Dream believer
キャラクターノベル制作 龍川 那月納品 2021年01月17日 16時45分11秒
熱を持った身体は動かず、息はいつも苦しかった。1日の内起きていられる時間はほんの少しで、後はずっとベッドに横になっている。物心ついた頃にはアステルの生活はそうだった。
何人もの医者に見てもらったが、治る見込みはないと匙を投げられ、丈夫な体に産めなくてごめんなさい、と毎夜泣く母にアステルは微笑むしか出来なかった。誰のせいでもない。だからこそ心のやり場はどこにもなかった。
それでもと、両親は精が付く食べ物があると見ればどんなに高くても手に入れ、万病に効くという水があると聞けばどこまででも取りに行った。
アステル自身も日光を浴びた方が元気になると噂で聞けば、家で一番日の当たる場所で眠り、少し体を動かしたほうが良いかもしれない、と医者が言えば苦悶しながら散歩をした。
しかし彼の両親や彼の努力むなしく病状は一向に良くならなかった。
●
その日は朝からことさら体調が良くなかった。食事はいつもの半分も食べられず、水を飲むのも辛い。熱もいつもより高く、息をするたびに身体が悲鳴を上げる。
(僕、死んじゃうのかな……)
朦朧とする意識の中、そんなことを思った。
(そしたら、父さんや母さんは楽になるのかな……)
それならその方が良いのかもしれない。そんなことを思いながらアステルの意識は沈んでいった。
「ここ……どこだろう……」
気が付くと不思議な場所にいた。見渡す限りの水面。空は降るように星が流れている。
(ここが天国なのかな)
「ア……ル……アス……テ……ル」
(誰かが呼んでる……)
鈴が鳴るような綺麗な声の方へ歩きだす身体は羽のように軽かった。
行きついたのは光る大きな樹の前だった。その根元に人影が見える。背はアステルより少しだけ小さい。声からして少女だろうか。目深に被った白いフードから彼女の表情は見えず、見えるのは長い緑の髪だけだ。
「アステル、来てくれたのね」
「ここはどこ? 君は誰?」
「ここは貴方の夢の中。私は貴方にお願いがあって来た使者」
「使者?」
その問いには答えないまま少女は話を続ける。
「貴方にやって欲しいことがあるの」
「やってほしいこと?」
なんだろうと首をかしげる彼だったが、すぐに瞳を伏せ首を横に振った。
「僕には何もできないよ……」
アステルにもやりたいことはたくさんあった。しかし、元気になることはないと知っている大人たちはいつも無理だとしか言わなかった。
(ベッドの上にいることしか出来ない僕に出来ることなんてあるわけないんだ)
「貴方になら、いいえ、貴方にしかできないことなの」
「僕にしか出来ないこと……?」
そんなことあるんだろうかとアステルは思う。しかし彼女が冗談や嘘を言っているようにも思えない。
「本当に僕にしか出来ないの……?」
こくりと大きく頷く少女。
「……何をすればいいの?」
「『輝煌樹の切り株』の守り手になってほしいの」
「輝煌樹?」
聞いたことの無い木の名前に首をかしげるアステルに少女は頷く。
「これが輝煌樹。リブラネスタの外れにある森の中にその切り株があるわ。貴方にはそれを守ってほしいの」
「そんなこと言われても……」
リブラネスタはアステルの故郷からかなり遠いところにある冒険者たちの街だ。勿論行ったことはないし、これからだって行けるとは思えない。
「そう言うのは授恵者に頼んだ方がいいよ」
俯き頭を振るアステルの手を少女が取る。
「貴方にしか出来ないの」
「そんなの無理だよ……」
「お願い、アステル。そんなこと言わな……」
「無理なものは無理だよ! そこまで行くことだって出来ないのにどうやってそれを守ればいいっていうんだよ! 君は僕のこと知らないからそんなこと言えるんだ!」
少女の言葉を遮る様にアステルは叫んだ。涙がポロポロとこぼれては足元に波紋を作った。
「アステル……」
少女はそのままアステルの顔に手を伸ばしぎゅっと抱きしめる。
「泣いて良いのよ」
その言葉にアステルの気持ちが決壊した。
眠っているだけでも身体は苦しかったし辛かったが、母親が謝りながら泣くから自分まで泣いてはいけないと思った。父親が辛いのを隠して笑うから、自分も笑わなくてはいけないと思った。何も出来ないから、生きているだけで心配をかけているのだから、せめてこれ以上は心配をかけたくなかった。だから、どんなに辛くても苦しくても泣き言だけは言ってはいけないと、泣くことだけは駄目だと自分に言い聞かせていた。でも、本当はずっと泣きたかった。
アステルは堰を切ったように大きな声で泣いた。その間、少女は無言でずっと頭を撫でてくれていた。
「ごめん、泣いたりして……」
初めて会った相手の前で泣いてしまった恥ずかしさでアステルは少女の顔をまっすぐ見れずにいた。
「貴方は絶対に元気になるわ。だから約束して。守り手になるって」
「うん……。元気になるならだけど……」
見ず知らずの自分に親切にしてくれた少女の願いだ。出来るなら叶えてあげたい。でも、医者でさえ匙を投げた。きっとそんな日は来ない。
俯きながら頷くアステルに少女が淡く光る実を差し出した。
「これは?」
戸惑いながら受け取ると、陽だまりの様な温かさが実から伝わってくる。
「輝煌樹の実よ。食べて」
「う、うん」
言われるままに実をかじる。2口、3口と食べるうちに身体の底から力が湧き上がってくる気がした。
「輝煌樹が貴方に力をくれるわ。だから大丈夫」
「ありがとう」
そう言うものは散々口にしてきた。だからこれも効果がないだろうとどこかで思いながらアステルは笑った。
「貴方は元気になるわ。だからアステル、約束守ってね」
もう誰の言葉も信じられずにいた。でも、目の前の少女の言葉なら信じられる。不思議とそう思えて頷く。すると嬉しそうに、ホッとしたように彼女が笑った。それを見れただけでも頷いて良かったとアステルは思った。
その時、2人の間に強い風が吹いて輝煌樹の葉々が散り始めた。それに合わせるように少女の姿が掻き消えていく。
「また、会える?」
このまま会えなくなるのが嫌で、風に負けないくらい大きな声でアステルは尋ねる。
「ええ、いずれ時が来ればまた会えるわ」
「時?」
「ええ。だから、それまで……守っ……お願……」
少女の声は姿と共に風にさらわれて掻き消えた。
「待って!」
手を伸ばすと、見知った天井が目の前にあった。この風景はよく知っている。自分の部屋だ。
「本当に夢だったんだ……」
身体を起こそうとすると、意識を失う前は指一本動かすのも辛かったはずの身体はビックリする程素直に動いた。
(もしかして……本当に……?)
自分の身体の変化にびっくりしながらアステルはもう一度横になった。もう一度眠れば彼女に会えるかもしれないと思ったからだ。
●
「早く来いよー」
それから数年後、リブラネスタにアステルの姿はあった。
少女にはもう会えなかったが、夢の中で彼女が言った通り、アステルの身体はみるみるうちに元気になった。医者は何故急にと首をかしげるばかりだったが、両親は神の奇跡だと喜んだ。
(神様なんかじゃない。あの子のおかげだ)
元気になっただけではなく授恵者になったアステルは、リブラネスタを拠点とする冒険者になった。
(ここにいれば切り株も守れるし、あの子にもまた会えるかもしれない)
そう思いながらアステルは今日も昔馴染みの少女と共に依頼に特訓にと励むのだった。
何人もの医者に見てもらったが、治る見込みはないと匙を投げられ、丈夫な体に産めなくてごめんなさい、と毎夜泣く母にアステルは微笑むしか出来なかった。誰のせいでもない。だからこそ心のやり場はどこにもなかった。
それでもと、両親は精が付く食べ物があると見ればどんなに高くても手に入れ、万病に効くという水があると聞けばどこまででも取りに行った。
アステル自身も日光を浴びた方が元気になると噂で聞けば、家で一番日の当たる場所で眠り、少し体を動かしたほうが良いかもしれない、と医者が言えば苦悶しながら散歩をした。
しかし彼の両親や彼の努力むなしく病状は一向に良くならなかった。
●
その日は朝からことさら体調が良くなかった。食事はいつもの半分も食べられず、水を飲むのも辛い。熱もいつもより高く、息をするたびに身体が悲鳴を上げる。
(僕、死んじゃうのかな……)
朦朧とする意識の中、そんなことを思った。
(そしたら、父さんや母さんは楽になるのかな……)
それならその方が良いのかもしれない。そんなことを思いながらアステルの意識は沈んでいった。
「ここ……どこだろう……」
気が付くと不思議な場所にいた。見渡す限りの水面。空は降るように星が流れている。
(ここが天国なのかな)
「ア……ル……アス……テ……ル」
(誰かが呼んでる……)
鈴が鳴るような綺麗な声の方へ歩きだす身体は羽のように軽かった。
行きついたのは光る大きな樹の前だった。その根元に人影が見える。背はアステルより少しだけ小さい。声からして少女だろうか。目深に被った白いフードから彼女の表情は見えず、見えるのは長い緑の髪だけだ。
「アステル、来てくれたのね」
「ここはどこ? 君は誰?」
「ここは貴方の夢の中。私は貴方にお願いがあって来た使者」
「使者?」
その問いには答えないまま少女は話を続ける。
「貴方にやって欲しいことがあるの」
「やってほしいこと?」
なんだろうと首をかしげる彼だったが、すぐに瞳を伏せ首を横に振った。
「僕には何もできないよ……」
アステルにもやりたいことはたくさんあった。しかし、元気になることはないと知っている大人たちはいつも無理だとしか言わなかった。
(ベッドの上にいることしか出来ない僕に出来ることなんてあるわけないんだ)
「貴方になら、いいえ、貴方にしかできないことなの」
「僕にしか出来ないこと……?」
そんなことあるんだろうかとアステルは思う。しかし彼女が冗談や嘘を言っているようにも思えない。
「本当に僕にしか出来ないの……?」
こくりと大きく頷く少女。
「……何をすればいいの?」
「『輝煌樹の切り株』の守り手になってほしいの」
「輝煌樹?」
聞いたことの無い木の名前に首をかしげるアステルに少女は頷く。
「これが輝煌樹。リブラネスタの外れにある森の中にその切り株があるわ。貴方にはそれを守ってほしいの」
「そんなこと言われても……」
リブラネスタはアステルの故郷からかなり遠いところにある冒険者たちの街だ。勿論行ったことはないし、これからだって行けるとは思えない。
「そう言うのは授恵者に頼んだ方がいいよ」
俯き頭を振るアステルの手を少女が取る。
「貴方にしか出来ないの」
「そんなの無理だよ……」
「お願い、アステル。そんなこと言わな……」
「無理なものは無理だよ! そこまで行くことだって出来ないのにどうやってそれを守ればいいっていうんだよ! 君は僕のこと知らないからそんなこと言えるんだ!」
少女の言葉を遮る様にアステルは叫んだ。涙がポロポロとこぼれては足元に波紋を作った。
「アステル……」
少女はそのままアステルの顔に手を伸ばしぎゅっと抱きしめる。
「泣いて良いのよ」
その言葉にアステルの気持ちが決壊した。
眠っているだけでも身体は苦しかったし辛かったが、母親が謝りながら泣くから自分まで泣いてはいけないと思った。父親が辛いのを隠して笑うから、自分も笑わなくてはいけないと思った。何も出来ないから、生きているだけで心配をかけているのだから、せめてこれ以上は心配をかけたくなかった。だから、どんなに辛くても苦しくても泣き言だけは言ってはいけないと、泣くことだけは駄目だと自分に言い聞かせていた。でも、本当はずっと泣きたかった。
アステルは堰を切ったように大きな声で泣いた。その間、少女は無言でずっと頭を撫でてくれていた。
「ごめん、泣いたりして……」
初めて会った相手の前で泣いてしまった恥ずかしさでアステルは少女の顔をまっすぐ見れずにいた。
「貴方は絶対に元気になるわ。だから約束して。守り手になるって」
「うん……。元気になるならだけど……」
見ず知らずの自分に親切にしてくれた少女の願いだ。出来るなら叶えてあげたい。でも、医者でさえ匙を投げた。きっとそんな日は来ない。
俯きながら頷くアステルに少女が淡く光る実を差し出した。
「これは?」
戸惑いながら受け取ると、陽だまりの様な温かさが実から伝わってくる。
「輝煌樹の実よ。食べて」
「う、うん」
言われるままに実をかじる。2口、3口と食べるうちに身体の底から力が湧き上がってくる気がした。
「輝煌樹が貴方に力をくれるわ。だから大丈夫」
「ありがとう」
そう言うものは散々口にしてきた。だからこれも効果がないだろうとどこかで思いながらアステルは笑った。
「貴方は元気になるわ。だからアステル、約束守ってね」
もう誰の言葉も信じられずにいた。でも、目の前の少女の言葉なら信じられる。不思議とそう思えて頷く。すると嬉しそうに、ホッとしたように彼女が笑った。それを見れただけでも頷いて良かったとアステルは思った。
その時、2人の間に強い風が吹いて輝煌樹の葉々が散り始めた。それに合わせるように少女の姿が掻き消えていく。
「また、会える?」
このまま会えなくなるのが嫌で、風に負けないくらい大きな声でアステルは尋ねる。
「ええ、いずれ時が来ればまた会えるわ」
「時?」
「ええ。だから、それまで……守っ……お願……」
少女の声は姿と共に風にさらわれて掻き消えた。
「待って!」
手を伸ばすと、見知った天井が目の前にあった。この風景はよく知っている。自分の部屋だ。
「本当に夢だったんだ……」
身体を起こそうとすると、意識を失う前は指一本動かすのも辛かったはずの身体はビックリする程素直に動いた。
(もしかして……本当に……?)
自分の身体の変化にびっくりしながらアステルはもう一度横になった。もう一度眠れば彼女に会えるかもしれないと思ったからだ。
●
「早く来いよー」
それから数年後、リブラネスタにアステルの姿はあった。
少女にはもう会えなかったが、夢の中で彼女が言った通り、アステルの身体はみるみるうちに元気になった。医者は何故急にと首をかしげるばかりだったが、両親は神の奇跡だと喜んだ。
(神様なんかじゃない。あの子のおかげだ)
元気になっただけではなく授恵者になったアステルは、リブラネスタを拠点とする冒険者になった。
(ここにいれば切り株も守れるし、あの子にもまた会えるかもしれない)
そう思いながらアステルは今日も昔馴染みの少女と共に依頼に特訓にと励むのだった。