瞬く星に想いを馳せて

キャラクターノベル制作 白葉うづき納品 2024年08月18日 10時26分53秒

 スカートが風に揺れる。落ち着いた色合いのワンピースを身に纏い、焼いたクッキーの入ったバスケットを持った少女が草原の道を歩いていた。桃色の髪を左右に細く編み込み、腰まで伸びた髪を後ろに流している。少女は目的地に着くと、元気よく店の奥に向かって呼びかけた。
「こんにちは! お庭の様子を見に来ました」
「ああ、フィオさん。ありがとうね」
 少女――フィオはエルフの女の子だ。ある時興味を持った料理と園芸について独自で学び、最近では近くの家や施設に呼ばれてガーデニングの仕事をしていた。今日訪れたお店も、もう何度目かの訪問だ。
「クッキーも焼いてきました、お茶の時に……あ、すみません。お客様がいらしてたんですね」
 店の中で、店主の女性は誰かと話していた。慌てて身を引くと、喋っていた男性が呼び止める。
「いや、俺の用は終わったよ。そろそろ失礼しようと思っていたんだ」
 印象的な緑色の瞳。その瞳をフィオは見たことがあった。それは教会、神父と彼の話していた――
「あの! すみません、後でお話、できませんか」
 青年は驚きを見せた後、優しく頷いた。

「それで、俺に確認したいこととは?」
 お店の中を借りる訳にはいかない。私は彼を連れ、近場のカフェに来ていた。紅茶を飲んだその人は、再び緑の瞳を私に向ける。
「突然ごめんなさい。私はグナーデ教会のフィオと言います。貴方は神父のご友人、ですよね」
「ヴィナスだ。そうか、あの教会の子だね」
 ヴィナスさんは得心がいったように幾度か頷く。改めて自己紹介をしてくれた彼は商人であり、商売のために各地のお店を訪れることがあるらしい。ただ、以前教会に来たのは商人としてではない。私が興味のあるのはその一面だった。
「ところでフィオ。あなたがいくつか聞いてもいいかな」
「え?」
 どうして私の年齢が気になるのだろう。世間話としてではない、何か重要なこととでも言いたげにヴィナスさんは真剣だ。
「今年、14になります」
「そうか……わかった、ありがとう」
 ヴィナスさんは深く頷き、荷物の中から一冊の本を取り出した。
「あなたが知りたいのは、このレシピの制作者の今かな」
 「野菜嫌いも食べやすい野菜料理 春編」。そう書かれたものを渡されるまま受け取り、ぱらぱらと開いてみる。どれも美味しそうでよく考えられていて、優しさが詰まった料理だな、と思った。
「あなたのことは話を聞いたことがあるよ。しっかり者で料理が好きなフィオ」
「! それって」
「想像通りだろう。そして、あなたは彼について知りたい、ということでいいかな?」
 私は驚いて、しばらく何も言えないままヴィナスさんを見ていた。どうしてわかったのだろうと聞こうとして、気付く。あの人から話を聞いたことがあって、私があの人によく懐いていることを知っているのだ。そしてこの本のレシピを書いたのも、きっと。
「話せるところだけで構いません。よければ、何か教えていただけませんか」
「あなたはどこまで知っているのだろう」
 私がわかっているのは、あの人はしばらく来られないということ、どこか休める場所でお休みしているということ。その様子を見に行った私の家族がいるということ。
「聞き出して、訪ねようとは思わなかった?」
「アルドと神父だけずるい、と思っていました。でも、そうしなきゃならない事情があるんだってことも、なんとなくわかりました」
 アルドも神父もとても心優しいし、強いから、と続ける。想像でしかないけれど、あの人は、今のあの人自体を私たちに見せたくないんじゃないか、と思っている。そうでなければ私はとっくに会いに行っているし、神父たちも教えてくれる。けれど、そうじゃないのだ。きっと会えない事情がある。
「あの人は、とても寂しがり屋さんだけど、とても心優しい人だから」
 そんなことをヴィナスさんに話すと、少し驚いたように瞳を開いた。
「あなたの言う通り、今の彼はかなり難しい状態だ。そして詳細を話すのが難しい。これに納得してもらえないと思っていたけれど、どうやらそうではないんだね」
「私はいくらでも待てます。でも、知るのも会うのも、あの人が許してくれたら、の話です」
 よく教会に来てくれて、皆と遊んでくれて、私たちにとても大切なことを教えてくれた、大好きな人。そんな人を、私の我儘で困らせたり負担をかけたりしたくない。
「なるほど。あなたの言うことは正しい。けれど……それは本当に彼のためになるのだろうか」
「え……?」
 瞳がこちらを見据える。深くて、どこか遠くで輝いているような色。
「あなたの知っている彼なら、こう考えているのかもしれない。人に頼るのは申し訳ないから自分の問題は自分で片付けたい。それこそ、自分がどうなっても」
 はっとした。それと同時に大事なことも思い出した――あの人も、私たちと同じなのだ。
 ヴィナスさんは私の仕事の後にまた話そうと言ってくれた。『知ること』を選択するならば、と。

「いらっしゃい。手間を掛けさせてしまってごめんね」
 仕事の後、言われた通り入り口の御者さんに話をして、ヴィナスさんの滞在場所に連れてきてもらった。あまり離れていなかったそこは宿屋で、帰りは御者さんが送ってくださるらしい。そんなに迷惑を掛けられないと断ったが、一人で帰して何かあったらこちらが怒られる、という言葉に折れた。
「本当は年頃の女の子と個室もよくないけれど、あまり聞かれたくない話だから」
 ヴィナスさんは宿屋の空き部屋を借りてくれたらしい。用意されていた片方の椅子に座っていると、二人分のカップがテーブルに置かれる。
「アップルミントのコーディアルだ。井戸水で割ったから、少し冷えているよ」
「いただきます」
 カップを持ち上げると、とてもいい香りがした。一口飲み、爽やかな風味と甘みに頬が緩む。
「美味しいです。とても、好きな味で」
「それはよかった」
 対面に座ったヴィナスさんは私に話をしてくれた。あの人について、どうして簡単には教えてくれなかったか。どうして教えてくれようと思ったのか。今の状態はどういうものなのか。話を聞いている最中、私はあの人と自分のことを考えていた。
 ――私は戦災孤児でもある。同じ境遇の子どもたちと一緒に教会へ身を寄せ、年下の子たちをまとめながら神父の手伝いをしていた。けれど最初から順風満帆だったわけじゃない。特に私は、二度と大好きな人を作りたくないとその時願っていた。
 もし、その時の傷が再び開いたら、私はどこか遠いところに行きたいと思う。好きな人たちを困らせたくないから。もしかしたら、あの人も同じことを考えているのかもしれないと、ぼんやり思った。

「ありがとうございます、ヴィナスさん。一つだけ質問をいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「私の年齢を聞いたのは、あの人が昔に負った傷と関係がありますか」
 ヴィナスさんは頷いた。
「死産で一度も会わずに別れた妹が生きていれば、あなたと年の頃が近いと思って。だから、ちょっと特別に思われていた所はありそう。本人は自覚していないだろうけど」
 ただ、と続ける。
「指摘すると……ようやく立った治る道筋が駄目になる恐れがあるから、口にしないであげて」
「もちろんです。……もし、会えたら」
「ん?」
「どれくらい私があの人のことを想っているのか、思いっきり伝えようと思います」
 私は、とびきりの笑顔で微笑んだ。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0