戦ぎ咲く、鋭き花

キャラクターノベル制作 崎田航輝納品 2024年06月27日 16時08分06秒

「ではそのように」
 清らかな声と共に手を伸ばす。
 そっとペンを握り――エリザベス・ディンは契約書に流麗なサインを記していた。
 都市同盟、郊外の染物工房。
 アーダルベルト商会から離れたその蔵へ、エリザベスが訪れたのは仕事の為だ。
 目的は視察だが、贈答用図案の用意の依頼も兼ねている。
 叢雲を含んだ絞り染めに、型抜き染め。多様な染色技術を前提にした打診は、依頼書一つにも高度な専門知識が窺える。
 その職人への深い理解が、自然と彼らを鼓舞していたろう。依頼は短時間で済む所だった。
「ありがとうございました」
 述べるエリザベスにとって、これは双子の出産後、商人に復帰しての初仕事。
 時間で見ればブランクがあってもおかしくないが――
 周囲がそれを感じる事はない。
 この訪問もエリザベスの取り仕切りで……いつものように順調に、最良の結果が生まれるだけだった。
「期待させて頂きますね」
 エリザベスは言うと、歩行杖を手に立ち上がる。
 その優しくも上品な佇まいは……嫋やかな花を連想させた。

 帰路は長い道をゆく。
 田園も挟む為、馬車であっても近場とは言えない距離だろう。
 それでも、エリザベスは行動を厭わなかった。
 必要なら自身で赴く。この体でも、立場でも。エリザベスの商人としての生き方は決して揺らがなかった。
 ただ――野に出れば無法者の目にも留まる。
 商会謹製の馬車は、機能美に収まらぬ気品がある。
 それを目ざとく見つけたのだろう。石畳が途切れた一角で……唐突に、木陰から人影の集団が現れた。
「止まれ!」
 男達は馬車を素早く囲む。
 数は十人以上。御者も馬を止めるしかなかった。
「動くなよ」
 粗野な声、手にした刃――おそらくは盗賊の類だった。
 その中心の馬車で、エリザベスは……ふと、栗鼠をその手に迎え入れている。それから歩行杖を手に静々と立ち上がっていた。
 御者がはっとする。
「いけません。下がっていて下さい」
 対するエリザベスは、柔らかな笑みを向けていた。
「大丈夫ですよ」
 そしてそのまま馬車を降りてみせる。
 大人しい身振りに、洗練された衣服、歩行杖。
 その姿を見て盗賊達は短く笑いを交わした。貴族の令嬢あたりを相手に、易い仕事が出来るとでも思ったか。
 首領各の男が余裕の顔で見下ろす。
「金目のものと食料を出せ。痛めつけられたくなきゃな」
 簡単な話だろ、と。
 男は言って再度仲間と笑い合おうとした。
 その瞬間だった。
 エリザベスが前振り無しに杖を翳す。直後、その先端で光が弾け、閃光の如く空中に発射された。
 紛う事なき強烈な魔法。
「がっ……!!」
 殴りつける衝撃。
 男は真正面から直撃を受け、宙を舞っていた。
「……!」
 盗賊達が遅れて驚愕する。
 その間にもエリザベスは杖を回し、弧を描いた煌めきを放射。男を地に叩きつけている。
「ち、畜生、こいつ!」
「やれ!」
 彼らはようやく反撃に出るが、実力差は明らか。
「困りますね」
 と、エリザベスが放つ魔法に、暴風に殴られたように弾き飛ばされるだけだった。
 形勢は一方的。
 エリザベスは涼しい顔のまま魔力の塊をぶつけ、鈍い音と悲鳴を幾重にも響かせて――
「た、助けて……、命だけは……」
 彼らの全員が這いつくばり、命乞いを始めた所で……ようやく手を止めたのだった。
 全くもって、短時間の出来事。
「下がってて下さいと言ったのに……」
 やりすぎるのだから、と。御者がぼやきながら降りてくるのも一拍後の事だ。
 エリザベスは微笑みで受け流し、賊を見る。
「あなた達に選択肢を与えましょう」
「な、何だ……」
 息も絶え絶えの男達に、エリザベスは変わらぬ声音で言った。
「一つは公的機関に引き渡される事です。優しい刑罰では済まないでしょうが」
「……」
 予想は出来ていたか、男達は歯噛みする。
「……もう一つは」
「盗賊から足を洗い、街道整備や輸送の仕事につく事です」
 それに盗賊等は顔を見合わす。
「雇う、ってのか?」
「賠償金は十二分に払ってもらいますが。寝食は確保出来るでしょう」
 すると彼らはもう一度見合い……一も二もなく、仕事にありつける道を選ぶのだった。

 戻るエリザベスへ、御者が言葉を向ける。
「最初からこのつもりで?」
 エリザベスはちらと目をやった。
 彼らが生活苦から賊に堕ちた事は、不揃いの身なりや装備から推測出来る。エーテルリンクした栗鼠を偵察に出していれば……きっとそれは、戦う前から。
 ただ長々と説明はしない。
「道路を整備しないと壊れてしまう商品もありますからね――」
 商会が噛むワイン事業。
 それに関わるワイン染め工房。
 全ての展望を見据えるように。
 盗賊騒ぎも、終わってみれば利益がまた一つ。
「そう、ワイン瓶のように」
 言ってエリザベスが見せる微笑みは、穏やかで温和。
 近づかなければ本当の鋭さも判らない程の。十重二十重に花弁をつけた、底の窺えない――美しき花のようだった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0