それは幸福な未来のために

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2024年10月01日 10時50分24秒

 あるかもしれない未来。または、あったかもしれない歴史。
 これは可能性の枝葉の先にある一つの物語である――――。

「ふぅ、ちょっと休憩しようか」

 この極北の地(竜の里『ドラグエンダ』)でも、やっぱり身体を動かせば汗をかく。
 僕は額に浮いた汗を拭い、骨材でできた家具に腰かけた。

「君も疲れたんじゃない? 座ったら?」
「え……? う、うん」

 きっと同じくらい汗をかいてるだろうイーラ(ヒルルク)に声をかけるけど、なぜか僕に背を向けて微動だにしない。

「あれ、動けないくらい疲れた?」
「そ、そういう訳じゃ……ないけど」

 いつもはっきりとモノ言う彼女が妙に言い澱んでいる。

「えっと、ごめん。もしかして僕が何かしちゃった?」
「そ、そうじゃないの! ハーヴィはいつも優しいし気遣いできるし、とってもいい人よ!」
「あ、ありがとう? なんだか面と向かってそう言われると照れるね。いや、『面と向かって』ないけど」
「ご、ごめん……でも、今はダメ」

 今はダメって、どういうことだろう。
 顔を覆った布の隙間からチラリと見えた彼女の瞳は、どこか困惑するような、それでいてなぜか悲しそうな複雑な気配がする。

「ねぇイーラ。僕が悪いのなら謝るから、何があったのか教えてくれないかな」
「だから、違っ! あ……」

 慌てて反論しようとしたのか、イーラの顔を覆っていた布がはらりと落ちた。

「え?」
「ひあっっ!? み、見ないでっ!!」

 イーラは両手で顔を押さえてしゃがみ込む。

「その顔って……」
「いやぁぁぁ、見ないでぇぇぇ!!」

 服が汚れるのも気にせず、”畑”のど真ん中で猫のように丸まったイーラ。
 僕は見てしまった。彼女の顔にあった、その禍々しいばかりの『黒』……。

「って、どうしたのその顔っ!?」
「わたしだってわからないのっ! 鍬で田起こししてたら、突然畑からぶしゃーって!」
「ぶしゃー……?」

 今にも泣きそうになってる黒イーラが指差した場所には、確かに鍬が刺さっている。

「もしかしてクリーパーが……」
「えっ! まさか里の中(ハビタブルゾーン)で!?」
「……この里を護ってくれていた征竜様が身罷られたんだ、可能性がなくはないよ」

 不安げに瞳を揺らすイーラが安心できるように微笑んだハーヴィは、護身用の短刀を抜き、鍬の方へとゆっくりと近づいていく。
 だが、鍬の刺さった場所に、特別怪しい気配はない。
 ハーヴィは鍬を掴むと、慎重に引き抜いた。

「あ、これって……」
「な、なに? クリーパーいた……?」
「ううん、大丈夫だよ」
「ほんと……?」
「本当だって。それにクリーパーがいても、イーラなら一撃でしょ?」
「い、一撃って、わたしをなんだと思ってるのよっ! 確かに一撃かもしれないけどっ!?」

 あっさり認めたイーラに苦笑しつつ、こっちにおいでと手招きする。
 拾い上げた布で顔を隠しながら、イーラは恐る恐る近づいてきた。

「ほら、これが”ぶしゃー”の正体」
「……これって根っこ?」
「うん、前に植わってた野菜の根が残ってたみたいだね。この野菜の根が出す汁はちょっと特殊で、ついちゃうとなかなか落ちないんだよ」
「そ、そうなの!? どおりでさっきからこすってるけどぜんぜん落ちない訳ね……」
「え、こすったの?」
「え……? だ、ダメだった、の?」
「ダメ、ってわけじゃないんだけど……広がったんじゃない?」
「う゛っ……」
「まったく」

 愕然とするイーラに苦笑い。
 ドジ、とはまた少し違う彼女の不運は、イーラがヒルルクさんだった頃から変わらない。
 征竜の巫女だった頃なら征竜様の加護に護られていたから問題なかったのだろうけど、今はもうその加護もない。
 なのに無鉄砲なところとか不注意なところとか、あんまり治ってないから、余計に不幸が舞い込んでくる。
 こんなこと言っちゃ不謹慎かもしれないけど、そんな不運続きな彼女がどうしようもなく愛おしかった。
 ”今は僕がいる。幸せも不幸も半分こだ”。
 昔、そう言って彼女を安心させた。それは今も変わっていない。
 だから僕は彼女の前にしゃがみ込むと、顔を覆う布に手をかけた。

「ハーヴィ……見ないで」
「見ないと、汚れを落としてあげられないよ」
「でも……」

 言葉では拒否しつつも、僕の動きを否定しないイーラ。
 僕は顔を覆っている布を剥がすと、今にも泣き出しそうなその瞳に微笑みかけた。

「少し沁みるかもしれないけど、我慢してね」
「うん……でも、痛くしないでね」
「善処するよ」

 抗議の声を挙げようとする唇を指で制して、僕はポーチの中から消毒用の火酒を取り出した。

「目を開けちゃダメだよ」
「ん」

 イーラの顔を覆っていた布を借りて火酒を染み込ませると、ゆっくりとその頬に当てる。
 緊張しているのか、彼女は僕の手の動きに合わせてピクリピクリと頬を揺らしていた。

「くすぐったい?」
「そ、そんなことないけど……」
「じゃ、恥ずかしい?」
「そ、そりゃそうよ。だって、ハーヴィに……」
「僕に?」
「な、なんでもないっ! 早く拭いてっ!」
「はいはい」

 結局、肝心の言葉は聞けずじまい。
 でも別にかまわない。おかげで彼女の顔をじっくりと見つめる貴重な機会を得たのだ。
 キスの時とか、必ずと言っていいくらい瞳を閉じる事を強要してくるから、意外とこうやって彼女の顔をじっくり眺める機会がないんだよね。だからこそ、この貴重な時間を堪能しよう。
 改めて見る彼女はやっぱり美しい。
 出会ってからもう随分と時が経ったけど、若々しく整った顔立ちは昔のままだ。
 童顔だった僕も年を経るごとに相応に老けてしまったけど、彼女は本当に何も変わっていない。
 流石、エルフ。流石、僕の自慢の嫁――――。

「ねぇ、ハーヴィ」
「うん?」

 そんな事を考えていたら、イーラが口を開いた。

「ハーヴィは子供、好き?」
「ぶふっ!?」
「ハ、ハーヴィぃ! 大丈夫!?」

 滅多に凝視できない彼女の顔に見惚れてて、完全に油断した。
 というか、いきなりその話題は反則じゃないか。
 
「あ、ありがと。もう大丈夫」

 彼女が背中をさすってくれたおかげで何とか呼吸を整える事が出来て、体を起こした。

「と、突然どうしたの。何かあった……?」
「べ、別に何もないけど……その、ハーヴィはどうなのかなって」
「嫌いじゃないよ。でも、君がいう”子供”ってそういう意味なんだよね?」
「……」
「もしかして、昔(プロポーズの時)の話でも思い出した?」

 彼女はまだ黒い顔を、ばつが悪そうに背ける。
 突然、彼女がこんなことを言い出した理由。それに僕は心当たりがあった。
 彼女は恐れているんだ。
 もう何十年かしたら確実に訪れる未来(僕の死)に。

「……そうだね、君を一人にはできないもんね。うん、僕は構わないよ。君さえ良いなら」
「そう面と向かって問われると……」
「うーん、結婚したんだし、そういうのは普通だと思うけど?」
「そ、そうなんだけど……」
「はは、結婚しても君は『こっち方面』の話が苦手だね」
「う、うるさいわよ……」

 とうとう目も合わせてくれなくなった彼女に微笑みかける。

「イーラ。愛してるよ」
「ふえっ!?」

 今度はこちらから不意打ち。
 思わず振り返った彼女の頬を両手で捕まえた。

「――――ハーヴィ」

 触れ合う時間が過ぎ、ゆっくりと離れていく彼女の唇から、僕の名前が紡がれる。

「でも、まずはその顔を何とかしないとね」

 一瞬、何のことだとぽかんと口を開けたイーラは、すぐに言葉の意味を理解して、二重の意味で顔を真っ赤に染めた――――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0