。
院長がそうやって息子夫婦に繋いだように……自分も繋いでいけるものがあるのならば。
「前向きに考えてみるよ」
それがカインの返事だった。
自身の行く道を、少しだけ見つめて出た答え。
「良いのかい」
「ああ」
子だった自分が新たな親となり、新たな子達をこの目で見て、愛してゆく。
それはきっと代えがたいものだ。
「ありがとう。感謝するよ」
ヴィナスは真っ直ぐ、真摯に礼を述べた。
それからメモを走らせる。
「じゃあ、こっちでできる事は進めておくよ。……と、あれはそのままで問題ないかな」
言葉の後半は呟きでよく聞こえない。
カインは首を傾げたが……ヴィナスがそれ以上何も言わないので深く問いはしなかった。
「それじゃあ、俺は挨拶回りもあるから」
言って馬車に乗るヴィナスを、カインは庭園から見送った。
花園の間でふと思う。
自分は長く、過去を考えていたのかも知れないと。
(未来か)
先にあるもの。将来に待つもの。
そこに思いを馳せると――吹く風も違った色に見えた。