約束の仕事
キャラクターノベル制作 空色みなも納品 2024年06月10日 00時52分20秒
●
あの時の約束、覚えておられますか?
ええ、本日はそれを果たして頂こうと思いまして――。
●
「そうか、あの嬢ちゃんがついにねぇ――」
ヴァンゲルス・ロッドが遠くの空を見つめるように、目を細めていた。
その金の瞳が映す空は、青から紫を介して茜色に染まっていて。
まるで彼の内で入り混じる、様々な想いを表しているかのようであった。
カーリィ・ブロンド。
それが先程、ヴァンゲルスが嬢ちゃんと呼んだ者の名だ。
巻き毛で金髪の、可愛らしい娘であった。
それが今では立派な大人の女性である。
だから、ヴァンゲルスも最近では彼女をカーリィの名で呼んでいた。
それでも、今度ばかりは嬢ちゃん呼びが口をついて出た。
これまでの歩みが、思い出されてならなかったから。
二人が出会ったのは、カーリィがパンクリアース学園に通う学生だった頃。
卓上遊戯部にちょっかいをかけていたカーリィと、一緒に遊戯のテーブルを囲んで欲しい――。
そんな依頼を、冒険者のヴァンゲルスが受けたのがきっかけだった。
初めはツンと澄ましたような態度で表面を覆っていたカーリィも、冒険者たちと共に過ごすうち徐々に打ち解けて。
気づけば、少女らしい素直な一面を覗かせるようにもなっていた。
好ましいと、そう思った。
年齢差、そしてなにより身分の差。
それさえなければ、あるいは――。
そこまで思考を巡らせたところで、ヴァンゲルスはふっと息を吐いて首を横に振った。
王国の街並みを歩く彼の足は、酒場に向いている。
しかし、何もこれから飲んだくれようというわけではない。
あいにく、酒に溺れるような趣味はないのである。
仕事の時間だ。
そう、彼は情報屋としてカーリィの力になると約束した。
ゆえに、自らの手で調査する。
カーリィの結婚相手として、名前が挙がった貴族の青年を――。
●
「なんだ、浮かない顔をするじゃねぇか」
ヴァンゲルスには分かった。
自分の目の前にいる令嬢が、笑顔の裏に微かな憂いを湛えているのを。
「ヴァンさんには、そのように見えまして?」
「ああ。問題があって欲しかった――まるで、そう顔に書いてあるみてぇだぜ」
屋敷で待機するカーリィにもたらされた、ヴァンゲルスからの調査報告。
それは、かの青年が生涯の伴侶として申し分ないことを示していた。
ヴァンゲルスの調査力が導き出した結論だ。
そこに疑いを挟む余地はない。
特にヴァンゲルスに厚い信を置くカーリィならば、そう思っていることだろう。
「――ええ、分かっております。かつて父が領地の財政のためにと決めた相手とは、比べるまでもないと」
これも、カーリィの血がにじむような努力の成果であった。
財政難に陥った領地を立て直し、金銀と引き換えのように他家へ嫁がされるのを取りやめさせることができたのだから。
代わりに、人物として敬意を持てる結婚相手を選ぶだけの余裕ができた。
このことは、喜ばしいはずだ。
ならば、何故カーリィは斯様に複雑な表情をしなければならなかったのか。
「わたくしも、いよいよ踏ん切りをつけなければならない時が来たのですわね」
その言葉は、カーリィに未練が存在することを表していた。
ヴァンゲルスにも、心当たりがある。
彼がカーリィを好く思っていたように、彼女もまた――。
それを単なるヴァンゲルスの自惚れと呼ぶには、あまりにも材料がありすぎる。
だが、あえて口にするのは野暮にも思えた。
「そうだな。人生、勝負に出なきゃならねぇ時っていうのはいつか来る」
ヴァンゲルスの手で、金属の弾かれる音がする。
古びた硬貨が、宙を舞い。
ヴァンゲルスの手に再び収まった。
「コインの表と裏は、同時には出ねぇんだ」
指先でコインをくるくると弄びながら、ヴァンゲルスがしみじみと口にする。
「これも数ある可能性たちの中のひとつに過ぎねぇかもしれねぇ。あるいは、他の可能性もあり得たかもな――俺だって、そう思う」
ヴァンゲルスの言う可能性の中には。
二人が同じ道を歩む未来も含まれていたのだろう。
そのための障害を乗り越えることが、実際にできたかどうかは分からない。
ヴァンゲルス自身、その勝負には乗らなかった。
彼には賭けるべき道が、他にあったこともある。
しかしなにより、険しい道にカーリィを付き合わせることへの抵抗もあったかもしれない。
カーリィの往く道に幸あるならば。
そこになんの不満がありえようか。
「だが、これは確かにお前さんの選び取った道なんだ。だから、胸を張って歩いて欲しい――幸せになりな、カーリィ」
ヴァンゲルスの言葉を聞いて、カーリィは改めて笑みを浮かべた。
その瞳に、今度は一切の曇りはなく――。
「ねぇ、ヴァンさん。わたくしと握手してくださいませんこと?」
そう言ってカーリィが差し出した手をヴァンゲルスが目を丸くして見て、そしてくつくつと愉快そうに笑う。
「いいのか? 親父に知られると怒られるんじゃなかったか?」
「この場にお父様はいらっしゃいませんから」
どこかで聞いたようなやりとりをした二人の手は、しっかりと固く結ばれた。
(大きくなったな……色々と)
ヴァンゲルスは思い出していた。
かつて同じように握った、カーリィの手を。
カーリィは成長している。
身体的にも大人になったが、精神的にもだ。
今や清濁併せ呑むことを覚えた、立派な貴族の女性である。
ヴァンゲルスは願う。
カーリィの幸福を、心から。
重なり合った手が、ほどける。
「あとは――わたくしたちと言えば、やることは決まっておりますわよね?」
その様子を名残惜しそうに見つめていたカーリィであったが、やがて声も明るく言い放った。
「ああ、湿っぽいのは俺たちにゃ似合わねぇ。楽しく打ち上げ、といこうや」
それを聞いたヴァンゲルスが、ニッと口の端を上げる。
カーリィが持ち出した箱に詰まっていたのは、色とりどりのダイスと、何枚ものタイル。
彼らを引き合わせたのは、他ならぬ卓上遊戯の存在だから。
「好きな色のダイスを選んでくださいませ」
カーリィに促され、ヴァンゲルスが箱から取り出したダイス。
それに倣って、カーリィも選んだ。
二人にとって、思い出の色を。
「やはり覚えていたか」
「ええ、もちろんですわ」
ヴァンゲルスとカーリィ、二人の笑い声が部屋に響く。
それからしばらくの間、カーリィの部屋は、ダイスの転がる音と二人の歓声で満たされた。
その時、ヴァンゲルスの目に映っていたのは。
出会った頃と何も変わらない、そのままの『嬢ちゃん』だった。
●
これは、あり得たひとつの可能性。
二人は、この未来を迎えたかもしれないし。
また別の未来に辿り着いたかもしれない。
実際にどうなるかは、コインを投げてみるまで分からない――。
あの時の約束、覚えておられますか?
ええ、本日はそれを果たして頂こうと思いまして――。
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「そうか、あの嬢ちゃんがついにねぇ――」
ヴァンゲルス・ロッドが遠くの空を見つめるように、目を細めていた。
その金の瞳が映す空は、青から紫を介して茜色に染まっていて。
まるで彼の内で入り混じる、様々な想いを表しているかのようであった。
カーリィ・ブロンド。
それが先程、ヴァンゲルスが嬢ちゃんと呼んだ者の名だ。
巻き毛で金髪の、可愛らしい娘であった。
それが今では立派な大人の女性である。
だから、ヴァンゲルスも最近では彼女をカーリィの名で呼んでいた。
それでも、今度ばかりは嬢ちゃん呼びが口をついて出た。
これまでの歩みが、思い出されてならなかったから。
二人が出会ったのは、カーリィがパンクリアース学園に通う学生だった頃。
卓上遊戯部にちょっかいをかけていたカーリィと、一緒に遊戯のテーブルを囲んで欲しい――。
そんな依頼を、冒険者のヴァンゲルスが受けたのがきっかけだった。
初めはツンと澄ましたような態度で表面を覆っていたカーリィも、冒険者たちと共に過ごすうち徐々に打ち解けて。
気づけば、少女らしい素直な一面を覗かせるようにもなっていた。
好ましいと、そう思った。
年齢差、そしてなにより身分の差。
それさえなければ、あるいは――。
そこまで思考を巡らせたところで、ヴァンゲルスはふっと息を吐いて首を横に振った。
王国の街並みを歩く彼の足は、酒場に向いている。
しかし、何もこれから飲んだくれようというわけではない。
あいにく、酒に溺れるような趣味はないのである。
仕事の時間だ。
そう、彼は情報屋としてカーリィの力になると約束した。
ゆえに、自らの手で調査する。
カーリィの結婚相手として、名前が挙がった貴族の青年を――。
●
「なんだ、浮かない顔をするじゃねぇか」
ヴァンゲルスには分かった。
自分の目の前にいる令嬢が、笑顔の裏に微かな憂いを湛えているのを。
「ヴァンさんには、そのように見えまして?」
「ああ。問題があって欲しかった――まるで、そう顔に書いてあるみてぇだぜ」
屋敷で待機するカーリィにもたらされた、ヴァンゲルスからの調査報告。
それは、かの青年が生涯の伴侶として申し分ないことを示していた。
ヴァンゲルスの調査力が導き出した結論だ。
そこに疑いを挟む余地はない。
特にヴァンゲルスに厚い信を置くカーリィならば、そう思っていることだろう。
「――ええ、分かっております。かつて父が領地の財政のためにと決めた相手とは、比べるまでもないと」
これも、カーリィの血がにじむような努力の成果であった。
財政難に陥った領地を立て直し、金銀と引き換えのように他家へ嫁がされるのを取りやめさせることができたのだから。
代わりに、人物として敬意を持てる結婚相手を選ぶだけの余裕ができた。
このことは、喜ばしいはずだ。
ならば、何故カーリィは斯様に複雑な表情をしなければならなかったのか。
「わたくしも、いよいよ踏ん切りをつけなければならない時が来たのですわね」
その言葉は、カーリィに未練が存在することを表していた。
ヴァンゲルスにも、心当たりがある。
彼がカーリィを好く思っていたように、彼女もまた――。
それを単なるヴァンゲルスの自惚れと呼ぶには、あまりにも材料がありすぎる。
だが、あえて口にするのは野暮にも思えた。
「そうだな。人生、勝負に出なきゃならねぇ時っていうのはいつか来る」
ヴァンゲルスの手で、金属の弾かれる音がする。
古びた硬貨が、宙を舞い。
ヴァンゲルスの手に再び収まった。
「コインの表と裏は、同時には出ねぇんだ」
指先でコインをくるくると弄びながら、ヴァンゲルスがしみじみと口にする。
「これも数ある可能性たちの中のひとつに過ぎねぇかもしれねぇ。あるいは、他の可能性もあり得たかもな――俺だって、そう思う」
ヴァンゲルスの言う可能性の中には。
二人が同じ道を歩む未来も含まれていたのだろう。
そのための障害を乗り越えることが、実際にできたかどうかは分からない。
ヴァンゲルス自身、その勝負には乗らなかった。
彼には賭けるべき道が、他にあったこともある。
しかしなにより、険しい道にカーリィを付き合わせることへの抵抗もあったかもしれない。
カーリィの往く道に幸あるならば。
そこになんの不満がありえようか。
「だが、これは確かにお前さんの選び取った道なんだ。だから、胸を張って歩いて欲しい――幸せになりな、カーリィ」
ヴァンゲルスの言葉を聞いて、カーリィは改めて笑みを浮かべた。
その瞳に、今度は一切の曇りはなく――。
「ねぇ、ヴァンさん。わたくしと握手してくださいませんこと?」
そう言ってカーリィが差し出した手をヴァンゲルスが目を丸くして見て、そしてくつくつと愉快そうに笑う。
「いいのか? 親父に知られると怒られるんじゃなかったか?」
「この場にお父様はいらっしゃいませんから」
どこかで聞いたようなやりとりをした二人の手は、しっかりと固く結ばれた。
(大きくなったな……色々と)
ヴァンゲルスは思い出していた。
かつて同じように握った、カーリィの手を。
カーリィは成長している。
身体的にも大人になったが、精神的にもだ。
今や清濁併せ呑むことを覚えた、立派な貴族の女性である。
ヴァンゲルスは願う。
カーリィの幸福を、心から。
重なり合った手が、ほどける。
「あとは――わたくしたちと言えば、やることは決まっておりますわよね?」
その様子を名残惜しそうに見つめていたカーリィであったが、やがて声も明るく言い放った。
「ああ、湿っぽいのは俺たちにゃ似合わねぇ。楽しく打ち上げ、といこうや」
それを聞いたヴァンゲルスが、ニッと口の端を上げる。
カーリィが持ち出した箱に詰まっていたのは、色とりどりのダイスと、何枚ものタイル。
彼らを引き合わせたのは、他ならぬ卓上遊戯の存在だから。
「好きな色のダイスを選んでくださいませ」
カーリィに促され、ヴァンゲルスが箱から取り出したダイス。
それに倣って、カーリィも選んだ。
二人にとって、思い出の色を。
「やはり覚えていたか」
「ええ、もちろんですわ」
ヴァンゲルスとカーリィ、二人の笑い声が部屋に響く。
それからしばらくの間、カーリィの部屋は、ダイスの転がる音と二人の歓声で満たされた。
その時、ヴァンゲルスの目に映っていたのは。
出会った頃と何も変わらない、そのままの『嬢ちゃん』だった。
●
これは、あり得たひとつの可能性。
二人は、この未来を迎えたかもしれないし。
また別の未来に辿り着いたかもしれない。
実際にどうなるかは、コインを投げてみるまで分からない――。