海風は未来を運ぶ

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月19日 17時51分40秒

 港から吹き付ける風が海の香りを運んでくる。
 冬に見る古き港湾都市エスト・ポーラの街並みは、どこか寂しげに見えた。
「久しぶりだなぁ、ここも」
 時折吹く強い海風に帽子が飛ばされないよう押さえながら、リサ・ベイカーは古い街並みをゆっくりと歩いていた。
 リブラネスタから海路を北上し、港に着いたのが朝も遅い時間。下船の準備やらなんやらで、もうすぐ昼になってしまう。
「あのお店、まだあるかな」
 まだこの街を拠点にしていた頃、一人になりたい時によく利用していた路地裏の小さなカフェ。古い港町をそのまま店内に閉じ込めたようなレトロな雰囲気が気に入っていた。
 リサは久しぶりに訪れる大好きな場所に心を躍らせながら路地を進む。
 しばらく歩くと、目的の場所が見えて来た。
「よかった、まだやってるみたい」
 昔と変わらない舵輪を模した看板。リサは一呼吸するとゆっくりとドアを開いた。

「いらっしゃい」

 カウンターでグラスを磨きながら出迎えてくれたマスター。
 「久しぶり」とか「よく来たね」なんて、気の利いたセリフをかける様な人じゃないのは、常連としてよくわかっている。そもそも、変装しているのだから気付かれることはないだろうけど。
 なんだか妙に見つめてくるマスターの前を通り過ぎ、窓際の席に荷物を置く。店内に客は――2人かな。以前と変わらず静かな時間が流れていた。
 店内は古びた漁具や船具が置かれ、少し海の匂いがする。マスターは昔、船乗りだったそうだ。何でも、ロスガリア中の港を渡り歩いたとか。
「冒険者顔負けだね」
 そんなマスターがグラスを磨く音を聞きながら、リサは窓から覗く景色に目を向けた。
 活況な港――というには少し寂しい。同盟領第二の港湾都市とは言われているが、普段居を置いているリブラネスタと比べてしまうと、やはり見劣りしてしまう。

――コトン。

「え?」
 物思いにふけっていると、突然机にカップが置かれた。
「あちらのお客様から」
 と、戸惑うリサにマスターが奥の席を示す。
 そこには店内だというのにつば広の帽子をかぶった女性が、こちらに小さく手を振っていた。
「どちら様でしょうか……?」
 心当たりのない人物の好意に、リサはマスターに問いかける。
 しかし、マスターは目を伏せ答える事無くカウンターへと引き上げてしまった。
「あ、えっと……」
 戸惑いながらも、机に置かれたカップを見る。甘い香りが漂うミルクティは、質のいい百合茶と郊外の牧場で朝とれた新鮮なミルクを使った一杯。それは、この店に来るたびにリサが注文していたお気に入りの品だった。
 リサは久しぶりの一杯にときめきながら、どうしたものかと思案していると、奥の女性が立ち上がりこちらへと向かってきた。

 つば広帽で目は見えないが、どことなく見た事のあるような……。
「ご機嫌よう、リサさん」
 女性の口元がニコリと微笑んだ。
「まさか、こんな所で会えるなんて」
 つば広の帽子を取り、目尻を下げる。
「……あの、リサさん?」
 一向に返事を返さない継娘に、女性は不思議そうに首を傾げた。

「…………えええぇっ!!!???」

「どうして!? なんでここにいるの!? っていうか、なんでわかったの、お義母様!」
 絶叫と共に問い詰めた。
 そう、なぜここにいるのかわからないが、目の前の女性を見間違うはずもない。
 リサの継母。その人だった。

 女性の名は、メリッサ=ベイカー。
 ベイカー家当主、セドリック=ベイカーの二人目の妻であり、リサから見れば継母に当たる。とは言っても、不仲なわけではなく間柄は極めて良好。父との距離感にうまく折り合いがつけられないリサの良き相談相手だ。
 それと、本人には言っていないが、自分と名前の響きが似ているのが秘かに嬉しかったりする。

「なんでって言われても、ここは貴女がお勧めしてくれたカフェでしょ? お仕事の合間にちょこちょこ来てるのよ。それに、髪を下ろして服装を変えたぐらいじゃ、すぐにわかりますとも」
「えー……せっかく気合入れて変装したのに。どっからどう見ても、良家のお嬢様に見えると思ったのに……」
 継母の言葉に、リサはがくりと肩を落とす。
「ええ、見えますとも。どこからどう見ても良家のお嬢様ですよ?」
「えっ! でしょ、見えるでしょ!」
「ええ、だって貴女は、良家のお嬢様ですもの」
「え……? ……あ」
 にこにこと微笑む継母の言葉に、リサはポカーンと口を開けてしまった。
 ああ、そうだ。わたし、良家のお嬢様だった……。
 エスト・ポーラにベイカーありとまで言われた名商家。その長女がお嬢様でないわけがない。
 改めて考えると全くその通りなのだが、どうして今まで気付かなかったんだろう……。
「相変わらず、どこか抜けているんですから」
 くすくすと笑うメリッサは、「変わってなくて安心したわ」と嬉しそうに話した。
「それで、今日はどんな御用で来たの? わざわざ変装までしてこの街に入るっていう事は何かの事件?」
 一転、メリッサはワクワクと胸を高鳴らせリサと同じテーブルに着く。
「え……? あ、あのそういう訳じゃないんだけど」
 突然の質問にリサは何と答えていいか迷った。この街に来た理由は単純に冒険者の仕事で。でも、依頼の事を無暗に部外者に話す事は禁止されている。守秘義務という奴だ。
 そう思いつつ、メリッサを見れば年甲斐もなく瞳を輝かせこちらを見つめている。
 上流階級のマダム達は常に噂話や刺激に飢えているとは聞いていたが、どうやら、うちのお義母様も例外ではないらしい。
「ちょっと、ここのギルドから呼び出しがあって」
 少し考えて、リサは結局目的地だけを告げた。
「依頼っていう程のものじゃないんだけど、お手伝いの要請があったんだ」
「あら、ギルドに行く途中なのね」
 依頼と言えば心配をかけるかもしれない。リサはメリッサと気遣いそう言った。
「それじゃ、私もいっしょに行こうかしら」
「へ? ……あの、お義母様? ギルドだよ……? 冒険者ギルド」
「ええ、ギルドにお手伝いに行くのでしょう? まだ耳は遠くなっていません」
 もぉっと頬を膨らませるメリッサ。相変わらず可愛い人だと思ってしまう。
「そ、そうだけど。なんでお義母様が着いてくるの?」
 依頼の内容的には危険はないが、メリッサを連れて行く理由がない。
 リサはなるべくやんわりと断ろうとするが。
「見て見てこれ、新しいの貰ったの」
 メリッサは嬉しそうにバッグから手のひらサイズの紙を取り出した。
「ええっ!? そ、それって、冒険者登録完了証!? なんで、お義母様が!!??」
「え? だって、冒険者ギルドに登録するのが授恵者の義務なのでしょ?」
 驚くリサに、メリッサはそれが決まりだものと平然と答える。
「それはそうなんだけど。え……なんでお義母様が……? まさか授恵者だったの……?」
「ええ、つい一週間前から」
「知らなかったよっ!?」
「そりゃ言ってませんもの」
「……えぇ~」
 にこにこと真新しい冒険者証を眺めるメリッサに、リサは思いっきり脱力した。
「びっくりした?」
「……びっくりした」
 ずーんと肩を落とすリサとは対照的に、悪戯が成功したメリッサは上機嫌。
「え、ちょっと待って。お義母様、もしかして依頼受けてたりするの?」
 リサはふと気づき顔を上げた。冒険者であればギルドで依頼を受け、他の冒険者達とパーティーを組んで、時には戦闘も……。
「ふふ。依頼は受けてませんよ。まだ登録して一週間ですよ? まだ右も左もわからないひよっこです」
 リサの心配を悟ったのだろう、メリッサはにこやかに微笑み返す。
「それに、主人が家を空けているのに、私まで出る訳にはいきませんからね。これからも依頼を受ける予定はありません」
「そ、そうだよね。よかった……」
「あ、でも、貴女と一緒なら受けてもいいかしら。私、ウォーリアの適性があるそうなの」
「えぇっ!?」
 安堵したのも束の間、メリッサの大胆発言にリサは再び大声を上げてしまった。
 どこからどう見ても貴婦人なメリッサが、ウォーリア!?
 冒険者は見かけに寄らない人も多いけど、メリッサのイメージとあまりに乖離し過ぎていて、リサは目を丸くする。
「お蔭で商品棚の移動とか、一人で出来ちゃうんですから」
「それは荷役の人のお仕事でしょ! お仕事とっちゃダメだよっ!」
「何なら馬車も引けそうですよ?」
「そんなお義母様、嫌だよ!?」
 思わず想像してしまってまた大声を……。
 さすがにマスターから白い眼で――あ、うん、見てない。流石マスター。
「と、とにかく、そろそろギルドに行くね。お義母様、会えてうれしかったよっ」
「私もですよ、リサさん」
 リサはメリッサに別れの挨拶を告げると、テーブルに置いてあった眼鏡を掛け椅子から立ち上がる。
 マスターの前を通る時に、ごめんなさいの意を込めて頭を下げてから、店のドアを押した。

 外に出た途端、海風が頬を撫で、折角温まった体温をごっそり奪い取っていく。
 リサはこれ以上体温を奪われないようにと、コートの襟を立て――振り向いた。
「……えっと、お義母様?」
「はい?」
 ドアを出る順番待ちをしているメリッサに、リサは困惑する。
「まさか本当に着いてくる気なの……?」
「ええ、継娘がどんな依頼を受けたか気になりますもの」
「だから依頼じゃなくて、お手伝いね」
「そうそう、お手伝いだったわね」
「うー……。わかったよぉ、一緒に行きます……」
「わーい♪」
 根負けしたリサがかくりと肩を落とすのを見て、メリッサは子供のように喜ぶ。 
「ただし、ギルドまでね。あと、お父様には絶対に内緒にしててね?」
「ええ、もちろんですよ。リーダー」
「リ、リーダーじゃないよっ!?」
 ささ、早くとリサの背を押して通りに出るメリッサ。
 この人にはやっぱりかなわないな。
 背を押されながらリサは、そんな事を思った――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0