星とあなたへ花束を
キャラクターノベル(グループ)制作 弓月 蒼納品 2024年07月30日 10時57分52秒
――――竜館の玄関には6頭立ての馬車が鎮座していた。
それを見て、彼女がぽかん……とその威容を見上げたのは。これは仕方ないというべきだろう。
アルベイル・ライゼンナクトは時々彼女に対して過保護だ。それを彼は紳士の振る舞いだと信じているが。
“淑女の振る舞い”など知らないコルネリウス・アーラの目には単純に、“優しいけれど過保護気味”と映っている。
けれど。だとしても。何にした所でアルベイルは侯爵領の領主。領主業に休みなど無い。
毎日何がしかの判断を仰がれるし、彼はその上個人的に立ち上げた事業も抱えている。多忙の極みである。
6頭立ての馬車に護衛と御者を乗せて領主直々に送る。と言うのは、幾ら何でもやり過ぎと言って良い。
「えっと……ベル?」
「どうした、ルナ」
「これは……え、私、本当に大丈夫ですよ……?」
「丁度、旧『迅雷』領の様子は確認しておきたいと思っていた。
セバスティアンからも働き過ぎだと常々言われている。2日程度領政を空けても大勢に影響はない」
これは降って湧いた幸運だ。2人で旅行なんて望んでもそう叶う物ではない。
全く予想外で、驚きの方が先に立っているが。彼が良いと言うならきっと良いのだ。
アルベイルはその辺りで適当な仕事をする人間ではない。そこは無条件に信じている。
領主としての彼は贔屓目なしで優秀だ。いや、贔屓目が無い、は無理なのでそこには少し嘘があるが。
けれどアルベイルの心の面を支える寵姫として。彼女は沸き上がったその嘘に蓋をする事にした。
彼が働き過ぎなのは事実で。注意されていたのも事実で。休ませたかったのも事実で。
そして何より――――何かの間違いか偶然だとしても。アルベイルがそれを望んでくれるなら。
「……じゃ、じゃあ出ましょうか……! あ、御者しますか?」
「必要ない。出来れば現地まで話相手でもしてくれるか」
「!……はいっ」
馬車に揺られる間、色んな話をした。最近の彼女の家族の話。彼の家族の昔話。
森人と言う種族の話。王国と言う国の話。学園で彼女の感じていた、透明な壁の話。
普段、あまり出来ない話を立て板に水の様に話した。汲めど尽きせぬ泉のようだった。
何故かと言えば、時間があったからだ。普段なら、話題1つでも間に合わない程忙しい彼に。
それは得難い経験で、嬉しくなってしまったコルネリウスは愉しそうにずっと話をしていた。
家族でも無い相手には、どちらかと言うと遠慮する性分の彼女にしては珍しい程だ。
けれど。それは彼が聞いてくれるからもあるだろう。時折鋭い質問がとんだりもする。
感覚的な部分もあって説明が難しい事も、アルベイルは極力汲もうとする。
だって、それが、幸せなのだから。黙っていたら勿体無いと。そう思ってしまうのだから。
■
「此処からは丘陵地帯……つまり徒歩か」
「そうですね、夜には着く筈ですけど……どうします?」
「今から出れば今日中に行って戻れるだろう。足踏みする理由がない」
淡々としてはいても。彼は何時だって振り返り、当たり前の様に手を差し出して来る。
貴族である以上、或いはそれは当たり前の振る舞いなのかもしれないけれど。
何度手を取っても、コルネリウスがそれに慣れる事は無い。ただじんわりと。
何だかとても、胸が温かくなることだけは。きっとこれから先も変わらないだろう。
その一点だけに絞っても。彼女は自分が貴族として生まれて、当たり前に彼と出会わなくて。
コルネリウスと、アルベイルと言う形で出会えて幸運だったと。そう想って止まない。
「……わぁ……」
丘を登れば、星が降る。その形容がさもありなん。と思わせる。全展望の星空だった。
見上げれば立っている位置すら分からなくなりそうな、全てが夜で彩られた世界。
コルネリウスは思わず。本当に、不意に漏らしてしまった声は童女のようなそれで。
はたと。すぐ傍に彼女の最愛の恋人のみならず。その護衛まで控えていると気付き口を噤む。
――――けれど。
「…………これは、凄いな」
空を見上げる。竜と呼ばれる青年が、呆気に取られた様に視線を上向けて呟いた。
それは、彼女の聞いた事の無い声色だった。初めて耳にした、そう。まるで子供のような。
行きの馬車でも聞いた。アルベイルには、子供の時代と言う物は無かった。
『竜』は血筋ではなく、生き様で評価を下される一族だ。子供で、居て良い時間など無い。
殺さなければ殺される日常、当たり前に手を下して来た彼は。知識ならコルネリウスより余程博識だ。
けれどその声には”知っている物を語る”色が、はっきりと抜け落ちていた。
彼女にも心当たりがある。心当たりがあるからこそ、噛みしめる程に。
「見ろ、ルナ。手を伸ばせば1つくらい掴めそうだ」
「……そうですね、ベル。出来れば2つ持って帰りたいんですが」
「であれば、1人につき1つだな」
――――ああ。そうだ。その気持ちを、感動と呼ぶのだと。
誰も彼に教えてあげてくれなかったとするなら。それは不幸なのかもしれないけれど。
今、彼女が感じているのも、きっと彼と同じ気持ちに違いない。
コルネリウスは、そんな場面を一緒に見られて嬉しかった。ただ、ただ。心から嬉しかった。
■
「如何せん、俺は星には疎くてな。何も語れる事が無い」
「そんなに無理に語らなくても良いと思いますよ……?」
2人は夜空を見上げ佇んでいた。
何処か不満げに呟くアルベイルは、こんな場面でも何か難しい事を考えているのか。
眉を寄せる様にしていたが。無数の星々だけは、赤い瞳に映ってきらきら輝いている。
「そう言えば、星が流れる時願いを託すと、夢が叶うと言う逸話がありました」
「それは流石に欲望に忠実過ぎるだろう」
間髪入れず返った返事に。それはそう、と口元を抑えて笑いの残滓を堪える。
笑ってしまっては失礼だし、彼が誠実に応対してくれているのは分かるのだ。
それが時々、妙に可笑しくなってしまうだけで。
「だったら、もしも。もしもの話ですが……何か一つ、願い事が叶うとしたら?」
貴方は何を願うんですか。と、コルネリウスは聞きたかった。興味本位ではない。
星降る丘で、彼の知らない一面を知った。もっともっと知りたいと思った。
だから尋ねてみたかった。少しの沈黙が、丘陵を染め上げた。
「……万人に、選択の自由を。自らの努力で、自らの道を選べる未来を」
応えた声は、静かに。強く、鋭く。ああ、そうだろう、と。コルネリウスも納得する。
アルベイルはそう言う人だった。何時だって、自分ではない物の為に命懸けだった。
それを心から尊敬した。凄い人だと想った。天に手を伸ばす姿に、憧れた。
彼ならきっとそう答える。どんな場面で、誰にであっても変わらない。
分かっていたけれど。少し寂しさを憶えながら。けれど頷かざるを得ない。
また少し沈黙が空いた。だから続いたそれは、ほんの小さな呟きだった。
「或いは……何でも良いなら。いつかまた、こうして星を見に来たい」
『竜』が空に手を伸ばす姿を見ながら、コルネリウスは笑った。
胸いっぱいになりながら、笑って頷いた。星が降れば良い。花散るように降り注げば良い。
そうしてそんな、ささやかな夢くらい叶えてくれても良いと。彼女は祈った。心から。
貴方の歩む道程に、どうかもっともっと奇跡のように。
幸せの花が咲きますように。
それを見て、彼女がぽかん……とその威容を見上げたのは。これは仕方ないというべきだろう。
アルベイル・ライゼンナクトは時々彼女に対して過保護だ。それを彼は紳士の振る舞いだと信じているが。
“淑女の振る舞い”など知らないコルネリウス・アーラの目には単純に、“優しいけれど過保護気味”と映っている。
けれど。だとしても。何にした所でアルベイルは侯爵領の領主。領主業に休みなど無い。
毎日何がしかの判断を仰がれるし、彼はその上個人的に立ち上げた事業も抱えている。多忙の極みである。
6頭立ての馬車に護衛と御者を乗せて領主直々に送る。と言うのは、幾ら何でもやり過ぎと言って良い。
「えっと……ベル?」
「どうした、ルナ」
「これは……え、私、本当に大丈夫ですよ……?」
「丁度、旧『迅雷』領の様子は確認しておきたいと思っていた。
セバスティアンからも働き過ぎだと常々言われている。2日程度領政を空けても大勢に影響はない」
これは降って湧いた幸運だ。2人で旅行なんて望んでもそう叶う物ではない。
全く予想外で、驚きの方が先に立っているが。彼が良いと言うならきっと良いのだ。
アルベイルはその辺りで適当な仕事をする人間ではない。そこは無条件に信じている。
領主としての彼は贔屓目なしで優秀だ。いや、贔屓目が無い、は無理なのでそこには少し嘘があるが。
けれどアルベイルの心の面を支える寵姫として。彼女は沸き上がったその嘘に蓋をする事にした。
彼が働き過ぎなのは事実で。注意されていたのも事実で。休ませたかったのも事実で。
そして何より――――何かの間違いか偶然だとしても。アルベイルがそれを望んでくれるなら。
「……じゃ、じゃあ出ましょうか……! あ、御者しますか?」
「必要ない。出来れば現地まで話相手でもしてくれるか」
「!……はいっ」
馬車に揺られる間、色んな話をした。最近の彼女の家族の話。彼の家族の昔話。
森人と言う種族の話。王国と言う国の話。学園で彼女の感じていた、透明な壁の話。
普段、あまり出来ない話を立て板に水の様に話した。汲めど尽きせぬ泉のようだった。
何故かと言えば、時間があったからだ。普段なら、話題1つでも間に合わない程忙しい彼に。
それは得難い経験で、嬉しくなってしまったコルネリウスは愉しそうにずっと話をしていた。
家族でも無い相手には、どちらかと言うと遠慮する性分の彼女にしては珍しい程だ。
けれど。それは彼が聞いてくれるからもあるだろう。時折鋭い質問がとんだりもする。
感覚的な部分もあって説明が難しい事も、アルベイルは極力汲もうとする。
だって、それが、幸せなのだから。黙っていたら勿体無いと。そう思ってしまうのだから。
■
「此処からは丘陵地帯……つまり徒歩か」
「そうですね、夜には着く筈ですけど……どうします?」
「今から出れば今日中に行って戻れるだろう。足踏みする理由がない」
淡々としてはいても。彼は何時だって振り返り、当たり前の様に手を差し出して来る。
貴族である以上、或いはそれは当たり前の振る舞いなのかもしれないけれど。
何度手を取っても、コルネリウスがそれに慣れる事は無い。ただじんわりと。
何だかとても、胸が温かくなることだけは。きっとこれから先も変わらないだろう。
その一点だけに絞っても。彼女は自分が貴族として生まれて、当たり前に彼と出会わなくて。
コルネリウスと、アルベイルと言う形で出会えて幸運だったと。そう想って止まない。
「……わぁ……」
丘を登れば、星が降る。その形容がさもありなん。と思わせる。全展望の星空だった。
見上げれば立っている位置すら分からなくなりそうな、全てが夜で彩られた世界。
コルネリウスは思わず。本当に、不意に漏らしてしまった声は童女のようなそれで。
はたと。すぐ傍に彼女の最愛の恋人のみならず。その護衛まで控えていると気付き口を噤む。
――――けれど。
「…………これは、凄いな」
空を見上げる。竜と呼ばれる青年が、呆気に取られた様に視線を上向けて呟いた。
それは、彼女の聞いた事の無い声色だった。初めて耳にした、そう。まるで子供のような。
行きの馬車でも聞いた。アルベイルには、子供の時代と言う物は無かった。
『竜』は血筋ではなく、生き様で評価を下される一族だ。子供で、居て良い時間など無い。
殺さなければ殺される日常、当たり前に手を下して来た彼は。知識ならコルネリウスより余程博識だ。
けれどその声には”知っている物を語る”色が、はっきりと抜け落ちていた。
彼女にも心当たりがある。心当たりがあるからこそ、噛みしめる程に。
「見ろ、ルナ。手を伸ばせば1つくらい掴めそうだ」
「……そうですね、ベル。出来れば2つ持って帰りたいんですが」
「であれば、1人につき1つだな」
――――ああ。そうだ。その気持ちを、感動と呼ぶのだと。
誰も彼に教えてあげてくれなかったとするなら。それは不幸なのかもしれないけれど。
今、彼女が感じているのも、きっと彼と同じ気持ちに違いない。
コルネリウスは、そんな場面を一緒に見られて嬉しかった。ただ、ただ。心から嬉しかった。
■
「如何せん、俺は星には疎くてな。何も語れる事が無い」
「そんなに無理に語らなくても良いと思いますよ……?」
2人は夜空を見上げ佇んでいた。
何処か不満げに呟くアルベイルは、こんな場面でも何か難しい事を考えているのか。
眉を寄せる様にしていたが。無数の星々だけは、赤い瞳に映ってきらきら輝いている。
「そう言えば、星が流れる時願いを託すと、夢が叶うと言う逸話がありました」
「それは流石に欲望に忠実過ぎるだろう」
間髪入れず返った返事に。それはそう、と口元を抑えて笑いの残滓を堪える。
笑ってしまっては失礼だし、彼が誠実に応対してくれているのは分かるのだ。
それが時々、妙に可笑しくなってしまうだけで。
「だったら、もしも。もしもの話ですが……何か一つ、願い事が叶うとしたら?」
貴方は何を願うんですか。と、コルネリウスは聞きたかった。興味本位ではない。
星降る丘で、彼の知らない一面を知った。もっともっと知りたいと思った。
だから尋ねてみたかった。少しの沈黙が、丘陵を染め上げた。
「……万人に、選択の自由を。自らの努力で、自らの道を選べる未来を」
応えた声は、静かに。強く、鋭く。ああ、そうだろう、と。コルネリウスも納得する。
アルベイルはそう言う人だった。何時だって、自分ではない物の為に命懸けだった。
それを心から尊敬した。凄い人だと想った。天に手を伸ばす姿に、憧れた。
彼ならきっとそう答える。どんな場面で、誰にであっても変わらない。
分かっていたけれど。少し寂しさを憶えながら。けれど頷かざるを得ない。
また少し沈黙が空いた。だから続いたそれは、ほんの小さな呟きだった。
「或いは……何でも良いなら。いつかまた、こうして星を見に来たい」
『竜』が空に手を伸ばす姿を見ながら、コルネリウスは笑った。
胸いっぱいになりながら、笑って頷いた。星が降れば良い。花散るように降り注げば良い。
そうしてそんな、ささやかな夢くらい叶えてくれても良いと。彼女は祈った。心から。
貴方の歩む道程に、どうかもっともっと奇跡のように。
幸せの花が咲きますように。