神仙の高みへ ~第二幕~
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月13日 21時39分51秒
土と鉄と煤の匂い。
流れを失った空気が淀んで溜まっているようにも見えた。
「まだ先か」
手元の地図に照明用紋具から灯を落とし、海神・江流は溜息をついた。
古びた坑道はいつ崩れるかもしれない。そんな恐怖の先に、本当に望むモノがあるのだろうか。
「今回もハズレか……?」
雲を掴むような話こそ、自分が追い求めるモノじゃないかと気持ちを奮い立たせ、江流は坑道を進んだ。
似たような景色ばかりで時間の感覚がない。時計を持ってきていなければ、昼夜どころか食事の時間もわからなかっただろう。
「おかしいな。もう着いてもいいはずだけど」
再び地図に視線を落とす。この地図だって安かったわけじゃない。出所不明の謎の地図に2000G。ぼったくりもいい所だと思ったが、なぜか妙に気になった。
値切りに値切り半値で買い取ったこの地図だが、この坑道を歩いていると――。
「掴まされたかな……」
なんて思えてくるから情けない。
「とりあえず休憩しよう。一旦、整理しないと」
そう言って、照明用紋具を地面に置き、バックパックを背中から下ろす。
バックからシートと軽食を取り出し、地面に座って食事を始めた。
「――ここまで来たはずだから、後はこの奥を下っていけば」
硬いパンにチーズを挟んだものを頬張り、水筒の水で胃に流し込む。
「ほう、こんな所に客人か」
「っ! 誰だ!」
しわがれた声に腰を浮かせ、目を光から守る様に腕をかざす。
「それはこちらの台詞じゃろうが」
はっはっはっと、枯れた声で笑いながら足音が近づいてきた。
照明用紋具を煌々と焚きながら、ゆっくりと距離を詰めてくるそれに、江流は腰のナイフに手を掛ける。
「何もせやせんがな。物騒なもんはしまっておけい」
声の主はフッと照明用の紋具の灯を落とした。それで、灯は江流が用意したものだけになった。
辺りがぼんやりと、だが鮮明に映し出される。
体形は典型的なドワーフのそれ。ドワーフは皆、髭面で歳まではわからないが、声の感じからして高齢だと思う。
装備は鉱山夫のそれのようにも見えるが、巨大なバックパックは旅人の様でもあった。
「あなたが土仙人か……?」
江流は目の前のドワーフに問いかける。
「なんじゃその呼び名は。初めて聞いたわい」
しかし、返ってきた答えは江流の望むモノではなかった。
「すまない、人違いだったようだ。あなたはこの辺りに詳しいのかい?」
老ドワーフに頭を下げ、江流は再び問いかける。
「そうじゃな、まぁ庭みたいなもんじゃわい」
「そうか、それは助かる。実は土仙人なる人物を探して、ここまで来たんだ」
そう言うと、江流は先ほどまで見ていた地図を老ドワーフに差し出した。
「この地図の――この場所にいると聞いたんだ。どう行けばいいか教えてもらえると助かる」
「ふむ」
老ドワーフは自分の証明用紋具に再び灯をともすと、江流の差し出した地図を覗き込んだ。
「若いの。この地図をどこで手に入れたんじゃ?」
「……ゴールディの闇市だ」
老ドワーフの問いかけに、江流は一瞬どう答えたものか迷うも、嘘をつく理由も見つけられず正直に答える。
「ふむ、ゴブリン達の街か。なるほどのぉ」
「この地図の事を知っているのか?」
江流は、どこか懐かしそうに地図を眺める老ドワーフに問いかけた。
「ああ、知っとるよ。なにせこれは、わしが書いた地図じゃからな」
「なにっ! それじゃ、やっぱりあなたが土仙人なのか……?」
この地図を売っていた怪しげな商人曰く、『この地図は仙人が描いた自分の住処の地図だ』そうだ。
となれば、目の前のこの人物が――。
「だから、違うといっとろうが」
江流のそんな思考を読んだのか、老ドワーフは肩を竦め溜息をついた。
「ちなみに聞くが、その仙人とやらに何の用があって来たんじゃ?」
「俺は仙術や道術と呼ばれる類の技を求めて大陸を旅しているんだ。この場所にも――」
江流は老ドワーフの質問に、ここを訪れた理由と自らが旅をする目的を話して聞かせる。
市井の人間であれば笑って済ませてしまうような江流の話を、老ドワーフは静かに聞いていた。
「――何か知らないか?」
話の締めくくりに、江流が問いかける。
「残念じゃが、そういう話は聞いたことがないのぉ」
「そうか……」
しかし、返ってきた答えに江流は肩を落とし落胆した。
「まぁ、仙人や術の話はよぉわからんが。せっかくこんな辺鄙な所に来たんじゃ。ちょっとついて来い」
老ドワーフはそう言うと、江流の返事も待たず坑道の奥へと進んでいく。
江流は慌てて荷物をまとめ直すと、老ドワーフの灯の軌跡を追いかけた。
●
「ほれ、ここじゃ」
老ドワーフが立ち止ったのは、坑道よりも若干広い程度の空洞だった。
「ここに何かがあるのかい……?」
一見すれば何の変哲もない空洞。江流は訝しみながら老ドワーフに問いかけた。
「さっきの抜こうとしたナイフがあるじゃろ」
「これの事か……?」
「そうじゃそうじゃ、それを――そこの岩の上に置いてみぃ」
と、老ドワーフは空洞の端にあった50cm程の岩を指さす。
江流は訝しみながらも言う通り、岩の上にナイフを置いた。
「浮いている……」
手を離した途端、ナイフがふわふわと宙に浮きあがる。
「これはなんだ……浮遊の魔法? まさかあの本の紋具にかかっていたような、古代の魔法なのか?」
以前受けた依頼で、空飛ぶ本を見た事がある。それには今は失われてしまった古い時代の魔法がかけられていた。
そんな事を思い出しながら、江流は宙に浮いたナイフを見つめる。
「すごいじゃろぉ。それがわしの秘術じゃ」
「秘術……? 魔法じゃないのかい?」
「秘術の方が都合がいいんじゃろ?」
「どういう事だ……?」
髭で口元が分からないが、きっと悪戯な笑みが浮かんでいるのだろう。そう感じさせる口調で話す老ドワーフに、江流は怪訝な表情を向けた。
「まぁ、大した事じゃないからのぉ。あまり引っ張ってもつまらんか」
と、老ドワーフは江流の横まで歩いてくると、ピッケルの柄で宙に浮いたナイフを小突く。
すると、ナイフは宙に浮いたままくるくると回り始めた。
「その岩、磁鉄鉱が含まれておるんじゃよ」
「じてっこう……?」
「ふむ、知らなんだか。磁石の元になる鉄じゃな」
「磁石は知っている。この岩自体が磁石だっていう事なのか?」
「そう思ってもらってもかまわんよ」
岩をじっと見つめる江流に、老ドワーフは楽しそうに話しかける。
「一見、不可思議な術のように見えるモノでも、正体を知ってしまえば何という事はない。そういうものがこの世界には溢れておるわけじゃ」
老ドワーフはくるくると回るナイフを指さした。
「訳の分からない力は存在する。この磁石とて、知らぬ者が見れば訳の分からない力そのものじゃろ?」
「……確かに」
江流は老ドワーフの言葉をかみしめる。
「お前さんの求めるモノがなんなのかは知らんが、全ての現象、事象には理由がある。エーテルを理解し真理を知れば、あるいはお前さんの求めるモノにたどり着けるのかもしれんの」
はっはっはっと笑う老ドワーフを見て、江流は思う。
水はなぜ流れるのか、物はなぜ落ちるのか。
最初に発見しその真理を解明した者がいるからこそ、今では常識となっている。
自分の求めるモノ、それも確かにあるのだろう。この広い世界のどこかに。
だとしたら、続けよう。果ての無い、真理を探す旅を――。
流れを失った空気が淀んで溜まっているようにも見えた。
「まだ先か」
手元の地図に照明用紋具から灯を落とし、海神・江流は溜息をついた。
古びた坑道はいつ崩れるかもしれない。そんな恐怖の先に、本当に望むモノがあるのだろうか。
「今回もハズレか……?」
雲を掴むような話こそ、自分が追い求めるモノじゃないかと気持ちを奮い立たせ、江流は坑道を進んだ。
似たような景色ばかりで時間の感覚がない。時計を持ってきていなければ、昼夜どころか食事の時間もわからなかっただろう。
「おかしいな。もう着いてもいいはずだけど」
再び地図に視線を落とす。この地図だって安かったわけじゃない。出所不明の謎の地図に2000G。ぼったくりもいい所だと思ったが、なぜか妙に気になった。
値切りに値切り半値で買い取ったこの地図だが、この坑道を歩いていると――。
「掴まされたかな……」
なんて思えてくるから情けない。
「とりあえず休憩しよう。一旦、整理しないと」
そう言って、照明用紋具を地面に置き、バックパックを背中から下ろす。
バックからシートと軽食を取り出し、地面に座って食事を始めた。
「――ここまで来たはずだから、後はこの奥を下っていけば」
硬いパンにチーズを挟んだものを頬張り、水筒の水で胃に流し込む。
「ほう、こんな所に客人か」
「っ! 誰だ!」
しわがれた声に腰を浮かせ、目を光から守る様に腕をかざす。
「それはこちらの台詞じゃろうが」
はっはっはっと、枯れた声で笑いながら足音が近づいてきた。
照明用紋具を煌々と焚きながら、ゆっくりと距離を詰めてくるそれに、江流は腰のナイフに手を掛ける。
「何もせやせんがな。物騒なもんはしまっておけい」
声の主はフッと照明用の紋具の灯を落とした。それで、灯は江流が用意したものだけになった。
辺りがぼんやりと、だが鮮明に映し出される。
体形は典型的なドワーフのそれ。ドワーフは皆、髭面で歳まではわからないが、声の感じからして高齢だと思う。
装備は鉱山夫のそれのようにも見えるが、巨大なバックパックは旅人の様でもあった。
「あなたが土仙人か……?」
江流は目の前のドワーフに問いかける。
「なんじゃその呼び名は。初めて聞いたわい」
しかし、返ってきた答えは江流の望むモノではなかった。
「すまない、人違いだったようだ。あなたはこの辺りに詳しいのかい?」
老ドワーフに頭を下げ、江流は再び問いかける。
「そうじゃな、まぁ庭みたいなもんじゃわい」
「そうか、それは助かる。実は土仙人なる人物を探して、ここまで来たんだ」
そう言うと、江流は先ほどまで見ていた地図を老ドワーフに差し出した。
「この地図の――この場所にいると聞いたんだ。どう行けばいいか教えてもらえると助かる」
「ふむ」
老ドワーフは自分の証明用紋具に再び灯をともすと、江流の差し出した地図を覗き込んだ。
「若いの。この地図をどこで手に入れたんじゃ?」
「……ゴールディの闇市だ」
老ドワーフの問いかけに、江流は一瞬どう答えたものか迷うも、嘘をつく理由も見つけられず正直に答える。
「ふむ、ゴブリン達の街か。なるほどのぉ」
「この地図の事を知っているのか?」
江流は、どこか懐かしそうに地図を眺める老ドワーフに問いかけた。
「ああ、知っとるよ。なにせこれは、わしが書いた地図じゃからな」
「なにっ! それじゃ、やっぱりあなたが土仙人なのか……?」
この地図を売っていた怪しげな商人曰く、『この地図は仙人が描いた自分の住処の地図だ』そうだ。
となれば、目の前のこの人物が――。
「だから、違うといっとろうが」
江流のそんな思考を読んだのか、老ドワーフは肩を竦め溜息をついた。
「ちなみに聞くが、その仙人とやらに何の用があって来たんじゃ?」
「俺は仙術や道術と呼ばれる類の技を求めて大陸を旅しているんだ。この場所にも――」
江流は老ドワーフの質問に、ここを訪れた理由と自らが旅をする目的を話して聞かせる。
市井の人間であれば笑って済ませてしまうような江流の話を、老ドワーフは静かに聞いていた。
「――何か知らないか?」
話の締めくくりに、江流が問いかける。
「残念じゃが、そういう話は聞いたことがないのぉ」
「そうか……」
しかし、返ってきた答えに江流は肩を落とし落胆した。
「まぁ、仙人や術の話はよぉわからんが。せっかくこんな辺鄙な所に来たんじゃ。ちょっとついて来い」
老ドワーフはそう言うと、江流の返事も待たず坑道の奥へと進んでいく。
江流は慌てて荷物をまとめ直すと、老ドワーフの灯の軌跡を追いかけた。
●
「ほれ、ここじゃ」
老ドワーフが立ち止ったのは、坑道よりも若干広い程度の空洞だった。
「ここに何かがあるのかい……?」
一見すれば何の変哲もない空洞。江流は訝しみながら老ドワーフに問いかけた。
「さっきの抜こうとしたナイフがあるじゃろ」
「これの事か……?」
「そうじゃそうじゃ、それを――そこの岩の上に置いてみぃ」
と、老ドワーフは空洞の端にあった50cm程の岩を指さす。
江流は訝しみながらも言う通り、岩の上にナイフを置いた。
「浮いている……」
手を離した途端、ナイフがふわふわと宙に浮きあがる。
「これはなんだ……浮遊の魔法? まさかあの本の紋具にかかっていたような、古代の魔法なのか?」
以前受けた依頼で、空飛ぶ本を見た事がある。それには今は失われてしまった古い時代の魔法がかけられていた。
そんな事を思い出しながら、江流は宙に浮いたナイフを見つめる。
「すごいじゃろぉ。それがわしの秘術じゃ」
「秘術……? 魔法じゃないのかい?」
「秘術の方が都合がいいんじゃろ?」
「どういう事だ……?」
髭で口元が分からないが、きっと悪戯な笑みが浮かんでいるのだろう。そう感じさせる口調で話す老ドワーフに、江流は怪訝な表情を向けた。
「まぁ、大した事じゃないからのぉ。あまり引っ張ってもつまらんか」
と、老ドワーフは江流の横まで歩いてくると、ピッケルの柄で宙に浮いたナイフを小突く。
すると、ナイフは宙に浮いたままくるくると回り始めた。
「その岩、磁鉄鉱が含まれておるんじゃよ」
「じてっこう……?」
「ふむ、知らなんだか。磁石の元になる鉄じゃな」
「磁石は知っている。この岩自体が磁石だっていう事なのか?」
「そう思ってもらってもかまわんよ」
岩をじっと見つめる江流に、老ドワーフは楽しそうに話しかける。
「一見、不可思議な術のように見えるモノでも、正体を知ってしまえば何という事はない。そういうものがこの世界には溢れておるわけじゃ」
老ドワーフはくるくると回るナイフを指さした。
「訳の分からない力は存在する。この磁石とて、知らぬ者が見れば訳の分からない力そのものじゃろ?」
「……確かに」
江流は老ドワーフの言葉をかみしめる。
「お前さんの求めるモノがなんなのかは知らんが、全ての現象、事象には理由がある。エーテルを理解し真理を知れば、あるいはお前さんの求めるモノにたどり着けるのかもしれんの」
はっはっはっと笑う老ドワーフを見て、江流は思う。
水はなぜ流れるのか、物はなぜ落ちるのか。
最初に発見しその真理を解明した者がいるからこそ、今では常識となっている。
自分の求めるモノ、それも確かにあるのだろう。この広い世界のどこかに。
だとしたら、続けよう。果ての無い、真理を探す旅を――。