恋に浮く月、叶う星
キャラクターノベル(グループ)制作 卯佐乃心月納品 2024年06月16日 12時18分32秒
◆
「そしたら、ね。ミラさんが……あ、ミラさんっていうのは、エルフの冒険者でね」
出来たての夕食を囲んで、サラとだわは今日一日のささやかな報告会をしていた。
「エリスさん、も、手伝ってくれて。あ、エリスさん、っていうのはね」
卓上に上がる話題の多くはサラのもの。
だわは食事を進めながら、一生懸命に話す彼女の声に耳を傾けていた。
(知らない名が増えたな)
だわには騎士団の任務もあり、別行動が増えていた2人。
離れていた間に随分と交流が広がったらしいと、知己の成長を彼は微笑ましく感じていた。
人との出会い。それは、良いことだろう。
そう。良いことのはずだろう。
だが次の言葉に、だわの意識が立ち止まる。
「だから、明日、ギルドまで、イオに会ってくる、ね」
「……イオ?」
「えっと、イオっていうのは」
「いや、分かった。気を付けて行ってこい」
「うん」
(恐らく、深い意味はない……のだろう)
仕事終わりで気が張ったままなせいだ、そう言い聞かせて、胸に過ぎった仄かな違和感をだわは串焼きと共に飲み込んだ。
◆
薄いカーテンを掛けた窓辺に、青白い満月の光が指している。
「ジュジュ、今日もおやすみまで、ちゃんと、いつも通り、だった?」
白く整ったフェレットの毛に頬を埋めながら、布越しの月を見上げるサラ。
その瞳に、勇気を振り絞った一夜を浮かべる。
"好き"の一言を伝えられなくなってしまう前にと、恋心を告げた夜。
「だわおにいちゃんは、家族みたいに、大切だ、って……」
残念ながらその想いは、願った形で受け入れられることは無かった。
「だからわたし、ね……持っていた気持ちを、大事に仕舞うことに、したの。……ひとりでこっそり、泣いちゃったけど。でも、あの夜が最後だよ」
首から提げている月長石のペンダントを握りしめるサラ。
「だわおにいちゃんは、ずっと、わたしのおにいちゃんなのは、変わらないから」
自分の心に言い聞かせるような静かな声色は、まるで祈りのようでもあった。
不意にジュジュが彼女の頬を舐める。
「えへへ、もう大丈夫。わたしはわたしの世界を、作っていかなくちゃ」
◆
朝。
目が覚めると既にサラは出かけた後だった。
「もう行ったのか」
見送りがてら、その辺を巡回しようかと考えていただけに当てが外れた心地だった。
(……イオ。男名だったな。サラが名を呼び捨てる関係……か)
そこまで思索して止めた。
今日から数日、任務明けの休暇を言い渡されているだわ。
サラによってマメに手入れがされた部屋を改めて見回し、ぽつりと呟く。
「やることが無い」
水でも飲むかと、一人分の足音を立ててキッチンへ向かう。
「……静かだな」
唐突に、小幅の足音を待っていた己に気づいた。
(あの時断ってからというもの、少し距離ができたように思う……)
外は快晴。それとは対照的にどこか影が濃く感じる部屋。
(俺の知らないサラか)
花が咲く様な彼女の笑顔。そのビジョンの横で見知らぬ男が彼女を抱き寄せる。
(サラの良さを知ってるのは俺だけ……では、ない……のか)
差し出された想いが、いつまでも自分の物だと自惚れていたのだろうか。
「一体何に焦ってるんだ俺は……これはつまり、そういうことなのか?」
待ってて良いのかと聞いた少女は今、ここには居ない。
―― はて。この家はこんなに青白かっただろうか。
◆
夕暮れ。
「ただいま~」
買い物袋を背に乗せたジュジュと帰宅したサラの声が響く。
「わ、暗い……。だわおにいちゃん、出かけた、のかな」
しばらくは家に居ると聞いていただけに、明かりの無い部屋を前にして思わず固まってしまう。
「ダメダメ。だわおにいちゃんには、おにいちゃんの予定があるんだ、から」
勝手に寂しく思う気持ちを追い出す様に頭を振って、玄関のランタンを灯した。
「帰ったか」
「きゃあっ!」
「くっ……」
「お、おにいちゃん……? なんだぁ」
ぬっと、死角から現れただわ。
衝突は避けられたが、ホッとしたサラは気が抜けた様にその場に座り込んだ。
「明かり、つけないで、どう、したの?」
「すまない、少し考え事をしていた」
そう言って、だわはサラに手を差し伸べる。
大きな手に委ねられた小さな手。
だわは足下に気を付けつつ、部屋に明かりを点けるためその手を離さぬまま移動しようとした。
「……だわおにいちゃん、なにか、あったの?」
違和感を覚える距離感に、恥じらいを越え不安がるサラ。
これまでのだわなら「自分が明かりを点けてくる」と、サラにはその場に残れと言いそうなもの。
「サラ……大事な話がある」
神妙な面持ちで俯くだわ。彼らしくない、その顔は相手から逃げるように逸れている。
「大事なお話、って、なぁに?」
見慣れているはずの大きな瞳が己に向いている。
たかがそれだけだというのに、男は身の置き所を探す様に言葉を手繰る。
(……どう切り出したものか。会話が不得手だと、こういう時に困るな)
(そわそわ、してる……? 珍しい、な……)
心を乱しているだわの手が冷たくなっている事に気づいて、サラはもう片方の手を添えた。
「大丈夫だ、よ。ゆっくりお話、して」
彼の目線の下で、カンテラの限られた明かりがサラの表情を暴く。
庇護してきた少女が、唐突に大人びて見えた。
(行くな)
咄嗟に浮かんだ言葉を握りしめ、努めて理性的に話そうとするだわ。
「すまない、結論から話す」
「う、うん」
彼に倣い、サラも覚悟を決めた様に表情を引き締める。
静かな部屋の中で、深く呼吸する音がやけに響いている。
「俺にはサラが必要だ」
サラは真意を探るように僅かに首を傾げた。
彼は言葉を重ねる。
「同居人としてじゃなく……その、共に歩むパートナーとして、どうか隣に……」
最後の方は声が震えていた様だった。
「……えっ?! そ、それって……えっと、その……」
思ってもみなかった突然の告白に、口をぽかんと開け固まるサラ。
ゆっくり深呼吸をして、今し方だわから告げられた言葉を何度も反芻していく。
(パートナー? って……お嫁、さん!?)
そう理解した瞬間に、顔も耳も、火が出るほど真っ赤になった。
彼女の鼻の奥がツンと痛み始める。夢ではないのだ。
「ほんとうに?」
「サラの気持ちを知ってからずっと考えていた。俺じゃなく他の誰かと歩む方がサラは幸せになれるだろうと、思っていたのに……他に相手ができると思うと……」
「おもう、と?」
「……すまない、上手く言えない」
一人残された部屋の寒さ。後悔。目の前の少女の温もりを手放せない自分。
妹分が兄離れしていく寂しさとは違う感情。
それは、簡単に他人になってしまう恐ろしさに近い感情。
―― つまり。
「つまり、好き、なのだと思う。あの時サラが言ったのと、おそらく同じ意味で」
仕舞い込もうとしていたサラの恋心が燦然と輝いた。
「わたし……だわおにいちゃんを、いちばん好きなままでいて、いいの?」
「ああ」
「……嬉しい」
翡翠の瞳から、一筋の涙が頬に伝う。
それまで大人しかったジュジュが、涙を舐めようと体を伸ばすのをだわが止める。
涙は彼の固い指先が拭った。そして、だわは確認するように静かに問う。
「まだ……間に合う、か?」
「……っ」
堰を切ったように泣きじゃくるサラ。
言葉にならない返事の代わりに、サラはだわにしがみつき、温かな涙をぽろぽろと零しながら頷くのだった。
「そしたら、ね。ミラさんが……あ、ミラさんっていうのは、エルフの冒険者でね」
出来たての夕食を囲んで、サラとだわは今日一日のささやかな報告会をしていた。
「エリスさん、も、手伝ってくれて。あ、エリスさん、っていうのはね」
卓上に上がる話題の多くはサラのもの。
だわは食事を進めながら、一生懸命に話す彼女の声に耳を傾けていた。
(知らない名が増えたな)
だわには騎士団の任務もあり、別行動が増えていた2人。
離れていた間に随分と交流が広がったらしいと、知己の成長を彼は微笑ましく感じていた。
人との出会い。それは、良いことだろう。
そう。良いことのはずだろう。
だが次の言葉に、だわの意識が立ち止まる。
「だから、明日、ギルドまで、イオに会ってくる、ね」
「……イオ?」
「えっと、イオっていうのは」
「いや、分かった。気を付けて行ってこい」
「うん」
(恐らく、深い意味はない……のだろう)
仕事終わりで気が張ったままなせいだ、そう言い聞かせて、胸に過ぎった仄かな違和感をだわは串焼きと共に飲み込んだ。
◆
薄いカーテンを掛けた窓辺に、青白い満月の光が指している。
「ジュジュ、今日もおやすみまで、ちゃんと、いつも通り、だった?」
白く整ったフェレットの毛に頬を埋めながら、布越しの月を見上げるサラ。
その瞳に、勇気を振り絞った一夜を浮かべる。
"好き"の一言を伝えられなくなってしまう前にと、恋心を告げた夜。
「だわおにいちゃんは、家族みたいに、大切だ、って……」
残念ながらその想いは、願った形で受け入れられることは無かった。
「だからわたし、ね……持っていた気持ちを、大事に仕舞うことに、したの。……ひとりでこっそり、泣いちゃったけど。でも、あの夜が最後だよ」
首から提げている月長石のペンダントを握りしめるサラ。
「だわおにいちゃんは、ずっと、わたしのおにいちゃんなのは、変わらないから」
自分の心に言い聞かせるような静かな声色は、まるで祈りのようでもあった。
不意にジュジュが彼女の頬を舐める。
「えへへ、もう大丈夫。わたしはわたしの世界を、作っていかなくちゃ」
◆
朝。
目が覚めると既にサラは出かけた後だった。
「もう行ったのか」
見送りがてら、その辺を巡回しようかと考えていただけに当てが外れた心地だった。
(……イオ。男名だったな。サラが名を呼び捨てる関係……か)
そこまで思索して止めた。
今日から数日、任務明けの休暇を言い渡されているだわ。
サラによってマメに手入れがされた部屋を改めて見回し、ぽつりと呟く。
「やることが無い」
水でも飲むかと、一人分の足音を立ててキッチンへ向かう。
「……静かだな」
唐突に、小幅の足音を待っていた己に気づいた。
(あの時断ってからというもの、少し距離ができたように思う……)
外は快晴。それとは対照的にどこか影が濃く感じる部屋。
(俺の知らないサラか)
花が咲く様な彼女の笑顔。そのビジョンの横で見知らぬ男が彼女を抱き寄せる。
(サラの良さを知ってるのは俺だけ……では、ない……のか)
差し出された想いが、いつまでも自分の物だと自惚れていたのだろうか。
「一体何に焦ってるんだ俺は……これはつまり、そういうことなのか?」
待ってて良いのかと聞いた少女は今、ここには居ない。
―― はて。この家はこんなに青白かっただろうか。
◆
夕暮れ。
「ただいま~」
買い物袋を背に乗せたジュジュと帰宅したサラの声が響く。
「わ、暗い……。だわおにいちゃん、出かけた、のかな」
しばらくは家に居ると聞いていただけに、明かりの無い部屋を前にして思わず固まってしまう。
「ダメダメ。だわおにいちゃんには、おにいちゃんの予定があるんだ、から」
勝手に寂しく思う気持ちを追い出す様に頭を振って、玄関のランタンを灯した。
「帰ったか」
「きゃあっ!」
「くっ……」
「お、おにいちゃん……? なんだぁ」
ぬっと、死角から現れただわ。
衝突は避けられたが、ホッとしたサラは気が抜けた様にその場に座り込んだ。
「明かり、つけないで、どう、したの?」
「すまない、少し考え事をしていた」
そう言って、だわはサラに手を差し伸べる。
大きな手に委ねられた小さな手。
だわは足下に気を付けつつ、部屋に明かりを点けるためその手を離さぬまま移動しようとした。
「……だわおにいちゃん、なにか、あったの?」
違和感を覚える距離感に、恥じらいを越え不安がるサラ。
これまでのだわなら「自分が明かりを点けてくる」と、サラにはその場に残れと言いそうなもの。
「サラ……大事な話がある」
神妙な面持ちで俯くだわ。彼らしくない、その顔は相手から逃げるように逸れている。
「大事なお話、って、なぁに?」
見慣れているはずの大きな瞳が己に向いている。
たかがそれだけだというのに、男は身の置き所を探す様に言葉を手繰る。
(……どう切り出したものか。会話が不得手だと、こういう時に困るな)
(そわそわ、してる……? 珍しい、な……)
心を乱しているだわの手が冷たくなっている事に気づいて、サラはもう片方の手を添えた。
「大丈夫だ、よ。ゆっくりお話、して」
彼の目線の下で、カンテラの限られた明かりがサラの表情を暴く。
庇護してきた少女が、唐突に大人びて見えた。
(行くな)
咄嗟に浮かんだ言葉を握りしめ、努めて理性的に話そうとするだわ。
「すまない、結論から話す」
「う、うん」
彼に倣い、サラも覚悟を決めた様に表情を引き締める。
静かな部屋の中で、深く呼吸する音がやけに響いている。
「俺にはサラが必要だ」
サラは真意を探るように僅かに首を傾げた。
彼は言葉を重ねる。
「同居人としてじゃなく……その、共に歩むパートナーとして、どうか隣に……」
最後の方は声が震えていた様だった。
「……えっ?! そ、それって……えっと、その……」
思ってもみなかった突然の告白に、口をぽかんと開け固まるサラ。
ゆっくり深呼吸をして、今し方だわから告げられた言葉を何度も反芻していく。
(パートナー? って……お嫁、さん!?)
そう理解した瞬間に、顔も耳も、火が出るほど真っ赤になった。
彼女の鼻の奥がツンと痛み始める。夢ではないのだ。
「ほんとうに?」
「サラの気持ちを知ってからずっと考えていた。俺じゃなく他の誰かと歩む方がサラは幸せになれるだろうと、思っていたのに……他に相手ができると思うと……」
「おもう、と?」
「……すまない、上手く言えない」
一人残された部屋の寒さ。後悔。目の前の少女の温もりを手放せない自分。
妹分が兄離れしていく寂しさとは違う感情。
それは、簡単に他人になってしまう恐ろしさに近い感情。
―― つまり。
「つまり、好き、なのだと思う。あの時サラが言ったのと、おそらく同じ意味で」
仕舞い込もうとしていたサラの恋心が燦然と輝いた。
「わたし……だわおにいちゃんを、いちばん好きなままでいて、いいの?」
「ああ」
「……嬉しい」
翡翠の瞳から、一筋の涙が頬に伝う。
それまで大人しかったジュジュが、涙を舐めようと体を伸ばすのをだわが止める。
涙は彼の固い指先が拭った。そして、だわは確認するように静かに問う。
「まだ……間に合う、か?」
「……っ」
堰を切ったように泣きじゃくるサラ。
言葉にならない返事の代わりに、サラはだわにしがみつき、温かな涙をぽろぽろと零しながら頷くのだった。