とある太守の素晴らしき朝

キャラクターノベル制作 広大野人納品 2024年05月07日 00時04分01秒

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 オルセン太守コンラート・マフダルの朝は早い。
 東の空が赤みを帯びる頃には日課の鍛錬を終えて朝食をしっかりと摂る。嫌いな野菜を出さないように命じても、あの手この手で小細工してくる料理長と一悶着してから、執務室に入るのだ。
「……」
 行政府の始業開始時刻にはまだ余裕があるのだが、綺麗に片付けたはずの執務机の上にはテーカップの高さを超える書類の束が置かれていた。
 徹夜あるいは早朝一番で持って来たのか、それらの書類に目を通し、認否を定めるのが太守の仕事だ。幸いにも優秀な文官が揃っており、よほど可笑しいものでない限り、印を押すだけの作業ではあるが……。
「なんだ、これは?」
 言葉が詰まるような案件が出て来てコンラートは思わず頭を抱える。
 帝国皇帝が視察に訪れ、歓迎する式典を用意しているのだが、そのイベント案の一つにとんでもないものを見つけたからだ。
 それも、他の文面はまともだったから、危うく判子を押す所だった。
「……責任問題で私の首も飛ぶぞ」
 なぜなら、帝国皇帝の衣装として用意されていたのが、女性用のドレスだったからだ。
 皇帝が万が一にも、そうした服を好むのであれば、冗談で済まされる可能性も無くもない。確かに、一度、ドレスを着た事があったのだから。
「というか、なんで私が子供着なのだ!!」
 続いた文面にコンラートは思わず机をひっくり返した。
 噂に聞くドゥジンなるものにオネショタという概念がある事を、コンラートは知識では知っていたが、生々しく文章で表現されると驚くのは当然の事。
 それだとしても設定が色々と可笑しい。
 帝国皇帝は男性なため、お姉さんではない。もっと言うとコンラートの方が年上である――つまり、(女装)オネ×(年上)ショタという、どんな海溝よりも深い構図になるのだ。
 まず、これを提案してきた愚か者の首を侮辱罪で刎ねる必要があるだろうか。
(…………)
 政務と戦い一筋で生きてきたコンラートにも、恋を知るという事はあった。
 あの御方は、今、どこでどうしているのだろうか……オルセンの英雄である、あの御方となら、この組み合わせでも良い……と、少しでも頭を過った事に、立て直しかけた執務机を改めてぶん投げた。
「まだ寝ぼけているからだ」
 そんな言い訳を呟くと、気を取り直して机を起こした。
 ドゥジンなるものを禁止にした方が良いという一部の長老の意見があり、コンラートはいよいよ考えなければならないと思う。
 しかし、相手の名誉を傷つけない内容であれば、表現する事、想像する事は、自由であるべきだとコンラートは思っていた。
 もちろん、コンラート自身、あれやこれや想う事はあるのだ。それを形にしても、国家転覆を狙っている訳でもないし、自分一人で楽しむ分には他人の目は気にしない――が、太守という立場になると、難しいものがあるとも分かる。
 私室には、部下がこっそりとプレゼントしてくれたあの御方のドゥジンなるものも数冊ある訳だし……まぁ、伴侶を娶る事になったら処分しないといけないだろうが……いや、そういう事にも寛大な人なら……。
「……って、そうじゃない!」
 ドン! っと音を立てて机を正しい位置を据え付けた。
 今日は朝から脳がキチンと動いていないようだ。寝不足でもなければ、酒が残っている訳でもないのに、おかしな日だ。
 朝っぱらからのしょうもない事に疲れて、コンラートは机に突っ伏した。
 次の瞬間、入室の許可を求める部下の声が響き、慌てて姿勢を整える。
「入れ」
 短く告げると何事もなかったかのように真剣な表情を扉に向ける。
 入って来たのは執事の1人だった。執務室を見渡し――見事に散乱している書類に視線を向ける。
「何かあったのですか?」
「換気の為に窓を開けたら、この有り様だ」
 澄ました顔で平然と言い張るコンラート。
 まさか、とんでもない案件に一人ツッコミしていたとは言えない。
 対して執事の方は小さく頷いた。
「今度から書類には重石を乗せて置くように徹底させます。それにしても強い風が吹き込んだのですな」
「何が言いたい?」
 鋭い視線を向けて問い返すコンラート。
 執事は静かに首を振ると「なんでもありません」とだけ答えて床の凹みに手を触れて確認する。
 なかなか鋭い。名探偵かと頭の中でコンラートは思うと窓を確認するように席を立った。
 そして、気が付いた。防寒対策の為、執務机の真後ろの窓は昨年、固定窓に変更した事を。
「「……」」
 形容しがたい沈黙が続いた。
 固定窓は別名『はめ殺し窓』とも呼ばれるらしい。まさに言い逃れができないコンラートの状況ぴったりの名前だ。
「……お茶をご用意致します。太守様はご自身が成される事を」
「うむ……」
 散らばった書類を四苦八苦しながら揃え直し、ようやく執務に戻れるようになった時には、始業を知らせる鐘が鳴るのであった。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0