希望の源泉
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月16日 19時25分49秒
「押すな押すな! ちゃんと人数分用意してるから、おとなしく待っとけ!」
シスル・ノーティラスはわらわらと詰めかける子供達を一列に並ばせようと声を張り上げる。
「順番守れよー! 守らねー奴は肉が減っていくぞー!」
シスルの言葉にびくりと肩をすくませた子供達。
ワイワイガヤガヤガミガミ、言い争いをしながらも列を作り始めた。
「よーっしよし、ちゃんとできるじゃねーか」
そんな様子を微笑ましく見つめるシスルは、子供達が差し出してくる薄汚れた器になみなみとシチューを注いでやる。
器から伝わる温かな熱と香しい香りに子供達は一様に目を輝かせた。
「焦って食うなよ? ゆっくり噛んで味わって食べろ」
一人一人、目を見て頭を撫でてやる。こいつらが飢えているのは腹だけじゃない。自分もそうだったからよくわかる。愛や情では腹は膨れないと一蹴する人間もいるが、そうじゃない。これくらいの歳の子には必要なんだ、人の温もりってやつが。
「お前は」
そんな事を思いつつ炊き出しを続けていたら、よく知る少年の顔を見た。
「おい、妹はどうした?」
しかし、いつもぴったりと付き添って離れないもう一人の少女の姿がない。
「……」
少年はシスルの問いに答えない。受け取った皿にじっと視線を落とし、何かを堪えているようにも見えた。
「……そうか」
シスルは少年の頭を優しく撫でてやり、妹の分だと、シチューを多めに注いでやる。
こんな事もここでは日常茶飯事だ。
失ったものを嘆いている暇はない。生を繋げたことを幸運と思い、明日を生きるしかない。それがここの現状であり、不文律。
「……ちっ」
現状に対して自分の力があまりにも無力な事を改めて認識し、シスルは天を仰いだ。
●
炊き出しを終え、住処へと戻る。
冒険者になった後もこの裏町に居を構えるのは、少しでも子供達の近くに居たいからだろうか。
「……どうだかな」
正直な所、自分自身でもわかっていない。なぜこの街に固着するのか。辛い思い出しかないここが自分にとって一体何だというのか――。
「――誰だ」
狭く暗い路地の真ん中で、シスルは足を止めた。
背後から気配がする。いや、正面にも二つ。――囲まれたか。
シスルは空いた右手を腰の獲物に添える。
「おいおい、そんなに殺気立つなよ」
後ろから放たれた声に、強張っていた表情がピクリと揺れた。
「その声……」
聴き知った声だった。
「久しぶりだな、シスル」
ゆっくりとした歩調で姿を現した男は、不用心にシスルとの距離を詰めてくる。
「……」
シスルは後ろ手にナイフの柄を握り、後ろの男に向かう。
もちろん、前の二つの気配にも気を張りつつだ。
「何の用だ、ブルーノ」
降参の意を込めて両手を上げながら現れた男を、シスルが睨み付ける。
「そう睨むなよ。冒険者になったお前にお祝いの一言でも言おうと思ってな」
にへらと締まりのない笑顔で笑う男。
この男の名前は、【ブルーノ=ボーボリス】。以前、世話になっていた組織のサブボス――いや、あの泥団子を蹴落としてボスになったのだったか。
年は30を超えた所で、無精髭を生やし締まらない垂れ目でこちらを見定めてくるように見下ろす男。まだあたしが組織に居た頃に、色々と仕込んだ奴だ。
「……」
「おいおい、どこ行くんだ。ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」
無視して歩き去ろうとしたら、ブルーノが回り込んだ。
「こっちには話す事なんて何もない。それじゃな」
「おっと、待て待て」
ブルーノは壁に手をつき、シスルの進路を塞ぐ。
「実はこの裏町の希望の星、シスル様にお仕事を頼みたくてね」
「ギルドに行け」
きっぱりと言い放って、シスルはブルーノの腕をくぐった。
しかし、ブルーノはシスルの腕を掴むと自分の元へと引き寄せる。
「それが仕事を頼む態度か?」
どう見ても友好的とはいえないやり方に、シスルは再びブルーノを睨み付ける。
「だからそんなに睨むなって。初めての男に対してちょっと冷たいんじゃないか?」
相変わらず締まりのない顔で癇に障る言葉ばかり吐く男に、シスルはいい加減うんざり。
「昔話をしに来ただけなら、あたしは行くぞ。生憎暇じゃないんでね」
掴まれた腕を払いのけ、シスルは立ち去ろうとするが。
「実は――孤児が何人か行方不明になってるんだ」
男の発した言葉に、ぴたりと足を止めてしまった。
「……詳しく話しな」
「はは、ようやく話す気になったか」
立ち止ったシスルに、男はニヤリと口元をゆがめた。
●
ブルーノの話では、この裏町で孤児が失踪する事件が何件も発生したらしい。それもこの1週間の間に5人もだ。
言われてみれば今日の炊き出しにも来ていない顔が何人かいた。
誘拐なのか失踪なのか、それとも神隠しか。原因はわかっていないとの事だったが、ブルーノ達の組織が何かを掴んだらしい。
餅は餅屋か。
組織は奴隷売買もやっている。となると、やはり誘拐か……。
「ここなのか?」
裏町の西の端。あたしでも余り馴染みのない地区だ。
そんな一角にある石造りの廃屋を、ブルーノが指し示した。
「気を付けろよ。何が出るかわからねぇ。話ではクリーパーって線も出てる」
「誘拐じゃないのか?」
「わからねぇんだよ。ただ、これがあの廃屋の前に落ちてた」
「これは……!」
シスルはブルーノの差し出した真っ赤なスカーフに驚愕した。
見間違うはずもない。あの少年の妹がいつも首に巻いていたお気に入りのスカーフだ。
「出口はここだけだな?」
「ああ、一応裏にも若いのを張りこませてある」
「わかった」
短く答えるとシスルは短剣を抜き、朽ちてボロボロになった廃屋の扉をくぐった。
●
「地下か」
足を踏み入れた廃屋には目ぼしいものは何もなかった。
ただ、隠し階段だろうか、地下へと続く階段がある。
シスルは照明用紋具に灯をともし、階段を下った。
「……倉庫のようだな」
とは言っても中身のない木箱が幾つか転がっているだけ。
シスルは慎重に地下室を探るも、やはり子供達の痕跡などまるでなかった。
「ガセか。ブルーノの奴、後で――」
――バタン!
「っ!」
頭上からの音にシスルが顔を上げた。
――ゴゴゴ。
何か重い物が引きずられる音がする。
――まさか。
閉じ込められた。そう直感したシスルは階段を塞いだ板をナイフの柄で叩く。
「シスル、大丈夫か!」
そうしていると板の先から声がした。
「……あたしは大丈夫だ! 一体どうなっている!」
確かめないとな。そう思い、シスルはあえて焦る声で答えた。
――さぁ、どう出る。
「くくく……はははっ! 冒険者になっても、お頭は昔のまんまだな、シスル!」
何がそんなにおかしいのか。勝ち誇った声にシスルはうんざりと肩を落とす。
――確定だな。
「な、何の事だ! ここから出してくれ!」
更に焦った声で答える。上ではずっと笑い声が続いていた。
「残念だったなシスル。お前はそこでくたばるんだ」
「なっ!? ど、どういうことだブルーノ!」
話をしながらもシスルは布を巻いたナイフの柄で床を叩いて回る。
「どうもこうもない、そのまんまの意味だよ」
「意味が分からないぞ! 説明しろ!」
「くくくっ! お前の身体は惜しいが、これも世の為人の為、おとなしく死んどけ!」
「訳が分からない! 頼む! 出してくれ!」
「はっはっはっ! 聴いたかお前等! あの女狐が懇願してやがるぜ!」
――組織もグルか。
「こ、懇願なんかしてないぞ!」
「ははは! 可愛いじゃねぇか。初めての時と同じだなぁ、シスル!」
――あった。
床に見つけた小さな異音。シスルは石レンガで作られた壁の継ぎ目に、ナイフを突き差した。
「心配しなくても出してやるよ。くたばった後でな! だから大人しく――」
●
「うん? おい、どうした? 返事をしろよ、シスル! もうくたばっちまったのか!?」
ブルーノが床下の旧知に向け叫び続けるが反応がない。
「おいおい、まだ1時間も経って――」
「ちょっと時間かかり過ぎたか?」
「なっ、シスル!?」
地下にいるとばかり思っていた女の姿に、ブルーノは驚愕に尻餅をついた。
「さて、どういうことか説明してくれるんだろうな?」
そんなブルーノに向け、シスルはゆっくりと近づいていく。
「騙したのか……!」
「騙した? それはこっちの台詞だろ?」
足元で腰を抜かすブルーノをシスルは冷めた瞳で見つめた。
「くそっ!」
「仲間を呼んでも無駄だぜ。全員、その辺で寝てる」
笛を取り出そうとしたブルーノにシスルは絶望を一つプレゼントしてやる。
「子供達は何処だ。素直に吐けば命は助けてやる」
シスルは短剣を抜き放ち、ブルーノに問いかけた。
「……ははは! そんなもんもう居るかよ!」
「どういう意味だ。まさか手を出したのか……ここの子供達に……!」
「ははは! 表の金持ちどもに高く売れたぜ? はてさて何に使うのか。慰みか? 拷問か? 何にしろろくな――」
へらへらと良く動く口へナイフを突きつける。
「黙れ!」
シスルは溢れる怒りに切っ先を震わせながら、ブルーノに問いかけた。
「そうだ。その顔だシスル! それがお前の本当の素顔だ!」
しかし、ブルーノはそんなシスルを見て歓喜する。
「なんで冒険者なんて、陽の当たる場所に出ちまいやがった! お前はこの街の影であり闇だ! 俺がそう仕込んだはずだろう?!」
目の前に刃を突きつけられているのも気にせず、ブルーノはが狂ったようにしゃべり続ける。
「ガキどもに希望なんて、植え付けるんじゃねぇよ! ここは夢見る場所じゃねぇ! 絶望に震え、心をすりつぶす場所だ! わかったか、偽善者シス――」
――ズプ……。
「それ以上、汚ねー口開くんじゃねーよ」
ブルーノのよく動く喉に冷たい刃を差し込んでいく。
突き立てられていくナイフに、ブルーノは血を吐き出しながらも、その目は歓喜をもってシスルを見つめていた――。