燻製は深く
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2024年08月07日 11時42分44秒
●燻製は深く
ゴールディ郊外。
実験農場に始まり、自作の工房がある【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅。
ついに完成したレンガ造りの燻製小屋を眺めながら、ストレガは腕を組んでいた。思うのはどんな肉を燻製しようか、という所だろう。
「うむ、良い出来なのだ。これならば……丸ごと入れるのも……いや、部位ごとに? な、悩むのだー」
「あはは、悩みまくってますね、ストレガ様」
振り向くとそこには、助手の青年【レゼル】が野菜を世話する為の道具を抱え、農場へと向かう所だった。
「丸ごとの燻製も、部位ごとの細かな燻製も出来る上、チップを変えれば香りだって自在に……! 悩まない方がおかしいのだ」
「完成するの、かなり楽しみにしてましたもんね。僕も気になるなぁ、燻製肉とか結構好きなんですよ」
そう笑ってレゼルは農場の世話に向かったようだ。そんなレゼルの背中を見て、ストレガは思う。
ここに来た頃の少年とは違い、レゼルは立派に青年へと成長した。師たるストレガの知識や技術を身に着け、今では農場やミニビヒモーの世話ならば完璧にやってのける。それでも彼女にとってはまだまだ“少年”なのだが。
「ふむ……成長したものなのだ。なら、任せてもいいか」
レゼルがミニビヒモーの身体をブラシで擦り、身体を綺麗にしているとストレガがやってくる。見れば、旅に出るような服装だった。
手を止めて、レゼルは彼女の方を振り向いた。ミニビヒモーがレゼルに頭を擦りつけている。
「あ、お出かけですか? 待ってください、今準備を……」
「いや、今回は留守番を頼むのだ。実験農場の麦と玉蜀黍の世話も、ビヒモーの世話もある。任せても、大丈夫なのだ?」
試す様なストレガの言葉の真意をくみ取ったのか、レゼルは笑顔で返す。
「わかりました。そういうことならお任せください」
「うむ。玉蜀黍は……」
「はい、爆裂種と甘味種は世話の方法も違うので気をつけますし、収穫もしておきます。そろそろ時期ですからね。食べる分と、飼料にする分も分けておくので、帰ってきたらチェックをお願いします」
満点以上の答えに満足したのか、ストレガはふふっと笑う。
「ああ、それと暑いので果実水は飲んでよいのだ。それと……」
「夕方頃に薬湯の準備ですね? それと燻製用の液も用意しておきます。帰ってきたら燻製したいでしょうし。それ用の魔獣を狩りに行くんですよね? 楽しみだっていう気持ちが顔から漏れてますよ」
なんだか言おうとしていることを先に言われてしまったストレガは、予想よりも成長しているレゼルを見て、満足そうな笑みを浮かべた。
「では、行ってくるのだ、少年」
「はい、ストレガ様。お気をつけて!」
手を振って元気のいいレゼルの声を背中に受けながら、ストレガは工房兼自宅を後にするのだった。
深い森の中をストレガは走っている。視線の先には手負いの魔獣が木をなぎ倒しながら逃げている。
「逃がさないのだ、これでっ!」
教鞭を振るい、青藍に光る錨が魔獣目掛けて飛んだ。逃げる魔獣の横っ腹に刺さると光る鎖が魔獣の身体を縛り上げた。そのまま、ずしんっと地響きを立てながら魔獣は地面に横倒しになる。
「グゥウアアアオオオ!」
咆哮をあげると、魔獣は横っ腹から筒状の器官を数本突き出し、赤い光芒を幾重にもストレガ目掛けて放った。彼女はそれを横っ飛びに避ける。光芒は木々に当たり、いくつもの穴をあけたようだ。
「一気に決めるのだ。さあ、燻製の生贄になると良いのだ!」
教鞭を振り上げたストレガの頭上に無数の光の玉が顕現する。それらは教鞭を振り下ろすと共に、流星雨の如く魔獣に降り注いだ。魔獣は断末魔の叫びをあげる。
完全に息の根を止めたことを確認してから、ストレガは大きな空箱を出し、魔獣の解体を始めた。表皮を裂いて、部位ごとに選別していく。
「ふむふむ、ここの部位は使えそうなのだ。こっちは……」
魔獣の身体は多種多様な用途がある。武器の素材にもなり、食材にもなり得るのだ。
ふと見れば、まだ日は高い。早朝に出た甲斐があったようだ。
なお、ストレガがこうも早くに狩りに出たのには理由がある。持ち帰る燻製用の肉以外の部位は、この現地で処理し適切な形で持ち帰るからだ。魔獣の骨にしても肉片が付いているだろうし、血だって抜くにはまあまあの時間が掛かる。解体処理というのは時間が掛かるものなのだ。
食事を適当に取りながら解体を進め、持ち帰る準備が終わった頃にはもう日が傾き始めていた。帰る頃にはちょうど、夕方になるだろう。
「さて、燻製液や薬湯の調合は上手くいっているのだ?」
レゼルがどのようにやっているか、ストレガは気になっているようだ。師として、身につく様に実践を交えながら技術や知識を教えていった。彼がどのくらいそれらを自分の知識として使えるようになっているか、その試しもある。
可愛い弟子がどのくらい成長しているか、楽しみにしながらストレガは帰路につく。
工房に帰り着くと、レゼルにストレガは箱満載の魔獣の肉を見せた。余分な脂は削ぎ、このまま燻製の準備が行えるようにしてある。
「うわあ、またいっぱいありますね。しかもそのまま焼いても美味しそうなぐらいのお肉ですよ、これ」
「うむ、一番良さげな魔獣を狙ったのだ。では、このまま漬けてしまうのだ」
ストレガはレゼルに指示し、調合しておいた燻製液を箱に注がせる。なみなみと注がれた液体に肉が沈んでいく。
なお、自分でやらないのには理由があった。彼女の身体は魔獣の討伐、解体にて血で汚れている。様々な雑菌もあるだろう。燻製づくりにそれらはご法度だ。
レゼルが燻製液に肉を漬け終わると、彼を伴ってストレガは風呂に向かった。血で汚れた服を脱ぎ、まとめてかごに入れておく。これらは後で風呂に漬け込むようだ。
褐色の麗しい肌を晒しながら、ストレガは一緒に風呂に入ったレゼルに背中を流されている。レゼルは毎度のことながら視線をどこに向けるべきか、迷いながらも背中を流していた。
「少年、いつまでたっても慣れないのだ? もうだいぶ一緒にいるだろう?」
「そ、それはそうですが! ス、ストレガ様が綺麗すぎるんですよ!」
綺麗と言われて、悪い気はしないストレガはにやりと笑って、今度はレゼルを洗ってやった。それはもう“情熱的”に。
惚けた顔をしながら湯につかるレゼルに背を預けながら、ストレガも共に湯に浸かる。熱い湯は心地が良いものだ。
「……身体つきも、かなり逞しくなったのだ、少年」
「はは、鍛えられてますからね。朝も夜も、そりゃもうびしばしと。その辺の魔獣には、もう負けませんよ」
青年となった彼はストレガに戦闘技術も本格的に教えられている。近接時の動き方、味方の支援方法。その種類は多岐に渡る。昨日だって、実戦形式の戦闘でぼこぼこにされたばかりだ。まだ師匠の域に到達するには程遠い。
「確実に動けるようにはなってきてるのだ。もっと無駄な動きを減らし、効率的かつ柔軟に動くのだー」
「それが難しいんですけどねぇ……もっと精進しないと」
そう言うレゼルに薬湯をすくってストレガは聞いてみた。香り高いハーブ類が使用されているように思える。
「して、今日の薬湯はどんな感じにしたのだー?」
レゼルに寄り掛かりながら問いかけるストレガに、レゼルは少々恥ずかしそうにしながら答える。髪から漂ういい香りが心地よい。
「えっと、そうですね。疲労を取る薬効を中心に、細かな傷に効くハーブ類を調合しました。香りづけに少々、花も使っていますよ」
見れば、花弁が湯の上に漂っていた。なんだか風情がある。外を見れば、夜空には星が輝いていた。
「いい景色に、いい香り。ふむ、欲しくなるのだ……こういう時には――」
「そういうと思って、用意しておきましたよ。どうぞ」
そう言ったレゼルは湯に板を浮かべる。そこに酒と少量のおつまみを乗せた。それを見たストレガの顔が明るくなる。
「少年、気が利くのだっ、ごくっ……うむ、やはり夜空を見ながら飲むのは、いいものなのだぁー」
「それは良かったです。では僕も。くぅう……効きますね、これ」
夜空を肴に、二人はのぼせない程度に酒を酌み交わすのだった。
風呂から出ると、ストレガはそのまま身体の水分を拭きとって部屋に戻る。レゼルは服を風呂の残り湯に沈め、漬けこんでいるようだ。
部屋に戻ると眠気がやってきたストレガは伸びをする。時間も遅い、明日に供えて寝るのがいいだろう。
目を擦りながら、ストレガはベッドに入ると部屋に入ってきたレゼルを手招きする。
「ほら、早く来るのだー、もう私は眠いのだぁー。このままではぁ、ベッドから落ちてしまうぅー」
眠すぎて、身体が半分程ベッドから落ちそうになっているストレガをよいしょっとベッドに戻し、レゼルは一緒のベッドに入った。直後、ストレガは抱き枕よろしく彼を抱き締める。
「ふあぁぁ!? ス、ストレガ様ぁ! だからいきなり来るのは心臓に悪いとあれほどぉ!」
「すやぁ……すぴぃ……すうすう」
「え、もう寝てます? はは、疲れてたんですね、きっと」
自分をがっしりと抱き締めるストレガのいい香りと柔らかさに心地よさを感じながら、レゼルもまた眠りに落ちていくのだった。
早朝。
二人の姿は燻製液に漬けた肉の前にあった。
ストレガは肉を取り出すと、説明しながら水を張った入れ物の中に沈めていく。
「まず必要なのは塩抜きなのだ。こうやって、水を張った入れ物にいれてから流水を流しておく。6時間もあれば十分なのだ」
「では次の準備をするのは早くてもお昼頃なんですね。でも、どうして漬けたのにまた水に入れるんです? 味、取れちゃうのでは?」
流水の量を調節しながら、ストレガは不思議そうにしているレゼルに語る。
「燻製液などに漬けた肉というのは、表面の塩分濃度が中に比べて高いのだ。更に汚れもあったりする。それらを落とし、味の均一化を図るのが水に沈め、流水を流す行為の意味なのだ」
「なるほど、味にムラがあったら嫌ですもんね。流水を直接当てないのは、形を崩しにくくする為ですか?」
「うむ。直接当てなければ影響は小さいのだ。さて、後はお昼頃に様子を見に来ればよいのだ」
そうして実験農場の世話やミニビヒモーの世話をしながら二人は過ごし、時間はお昼頃。
様子を見に肉の所にやってくると、肉を水から出し端を少し切ってストレガは味見をした。ちょうどいい塩加減だ。
「中々にいい仕上がりなのだ。では、乾燥させるのだ。服と一緒に風通しのいい場所に干すのだー」
レゼルと共に、ストレガは庭先へ肉と服を干していく。涼しい風が流れ、服がはためいていた。
「これだけいい風ならば、すぐに乾燥しそうなのだ。ふふ、出来が楽しみなのだー」
「そういえば、燻製する前に干すのは何故です? 燻製するなら蒸発するでしょうし、多少濡れたままでもよいのでは?」
そういうレゼルの言葉を聞いて、ストレガは手直な木箱に座ると足を組み替え、話す。
「水分と言うのは雑菌の温床になりやすいのだ。しっかり水分を飛ばすことで、燻製中の雑菌繁殖を抑える必要がある。なお、煙にも雑菌を抑える効果があるので効果は高いのだ。簡単に言うと、煙が肉を包み込んで雑菌を防ぐ、それで長期保存が可能となる、というわけなのだ」
「そうだったんですね。いや、燻製も奥が深い。そんな効果があったとは。保存食に選ばれるのも納得ですね」
それからしばらくは研究や訓練をして過ごし、十分に乾燥させた肉を持ってストレガとレゼルはあのレンガ造りの燻製小屋の前までやってきた。
「では少年、小屋の中に肉を入れていくのだ。しっかりと長時間熱する……これが長期保存用の燻製方法、温燻法と言う。ある程度の長期保存が可能なやり方なのだ」
肉を小屋内に干しながら、ストレガは説明を続けた。レゼルは一緒に肉を小屋内に並べている。
「温燻法の他にも、さらに長期保存が可能な冷燻法という物もあるのだが……あれは温度管理が重要で、低温を維持する為に冬場しか出来ないのだ」
「へぇ、寒い時限定の燻製もあるんですか。いずれ、試してみたいですね」
そんな話をしつつ、肉を干し終えたストレガは燻製に使うチップを手に取りながら、レゼルに見せた。端材を用いた木材のチップはかなり細かいようだ。
「こういう木材の端材をより細かくしたチップを使って熱するのだが、この種類によって様々な風味が付くのだ。どれを選ぶか、場に合わせどういった物に仕上げるか、そういう所も重要なのだ」
「なるほど、熱する素材でそこまで変わるのは不思議ですね」
ストレガはレゼルに教えつつ、チップを投入すると燻製小屋を熱し始める。煙が小屋内に充満し、燻製が始まった。
すると、ストレガは夕食に使う用の肉を持ってくるとそれを小型の窯に入れた。レゼルは不思議そうに見ている。
「あの、ストレガ様。そっちの小さいのは何に使うんですか?」
「これは熱燻法というやり方で、高温で短時間、肉を燻製するのだ。保存性は皆無だが、燻製を手軽に楽しむには良いのだ」
ストレガはレゼルにやってみろ、と言いチップを投入する彼を見つめている。チップの選び方、入れ方、燻製器の使い方まで身に付いているかチェックしているようだ。
レゼルは教わった通りに燻製器を操作する。特に手間取った様子はなく、燻製器の中に高温の煙が充満していく。
「うむ、問題なさそうなのだ。さて……どんな感じに仕上がるか、楽しみなのだ」
「ええ、燻製肉も買った物ではなく自分たちで作ったとなると……僕も仕上がりが楽しみですよ」
燻製してから一時間後、燻製器の煙を抜くとストレガはそのまま蓋を閉めた。まだ肉を出す気はないらしい。
それというのも、燻製を短時間した後、熟成させる為に少々待つ必要があったからだ。
「こうやって味を落ち着かせる、これもまた燻製に必要なことなのだ、少年」
「すぐに食べたい香りがしてたんですけどねぇ……いやあ、燻製って大変ですよ。主に、こう、食欲との戦いが!」
そういったレゼルを見て、まだまだなのだ、とストレガは笑うのだった。
そして一時間ぐらいが立った頃、肉を取り出して切り分け、作ったポップコーンと一緒に食卓に並べた。
冷たい果実水を飲み、燻製した肉を食べ、ポップコーンを楽しむ。たまにはこういった食事があっても良い。
「くぅう、香りがいい感じに染みているのだ。短時間でこれほどならば……小屋の方はもっといい味に仕上がっている筈。今からでも、楽しみなのだー」
「ですね。まさかここまで本格的な燻製が食べられるとは思ってもいませんでしたよ。自作するの、ちょっとハマりそうです」
ポップコーンをひとつまみ、燻製肉と一緒に口に放り込むと、二つの味が合わさって口内が実に楽しい事となった。
「ああ、なんかいいですね。こうやって味に変化をつけながら……手が止まりませんよ」
「うむ。この燻製肉にチーズやソースを合わせるのもありかも知れないのだ。今度、仕入れて試すのもいいのだ」
ストレガとレゼルの二人はそんな会話をしながら、丹精込めて作り上げた燻製肉を楽しむのだった。
食料の長期保存。
それは生きる上で、必要になってくる問題だ。
昔から干したり、塩漬けにしたりと先人たちは工夫に工夫を重ねた。
その工夫の先にある、燻製という技術。
これを習得し、自らの知識として振るうことができれば……生存能力は格段に上がるだろう。
そういった様々な“あらゆる環境で生き残る知恵”を身につけることこそが、ストレガの元たる教えなのだ。
ゴールディ郊外。
実験農場に始まり、自作の工房がある【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅。
ついに完成したレンガ造りの燻製小屋を眺めながら、ストレガは腕を組んでいた。思うのはどんな肉を燻製しようか、という所だろう。
「うむ、良い出来なのだ。これならば……丸ごと入れるのも……いや、部位ごとに? な、悩むのだー」
「あはは、悩みまくってますね、ストレガ様」
振り向くとそこには、助手の青年【レゼル】が野菜を世話する為の道具を抱え、農場へと向かう所だった。
「丸ごとの燻製も、部位ごとの細かな燻製も出来る上、チップを変えれば香りだって自在に……! 悩まない方がおかしいのだ」
「完成するの、かなり楽しみにしてましたもんね。僕も気になるなぁ、燻製肉とか結構好きなんですよ」
そう笑ってレゼルは農場の世話に向かったようだ。そんなレゼルの背中を見て、ストレガは思う。
ここに来た頃の少年とは違い、レゼルは立派に青年へと成長した。師たるストレガの知識や技術を身に着け、今では農場やミニビヒモーの世話ならば完璧にやってのける。それでも彼女にとってはまだまだ“少年”なのだが。
「ふむ……成長したものなのだ。なら、任せてもいいか」
レゼルがミニビヒモーの身体をブラシで擦り、身体を綺麗にしているとストレガがやってくる。見れば、旅に出るような服装だった。
手を止めて、レゼルは彼女の方を振り向いた。ミニビヒモーがレゼルに頭を擦りつけている。
「あ、お出かけですか? 待ってください、今準備を……」
「いや、今回は留守番を頼むのだ。実験農場の麦と玉蜀黍の世話も、ビヒモーの世話もある。任せても、大丈夫なのだ?」
試す様なストレガの言葉の真意をくみ取ったのか、レゼルは笑顔で返す。
「わかりました。そういうことならお任せください」
「うむ。玉蜀黍は……」
「はい、爆裂種と甘味種は世話の方法も違うので気をつけますし、収穫もしておきます。そろそろ時期ですからね。食べる分と、飼料にする分も分けておくので、帰ってきたらチェックをお願いします」
満点以上の答えに満足したのか、ストレガはふふっと笑う。
「ああ、それと暑いので果実水は飲んでよいのだ。それと……」
「夕方頃に薬湯の準備ですね? それと燻製用の液も用意しておきます。帰ってきたら燻製したいでしょうし。それ用の魔獣を狩りに行くんですよね? 楽しみだっていう気持ちが顔から漏れてますよ」
なんだか言おうとしていることを先に言われてしまったストレガは、予想よりも成長しているレゼルを見て、満足そうな笑みを浮かべた。
「では、行ってくるのだ、少年」
「はい、ストレガ様。お気をつけて!」
手を振って元気のいいレゼルの声を背中に受けながら、ストレガは工房兼自宅を後にするのだった。
深い森の中をストレガは走っている。視線の先には手負いの魔獣が木をなぎ倒しながら逃げている。
「逃がさないのだ、これでっ!」
教鞭を振るい、青藍に光る錨が魔獣目掛けて飛んだ。逃げる魔獣の横っ腹に刺さると光る鎖が魔獣の身体を縛り上げた。そのまま、ずしんっと地響きを立てながら魔獣は地面に横倒しになる。
「グゥウアアアオオオ!」
咆哮をあげると、魔獣は横っ腹から筒状の器官を数本突き出し、赤い光芒を幾重にもストレガ目掛けて放った。彼女はそれを横っ飛びに避ける。光芒は木々に当たり、いくつもの穴をあけたようだ。
「一気に決めるのだ。さあ、燻製の生贄になると良いのだ!」
教鞭を振り上げたストレガの頭上に無数の光の玉が顕現する。それらは教鞭を振り下ろすと共に、流星雨の如く魔獣に降り注いだ。魔獣は断末魔の叫びをあげる。
完全に息の根を止めたことを確認してから、ストレガは大きな空箱を出し、魔獣の解体を始めた。表皮を裂いて、部位ごとに選別していく。
「ふむふむ、ここの部位は使えそうなのだ。こっちは……」
魔獣の身体は多種多様な用途がある。武器の素材にもなり、食材にもなり得るのだ。
ふと見れば、まだ日は高い。早朝に出た甲斐があったようだ。
なお、ストレガがこうも早くに狩りに出たのには理由がある。持ち帰る燻製用の肉以外の部位は、この現地で処理し適切な形で持ち帰るからだ。魔獣の骨にしても肉片が付いているだろうし、血だって抜くにはまあまあの時間が掛かる。解体処理というのは時間が掛かるものなのだ。
食事を適当に取りながら解体を進め、持ち帰る準備が終わった頃にはもう日が傾き始めていた。帰る頃にはちょうど、夕方になるだろう。
「さて、燻製液や薬湯の調合は上手くいっているのだ?」
レゼルがどのようにやっているか、ストレガは気になっているようだ。師として、身につく様に実践を交えながら技術や知識を教えていった。彼がどのくらいそれらを自分の知識として使えるようになっているか、その試しもある。
可愛い弟子がどのくらい成長しているか、楽しみにしながらストレガは帰路につく。
工房に帰り着くと、レゼルにストレガは箱満載の魔獣の肉を見せた。余分な脂は削ぎ、このまま燻製の準備が行えるようにしてある。
「うわあ、またいっぱいありますね。しかもそのまま焼いても美味しそうなぐらいのお肉ですよ、これ」
「うむ、一番良さげな魔獣を狙ったのだ。では、このまま漬けてしまうのだ」
ストレガはレゼルに指示し、調合しておいた燻製液を箱に注がせる。なみなみと注がれた液体に肉が沈んでいく。
なお、自分でやらないのには理由があった。彼女の身体は魔獣の討伐、解体にて血で汚れている。様々な雑菌もあるだろう。燻製づくりにそれらはご法度だ。
レゼルが燻製液に肉を漬け終わると、彼を伴ってストレガは風呂に向かった。血で汚れた服を脱ぎ、まとめてかごに入れておく。これらは後で風呂に漬け込むようだ。
褐色の麗しい肌を晒しながら、ストレガは一緒に風呂に入ったレゼルに背中を流されている。レゼルは毎度のことながら視線をどこに向けるべきか、迷いながらも背中を流していた。
「少年、いつまでたっても慣れないのだ? もうだいぶ一緒にいるだろう?」
「そ、それはそうですが! ス、ストレガ様が綺麗すぎるんですよ!」
綺麗と言われて、悪い気はしないストレガはにやりと笑って、今度はレゼルを洗ってやった。それはもう“情熱的”に。
惚けた顔をしながら湯につかるレゼルに背を預けながら、ストレガも共に湯に浸かる。熱い湯は心地が良いものだ。
「……身体つきも、かなり逞しくなったのだ、少年」
「はは、鍛えられてますからね。朝も夜も、そりゃもうびしばしと。その辺の魔獣には、もう負けませんよ」
青年となった彼はストレガに戦闘技術も本格的に教えられている。近接時の動き方、味方の支援方法。その種類は多岐に渡る。昨日だって、実戦形式の戦闘でぼこぼこにされたばかりだ。まだ師匠の域に到達するには程遠い。
「確実に動けるようにはなってきてるのだ。もっと無駄な動きを減らし、効率的かつ柔軟に動くのだー」
「それが難しいんですけどねぇ……もっと精進しないと」
そう言うレゼルに薬湯をすくってストレガは聞いてみた。香り高いハーブ類が使用されているように思える。
「して、今日の薬湯はどんな感じにしたのだー?」
レゼルに寄り掛かりながら問いかけるストレガに、レゼルは少々恥ずかしそうにしながら答える。髪から漂ういい香りが心地よい。
「えっと、そうですね。疲労を取る薬効を中心に、細かな傷に効くハーブ類を調合しました。香りづけに少々、花も使っていますよ」
見れば、花弁が湯の上に漂っていた。なんだか風情がある。外を見れば、夜空には星が輝いていた。
「いい景色に、いい香り。ふむ、欲しくなるのだ……こういう時には――」
「そういうと思って、用意しておきましたよ。どうぞ」
そう言ったレゼルは湯に板を浮かべる。そこに酒と少量のおつまみを乗せた。それを見たストレガの顔が明るくなる。
「少年、気が利くのだっ、ごくっ……うむ、やはり夜空を見ながら飲むのは、いいものなのだぁー」
「それは良かったです。では僕も。くぅう……効きますね、これ」
夜空を肴に、二人はのぼせない程度に酒を酌み交わすのだった。
風呂から出ると、ストレガはそのまま身体の水分を拭きとって部屋に戻る。レゼルは服を風呂の残り湯に沈め、漬けこんでいるようだ。
部屋に戻ると眠気がやってきたストレガは伸びをする。時間も遅い、明日に供えて寝るのがいいだろう。
目を擦りながら、ストレガはベッドに入ると部屋に入ってきたレゼルを手招きする。
「ほら、早く来るのだー、もう私は眠いのだぁー。このままではぁ、ベッドから落ちてしまうぅー」
眠すぎて、身体が半分程ベッドから落ちそうになっているストレガをよいしょっとベッドに戻し、レゼルは一緒のベッドに入った。直後、ストレガは抱き枕よろしく彼を抱き締める。
「ふあぁぁ!? ス、ストレガ様ぁ! だからいきなり来るのは心臓に悪いとあれほどぉ!」
「すやぁ……すぴぃ……すうすう」
「え、もう寝てます? はは、疲れてたんですね、きっと」
自分をがっしりと抱き締めるストレガのいい香りと柔らかさに心地よさを感じながら、レゼルもまた眠りに落ちていくのだった。
早朝。
二人の姿は燻製液に漬けた肉の前にあった。
ストレガは肉を取り出すと、説明しながら水を張った入れ物の中に沈めていく。
「まず必要なのは塩抜きなのだ。こうやって、水を張った入れ物にいれてから流水を流しておく。6時間もあれば十分なのだ」
「では次の準備をするのは早くてもお昼頃なんですね。でも、どうして漬けたのにまた水に入れるんです? 味、取れちゃうのでは?」
流水の量を調節しながら、ストレガは不思議そうにしているレゼルに語る。
「燻製液などに漬けた肉というのは、表面の塩分濃度が中に比べて高いのだ。更に汚れもあったりする。それらを落とし、味の均一化を図るのが水に沈め、流水を流す行為の意味なのだ」
「なるほど、味にムラがあったら嫌ですもんね。流水を直接当てないのは、形を崩しにくくする為ですか?」
「うむ。直接当てなければ影響は小さいのだ。さて、後はお昼頃に様子を見に来ればよいのだ」
そうして実験農場の世話やミニビヒモーの世話をしながら二人は過ごし、時間はお昼頃。
様子を見に肉の所にやってくると、肉を水から出し端を少し切ってストレガは味見をした。ちょうどいい塩加減だ。
「中々にいい仕上がりなのだ。では、乾燥させるのだ。服と一緒に風通しのいい場所に干すのだー」
レゼルと共に、ストレガは庭先へ肉と服を干していく。涼しい風が流れ、服がはためいていた。
「これだけいい風ならば、すぐに乾燥しそうなのだ。ふふ、出来が楽しみなのだー」
「そういえば、燻製する前に干すのは何故です? 燻製するなら蒸発するでしょうし、多少濡れたままでもよいのでは?」
そういうレゼルの言葉を聞いて、ストレガは手直な木箱に座ると足を組み替え、話す。
「水分と言うのは雑菌の温床になりやすいのだ。しっかり水分を飛ばすことで、燻製中の雑菌繁殖を抑える必要がある。なお、煙にも雑菌を抑える効果があるので効果は高いのだ。簡単に言うと、煙が肉を包み込んで雑菌を防ぐ、それで長期保存が可能となる、というわけなのだ」
「そうだったんですね。いや、燻製も奥が深い。そんな効果があったとは。保存食に選ばれるのも納得ですね」
それからしばらくは研究や訓練をして過ごし、十分に乾燥させた肉を持ってストレガとレゼルはあのレンガ造りの燻製小屋の前までやってきた。
「では少年、小屋の中に肉を入れていくのだ。しっかりと長時間熱する……これが長期保存用の燻製方法、温燻法と言う。ある程度の長期保存が可能なやり方なのだ」
肉を小屋内に干しながら、ストレガは説明を続けた。レゼルは一緒に肉を小屋内に並べている。
「温燻法の他にも、さらに長期保存が可能な冷燻法という物もあるのだが……あれは温度管理が重要で、低温を維持する為に冬場しか出来ないのだ」
「へぇ、寒い時限定の燻製もあるんですか。いずれ、試してみたいですね」
そんな話をしつつ、肉を干し終えたストレガは燻製に使うチップを手に取りながら、レゼルに見せた。端材を用いた木材のチップはかなり細かいようだ。
「こういう木材の端材をより細かくしたチップを使って熱するのだが、この種類によって様々な風味が付くのだ。どれを選ぶか、場に合わせどういった物に仕上げるか、そういう所も重要なのだ」
「なるほど、熱する素材でそこまで変わるのは不思議ですね」
ストレガはレゼルに教えつつ、チップを投入すると燻製小屋を熱し始める。煙が小屋内に充満し、燻製が始まった。
すると、ストレガは夕食に使う用の肉を持ってくるとそれを小型の窯に入れた。レゼルは不思議そうに見ている。
「あの、ストレガ様。そっちの小さいのは何に使うんですか?」
「これは熱燻法というやり方で、高温で短時間、肉を燻製するのだ。保存性は皆無だが、燻製を手軽に楽しむには良いのだ」
ストレガはレゼルにやってみろ、と言いチップを投入する彼を見つめている。チップの選び方、入れ方、燻製器の使い方まで身に付いているかチェックしているようだ。
レゼルは教わった通りに燻製器を操作する。特に手間取った様子はなく、燻製器の中に高温の煙が充満していく。
「うむ、問題なさそうなのだ。さて……どんな感じに仕上がるか、楽しみなのだ」
「ええ、燻製肉も買った物ではなく自分たちで作ったとなると……僕も仕上がりが楽しみですよ」
燻製してから一時間後、燻製器の煙を抜くとストレガはそのまま蓋を閉めた。まだ肉を出す気はないらしい。
それというのも、燻製を短時間した後、熟成させる為に少々待つ必要があったからだ。
「こうやって味を落ち着かせる、これもまた燻製に必要なことなのだ、少年」
「すぐに食べたい香りがしてたんですけどねぇ……いやあ、燻製って大変ですよ。主に、こう、食欲との戦いが!」
そういったレゼルを見て、まだまだなのだ、とストレガは笑うのだった。
そして一時間ぐらいが立った頃、肉を取り出して切り分け、作ったポップコーンと一緒に食卓に並べた。
冷たい果実水を飲み、燻製した肉を食べ、ポップコーンを楽しむ。たまにはこういった食事があっても良い。
「くぅう、香りがいい感じに染みているのだ。短時間でこれほどならば……小屋の方はもっといい味に仕上がっている筈。今からでも、楽しみなのだー」
「ですね。まさかここまで本格的な燻製が食べられるとは思ってもいませんでしたよ。自作するの、ちょっとハマりそうです」
ポップコーンをひとつまみ、燻製肉と一緒に口に放り込むと、二つの味が合わさって口内が実に楽しい事となった。
「ああ、なんかいいですね。こうやって味に変化をつけながら……手が止まりませんよ」
「うむ。この燻製肉にチーズやソースを合わせるのもありかも知れないのだ。今度、仕入れて試すのもいいのだ」
ストレガとレゼルの二人はそんな会話をしながら、丹精込めて作り上げた燻製肉を楽しむのだった。
食料の長期保存。
それは生きる上で、必要になってくる問題だ。
昔から干したり、塩漬けにしたりと先人たちは工夫に工夫を重ねた。
その工夫の先にある、燻製という技術。
これを習得し、自らの知識として振るうことができれば……生存能力は格段に上がるだろう。
そういった様々な“あらゆる環境で生き残る知恵”を身につけることこそが、ストレガの元たる教えなのだ。