旋律と、繋いでいくもの
キャラクターノベル制作 崎田航輝納品 2024年06月27日 16時07分00秒
車輪が快いリズムで石畳を噛んでゆく。
青空の下。
街道の先に楽器の音色が聞こえてきて――ルーンス・ラグネルは馬車から軽く身を乗り出していた。
「もうすぐかな」
同盟を発ち数日、王国西部。
懐かしさと共に旋律の源に視線を向ける。
そこに見えるのは知った場所。美しくも愉快な旋律に満ちる、音楽の町だった。
夏の足音が近づく頃。
ルーンスはアーダベルト商会次期会頭の身でありながらも、一処に留まらず……各地の視察を継続していた。
この数日、同盟内だけでも平野部のユームタルトや山間のヴァイスネージュへ訪問。商人として改めて挨拶を交わし見聞を広めている。
そしてその視野は同盟内に収まらず。
この日、予てより書状を交わしていた王国の町エルセントへ訪れたのだった。
通りに入ると、音の距離が一気に縮まる。
弦、鍵盤、打楽器。耳を惹くその調和を味わいながら馬車を降りると……迎えの者が現れた。
町長サンドロだ。
青年らしさを残しながら、少しの精悍さも得たろうか。彼は「お久しぶりです」と礼をして。
「お会いしたかったです。ヴィンス・アーダベルトさん」
「歓迎に感謝いたします」
差し出された手へ、ルーンスも握手。
知った仲ではあるけれど今は町長と商人。公式の交渉に臨む者として、礼節をもって応えていた。
●交渉
町長邸に案内されたルーンスは、その会議室にてサンドロと向き合っていた。
今回訪れた、その用件こそ――
「奉仕活動事業においての、音楽を通じた協力のお願い、ですね」
「はい」
確認するサンドロにルーンスは首肯した。
「本来は責任者の兄が出向く所ですが。冒険者ルーンス・ラグネルとしてこの街の音楽に触れてきた以上、今回は僕が交渉の席に着きたく、お願いいたしました」
言葉が真っ直ぐなのは、それが自身の素直な思いでもあるからだ。
「勿論、今も冒険者として活動している時はルーンス・ラグネルですけど」
そう笑うと、サンドロも頷く。
「ルーンスさんには多大な恩義があります。それに報いたいとは思っていました」
その機会もありませんでしたが、と。
「今、町長としてヴィンスさんに応える事が出来るなら……僕も嬉しいです」
彼もこの再会を望んでいたのだろう。言葉に嘘は無かった。
前向きな姿勢に、ルーンスは確認する。
「協力して頂けますか」
サンドロは力強く、勿論ですと答えていた。
ただ、ルーンスはそこで気を抜かない。
交渉は意思を確認してからが本番だからだ。
「まずは交流会。パーティや遊戯の形式もとりつつ、楽器や演奏会に触れる形が良いと思うのですが」
「場所はどうなりますか?」
「候補を出します。その上で、そちらのご都合を優先出来ればと」
ルーンスは骨子と共に、サンドロの意を汲める形になる事を伝えていく。
「短期滞在については?」
「最初は少人数で、希望があればまた募る想定です」
「問題なさそうですね」
と、サンドロはどの提案にも好感触。
外との交流は町にとっても意義ある事。これが新しい風にもなる……そう思えるだけの期待感もルーンスの提案にはあったのだ。
そうしてルーンスが最後に触れたのが――
「交換留学の件ですが」
楽器職人の育成を目的としたもので……兄が構想する商人や職人の養成学校の、先駆けとなる案の一つだ。
長い目で見る話だが――サンドロはこれにも前向きだった。
町の代表的な職人も同席したが、彼らも方向性は同じ。
「こちらで受け入れる事は出来ます。熱量があるなら技術の継承は吝かじゃない」
拠点を動く側になると大変そうだけれど、と彼らが零すと……ルーンスは即座に言った。
「必要な場合、移動手段は用意します。滞在や宿泊についてもこちらで」
「町側からも、いつでも」
と、サンドロも言葉を添える。
それで二人の本気も伝わったろう、職人達も了承の旨を口にしていた。
●旋律
その後、ルーンスは町の視察を願い出た。
そこにサンドロも案内を申し出て……涼風の中を共に歩む。
すると耳朶に届くのが軽やかな音楽。
踊りながら笛を吹き、鍵盤を弾く――そんな子供達の笑顔が町の活気を表していた。
「更に賑やかになりましたか」
「ええ」
二人の言葉には経済的な意味もある。
人波、繁盛する店々、国外からの観光客。それらが好景気を伝えていた。
「今も演奏会を?」
「はい。皆さんに教えて頂いた形を参考に、定期的に」
ルーンスは成程と頷いた、それこそが観光資源なのだろう。
何より、ここには質の高い商品もある。
「エルセントの楽器も各地で目にしますよ」
「嬉しい事です」
町の空気は明るい。
だから、というだけではないだろう。町に来てから今まで……前向きで明朗な、とあるメロディが目立って聞こえていた。
「あの曲は――」
ルーンスはそれを知っている。
既視感ではなく、浮かぶ情感が記憶にあったのだ。
サンドロは「ええ」と頷く。
それは音を巡るあの旅の後――ルーンスの提案によって作られた曲なのだ、と。
「“音楽の物語”という名で、今では町を代表する曲です」
町のルーツでもある弦楽曲と共に、道角でも演奏会でも、まずはそれを奏でるのが定番になっていると言った。
それを源流に、物語を題材にした曲が今の流行だとも言う。
「町の新しい文化なのですね」
ルーンスは呟き耳を澄ます。
――戦禍を偲ぶ曲。
――平和を喜ぶ旋律。
――未来への希望を歌う人。
確かに、前には無かった新たな音楽が町を彩っている。
何か一つでも欠けていたら、そこに無かった音色。それはとても貴重なものだとルーンスは思った。
帰り際、ルーンスは楽器店を眺めて尋ねる。
「おもちゃの木琴って、どこかにありますか?」
「子供用のようなものですか?」
問うたサンドロに、ルーンスはええと応える。
「できれば2つ。まだ早いと思いますけど、僕の子に」
「子、というと――」
視線にルーンスは頷いた。つい先日、父親になったのだ、と。
サンドロはここばかりは素直な驚きと笑顔を見せた。
「おめでとうございます!」
素敵なお子様なのでしょう、と。
言う彼に、ルーンスはそうですねと穏やかに笑む。
「瞳の色が兄と同じなのがいい」
思い浮かべるように目を閉じて。
「僕と兄が掴んだ結果であり、僕の妻が譲らなかったからこそ崩れなかった象徴というところです」
「いつか、お子様のお顔も拝見したいです」
「同盟へ訪れた際には、ぜひ」
そんなやりとりの中……サンドロが「そういえば」と見やる。
「生まれたばかりとなれば、色々と大変でしょう。ご夫人のお傍には、ついておられなくても?」
と、それに対し――ルーンスは不意に真顔を見せた。
「稼いで来いって叩き出されました」
「成程……」
夫婦の強さの一端を、感じ取った為か。多くを語らず、サンドロは大きく頷くのだった。
そうして次の訪問の約束も取り付けて、ルーンスは帰路へ。
手に入れた木琴と共に馬車へ乗れば……町の音楽が遠ざかり始めた。
旋律に一度振り返る。
音楽の物語。仲間と共にこの町に出会い旅して生まれた曲だ。
魅力的な音楽は人を集め、多くを伝える。
それが新たな何かを紡いでいく。
(音楽は――)
縁に似ている、とルーンスは思った。
時々で聞こえ方も見え方も異なる。けれど心が通じ、形さえ過たなければ皆が残していこうと思えるのだ。
その快い音色をこれからもずっと。
思いと共に、ルーンスは再び前を向いた。
青空の下。
街道の先に楽器の音色が聞こえてきて――ルーンス・ラグネルは馬車から軽く身を乗り出していた。
「もうすぐかな」
同盟を発ち数日、王国西部。
懐かしさと共に旋律の源に視線を向ける。
そこに見えるのは知った場所。美しくも愉快な旋律に満ちる、音楽の町だった。
夏の足音が近づく頃。
ルーンスはアーダベルト商会次期会頭の身でありながらも、一処に留まらず……各地の視察を継続していた。
この数日、同盟内だけでも平野部のユームタルトや山間のヴァイスネージュへ訪問。商人として改めて挨拶を交わし見聞を広めている。
そしてその視野は同盟内に収まらず。
この日、予てより書状を交わしていた王国の町エルセントへ訪れたのだった。
通りに入ると、音の距離が一気に縮まる。
弦、鍵盤、打楽器。耳を惹くその調和を味わいながら馬車を降りると……迎えの者が現れた。
町長サンドロだ。
青年らしさを残しながら、少しの精悍さも得たろうか。彼は「お久しぶりです」と礼をして。
「お会いしたかったです。ヴィンス・アーダベルトさん」
「歓迎に感謝いたします」
差し出された手へ、ルーンスも握手。
知った仲ではあるけれど今は町長と商人。公式の交渉に臨む者として、礼節をもって応えていた。
●交渉
町長邸に案内されたルーンスは、その会議室にてサンドロと向き合っていた。
今回訪れた、その用件こそ――
「奉仕活動事業においての、音楽を通じた協力のお願い、ですね」
「はい」
確認するサンドロにルーンスは首肯した。
「本来は責任者の兄が出向く所ですが。冒険者ルーンス・ラグネルとしてこの街の音楽に触れてきた以上、今回は僕が交渉の席に着きたく、お願いいたしました」
言葉が真っ直ぐなのは、それが自身の素直な思いでもあるからだ。
「勿論、今も冒険者として活動している時はルーンス・ラグネルですけど」
そう笑うと、サンドロも頷く。
「ルーンスさんには多大な恩義があります。それに報いたいとは思っていました」
その機会もありませんでしたが、と。
「今、町長としてヴィンスさんに応える事が出来るなら……僕も嬉しいです」
彼もこの再会を望んでいたのだろう。言葉に嘘は無かった。
前向きな姿勢に、ルーンスは確認する。
「協力して頂けますか」
サンドロは力強く、勿論ですと答えていた。
ただ、ルーンスはそこで気を抜かない。
交渉は意思を確認してからが本番だからだ。
「まずは交流会。パーティや遊戯の形式もとりつつ、楽器や演奏会に触れる形が良いと思うのですが」
「場所はどうなりますか?」
「候補を出します。その上で、そちらのご都合を優先出来ればと」
ルーンスは骨子と共に、サンドロの意を汲める形になる事を伝えていく。
「短期滞在については?」
「最初は少人数で、希望があればまた募る想定です」
「問題なさそうですね」
と、サンドロはどの提案にも好感触。
外との交流は町にとっても意義ある事。これが新しい風にもなる……そう思えるだけの期待感もルーンスの提案にはあったのだ。
そうしてルーンスが最後に触れたのが――
「交換留学の件ですが」
楽器職人の育成を目的としたもので……兄が構想する商人や職人の養成学校の、先駆けとなる案の一つだ。
長い目で見る話だが――サンドロはこれにも前向きだった。
町の代表的な職人も同席したが、彼らも方向性は同じ。
「こちらで受け入れる事は出来ます。熱量があるなら技術の継承は吝かじゃない」
拠点を動く側になると大変そうだけれど、と彼らが零すと……ルーンスは即座に言った。
「必要な場合、移動手段は用意します。滞在や宿泊についてもこちらで」
「町側からも、いつでも」
と、サンドロも言葉を添える。
それで二人の本気も伝わったろう、職人達も了承の旨を口にしていた。
●旋律
その後、ルーンスは町の視察を願い出た。
そこにサンドロも案内を申し出て……涼風の中を共に歩む。
すると耳朶に届くのが軽やかな音楽。
踊りながら笛を吹き、鍵盤を弾く――そんな子供達の笑顔が町の活気を表していた。
「更に賑やかになりましたか」
「ええ」
二人の言葉には経済的な意味もある。
人波、繁盛する店々、国外からの観光客。それらが好景気を伝えていた。
「今も演奏会を?」
「はい。皆さんに教えて頂いた形を参考に、定期的に」
ルーンスは成程と頷いた、それこそが観光資源なのだろう。
何より、ここには質の高い商品もある。
「エルセントの楽器も各地で目にしますよ」
「嬉しい事です」
町の空気は明るい。
だから、というだけではないだろう。町に来てから今まで……前向きで明朗な、とあるメロディが目立って聞こえていた。
「あの曲は――」
ルーンスはそれを知っている。
既視感ではなく、浮かぶ情感が記憶にあったのだ。
サンドロは「ええ」と頷く。
それは音を巡るあの旅の後――ルーンスの提案によって作られた曲なのだ、と。
「“音楽の物語”という名で、今では町を代表する曲です」
町のルーツでもある弦楽曲と共に、道角でも演奏会でも、まずはそれを奏でるのが定番になっていると言った。
それを源流に、物語を題材にした曲が今の流行だとも言う。
「町の新しい文化なのですね」
ルーンスは呟き耳を澄ます。
――戦禍を偲ぶ曲。
――平和を喜ぶ旋律。
――未来への希望を歌う人。
確かに、前には無かった新たな音楽が町を彩っている。
何か一つでも欠けていたら、そこに無かった音色。それはとても貴重なものだとルーンスは思った。
帰り際、ルーンスは楽器店を眺めて尋ねる。
「おもちゃの木琴って、どこかにありますか?」
「子供用のようなものですか?」
問うたサンドロに、ルーンスはええと応える。
「できれば2つ。まだ早いと思いますけど、僕の子に」
「子、というと――」
視線にルーンスは頷いた。つい先日、父親になったのだ、と。
サンドロはここばかりは素直な驚きと笑顔を見せた。
「おめでとうございます!」
素敵なお子様なのでしょう、と。
言う彼に、ルーンスはそうですねと穏やかに笑む。
「瞳の色が兄と同じなのがいい」
思い浮かべるように目を閉じて。
「僕と兄が掴んだ結果であり、僕の妻が譲らなかったからこそ崩れなかった象徴というところです」
「いつか、お子様のお顔も拝見したいです」
「同盟へ訪れた際には、ぜひ」
そんなやりとりの中……サンドロが「そういえば」と見やる。
「生まれたばかりとなれば、色々と大変でしょう。ご夫人のお傍には、ついておられなくても?」
と、それに対し――ルーンスは不意に真顔を見せた。
「稼いで来いって叩き出されました」
「成程……」
夫婦の強さの一端を、感じ取った為か。多くを語らず、サンドロは大きく頷くのだった。
そうして次の訪問の約束も取り付けて、ルーンスは帰路へ。
手に入れた木琴と共に馬車へ乗れば……町の音楽が遠ざかり始めた。
旋律に一度振り返る。
音楽の物語。仲間と共にこの町に出会い旅して生まれた曲だ。
魅力的な音楽は人を集め、多くを伝える。
それが新たな何かを紡いでいく。
(音楽は――)
縁に似ている、とルーンスは思った。
時々で聞こえ方も見え方も異なる。けれど心が通じ、形さえ過たなければ皆が残していこうと思えるのだ。
その快い音色をこれからもずっと。
思いと共に、ルーンスは再び前を向いた。