囚われた蕾

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年01月12日 20時18分26秒

 いつも身に着けている煌びやかなアクセサリーとはまるで違う、粗野で無骨な感触が角を這う。
 ジャラリと鉄がこすれる音と共に、冷たい感覚が角を覆っていった。

「こん、な事を、しても無駄、よ!」

 釣り上げられたせいかうまく声が出ない。
 視界の下半分を自分の顔が塞ぐ中、アンネエルカは目の前の人物を睨み付けた。
「ふふ、まだそんな事を言う元気があるのね。なかなか肝が据わってるじゃない」
 筋骨隆々のくせしてふりふりのフリル付きドレスを身に纏う2mを越える巨漢。
「でも、今のあなたに何ができるかしら? 早く彼の居場所を吐いた方が身の為よ?」

「絶対、あなたなんかに、言わ、ないわ!」

「ふーん、そう」
 漢はつまらなさそうに短剣を指で弄びながら、アンネにゆっくりと近づいてくる。
 アンネは身を縮めようと体に力を入れるが、両手は後ろ手に、両足は床に固定された鎖で囚われていた。
「困るのよねぇ、あたし達も暇じゃないの。あんまり時間を掛けられないから――覚悟してね」

「っ!? ぁぁ――!」

「あら、ごめんなぁさい。うっかり刺さっちゃったわ」
 右肩に走る熱。視線だけで追えば深々と短剣が差し込まれていた。
 鼓動が早くなる。右肩から流れ落ちる血で右腕が赤く染まっていくのが温度でわかった。
「あらあら、こんなにも血を流してしまって、可愛そうに」
 アンネのドレスが赤に染まっていくのを見つめながら漢が呟く。
「痛いでしょ? 嫌でしょ? 彼の居場所を教えてくれる気になった?」

「戦い、の痛みに比べ、これくら、い、どうって、ことない、わ!」

 心臓の鼓動に合わせる様に、際限なく痛みが襲ってくる。しかし、アンネは顔色を変える事無く漢に啖呵を切った。
「そう、痛みに強いのね」
 そう言うと漢は、部下の一人を顎で呼ぶ。
 前に出てきた部下は卑下た笑みを浮かべながらアンネに近づくと――。

「な、なにを……!」

 身構えるアンネにニヤリと汚らしく口元を歪め、手を差し出した。
 ぽうっと灯る暖かな光。右肩に添えられた男の手が発する光が、短剣の刺さった肩を包み込んで……。

「ああぁあっぁぁ!!!」

 瞬間、襲い来る激しい痛みに、アンネエルカは悲鳴を上げた。
「ふふ、結構クルでしょ? 短剣刺さったままヒール貰うの」
 アンネの絶叫に漢は嬉しそう新しい短剣を舌舐めずる。
「ほら、肉が戻ろうとしているわ。傷口を塞ごうと一生懸命に。でも、ざーんねん。短剣がささってるから、塞がる先から裂けていくわねぇ」

「あっ……あああぁぁっっ!!」

 頭の中がちかちかする。右肩から絶えず放たれる熱に炙られ、燃えるようだ。
 体を揺すって痛みと熱から逃げようともがくが、その度に角を絡めとる鉄の冷たさがゴリゴリと嫌な音を立てた。
「抜いて欲しい? 居場所を教えてくれればすぐにでも抜いてあげるわよ?」

「あなた、たちの、思い通り、には、させな――あああぁぁっ!!!!」

「あら、またやっちゃった」
 アンネの左太腿に深々と刺さる二本目の短剣。
 再び絶叫を上げたアンネを気にも留めず、漢はぺろりと舌を出した。
「もぉ、あんまりうるさく言うものだから手元が滑っちゃったじゃない」
 言って、漢は再びヒーラーの部下に顎で指示を出した。
 男は先ほどよりも歪んだ笑みを浮かべながらアンネに近づく。
 アンネは角を鎖で拘束された頭を必死で振り、拒絶を表すが――。

「や、やめ――ああぁぁぁつっっ!!??」

 暖かな温もりが左足に注がれると共に、沸き起こる痛烈な熱。
 無理やり傷口を塞ごうとする魔法の力に、冷たい刃が抗っている。
「あら、おもらし? もぉ、乙女がはしたないわねぇ。あ、違うわね。獣混じりだものね、お外で粗相は当然よね」
 ふふふと口元を押さえ微笑んだ漢は、アンネの角に繋がれた鎖を掴んだ。
「短剣はまだまだたくさんあるけど、後何本ほしい?」
 アンネの耳元でささやかれる漢の言。
 しかし、アンネは間近に迫る漢の瞳に向け、刺すような視線を向けた。
「……まぁ、強気な羊さんだこと。そんな射殺すような目つきしちゃって」
 鎖の絡まったアンネの角を、漢は太い指でなぞっていく。
 鍛え抜かれた武人の指。数多の戦場を駆け抜けて来たであろうその指が角を撫でる度、アンネの背筋に言い知れぬ恐怖が奔った。
「まだ折れないのは褒めてあげたいのだけど、痛みで屈しないとなると――同じ乙女としてあまり使いたくない手を使わないといけなくなるわよ?」

「なにを、され、ても、言わないわ……! 諦めて、ちょう、だい!」

「そう。それじゃ――」
 漢は天井からアンネを吊るしている鎖から手を離す。
「折角の綺麗なドレスだけど、あたしにはサイズが小さすぎるのよね。こんどどこの仕立てか教えてくれると嬉しいわっ」
 うふっと満面の笑みを浮かべた漢が、手に遊んでいたナイフをくるりと逆手に持ち、アンネの胸元へとそれを差し込むと――。

「っ!」

 一気に下へ引き裂いた。
「うーん、服の上からもそうかなって思ってたけど、やっぱり男好きしそうな身体じゃないわね」
 裂かれたドレスから覗くアンネの細く白い華奢な体を眺め、漢はつまらなさそうに呟く。
「それにこの下着。毛糸で編んであるの? 温かそうね。――もしかして自分の毛で? いいわね、自前で材料をそろえられるなんて。さすが獣混じりちゃん」
 明らかな侮蔑を含んだ言葉を投げかけてくる漢に、アンネは悔しさに唇を噛んだ。
「あら、これは……」
 と、漢はアンネの首にかけられてあった首飾りに目を止める。
「あら綺麗、夜煌石ね。いいじゃない」
 そう言うと、漢は太い指でアンネの首飾りを器用に外し、自分の胸元に宛がった。

「やめっ……!」

「うん? なーに、これって彼氏からの贈り物だったりした?」

「ち、ちが、う……!」

 こんな状況なのに律儀に答えてしまう。
「まぁどっちでもいいわ」
 漢は興味を無くしたように首飾りをポイっと投げ捨て、アンネに顔を寄せた。
「獣混じり同士、無理やり発情させたコボルドの群れの中にでも放り込んであげたい所だけど、残念ながら用意してないのよね。だから今日は人間で我慢してね?」
 本当に残念そうに語る漢に、アンネは自分の頬が引きつるのを感じる。
「しばらくお風呂に入ってない連中だから、ちょっと臭いけど我慢してね。あ、獣はそんなこと気にしないわね」
 ふふっと、柔らかく微笑んだ漢がアンネの前から一歩下がる。
 代わって後ろから何人もの男達の視線がアンネの身体に注がれた。
「それじゃ、ごゆっくり。あ、話したくなったらいつでも言ってね。あたしは後ろで見てるから」
 ちゅっと投げキッスを寄こした漢が、くるりと踵を返した、その時。

「『キリコ、の時計』……」

 アンネの小さな呟きに漢が足を止めた。
「……」
 漢がアンネにすり寄ろうとした部下達を、腕を上げて止める。
 期待に胸を膨らませていた部下達から不満の声が漏れた。
「どうしてその名前を知っているの? お姉さんに教えてくれないかしら、子羊ちゃん」
 再び部下達を後ろに下がらせ、漢はアンネにグッと顔を寄せる。

「やっぱり、そうなの、ね! 非道な、あなた、たちの、すきに、は、させない、わ!」

「……ふふ、ちょっと興味が出てきたわ。色々お話聞かせてくれる?」
 まんまと誘導尋問に引っかかった漢は自嘲気味に微笑むと、アンネに問いかけた。
「とはいっても、素直に話してくれそうもないし……」
 うーんと唇に人差し指を添え体をくねらす漢は。
「あ、そうだわ」
 何かを思いついたようにわざとらしくポンと手を打った。
 アンネはその仕草に言い知れぬ不安を感じる。そして、漢は口を開くと――。

「子羊ちゃんはヴェルクリエの子だそうね」

「っ!?」

「ふふ、わかりやすい子」
 漢の言葉に目を見開いたアンネ。しまったと視線をそらしてももう遅かった。
「仕立て屋さんと武器屋さんだっけ? いいわね、とっても素敵」
 驚愕に目を見開くアンネを漢は楽しそうに見下ろす。
「まぁ、お宿もやっているの? とっても働き者なのね」
 【テレパス】。きっと後ろの誰かが自分の事を知っていて、この漢に伝達しているんだ。
 アンネは瞬時にそう理解するも、今はそれどころじゃない。何とかしないと、大切な人たちが――。

「や、やめてっ!」

 アンネが大声を上げた途端、激しい眩暈に襲われた。
「もぉ、そんな大声を出して。いっぱい血が流れてるんだから無茶しないのよ?」
 そう、肩と脚に刺さったナイフに広げられた傷からは、ずっと血が流れ続けている。
 ヒールは傷を治せても失った血までは戻らない。
 全身の血が、足りなくなっているんだ。
「それで、どうするの? あたしはどちらでもいいのよ?」
 試す様に問いかけてくる漢の声が愉悦に歪んでいる。
「さぁ、選びなさい。赤の他人の安全か。それとも、大切な人たちの命かを」
 おぞましいまでに口元を歪め問いかけてくる漢の言葉に、アンネの心は――。

「はな、す……」

「なーに? 聞こえないわ」
 漢が耳の後ろに手を当てグッと顔を寄せた。

「話すわっ!」

 再び襲う眩暈に何とか耐え、きっぱりと言葉にしたアンネ。
「あら、お口の利き方がなってないんじゃない?」
 しかし、漢は尚も遊び続ける。

「話します……話し、ますから、お願い……どう、か……!」

「うーん、何をお願いされてるのかしらねぇ? お姉さんわからないわぁ」
 嗜虐心をくすぐられているのであろう漢は身をくねらせた。

 その時、漢の後ろで大きな物音が聞こえた。
 控えていた部下達の悲鳴が聞こえる。漢が舌を打ち離れていった。
 アンネは涙でぼやける視界で、そちらを見る。

「マ、マ……と、姐、さん……?」

 男達の奥に頼もしい人影が見えた気がする。

――どうしてここに。

 声に出そうとしたが、言葉にはならなかった。
 かわりにぐらりと世界が揺れ、アンネエルカは意識を手放したのだった――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0