雑貨屋『笑う狼』繁盛記
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月17日 16時52分04秒
夜のうちに舞い降りた氷霜が、朝日を受けてキラキラと輝いている。
風はなく雲もない。一番きれいな冬の日だとハルハン・ツァガーンナルは空を見上げた。
「今日は少し暖かくなりそう」
朝日はまだ建物の影に隠れて見えないけれど、天気の予想は間違っていないと思う。
ナルは冷たい外気を胸にいっぱい吸い込んだ。
「よし、やろう!」
毛に覆われた両手で頬を軽く叩き、最後の眠気を吹き飛ばすと、ナルは店の外に立て掛けてあった箒を手に取った。
「このままじゃ、お客様が滑ってしまうしね」
箒で掃いて店の脇に降り積もった霜を溶かしてしまう。
影になっている部分は日が昇っても溶けてくれないから、こうして人の手で溶かす。これも故郷の村で学んだ常識だった。
故郷の村は辺境都市群の北方にある小さな村。冒険者として名を上げた両親が拠点としていた所に人が集まり、次第に村になっていったのだと、近所のおばちゃんに聞いた。
両親は高名ゆえにあまり村におらず、少し寂しかったりもしたけど、村の皆は両親を慕って集ってきた家族みたいな人たちだったから、ボクにとても優しかった。
この身長のせいで同年代の友達にはからかわれたりもして、ナーバスになった時もあったけど、それも含めて大好きで大切なボクの故郷。
「みんな元気にしてるかな……」
店の入り口は丁度、故郷の方を向いている。
すると、建物の屋根から朝日が顔を出した。
「あ、いけない。早くしないと」
懐かしい故郷の事を思い出して止まっていた手を動かす。
ナルは急いで残りの霜を掃き飛ばしていった。
●
「オーナー、店の前の掃除終わりましたー!」
店舗の奥の居住スペースに向けて声をかける。
返ってくる返事は無いけど、伝わっているはずだ。
冒険者になって故郷の村を飛び出した。両親は反対したけれど、ボクも両親が見てきた外の世界が見たかったから、無理を言って出してもらった。
その時に紹介してもらったのがここ、雑貨屋『笑う狼』。
何でも両親とは旧知の仲らしく、村を出るならと紹介された。
「初めて来たときは、あまりの不愛想っぷりに驚いたけど」
初めてこの店のドアを叩いた日の事を思い出して、ナルは小さく笑う。
店のオーナーは、ずっとここで商売をしてきた老夫婦。店はこの街でもそれなりに有名な雑貨屋だ。
「今はほとんど引退しているのだけれど」
商品に積もった埃を落としながら、ナルは一人呟く。
ずっと店を守ってきた夫婦も高齢になって、店に立つことも少なくなった。だから、店の業務の殆どをボクがやっている。
「お蔭で好きなようにやらせてもらえているから、感謝しないと」
始めは宿代わりにさせてもらうお礼にと始めた店のお手伝いだったけど、老夫婦が好きにしたらいいというから、お言葉に甘えて色々自分好みに改良してしまった。
「大切にするからね、お店」
店の奥にいるオーナーに向かってそう呟いたら、店のドアが開いた。
「よぉ、ナルちゃん、今日も可愛いねぇ」
「ふふ、ありがとうおじさん。そう言ってくれるのはおじさんだけだよ」
店に入るや開口一番。これがいつもの会話。もう、あいさつ代わりになってしまったおじさんとのやり取りだった。
長身のボクよりも背の高いこの髭のおじさんは、うちの仕入れを任せている行商人さん。
色々な地方を回り商品を仕入れては、この街の店に卸している。ボクのお店もそんな一軒だった。
「注文があった物はこの中に入ってるから、後で確認してくれ」
おじさんは馬車から商品の入った木箱を下ろし、店先に置く。
「ありがとう、おじさん。百合茶はあった?」
「ああ、ちゃんと入ってるぜ。この時期だから乾燥したやつだけどな」
「うん、それで大丈夫。よかったよ、もうすぐ切れそうだったんだ」
「はは、繁盛してるみたいでよかったじゃねぇか」
「仕入れ先の腕がいいから、かな」
「ははは、ナルちゃんも言うようになったねぇ!」
おじさんは少し出はじめたお腹を叩きながら、ボクは口を肉球で隠しながら笑った。
●
仕入れた品を分ける作業はいつも心が躍る。
ロスガリア大陸のあちこちから集った品々。まるでボク達冒険者みたいだと感じることもある。
「ボクのお店にようこそ」
商品達に声をかける。よく来てくれたねと感謝を込めて。
「さて、仕分け仕分けっと」
ひとしきり商品達に挨拶を済ませたら、次は先住者たちとのご対面だ。
あまり統一感のない店のあちこちに置かれた商品達の元に、新しく来た新参者を連れていく。
「おとなり、お邪魔するよ」
遠くフェルエス大森林からやって来た、木彫りの首飾りを空いたスペースに並べた。
精緻な彫りが刻まれたペンダントには、紅玉がはめられている。大森林では魔よけのお守りとして普及しているものだけど、遠くのこの街では珍しい。
エルフのお客様や魔法を使う人達がよく手に取る、うちの人気商品だった。
「君はこっち」
次は窓際の棚。ディズル大湿地帯から来てくれた陶器の小壺を陽の光が当たる位置に置いてあげる。
大湿地帯ではこれに植物の種を入れて保存するらしいけど、各部族がそれぞれ特徴ある壺を作っているので、コレクターに人気の品だった。
「あれ。キミは新しい子だね」
シグモル火山帯からやって来た丸い球。綺麗に磨き上げられた黒曜石の質感で、振ればカラカラと鈴が鳴るような音がする。おじさんにおまかせで注文した品だった。
新しい子には新しい住処を。
ナルは店内を見渡し、何処に置いてあげようかと思案する。
「あ、ここがいいかな」
新しい子だし、まずは皆にお披露目。会計用のバーカウンターの一角に藤籠のお家を作ってあげた。
他にもまだまだ仕入れた品がある。
ナルは一つずつに声をかけながら商品棚へと並べていった。
「こんな所かな」
満足げに店内を見渡したナルが、うんと大きく頷く。
欠品で少し寂しくなっていた商品棚は綺麗に満たされた。
「後は――」
ナルは湯を用意する為にストーブに向かう。
店の隅に新しく作った休憩スペース。休憩しつつ雑貨をゆっくり見てもらう――というのは建前で、その実はお友達を招待してお喋りする為に作ったのだ。
小さくて大人数は座れないけど、この店でも一番気合を入れて整えている場所。お友達の皆が「素敵」と言ってくれる、自慢のスペースだった。
「新しいお茶。皆気に入ってくれるかな」
冬はいい。ストーブにケトルを置いておけば勝手に湯が沸いてくれるから。
「おもてなしの準備はこれでよしっと」
ケトルから流れてくる湯の沸く音を聞きながら、ナルは机をピカピカに磨き上げた。
●
日も随分高くなり、辺りの空気も緩んできた。
店の前の霜もすっかり溶け、足を滑らせることもなさそうだ。
「今日も一日、お願いします」
ナルは店の壁にかけられた看板を見上げる。
最初にこの看板をデザインした人は、不敵に笑っている狼を作りたかったそうだけど、制作過程でミスがあって笑ってる風にしか見えなくなったらしい。そんな裏話を知っているからか、ナルはこの厳めしい狼が不器用に笑っている看板をとても気に入っていた。
「今日も笑顔でお客様を迎えてくださいね」
ナルは看板の狼にそう話しかけると、ドアの表札を【Clause】から【Open】へとひっくり返す。
「雑貨屋『笑う狼』。開店します!」
くるりと体の向きを変えたナルは、人の往来が増えてきた街に向け大きく頭を下げたのだった――。
風はなく雲もない。一番きれいな冬の日だとハルハン・ツァガーンナルは空を見上げた。
「今日は少し暖かくなりそう」
朝日はまだ建物の影に隠れて見えないけれど、天気の予想は間違っていないと思う。
ナルは冷たい外気を胸にいっぱい吸い込んだ。
「よし、やろう!」
毛に覆われた両手で頬を軽く叩き、最後の眠気を吹き飛ばすと、ナルは店の外に立て掛けてあった箒を手に取った。
「このままじゃ、お客様が滑ってしまうしね」
箒で掃いて店の脇に降り積もった霜を溶かしてしまう。
影になっている部分は日が昇っても溶けてくれないから、こうして人の手で溶かす。これも故郷の村で学んだ常識だった。
故郷の村は辺境都市群の北方にある小さな村。冒険者として名を上げた両親が拠点としていた所に人が集まり、次第に村になっていったのだと、近所のおばちゃんに聞いた。
両親は高名ゆえにあまり村におらず、少し寂しかったりもしたけど、村の皆は両親を慕って集ってきた家族みたいな人たちだったから、ボクにとても優しかった。
この身長のせいで同年代の友達にはからかわれたりもして、ナーバスになった時もあったけど、それも含めて大好きで大切なボクの故郷。
「みんな元気にしてるかな……」
店の入り口は丁度、故郷の方を向いている。
すると、建物の屋根から朝日が顔を出した。
「あ、いけない。早くしないと」
懐かしい故郷の事を思い出して止まっていた手を動かす。
ナルは急いで残りの霜を掃き飛ばしていった。
●
「オーナー、店の前の掃除終わりましたー!」
店舗の奥の居住スペースに向けて声をかける。
返ってくる返事は無いけど、伝わっているはずだ。
冒険者になって故郷の村を飛び出した。両親は反対したけれど、ボクも両親が見てきた外の世界が見たかったから、無理を言って出してもらった。
その時に紹介してもらったのがここ、雑貨屋『笑う狼』。
何でも両親とは旧知の仲らしく、村を出るならと紹介された。
「初めて来たときは、あまりの不愛想っぷりに驚いたけど」
初めてこの店のドアを叩いた日の事を思い出して、ナルは小さく笑う。
店のオーナーは、ずっとここで商売をしてきた老夫婦。店はこの街でもそれなりに有名な雑貨屋だ。
「今はほとんど引退しているのだけれど」
商品に積もった埃を落としながら、ナルは一人呟く。
ずっと店を守ってきた夫婦も高齢になって、店に立つことも少なくなった。だから、店の業務の殆どをボクがやっている。
「お蔭で好きなようにやらせてもらえているから、感謝しないと」
始めは宿代わりにさせてもらうお礼にと始めた店のお手伝いだったけど、老夫婦が好きにしたらいいというから、お言葉に甘えて色々自分好みに改良してしまった。
「大切にするからね、お店」
店の奥にいるオーナーに向かってそう呟いたら、店のドアが開いた。
「よぉ、ナルちゃん、今日も可愛いねぇ」
「ふふ、ありがとうおじさん。そう言ってくれるのはおじさんだけだよ」
店に入るや開口一番。これがいつもの会話。もう、あいさつ代わりになってしまったおじさんとのやり取りだった。
長身のボクよりも背の高いこの髭のおじさんは、うちの仕入れを任せている行商人さん。
色々な地方を回り商品を仕入れては、この街の店に卸している。ボクのお店もそんな一軒だった。
「注文があった物はこの中に入ってるから、後で確認してくれ」
おじさんは馬車から商品の入った木箱を下ろし、店先に置く。
「ありがとう、おじさん。百合茶はあった?」
「ああ、ちゃんと入ってるぜ。この時期だから乾燥したやつだけどな」
「うん、それで大丈夫。よかったよ、もうすぐ切れそうだったんだ」
「はは、繁盛してるみたいでよかったじゃねぇか」
「仕入れ先の腕がいいから、かな」
「ははは、ナルちゃんも言うようになったねぇ!」
おじさんは少し出はじめたお腹を叩きながら、ボクは口を肉球で隠しながら笑った。
●
仕入れた品を分ける作業はいつも心が躍る。
ロスガリア大陸のあちこちから集った品々。まるでボク達冒険者みたいだと感じることもある。
「ボクのお店にようこそ」
商品達に声をかける。よく来てくれたねと感謝を込めて。
「さて、仕分け仕分けっと」
ひとしきり商品達に挨拶を済ませたら、次は先住者たちとのご対面だ。
あまり統一感のない店のあちこちに置かれた商品達の元に、新しく来た新参者を連れていく。
「おとなり、お邪魔するよ」
遠くフェルエス大森林からやって来た、木彫りの首飾りを空いたスペースに並べた。
精緻な彫りが刻まれたペンダントには、紅玉がはめられている。大森林では魔よけのお守りとして普及しているものだけど、遠くのこの街では珍しい。
エルフのお客様や魔法を使う人達がよく手に取る、うちの人気商品だった。
「君はこっち」
次は窓際の棚。ディズル大湿地帯から来てくれた陶器の小壺を陽の光が当たる位置に置いてあげる。
大湿地帯ではこれに植物の種を入れて保存するらしいけど、各部族がそれぞれ特徴ある壺を作っているので、コレクターに人気の品だった。
「あれ。キミは新しい子だね」
シグモル火山帯からやって来た丸い球。綺麗に磨き上げられた黒曜石の質感で、振ればカラカラと鈴が鳴るような音がする。おじさんにおまかせで注文した品だった。
新しい子には新しい住処を。
ナルは店内を見渡し、何処に置いてあげようかと思案する。
「あ、ここがいいかな」
新しい子だし、まずは皆にお披露目。会計用のバーカウンターの一角に藤籠のお家を作ってあげた。
他にもまだまだ仕入れた品がある。
ナルは一つずつに声をかけながら商品棚へと並べていった。
「こんな所かな」
満足げに店内を見渡したナルが、うんと大きく頷く。
欠品で少し寂しくなっていた商品棚は綺麗に満たされた。
「後は――」
ナルは湯を用意する為にストーブに向かう。
店の隅に新しく作った休憩スペース。休憩しつつ雑貨をゆっくり見てもらう――というのは建前で、その実はお友達を招待してお喋りする為に作ったのだ。
小さくて大人数は座れないけど、この店でも一番気合を入れて整えている場所。お友達の皆が「素敵」と言ってくれる、自慢のスペースだった。
「新しいお茶。皆気に入ってくれるかな」
冬はいい。ストーブにケトルを置いておけば勝手に湯が沸いてくれるから。
「おもてなしの準備はこれでよしっと」
ケトルから流れてくる湯の沸く音を聞きながら、ナルは机をピカピカに磨き上げた。
●
日も随分高くなり、辺りの空気も緩んできた。
店の前の霜もすっかり溶け、足を滑らせることもなさそうだ。
「今日も一日、お願いします」
ナルは店の壁にかけられた看板を見上げる。
最初にこの看板をデザインした人は、不敵に笑っている狼を作りたかったそうだけど、制作過程でミスがあって笑ってる風にしか見えなくなったらしい。そんな裏話を知っているからか、ナルはこの厳めしい狼が不器用に笑っている看板をとても気に入っていた。
「今日も笑顔でお客様を迎えてくださいね」
ナルは看板の狼にそう話しかけると、ドアの表札を【Clause】から【Open】へとひっくり返す。
「雑貨屋『笑う狼』。開店します!」
くるりと体の向きを変えたナルは、人の往来が増えてきた街に向け大きく頭を下げたのだった――。