永き生の果てへ
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2024年07月29日 09時25分31秒
あるかもしれない未来。あったかもしれない歴史。
これは可能性の先にある物語の一つ――――。
竜の里『ドラグエンダ』にたどり着いてから2年が過ぎた。
征竜がこの世界を去ったというのに、ここはあの頃と変わることなくゆるりとした時が流れている。
里の皆も相変わらずで、外界と隔離された穏やかな時の中を、征竜様への信仰を胸に、日々に感謝しながら慎ましやかに生きていた。
とはいえ、全てがあの頃と同じというわけでもない。征竜様が居なくなった影響はやっぱり出ていて、まず里の気温が少し下がった。僕たち”新参者”にはわからない僅かな気温の変化みたいだけど、作物の収穫量に影響が出ている。里の皆は気にするほどの事じゃないと言っているけど、このまま気温低下が続けば、ここで生活すること自体が困難になるかもしれない。
それに最近はクリーパーが活性化している。
征竜様という抑止力が無くなったからなのか、クリーパーが里の付近にまで現れる。
里の皆は食料がわざわざ向こうからやってきてくれるってお気楽に構えてるけど、このまま増え続ければ、いくら屈強な戦士たちがいるとはいえ、いずれ限界が来る。
もちろん僕も彼女もクリーパーの討伐には協力しているけど、それで状況が好転すると考えるのは楽天的過ぎるだろう。
”ゆるりとした衰退”。
目に見える速度ではないけれど、それは確実にこの里に迫っている――――。
「ハーヴィ? どうしたの、ぼーっとして」
「……ううん、何でもないよ」
隣に座るイーラが覗き込んでくる。
僕は心配ないよと微笑みを返して、視線を上げた。
ここはかつて”竜の花園”と呼ばれた場所。樹々もまばらなドラグエンダにあって、常に四季折々の花々が咲き乱れる特別な場所――――だったんだけど、やっぱり影響は出ている。
まだ”花園”と形容するには十分だけど、あの時に見た息を飲むような花園と比べると――――。
「寂しくなったね」
「寂しく? ああ、ここのこと?」
「うん。数年前に見た時は本当にすごかったよ。地域なんて関係なし、季節さえも無視して大陸中の色んな花が咲いてた。流石は征竜様、規格外の力だって、あの時は思ったなぁ」
「ふーん。今でも十分綺麗だと思うけど」
折角征竜様の名前を出したのに、イーラはまるで他人事のように手癖で下草を編んでいる。
花より団子なのは前の彼女の頃から変わっていないけど、征竜様の話題にまで無頓着になったのは、正直驚いた。
もちろん、それが悪いとは思わないけど、本当に『彼女』とは違う人間なんだなと再認識させられる。
「さて、そろそろ石碑に行こうか」
「うん、さっさと終わらせてしまいましょ」
そう言うと二人同時に立ち上がる。
今日この花園に来たのは、石碑の掃除の為。
それはかつて征竜様とこの里を繋ぐ『門』のようなものだった。征竜の巫女に選ばれた者は『門』をくぐって征竜様に謁見できたとかなんとか。
まあ、征竜様が居なくなった今、それは”ただの石碑”になってしまったんだけど、里の皆の心の拠り所である事は変わらない。だからこうして里の者が毎日交代で石碑の清掃を行っていた。
花園を横断する一本の細道をイーラと並んで歩く。
花の数が減ったとはいえ、辺りには甘い蜜の香りが漂っていて、ただ歩くだけでも晴れやかな気分にさせてくれる。
「ねぇ、イーラ。あの事、考えてもらえた?」
「あ……」
なだらかな丘の頂上で僕がそう呟くと、イーラははっとして立ち止まった。
僕が振り向くと、彼女は気まずそうに視線を泳がせている。
「返事はまだもらえそうにないかな」
彼女の仕草がそう物語っている。
返事は何時でもいいといった手前、焦るつもりはないけど、時折話題にあげないと忘れられてそうで怖いから、わざとこうやって問いかける事がある。
その都度、こうやってばつが悪そうに視線を逸らせてはぐらかされるんだけど、一応覚えていてくれてはいるみたいだから良しとしよう――――。
「……ねぇハーヴィ、一つ聞いてもいい?」
「うん、もちろん」
視線を彷徨わせていたイーラが、真っ直ぐと僕の方を見ている。
僕は内心鼓動が高鳴るのを感じつつ、平静を装って彼女の言葉を待った。
「どうしてわたしなの? あなたと前のわたしとの関係はわかってるつもりだけど……わたしと『彼女』は違うわ。見た目は一緒かもしれないけど、中身は全然別物なのよ。あなたが好きなのは『彼女』でしょう? わたしと『彼女』は同じ身体だけど、わたしの中に『彼女』はもういない、のよ……」
「……そうだね、確かにヒルルクさんはもういない」
『彼女』が記憶を失ってから随分と時が経った。
世界を知りたいと言ったイーラに付き添って世界を巡る中で、『彼女』の記憶が戻るのではと淡い期待を抱いたこともあった。
でもイーラは『彼女』の記憶を取り戻すことはなく、イーラとしての記憶を積み重ねていった。
「ヒルルクさんにもう一度会いたいと思うことはもちろんあるよ。何かの拍子で彼女がも帰ってくるかもしれないって期待したこともある。彼女が戻ってきたらどんな話をしようって考えた事もね」
「……そうよね。やっぱりあなたは――――」
「でもね、それはあくまで”知人”や”仲間”として会いたいっていう意味なんだ。好きだったのは確かだけど、彼女に対する気持ちには自分なりにケリを付けた。
これは仮定の話だけど……もし今、君がヒルルクさんに戻ってしまったら、僕は『彼女』に君を返してくれって叫んじゃうと思うよ」
「え……ええっ!?」
「そんなに驚く事かな? これまでもちゃんと言葉にしてたつもりだよ、精一杯の”誠意”も見せてきた。まさか、気付いてなかったとか言わないよね?」
「そ、それは……わかる」
「そっか。それなら君もはぐらかさずに、本当の気持ちを見せて欲しいな」
花園に吹いた一陣の風に、花びらが舞い踊る。
彼女の雰囲気がそうさせるのか、今日はなぜか低きになれなかった。
だから僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、返事を待つ。
「……わたし、料理作るの苦手よ?」
「二人でエルマさんから教わろう」
「掃除と洗濯とかあんまり得意じゃないわよ……?」
「二人で協力してやればいいよ。洗濯は……とりあえず自分の分は自分でって感じかな」
「あとはあとは……狩りとかでちょっと無茶しちゃったりするわ」
「そこは努力義務かな。いずれ一人の体じゃなくなるんだし、しっかり自制を覚えてくれないと困るよ」
「え、なにそれ、どういう意味――――」
「イーラ。僕はエルフじゃないから、きっと君より先に死ぬ。
それでも、僕は君が好きだし、今までも、これから先も、ずっと大切にする」
イーラは両手で口元を押さえ、言葉を飲み込んだ。
潤む瞳。
震える手。
声にならない声。
今にも零れ落ちそうな涙。
「君は僕が必ず幸せにする。一緒に歩んだ時間はとても楽しかったと言わせてみせる。
だから、君のぽっかりと開いた記憶に『僕』を刻んでくれないかな」
僕は片膝をついて彼女の手を取った。
彼女は抵抗しない。ただ僕にされるまま佇んでいる。
それをいいことに、僕は名も無い花で編んだ小さな指輪を彼女の薬指にはめた。
そして、彼女の瞳を見上げ、もう何度目かのセリフを吐く。
「改めて言うよ――――イーラ、僕と結婚してください」
ついに溢れた涙を拭いもせず、イーラはゆっくりと頷いた――――。
これは可能性の先にある物語の一つ――――。
竜の里『ドラグエンダ』にたどり着いてから2年が過ぎた。
征竜がこの世界を去ったというのに、ここはあの頃と変わることなくゆるりとした時が流れている。
里の皆も相変わらずで、外界と隔離された穏やかな時の中を、征竜様への信仰を胸に、日々に感謝しながら慎ましやかに生きていた。
とはいえ、全てがあの頃と同じというわけでもない。征竜様が居なくなった影響はやっぱり出ていて、まず里の気温が少し下がった。僕たち”新参者”にはわからない僅かな気温の変化みたいだけど、作物の収穫量に影響が出ている。里の皆は気にするほどの事じゃないと言っているけど、このまま気温低下が続けば、ここで生活すること自体が困難になるかもしれない。
それに最近はクリーパーが活性化している。
征竜様という抑止力が無くなったからなのか、クリーパーが里の付近にまで現れる。
里の皆は食料がわざわざ向こうからやってきてくれるってお気楽に構えてるけど、このまま増え続ければ、いくら屈強な戦士たちがいるとはいえ、いずれ限界が来る。
もちろん僕も彼女もクリーパーの討伐には協力しているけど、それで状況が好転すると考えるのは楽天的過ぎるだろう。
”ゆるりとした衰退”。
目に見える速度ではないけれど、それは確実にこの里に迫っている――――。
「ハーヴィ? どうしたの、ぼーっとして」
「……ううん、何でもないよ」
隣に座るイーラが覗き込んでくる。
僕は心配ないよと微笑みを返して、視線を上げた。
ここはかつて”竜の花園”と呼ばれた場所。樹々もまばらなドラグエンダにあって、常に四季折々の花々が咲き乱れる特別な場所――――だったんだけど、やっぱり影響は出ている。
まだ”花園”と形容するには十分だけど、あの時に見た息を飲むような花園と比べると――――。
「寂しくなったね」
「寂しく? ああ、ここのこと?」
「うん。数年前に見た時は本当にすごかったよ。地域なんて関係なし、季節さえも無視して大陸中の色んな花が咲いてた。流石は征竜様、規格外の力だって、あの時は思ったなぁ」
「ふーん。今でも十分綺麗だと思うけど」
折角征竜様の名前を出したのに、イーラはまるで他人事のように手癖で下草を編んでいる。
花より団子なのは前の彼女の頃から変わっていないけど、征竜様の話題にまで無頓着になったのは、正直驚いた。
もちろん、それが悪いとは思わないけど、本当に『彼女』とは違う人間なんだなと再認識させられる。
「さて、そろそろ石碑に行こうか」
「うん、さっさと終わらせてしまいましょ」
そう言うと二人同時に立ち上がる。
今日この花園に来たのは、石碑の掃除の為。
それはかつて征竜様とこの里を繋ぐ『門』のようなものだった。征竜の巫女に選ばれた者は『門』をくぐって征竜様に謁見できたとかなんとか。
まあ、征竜様が居なくなった今、それは”ただの石碑”になってしまったんだけど、里の皆の心の拠り所である事は変わらない。だからこうして里の者が毎日交代で石碑の清掃を行っていた。
花園を横断する一本の細道をイーラと並んで歩く。
花の数が減ったとはいえ、辺りには甘い蜜の香りが漂っていて、ただ歩くだけでも晴れやかな気分にさせてくれる。
「ねぇ、イーラ。あの事、考えてもらえた?」
「あ……」
なだらかな丘の頂上で僕がそう呟くと、イーラははっとして立ち止まった。
僕が振り向くと、彼女は気まずそうに視線を泳がせている。
「返事はまだもらえそうにないかな」
彼女の仕草がそう物語っている。
返事は何時でもいいといった手前、焦るつもりはないけど、時折話題にあげないと忘れられてそうで怖いから、わざとこうやって問いかける事がある。
その都度、こうやってばつが悪そうに視線を逸らせてはぐらかされるんだけど、一応覚えていてくれてはいるみたいだから良しとしよう――――。
「……ねぇハーヴィ、一つ聞いてもいい?」
「うん、もちろん」
視線を彷徨わせていたイーラが、真っ直ぐと僕の方を見ている。
僕は内心鼓動が高鳴るのを感じつつ、平静を装って彼女の言葉を待った。
「どうしてわたしなの? あなたと前のわたしとの関係はわかってるつもりだけど……わたしと『彼女』は違うわ。見た目は一緒かもしれないけど、中身は全然別物なのよ。あなたが好きなのは『彼女』でしょう? わたしと『彼女』は同じ身体だけど、わたしの中に『彼女』はもういない、のよ……」
「……そうだね、確かにヒルルクさんはもういない」
『彼女』が記憶を失ってから随分と時が経った。
世界を知りたいと言ったイーラに付き添って世界を巡る中で、『彼女』の記憶が戻るのではと淡い期待を抱いたこともあった。
でもイーラは『彼女』の記憶を取り戻すことはなく、イーラとしての記憶を積み重ねていった。
「ヒルルクさんにもう一度会いたいと思うことはもちろんあるよ。何かの拍子で彼女がも帰ってくるかもしれないって期待したこともある。彼女が戻ってきたらどんな話をしようって考えた事もね」
「……そうよね。やっぱりあなたは――――」
「でもね、それはあくまで”知人”や”仲間”として会いたいっていう意味なんだ。好きだったのは確かだけど、彼女に対する気持ちには自分なりにケリを付けた。
これは仮定の話だけど……もし今、君がヒルルクさんに戻ってしまったら、僕は『彼女』に君を返してくれって叫んじゃうと思うよ」
「え……ええっ!?」
「そんなに驚く事かな? これまでもちゃんと言葉にしてたつもりだよ、精一杯の”誠意”も見せてきた。まさか、気付いてなかったとか言わないよね?」
「そ、それは……わかる」
「そっか。それなら君もはぐらかさずに、本当の気持ちを見せて欲しいな」
花園に吹いた一陣の風に、花びらが舞い踊る。
彼女の雰囲気がそうさせるのか、今日はなぜか低きになれなかった。
だから僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、返事を待つ。
「……わたし、料理作るの苦手よ?」
「二人でエルマさんから教わろう」
「掃除と洗濯とかあんまり得意じゃないわよ……?」
「二人で協力してやればいいよ。洗濯は……とりあえず自分の分は自分でって感じかな」
「あとはあとは……狩りとかでちょっと無茶しちゃったりするわ」
「そこは努力義務かな。いずれ一人の体じゃなくなるんだし、しっかり自制を覚えてくれないと困るよ」
「え、なにそれ、どういう意味――――」
「イーラ。僕はエルフじゃないから、きっと君より先に死ぬ。
それでも、僕は君が好きだし、今までも、これから先も、ずっと大切にする」
イーラは両手で口元を押さえ、言葉を飲み込んだ。
潤む瞳。
震える手。
声にならない声。
今にも零れ落ちそうな涙。
「君は僕が必ず幸せにする。一緒に歩んだ時間はとても楽しかったと言わせてみせる。
だから、君のぽっかりと開いた記憶に『僕』を刻んでくれないかな」
僕は片膝をついて彼女の手を取った。
彼女は抵抗しない。ただ僕にされるまま佇んでいる。
それをいいことに、僕は名も無い花で編んだ小さな指輪を彼女の薬指にはめた。
そして、彼女の瞳を見上げ、もう何度目かのセリフを吐く。
「改めて言うよ――――イーラ、僕と結婚してください」
ついに溢れた涙を拭いもせず、イーラはゆっくりと頷いた――――。