ヨトカ・ドラーゲンの新生

キャラクターノベル(グループ)制作 紀藤トキ納品 2024年05月26日 16時35分52秒

 多くのリザードマンにとって、魂を磨く研鑽は生まれたときから染みついた習いだ。ヨトカ・ドラーゲンが不幸であったのは、一度でも立ち止まってしまった事だろう。武を以て尊しとする一族にあって、周囲と足並みを揃えて戦いに身を捧げるには、内なる気弱さが妨げとなった。郷里を離れたところで、ひとたび生じた迷いは泥の如く纏わり付く。怯懦を圧して戦うだけの目的は既に無く、さりとて新たな生きる目的も見つかることは無かった。一心に打ち込むことが出来る何かを見つけられたのならば、それが武で無かろうともリザードマンの生き方としては十分だというのに。

『ヨトカさんに似てる人に出会いましてね。意気投合して色々喋ったんですよ』

 先日、シネミス・カネダはそう言っていた。そう告げられた時には面食らったものだが、時を置くと考えることも出てくる。ヨトカより年長だというのに偉ぶる様子もないのは話しやすい男だ。故郷を離れたリザードマン同士、カネダのような者であれば、確かに会話を弾ませることもあるだろう。

(あれで、リザードマンらしいリザードマンだからな。カネダは)

 『水に溶けやすい巨亀』なる存在より啓示を受けたと言う辺り、少々妄想癖があるようにも思えるが、竜(?)への転生を目指して研鑽を続けるという点においてカネダは迷いがない。迷ってしまったヨトカのような逸れ者とは違っている。

(……そういえば、あの時、カネダが口にした「俺に似ている者」と言うのは、どういう意味だったのだろう)

 初対面のカネダと意気投合するという時点で、その人物が自分に似ているとは思えなかった。自分であれば、同族と久闊を温める楽しみよりも、相手からどう見られているかの方が気に掛かる。ヨトカのそういう倦厭は相手にも察せられるのだろう。話しかけてきたカネダとて、言いたいことを一方的に投げかけてからさっさと立ち去っていった。

(何者なのだろうか。せめて、名前くらいは聞いておくべきだったかもしれない)

 そもそも、カネダとはそこまで親しい訳でもない。彼が似ているというならば、見た目のことであろう。リザードマンの見分けも付きにくい他種族ならばいざ知らず、同族の言葉でわざわざ似ているというのならば、竜に似たところが一つとて無い容姿のことだろうか。あるいは、一族で習い覚えた立ち回りや所作が目に付いたのか。それ以外の特徴と言えば、普段は兜の下に隠した十字模様だが、単なる知り合い程度の接点のカネダが、目にしたことがあるとも思いにくい。自分が気がついていないだけで、見られていたとしてもまあ不思議では無いのだが。

『ヨトカさんの事を話したらその人、「他人の言うことなんかいちいち気にすんな」って、伝えておけって言ってましたんで。伝えときますよ』

 カネダらしい、取り繕いも飾り気もない物言いだった。雑談のついでで、見知らぬ人物の気を惹けるほどの何かが自分にあるとは思えない。とすれば、わざわざ自分へと言伝を残すとは、その人物がもともとヨトカの事を知っていたのだろうか。似ている、というのが身に染みついた動きなどであるならば、一族の誰かかもしれないが、果たしてそのようなお節介な相手がいたかどうか。

(……いや。一族と言えば、そもそも俺が長らく故郷に帰っていないことはカネダも知っている。その事が話題に出たのか?)

 正しくは、帰ることが出来ていない、と言うべきだろう。伝統あるマナ・ズィールですら無く、単独で飛び出してきた身だ。いまだ人生の目的も研鑽の理由も見いだせず、何の成果も上げずして、戻ることなど出来ようか。一族の者に何と言われるか、考えるだけで暗澹たる思いになる。

(とすれば、一族からの目を指して、気にするなと言われたのかもしれないが……)

 それこそ今さらである。それにヨトカの今の最大の気がかりと言えば、郷里の事ではなかった。冒険者の問わず語りで、『世界の真実』とやらを耳にしてからというもの、その事が頭の隅にこびりついて離れない。万物はエーテルの変化に過ぎず全て同じ物だ、と語られた。それを聞いてからというもの、周囲が色あせたように感じている。今日も、何をするでも無くただ無為に宿で考えに沈んでいたのだ。カネダの話に思い至った事の方が、ついでであった。

(この話こそ、気にしたくなくとも気になる。どうして、他の者は平然としていられるのだろう)

 ただ恐ろしいというのとも違う。今まで当たり前に信じていたものが否定され、足下が覚束なくなるような感覚。ヨトカが更に力なき存在であれば、自身の存在に疑いを持った時点で泥と化して消え去ったかもしれない。ヨトカが知ってか知らずか、彼の存在はフィルエス大森林の世界樹が遺した授恵者達への約定により、辛うじて保たれていた。それとて、危うい均衡である。内省的な彼の性質は、真実について考えれば考えるほど良くない方向へ進んでいく。

(あるいは、この感覚すらも俺の怯懦の現れなのか)

 自分も、カネダも、その人物も、全てエーテルなのか。だとしたら、自分も他人もそもそも存在もしないのだからそれこそ気にするまでも無くなるだろう。そもそも、何かを気にしている自分とは何なのか。自分が気にしていることとは何なのか。その両方とも実在するのかしないのか。リザードマンの転生も、魂の研鑽も、それどころか世界そのものすら実在しないのか。考えれば、足下がまた揺らぐ気がする。視界が歪み、自分というものが捉えどころが無く感じ始めた、その時であった。

(そもそも、この話そのものが他の冒険者から聞いた話だったな)

 天啓のように、その事に思い至った。『世界の真実』と言っているが、それが本当のものであるのか、自分はまだ知らない。他人がどう言っていようと、ヨトカ・ドラーゲンという名の個にとっては、それは真実かどうか証明が為されていない。だというのに、それこそ、他人の言うことを気にしている。顔も名も知らぬ者が助言したかったのはその事では無いかもしれないが、今のヨトカにとってはそれこそが必要な言葉であった。

(――知りたい)

 そう思った。思うと共に、頭に巣くっていた霞のような、あるいは足下を包む泥のような何かが、消えたように感じる。世界の真実を、自分の目で。身体で。体感したいと、切実に思った。それこそが、自身の生きる目的であり歩む理由である、と。一族が傾倒する武に覚えていた違和感も、魂を磨くという題目に感じていた距離も、全ては今この瞬間のためなのだろう。

(世界の真実が、真実であるか。確かめる。それは――)

 自分にとって、それこそが一生を投じて悔いの無い目的である。その目的を胸に、また当ての無い旅に出よう。故郷に立ち寄っても良い。一族の言葉も、自分の外見へ投げられる視線も、その目的に比べれば取るに足りないものだ。思えば、ヨトカ・ドラーゲンというリザードマンは、この瞬間に人生の目的を見つけて二度目の産声を上げたのかもしれない。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0