揺蕩う水面で
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2024年08月30日 11時26分51秒
水上都市アキュアリスタ。
冬の一大イベント『水神祭』程ではないにせよ、夏の酷暑に追い立てられた南の人々が、水都の涼を求め多数押し寄せている。
そんな多くの観光客で賑わうこの水の都に、ネーヴェ・グラヌローザとアルフィー・リッパーは訪れてた。
「遠出するのは久し振りですわね」
建物の間を吹き抜ける涼やかな風に遊ばれない様に、つば広の麦わら帽子を押さえながら空を見上げる。
空は晴天。雲一つない空を見上げていると、ようやく”日常”といえる日々が帰ってきた気がする。
「こうして、色々な地域に行けるようになると、冒険者として活動していた頃を思い出しますわね」
「……そうだな。まだそんなに時間が経ってないのに、なんかとても懐かしい気がする」
彼もきっと同じ思いなんだろう。
同じ空を見上げている彼の横顔が、そう言っている。
「今日はたまたまアキュアリスタでしたけれど、あの頃に訪れた場所を巡るのも楽しそうですわね」
「それいいな。あの戦いの後、世界がどうなったか気になるし。みんな元気かな、家とか壊されてなければいいけど……」
「確かに冒険者だったころに出会った人たちがどうなっているのか気になりますが、純粋に旅をしたいとは思いませんか?」
「うん? そりゃ旅は好きだし、色んな所に行きたいとは思うけど……折角なら、みんなに会いたいだろ?」
「……いえ、そう言う事ではなくて」
「んん???」
「なんでもありませんわ」
難しい顔をして首をかしげる彼に小さくため息を吐いてから少し前を歩く。
お互い恋人同士だと自覚しているし、学園では学園の同級生で共に生徒会所属で二人きりになることも多いけど、それはそれ、これはこれ。
”日常”と”非日常”ではやっぱり、色々と、その……違って欲しい。
「……こうして2人で泊まりがけの旅行へ来るのは、初めて、ですね」
だから、振り返らずにそう呟いてみる。
初心で鈍感な彼がどんな反応をするのか見てみたい。そんな悪戯心。
「……」
なのに、彼からの反応がない。
突然の思わせ発言に固まっているのか、それとも本当に気付いていないのか……。
あまりに無言だから、心配になって振り返えろうかと思った瞬間、手を取られた。
「アル……?」
やっぱり無言な彼が横に並ぶ。
その顔はどこか緊張したような、照れているような、複雑な表情。
きっと、私が言ったことの意味を理解したのだろう。もうお互い子供じゃない。
「ね、小舟に乗りませんか? この街へは何度か訪れていますが、ゴンドラに乗った事はないのですよね」
「そうなのか。ネーヴェの事だからそういうのは一通り経験してると思ってた」
「そういうの、とは?」
「えっと、観光とかグルメとか……そういうの?」
「確かに、そういう事は好きですわ。でも、以前この街へ訪れたのはあくまでお仕事。遊びに来たわけじゃないんですよ?」
「そ、そうなのか。俺はてっきり……」
「てっきり、なんですか? まったく」
言葉に詰まる彼にまた小さなため息を吐いて、手を繋ぎなおす。所謂、”恋人繋ぎ”と言われる繋ぎ方。
私の手を取り主導権を握っていた――――と思っている彼の尻尾がピンと跳ねた。
「ほら、乗り場が見えてきましたわ。行きましょう」
彼と恋人関係になって数か月。
年上だからと余裕を見せてはいるけど、緊張しているのは私も同じ。
だから、彼に内心を悟られる前に、その手を引いて前を歩く――――。
●
建物の間を縫うように張り巡らされた水路をゴンドラが進む中、ウェルカムドリンクとして出された柑橘系のジュースを二人仲良く飲み終えて一息ついた。
「この街がこんなにも素敵だったなんて思いもしませんでしたわ」
「そうだな。冒険者の頃は景色に目を向けてる余裕なかったってのもあるけど、改めて見るとやっぱ仕事と観光じゃ見え方がぜんぜん違う」
「ちなみにアルはどちらが好きですか?」
「どっちと言われても……どっちもいいとこがあるんじゃないか?」
「なるほど、アルは仕事も遊びも真剣に取り組んでいるのですね」
「お、おう……? そう、なのか?」
「ふふ」
漕ぎ手は私たちの関係をわかっているのか、過剰な観光案内は控え、言葉少なに風光明媚な水都の風景を楽しませてくれている。
「そういえばずっと触ってるけど、それ、そんなに気に入ったのか?」
「ええ、とても」
ふと彼が私の手に視線を落として、不思議そうに問いかけてきた。
私の手には、今綺麗な石が嵌った根付けがある。
それはゴンドラに乗る前に、街の商店でたまたま見かけ購入したごくありふれた土産物だ。
そんな私の様子に、彼がホッと胸をなでおろした。
何を隠そう、この根付けは彼が私に似合うと必死に選んで買ってくれたものなのだ。
「だって、アルとお揃いですもの」
「そ、そうか。気に入ってもらえてよかった」
照れたように自分の手の中にあるお揃いの根付けに視線を落とした彼は、嬉しそうに口元を緩めている。
「アル、暑くありませんか?」
そんな彼がどうしようもなく愛おしくて、もっとそばに居たくて、そう問いかけた。
「え? 別に暑くは――――えっと、やっぱりちょっと暑いかな」
「ふふ。ですわよね」
日傘を傾けた私の意図に気付いたのか、彼はすっと席をずれ、私の座れるスペースを用意する。
私は漕ぎ手に目線で許可を取ると、席を移り彼の隣に腰かけた。
「あ、俺が持とうか……?」
「ありがとうございます。それではお願いしますね」
彼なりの精一杯の気遣いに嬉しくなり、日傘の柄を彼に手渡す。
そして、お返しにとそっとその肩にもたれ掛かった。
水面を滑るゴンドラの上はとても静かで、観光客で賑わう街の喧騒がまるで遠い世界の事のように感じる。
少し強張っている彼の肩に寄りかかり、頬にはその温もりを享受しながら、穏やかな時間を楽しむ。
「ネ、ネーヴェ……」
「静かに」
「え……?」
何か言いたげだった彼の言葉を遮り、すっと目を閉じた。
いつの頃からか、水面を揺らす風のように歌声が揺蕩っている。
「……この歌、知ってる」
「ええ、有名な子守唄ですわね。アレンジされていて、とても素敵」
まるで心が風景に溶けていくような不思議に気分だ。
頬に感じる彼の温もり。
音もなく水面を走るゴンドラ。
頬を撫でる涼やかな風。
美しいテノールの歌声――――。
「アル?」
幸福な時間が永遠に続けばいい。そう思っていたら、空いていた方が温もりに包まれた。
どうしたのかと見上げてみれば、少し緊張した面持ちの彼がいる。
「もう少し、その……こうしててもいいか?」
「……ふふ、構いませんよ。ただ」
「ただ?」
「一緒に歌いませんか?」
「え?」
「知っているのでしょう? でしたら、ぜひご一緒に」
「で、でも、俺、歌は――――」
漕ぎ手に目線で確認を取ると、こくりと頷いてくれた。
戸惑っていた彼も覚悟を決めたのか、こほんと咳ばらいをしている。
「――――」
漕ぎ手の歌に合わせ子守歌を口遊む。
合わせるように、彼も歌声が続けて来た。
全てが愛おしく、尊い時間。
長い激動の末にようやく訪れた平和で穏やかなこの瞬間を、私は永遠に忘れないだろう。
あなたに出会えて本当に良かった。
心からそう思う。
だから……どうか、あなたにもそう思って欲しい。
「私の全てを、あなたに――――」
彼の温もりに包まれながら、子守歌の締め括りを口遊んだ――――。
冬の一大イベント『水神祭』程ではないにせよ、夏の酷暑に追い立てられた南の人々が、水都の涼を求め多数押し寄せている。
そんな多くの観光客で賑わうこの水の都に、ネーヴェ・グラヌローザとアルフィー・リッパーは訪れてた。
「遠出するのは久し振りですわね」
建物の間を吹き抜ける涼やかな風に遊ばれない様に、つば広の麦わら帽子を押さえながら空を見上げる。
空は晴天。雲一つない空を見上げていると、ようやく”日常”といえる日々が帰ってきた気がする。
「こうして、色々な地域に行けるようになると、冒険者として活動していた頃を思い出しますわね」
「……そうだな。まだそんなに時間が経ってないのに、なんかとても懐かしい気がする」
彼もきっと同じ思いなんだろう。
同じ空を見上げている彼の横顔が、そう言っている。
「今日はたまたまアキュアリスタでしたけれど、あの頃に訪れた場所を巡るのも楽しそうですわね」
「それいいな。あの戦いの後、世界がどうなったか気になるし。みんな元気かな、家とか壊されてなければいいけど……」
「確かに冒険者だったころに出会った人たちがどうなっているのか気になりますが、純粋に旅をしたいとは思いませんか?」
「うん? そりゃ旅は好きだし、色んな所に行きたいとは思うけど……折角なら、みんなに会いたいだろ?」
「……いえ、そう言う事ではなくて」
「んん???」
「なんでもありませんわ」
難しい顔をして首をかしげる彼に小さくため息を吐いてから少し前を歩く。
お互い恋人同士だと自覚しているし、学園では学園の同級生で共に生徒会所属で二人きりになることも多いけど、それはそれ、これはこれ。
”日常”と”非日常”ではやっぱり、色々と、その……違って欲しい。
「……こうして2人で泊まりがけの旅行へ来るのは、初めて、ですね」
だから、振り返らずにそう呟いてみる。
初心で鈍感な彼がどんな反応をするのか見てみたい。そんな悪戯心。
「……」
なのに、彼からの反応がない。
突然の思わせ発言に固まっているのか、それとも本当に気付いていないのか……。
あまりに無言だから、心配になって振り返えろうかと思った瞬間、手を取られた。
「アル……?」
やっぱり無言な彼が横に並ぶ。
その顔はどこか緊張したような、照れているような、複雑な表情。
きっと、私が言ったことの意味を理解したのだろう。もうお互い子供じゃない。
「ね、小舟に乗りませんか? この街へは何度か訪れていますが、ゴンドラに乗った事はないのですよね」
「そうなのか。ネーヴェの事だからそういうのは一通り経験してると思ってた」
「そういうの、とは?」
「えっと、観光とかグルメとか……そういうの?」
「確かに、そういう事は好きですわ。でも、以前この街へ訪れたのはあくまでお仕事。遊びに来たわけじゃないんですよ?」
「そ、そうなのか。俺はてっきり……」
「てっきり、なんですか? まったく」
言葉に詰まる彼にまた小さなため息を吐いて、手を繋ぎなおす。所謂、”恋人繋ぎ”と言われる繋ぎ方。
私の手を取り主導権を握っていた――――と思っている彼の尻尾がピンと跳ねた。
「ほら、乗り場が見えてきましたわ。行きましょう」
彼と恋人関係になって数か月。
年上だからと余裕を見せてはいるけど、緊張しているのは私も同じ。
だから、彼に内心を悟られる前に、その手を引いて前を歩く――――。
●
建物の間を縫うように張り巡らされた水路をゴンドラが進む中、ウェルカムドリンクとして出された柑橘系のジュースを二人仲良く飲み終えて一息ついた。
「この街がこんなにも素敵だったなんて思いもしませんでしたわ」
「そうだな。冒険者の頃は景色に目を向けてる余裕なかったってのもあるけど、改めて見るとやっぱ仕事と観光じゃ見え方がぜんぜん違う」
「ちなみにアルはどちらが好きですか?」
「どっちと言われても……どっちもいいとこがあるんじゃないか?」
「なるほど、アルは仕事も遊びも真剣に取り組んでいるのですね」
「お、おう……? そう、なのか?」
「ふふ」
漕ぎ手は私たちの関係をわかっているのか、過剰な観光案内は控え、言葉少なに風光明媚な水都の風景を楽しませてくれている。
「そういえばずっと触ってるけど、それ、そんなに気に入ったのか?」
「ええ、とても」
ふと彼が私の手に視線を落として、不思議そうに問いかけてきた。
私の手には、今綺麗な石が嵌った根付けがある。
それはゴンドラに乗る前に、街の商店でたまたま見かけ購入したごくありふれた土産物だ。
そんな私の様子に、彼がホッと胸をなでおろした。
何を隠そう、この根付けは彼が私に似合うと必死に選んで買ってくれたものなのだ。
「だって、アルとお揃いですもの」
「そ、そうか。気に入ってもらえてよかった」
照れたように自分の手の中にあるお揃いの根付けに視線を落とした彼は、嬉しそうに口元を緩めている。
「アル、暑くありませんか?」
そんな彼がどうしようもなく愛おしくて、もっとそばに居たくて、そう問いかけた。
「え? 別に暑くは――――えっと、やっぱりちょっと暑いかな」
「ふふ。ですわよね」
日傘を傾けた私の意図に気付いたのか、彼はすっと席をずれ、私の座れるスペースを用意する。
私は漕ぎ手に目線で許可を取ると、席を移り彼の隣に腰かけた。
「あ、俺が持とうか……?」
「ありがとうございます。それではお願いしますね」
彼なりの精一杯の気遣いに嬉しくなり、日傘の柄を彼に手渡す。
そして、お返しにとそっとその肩にもたれ掛かった。
水面を滑るゴンドラの上はとても静かで、観光客で賑わう街の喧騒がまるで遠い世界の事のように感じる。
少し強張っている彼の肩に寄りかかり、頬にはその温もりを享受しながら、穏やかな時間を楽しむ。
「ネ、ネーヴェ……」
「静かに」
「え……?」
何か言いたげだった彼の言葉を遮り、すっと目を閉じた。
いつの頃からか、水面を揺らす風のように歌声が揺蕩っている。
「……この歌、知ってる」
「ええ、有名な子守唄ですわね。アレンジされていて、とても素敵」
まるで心が風景に溶けていくような不思議に気分だ。
頬に感じる彼の温もり。
音もなく水面を走るゴンドラ。
頬を撫でる涼やかな風。
美しいテノールの歌声――――。
「アル?」
幸福な時間が永遠に続けばいい。そう思っていたら、空いていた方が温もりに包まれた。
どうしたのかと見上げてみれば、少し緊張した面持ちの彼がいる。
「もう少し、その……こうしててもいいか?」
「……ふふ、構いませんよ。ただ」
「ただ?」
「一緒に歌いませんか?」
「え?」
「知っているのでしょう? でしたら、ぜひご一緒に」
「で、でも、俺、歌は――――」
漕ぎ手に目線で確認を取ると、こくりと頷いてくれた。
戸惑っていた彼も覚悟を決めたのか、こほんと咳ばらいをしている。
「――――」
漕ぎ手の歌に合わせ子守歌を口遊む。
合わせるように、彼も歌声が続けて来た。
全てが愛おしく、尊い時間。
長い激動の末にようやく訪れた平和で穏やかなこの瞬間を、私は永遠に忘れないだろう。
あなたに出会えて本当に良かった。
心からそう思う。
だから……どうか、あなたにもそう思って欲しい。
「私の全てを、あなたに――――」
彼の温もりに包まれながら、子守歌の締め括りを口遊んだ――――。