紡いだ縁の先
キャラクターノベル制作 崎田航輝納品 2024年06月08日 00時15分03秒
ランプに照らされた紙面を、ペン先がゆっくりと踊る。
文字が紡がれる度に、快い静けさにそのすべらかな音が響いていた。
夜半。
書斎にてヴィナスは書状を綴っている。
「長すぎても、かな」
読む者の顔を浮かべながら、顎に時折指を当て。その手間をも愉しむように静々と思考する。
既に時間も遅いのは、今日も仕事があったからだ。
同盟の都市ローレラウラ。そこに座する商人として――ヴィナスは帰還後も多忙の日々を極めている。
冒険稼業も続けていればこそ、暇を見つけるのも難しい程だ。
けれど瞳に疲労の翳りはない。
寧ろ、前向きな輝きだけがあるのは……この手紙をしたためるのを楽しみにしていたからだ。
書状は二通。
「これでよし、と」
確認する一通目は、絢酉静霞――シャルガネは臥魅郷の巫女へ宛てたものだ。
――臥魅郷には草木染や木工等……多くの素晴らしい職人が居られます。
――彼らは高い能力だけでなく、学びの意欲も持つ無二の人材であった事も、こちらの記憶には新しいところです。
――それらを活かし互いの技術向上となれば……。
挨拶の後に綴った内容は“交換留学”の打診。期間を設け、互いの技術を学び合う提案だ。
ヴィナスが将来的に構想する、商人や職人の養成学校。その先駆けに、郷の利益にもなるアイデアをまずは伝える形だった。
「さて、こっちは……」
と、綴るもう一通は同盟の町エルムポートの商会長、モクトル・モハへのものだ。
こちらは挨拶の色が強い。
――この度、アーダベルト商会へ戻る事となりましたので、ぜひご連絡を、と筆をとらせて頂きました。
――予てより伝えておりました、本職への転身が叶った形となります。
――つきましては、改めてご挨拶に伺えれば……。
と、内容にはそれ以上の具体的な話はない。
ただ、商人二人が会えばただの挨拶には終わらないだろう。向こうもそれは期待するだろうし、ヴィナスも話題は用意していくつもりだった。
この二通はどちらも、前々から届けたかった内容と相手。
故に筆致は丁寧で、流麗な文章には心がこもる。
ただ、それは単に届くのが楽しみだと思うからだけではない。
商人としての手紙なら、それは一つの事務手続きとも言えるものだけれど――
遠くの距離を隔て、時間をかけて言葉のやり取りをする。そこに多くの意味と意義がある事を、ヴィナスは感じていたのだ。
●出立へ
その書状を送ったのが、結婚して間もなくの頃。
あれから暫く。春の名残が香る折、二通の返信をヴィナスは手にしていた。
「久しぶりだ」
暖かなものを感じるように、手紙に触れて。
ヴィナスは窓から差す光と共に中身に目を通す。
――良き商人の来訪、そして帰還を慶び申し上げます。
――同盟人、そして商いを営む者として。同じ志を抱く貴方よりご挨拶を頂く事に、心を踊らせています。
モクトルの書状はそんな言葉から始まっていた。
礼を欠かず、冗長でなく、そこにはヴィナスを祝う気の利いた文言が並ぶ。
単なる祝辞にも留まらないのは、気概ある商人が正しい立場についた事が嬉しいからだろう。ライバルとしての期待もまた、熱のこもった筆致から読み取れた。
そして……「こちらも会える事を楽しみにしています」とも書かれている。
前向きな証拠に、モクトル自身の近い予定も添えて都合について述べられていた。
「嬉しいね」
ならばヴィナスも、期待に応えるだけ。
「早めに会えそうだ」
と、予定を確認。移動日も合わせて素早く日取りを決めていた。
一方、静霞は品のある、それでいて若者らしい喜色の滲む文体を見せてくれていた。
――お久しぶりで御座います。
――ヴィナス様からの書状、大変うれしく拝読しました。
そんな挨拶の後に、郷を救ってくれた事への改めての礼と……交換留学について「喜んで実施を目指したい」という旨が綴られている。
「よかった」
ヴィナスは笑みを零す。
内の魅力を活かし、外の魅力も取り入れる。郷が今欲するものを具体案として提示された事は、静霞にとって予想以上の福音だったようだ。
近く話もしたいとも書かれており――
「忙しくなるね」
ヴィナスは読み終えるなり準備を開始。
留まっている暇も惜しいとばかり、直近で近場まで出向く用事を選び、そこに郷の訪問を差し込む事にした。
出立は、すぐ後の事だ。
●縁を紡いで
藁葺に瓦、高台の鳥居。
風流なその景色の中へ、ヴィナスは久しい感慨と共に馬車から降り立っていた。
臥魅郷。
シャルガネ南端に近いその人里を歩みだすと――
「ようこそ来てくださいました」
装束姿の巫女、静霞も出迎えに現れていた。
挨拶を交わすと、ヴィナスは料理を振る舞われた後、静霞と郷を歩む。
「以前より、観光客の方々が増えたんです」
あの頃より賑わう道で、静霞は語った。
魅力を活かした宣伝が、成功しているのだろう。屋台や食事処に人が多いのを見れば、ヴィナスには判る。
「食文化から外貨も増え始めてる感じだね」
「はい。今は治安にも問題はありません」
「神社の方はどう?」
高台を仰ぐと、静霞は声を踊らせた。
「参拝に来てくださる方も増えています」
絢酉桜寿の予言の件が、広まった為だろう。
「威光を取り戻せたんだね。重要な事だ」
一方で、郷の空気はヴィナスの予想通りでもある。
観光地の成り立てで、今は賑わっているが郷の中で思いつく事は頭打ち。次の飛躍のためのアイデアや技術が欲しい、といったところか。
故にこそ、静霞は書状の件を歓迎していた。
「交換留学については、職人の皆様にもお話させて頂きました。多くの方が、前向きです」
「それなら、ありがたいね」
ヴィナスは早速、職人の人数や職種を細かく調べ、企画に落とし込み始める。
手際に感嘆しつつ、静霞は素案を見て恐縮もしていた。
「これ程までに多くの助力を頂けるのですか? 人材についても――」
郷が得をしすぎている、と思ったらしい。
対するヴィナスは首を振った。
「相手の利益を考えれば、こちらの利益にもなるんだよ。商売っていうのは本来、互いが得をするからやる事だからね」
その為に惜しむつもりがないだけ、と。
ヴィナスが言うと、静霞は熱心に頷いていた。
「ヴィナス様のように……先々の事、人々の事を考えて初めて発展が叶うのですね。多くを学ばせて頂いています」
「こっちもまだ勉強中だけどね」
確かなのは、見える道があるなら歩むのを躊躇いたくはない、という事。
思いの一端を伝え……自分もまた多くの成果を手にして。ヴィナスは惜しまれながらも郷から帰還していった。
後日、モクトルへの挨拶も済ませたヴィナスは再び書斎にいた。
今もまたペンを手にしているのは……まだまだ書簡を交わしたい相手がいるからである。
「今、どうしているかな――」
例えば、同盟の町ジュメールの長レナンシオ。
あの闘技場の外観が完成間近だという話が届いていて……その後の計画や進捗について聞きたかった。
或いは、エドゥノーグのレストラン「クワイア」の料理長ペッパー。
挨拶だけでなく……外の食材にも興味を示していた彼が、今どんな味を追求しているのかも気になった。
「それから――」
思いと共にペンは走り続ける。
冒険者として得た縁。
商人になった今も、それを終わらせたくはなかったから。紡ぎ続けるため、ヴィナスは言葉を綴っていく。
文字が紡がれる度に、快い静けさにそのすべらかな音が響いていた。
夜半。
書斎にてヴィナスは書状を綴っている。
「長すぎても、かな」
読む者の顔を浮かべながら、顎に時折指を当て。その手間をも愉しむように静々と思考する。
既に時間も遅いのは、今日も仕事があったからだ。
同盟の都市ローレラウラ。そこに座する商人として――ヴィナスは帰還後も多忙の日々を極めている。
冒険稼業も続けていればこそ、暇を見つけるのも難しい程だ。
けれど瞳に疲労の翳りはない。
寧ろ、前向きな輝きだけがあるのは……この手紙をしたためるのを楽しみにしていたからだ。
書状は二通。
「これでよし、と」
確認する一通目は、絢酉静霞――シャルガネは臥魅郷の巫女へ宛てたものだ。
――臥魅郷には草木染や木工等……多くの素晴らしい職人が居られます。
――彼らは高い能力だけでなく、学びの意欲も持つ無二の人材であった事も、こちらの記憶には新しいところです。
――それらを活かし互いの技術向上となれば……。
挨拶の後に綴った内容は“交換留学”の打診。期間を設け、互いの技術を学び合う提案だ。
ヴィナスが将来的に構想する、商人や職人の養成学校。その先駆けに、郷の利益にもなるアイデアをまずは伝える形だった。
「さて、こっちは……」
と、綴るもう一通は同盟の町エルムポートの商会長、モクトル・モハへのものだ。
こちらは挨拶の色が強い。
――この度、アーダベルト商会へ戻る事となりましたので、ぜひご連絡を、と筆をとらせて頂きました。
――予てより伝えておりました、本職への転身が叶った形となります。
――つきましては、改めてご挨拶に伺えれば……。
と、内容にはそれ以上の具体的な話はない。
ただ、商人二人が会えばただの挨拶には終わらないだろう。向こうもそれは期待するだろうし、ヴィナスも話題は用意していくつもりだった。
この二通はどちらも、前々から届けたかった内容と相手。
故に筆致は丁寧で、流麗な文章には心がこもる。
ただ、それは単に届くのが楽しみだと思うからだけではない。
商人としての手紙なら、それは一つの事務手続きとも言えるものだけれど――
遠くの距離を隔て、時間をかけて言葉のやり取りをする。そこに多くの意味と意義がある事を、ヴィナスは感じていたのだ。
●出立へ
その書状を送ったのが、結婚して間もなくの頃。
あれから暫く。春の名残が香る折、二通の返信をヴィナスは手にしていた。
「久しぶりだ」
暖かなものを感じるように、手紙に触れて。
ヴィナスは窓から差す光と共に中身に目を通す。
――良き商人の来訪、そして帰還を慶び申し上げます。
――同盟人、そして商いを営む者として。同じ志を抱く貴方よりご挨拶を頂く事に、心を踊らせています。
モクトルの書状はそんな言葉から始まっていた。
礼を欠かず、冗長でなく、そこにはヴィナスを祝う気の利いた文言が並ぶ。
単なる祝辞にも留まらないのは、気概ある商人が正しい立場についた事が嬉しいからだろう。ライバルとしての期待もまた、熱のこもった筆致から読み取れた。
そして……「こちらも会える事を楽しみにしています」とも書かれている。
前向きな証拠に、モクトル自身の近い予定も添えて都合について述べられていた。
「嬉しいね」
ならばヴィナスも、期待に応えるだけ。
「早めに会えそうだ」
と、予定を確認。移動日も合わせて素早く日取りを決めていた。
一方、静霞は品のある、それでいて若者らしい喜色の滲む文体を見せてくれていた。
――お久しぶりで御座います。
――ヴィナス様からの書状、大変うれしく拝読しました。
そんな挨拶の後に、郷を救ってくれた事への改めての礼と……交換留学について「喜んで実施を目指したい」という旨が綴られている。
「よかった」
ヴィナスは笑みを零す。
内の魅力を活かし、外の魅力も取り入れる。郷が今欲するものを具体案として提示された事は、静霞にとって予想以上の福音だったようだ。
近く話もしたいとも書かれており――
「忙しくなるね」
ヴィナスは読み終えるなり準備を開始。
留まっている暇も惜しいとばかり、直近で近場まで出向く用事を選び、そこに郷の訪問を差し込む事にした。
出立は、すぐ後の事だ。
●縁を紡いで
藁葺に瓦、高台の鳥居。
風流なその景色の中へ、ヴィナスは久しい感慨と共に馬車から降り立っていた。
臥魅郷。
シャルガネ南端に近いその人里を歩みだすと――
「ようこそ来てくださいました」
装束姿の巫女、静霞も出迎えに現れていた。
挨拶を交わすと、ヴィナスは料理を振る舞われた後、静霞と郷を歩む。
「以前より、観光客の方々が増えたんです」
あの頃より賑わう道で、静霞は語った。
魅力を活かした宣伝が、成功しているのだろう。屋台や食事処に人が多いのを見れば、ヴィナスには判る。
「食文化から外貨も増え始めてる感じだね」
「はい。今は治安にも問題はありません」
「神社の方はどう?」
高台を仰ぐと、静霞は声を踊らせた。
「参拝に来てくださる方も増えています」
絢酉桜寿の予言の件が、広まった為だろう。
「威光を取り戻せたんだね。重要な事だ」
一方で、郷の空気はヴィナスの予想通りでもある。
観光地の成り立てで、今は賑わっているが郷の中で思いつく事は頭打ち。次の飛躍のためのアイデアや技術が欲しい、といったところか。
故にこそ、静霞は書状の件を歓迎していた。
「交換留学については、職人の皆様にもお話させて頂きました。多くの方が、前向きです」
「それなら、ありがたいね」
ヴィナスは早速、職人の人数や職種を細かく調べ、企画に落とし込み始める。
手際に感嘆しつつ、静霞は素案を見て恐縮もしていた。
「これ程までに多くの助力を頂けるのですか? 人材についても――」
郷が得をしすぎている、と思ったらしい。
対するヴィナスは首を振った。
「相手の利益を考えれば、こちらの利益にもなるんだよ。商売っていうのは本来、互いが得をするからやる事だからね」
その為に惜しむつもりがないだけ、と。
ヴィナスが言うと、静霞は熱心に頷いていた。
「ヴィナス様のように……先々の事、人々の事を考えて初めて発展が叶うのですね。多くを学ばせて頂いています」
「こっちもまだ勉強中だけどね」
確かなのは、見える道があるなら歩むのを躊躇いたくはない、という事。
思いの一端を伝え……自分もまた多くの成果を手にして。ヴィナスは惜しまれながらも郷から帰還していった。
後日、モクトルへの挨拶も済ませたヴィナスは再び書斎にいた。
今もまたペンを手にしているのは……まだまだ書簡を交わしたい相手がいるからである。
「今、どうしているかな――」
例えば、同盟の町ジュメールの長レナンシオ。
あの闘技場の外観が完成間近だという話が届いていて……その後の計画や進捗について聞きたかった。
或いは、エドゥノーグのレストラン「クワイア」の料理長ペッパー。
挨拶だけでなく……外の食材にも興味を示していた彼が、今どんな味を追求しているのかも気になった。
「それから――」
思いと共にペンは走り続ける。
冒険者として得た縁。
商人になった今も、それを終わらせたくはなかったから。紡ぎ続けるため、ヴィナスは言葉を綴っていく。