他人は他人。自分は自分

キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2021年01月12日 14時28分18秒

 そこは小さな村だった。

『王国』、『同盟』、『帝国』3つの大国の狭間に置かれた山間の村。
 定期に的に通りかかる行商人に嗜好品の大半を依存し、日々を山の恵みと狩猟とで賄う。
 
 働ける者は皆働かねば生きてはいけず。子供もまた、最低限の間しか子供でいられない。
 それが不幸である訳ではない。大陸全体で見たならば、精々標準か少し下と言ったところ。

『王国』に近しい分、食物の物価は安定している。『帝国』に近い為、都へ働きに出ることも出来る。
『同盟』から商人も来る。言う程不便ではない。決して悪い環境ではない……と。自分を誤魔化せる。

 概ねそんな程度だ。そしてそんな程度の環境であれば、当たり前の様に差別は蔓延る。
 恵まれている人間の心が豊かである。何て大いなる勘違いを抱いているわけではなくとも。

 少なくとも、“少し足りない”人間の方がそういった嗜好には浸り易いことは、間違いないだろう。
 何せ実体験に基づく経験則だ。こればかりは見誤りようがない。

 つまりは――――自分と似通った環境にある人間の中で、“違う”誰かを挙って弾く。
 弾かれた者を“異物”として事更にあげつらう――――そんな、嗜好に。

「……全く、やんなるよ」

 思えば、その村で足を止める事を避けた時点で今回はあまり風が向いていなかった。
 何となく嫌な空気だったから突っ切ったが、今思えばあれは余所者に対する蔑視の類だったのだろう。

 他人は他人。自分は自分。そう割り切ってしまえば期待何てしないで済む。
 自分がどれほど努力しても他人は認めないし、他人の努力など自分とはなんら関係が無い。

 例え、神の恩寵なんてわけの分からない物で、自分の一歩が他人の数歩先を行ってしまうとしても。
 それはそいつの能力が無いのではなく。自分の、運が良かっただけだ。

 そう思って何もかも切り捨てなければ、生きて行くことはあまりにも面倒だった。
 足元に転がしたコボルトの遺骸を踏みつけると、背後の樹へと視線を向ける。

 樹に括りつけられている子供だ。目は閉じ意識も無さそうだが、自分で自分を括るのは相当容易ではない。
 齢は男――――悠人・ラドルファスが故郷を出た頃より4、5歳は若く見える。

 つまり誰かが彼をここに縛り付け、それを見つけたコボルトが群がっていたところ……か。
 誰かが襲われているなら恩が売れる。そんな意図で割り込んだ悠人からすれば梯子を外されたに等しい。

 面倒事の気配がした。少なくとも、今この時点で興味はまるでそそられない。
 そして報酬も確かではないのにそんないざこざに介入するほど、悠人は酔狂ではないつもりだ。

 置いていこうか。と一瞬逡巡した。

 悠人が斬り殺したコボルトは3匹。群にしては数が少ない。残りが近くに居るのだろう。
 放っておけば口封じと厄介事処理がまとめて済む。それを咎める者もいない。所詮他人は、他人――――

「――――な、わけないんだよな」

 寝覚めが悪くなるのは勘弁だ。と言って、素直にこの少年を救って村へ戻る。
 そんな選択もしたくはなかった。誰も助けてはくれないし、誰も掬い上げてなどくれない。

 それが当たり前で、偶然通り掛かっただけの旅人が変に甘やかしてもいっそ碌なことは無い。
 少年を縛っていたロープに切り目は入れておいた。必死で藻掻けば解けるだろう。

 足掻くのは、足掻く理由がある奴の権利(じゆう)だ。他人がその権利(じゆう)を、勝手な同情心で奪って良い訳がない。
 諦めて妥協して喰いものにされるのが嫌なら、どこかで権利を行使するしかないのだから。 

 少なくとも――――自分の時は、そうだった。

◆

「日が暮れて来た……、まずいね」

 樹に縛りつけられた子供を背にして歩く事数十分。悠人は見事に道に迷っていた。
 空は夕焼けに傾きつつある。これは野宿で凌ぐしかないだろう。と、思い立ったその頃だ。

 もしかするとあるかもしれないと思ったコボルトの巣が、眼前に立ちはだかっていた。
 暫く身を潜めていた限り、出入りしている個体は3体。内1体が剣と盾で武装している。

 リーダー格に率いられた群と言うのはコボルトでも割と面倒な方だ。
 出来れば痛い思いはしたくないし、一事が万事楽に終わるならその方が良いに決まっている。

 とは言え……まあ。何となくもやもやしていたのもある。丁度良いと言えば丁度良い。
 コボルトの巣は獣臭いのが難点だが、雨風だけは確実に防げる。

 理由は色々思いついた。思いついた色々を、とりあえずの理由とすることなら出来た。
 ――――だから、悠人は剣を抜き放つと躊躇なく切り込む。

 脚へエーテルを纏うと瞬間的に加速。一足で踏み込み纏わせた衝撃波で直近のコボルトを斬り捨てる。
 奇襲に気付き剣を構えたリーダーと、棍棒を構えつつあるその部下。2体を見て即断。

 リーダーコボルトの剣戟を盾で逸らすと、剣の切っ先を部下の方へ向ける。
 慌てて棍棒で受けようと部下コボルトが構える素振りを見せるや、向けた剣の柄を両手で握り直し。

「ハズレ」

 ――――横一閃。踏み込んできたリーダーの胴を薙ぐ。
 部下へ向かう動き(フェイント)に騙されたリーダーコボルトは、盾を携えるも受けることすらままならず。

 直撃を受けて鮮血を散らすと、持っていた剣を取り落とす。ここまで来れば消化試合だ。
 落とした剣の先端を蹴れば拾おうとしたリーダーの背へ剣を突き刺し、残る部下を一刀の下に沈める。

 周囲を生々しい血の香りが満たし、悠人はようやく息を吐く事が出来た。
 臓腑を満たしていた何とも形容し難い感情は少し薄まったものの、改めて見回せば……

「ここで寝るのは、無しか」

 惨劇の痕跡。これだけはっきりと死骸が残っていては野生動物もそうは近付かないだろうが。
 とはいえ、幾ら何でもこんな場所で野宿は無い。コボルトも一応人型なので余計に見目が悪い。

 大きく嘆息すると血払いだけ済まし、荷物を背負って再び山道を下り始める。
 迷ったかと思って歩いていた獣道。けれど思った以上に街道近くを沿って走っていたらしい。

 件のコボルトも放っておいたなら、旅人を襲っても然程不思議ではなかったろう。
 勿論悠人もまた旅人である以上――――つまりは、先の労働はあくまで自分の安全な旅の為だ。

「……日が落ちるまでに、次の村に着けると良いけど」

 淡々と呟きながら、けれどその足取りは軽く。夕暮れの山道に細く長く影が伸びる。
 あまり潤沢とは言えない路銀を数えて、今日くらい少し良い宿に泊まりたいなと嘯き歩き出す。

 弾いた硬貨が高い音を立てて、赤い陽射しを映し返していた。

◆

 ――――そこは小さな村だった。
 
 誰もが彼の素性を怪しんだ。庇ってくれる者は居なかった。護ってくれる人も居なかった。
 その矛先が家族にまで及んだ時、漸く大人になった子供は、そんな村を捨てると決めた。

 けれど――――自分は自分。他人は他人だ。
 そうでない誰かが居ても良い。例えば少しの勇気が、正しく報われることがあったとしても。

 例えば結果として何処かで苛められていた子供が、あくまで偶々安全に村へ帰れたとしても。
 1つ何かを変えられたことで、子供の中で確かに何かが変わったとしても。

 ――――そんなことは悠人が「道に迷った」こととは、何の関係も無い話なのだから。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0