【一見】ヤベーよご主人様【ボ客】
四月カフェ狂想曲 イベントノベル(テーマ)サロン・ド・アヴリル制作 眞石ユキヒロ納品 2024年05月14日 10時02分34秒
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その店に入ったのは学校帰りの驟雨から逃れるためでしかなかった。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
格式高いという言葉を体現する外観と内装。それに似つかわしくない明るい笑顔が、ぱぁっと。
「どうぞこちらにおかけください」
僕はサロン・ド・アヴリルのキャスト――ヒトミに促されるまま、背もたれの高い椅子に座り、メニューに視線をやる。
座り心地は良い。居心地は悪い。
「あっ、えっと」
僕にはこういった店の作法が全くわからない。学業は淡々とこなし、休日は家で娯楽を貪るばかりだ。
「つい先日、ダージリンのセカンドフラッシュの茶葉を仕入れたばかりですが、如何でしょうか?」
そんな僕の内心を察したかのように、ヒトミはメニューを掌で示す。僕はよくわからないまま何度も頷いた。
「それでは少々お待ちくださいませ」
ヒトミから我が意を得たり、と言わんばかりの得意げな笑みが返ってくる。恐らくこれでいいのだろう。
●
今し方、自分の客をお見送りしたレンは、背を丸めたままあちこちを見る学生服の客をその目に捉えた。
(……一見のご主人様だろうか?)
レンはすぐに視線を逸らし、テーブルの片付けに取りかかった。ティーセットとケーキスタンドを厨房へと運び、テーブルと座席を消毒する。毎日のようにやっていることだ、そう時間はかからない。
「ご主人様、ご注文の品をお持ちしました!」
間もなく後輩――ヒトミが客に対応する。コトリ、とティーセットがテーブルに接する音が心地よい。
「今年の二番茶は特にいー匂いが……あっ、香り高いと評判です!」
レンはすぐさま振り返った。彼は養父に楽をさせるために働いているそうだ。レン自身も父に男手一つで育てられたため、彼に自分を重ねている部分がある。
だからこそ、レンにはヒトミの些細なミスも見過ごせなかった。
「おもてなしが終わったら私の元に来るように」
レンはヒトミに耳打ちする。
その瞬間、客は伏し目がちな瞳を見開き、僅かに口角を上げた。それを誤魔化すようにダージリンを啜る。
(美味しいな。いや、でも……)
客の表情が緩む。しかし視線はヒトミとレンに固定されたままだった。
●
「ヒトミ君。なぜ呼ばれたかはわかっているだろう?」
「はい。すんませんっした」
「……常日頃から丁寧な言葉遣いを心がけていれば、あのようなボロはそう出ない」
「そーですけど! 四六時中堅っ苦しかったら友達とかびっくりするじゃないっすか?」
「そうじゃない、せめて就業中は私相手でも敬語で話せと……! ヒトミ君は働いているんだろう?」
店の奥――事務室や更衣室に繋がる薄暗い通路にて、そのやりとりは繰り広げられた。
「わかりましたわかりました! 次は絶対やらかさないんで!」
レンは世話焼きとお節介が同居している。その上めげない。そんな性質のおかげで雑に扱っても罪悪感が薄くて済むから、ヒトミとしては助かるのだが。
ヒトミはターンの要領でレンに背を向ける。歩を進めると、キッチリ閉めたはずのドアに隙間が出来ている事に気がついた。
(大丈夫か? 今の店内に漏れてんじゃね?)
とはいえ長時間持ち場を離れるわけにはいかない。躊躇せずにドアノブを引っ張る。
「あっ、スミマセッ……」
「ご主人様っ!?」
こんな事態初めてなんだが?
「レン先輩はどう思います?」とばかりに振り返ると、俯いて頭を抱えていた。
●
店内は平常運転。幸いにして他の客には聞こえていなかったようだ。
「「見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」」
厳密には向こうが覗いていたとか、そういうことには突っ込まない。
ヒトミとレンは二人並んで深く深く頭を下げた。
客に裏側を見せてしまったという事実が二人の頭の中をぐるぐる回る。
「いえっ! 素晴らしかったです!」
情けなさや罪悪感やらで重くなるヒトミとレンの後頭部に、意外なほどに軽やかな言葉が降り注いだ。
「ぼっ、僕も、お二人みたいに言い合える仲間が、ほしいっていうか……」
頭を上げたヒトミとレンは顔を見合わせた。あのやりとりがそんな風にきこえたのか?
「……お二人をもっと見ていたい、です……!」
戸惑う二人に客が慎ましく告白する。
ヒトミは明後日の方に視線をやり、レンは目と口を大きく開いたまま固まってしまった。
●
後日、盗み聞きの客からヒトミとレンのセット予約が入った。
「ってことは俺、ご主人様と普通に喋っていんじゃないですか?」「……ご主人様が望むならな」
意外なる組み合わせに、事情を知るキャストは笑い、レンの夫はヒトミに複雑な視線を向けた。
「違うんだ! 私は夫一筋だ!」
レンは夫の腕に縋り付き、頬を染める。
(俺は別に好きなヤツいるし?)
ヒトミは視線を受け流して涼しい笑みを浮かべた。ちょっと面白くなってきたななどと、余計なことを考えながら。
その店に入ったのは学校帰りの驟雨から逃れるためでしかなかった。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
格式高いという言葉を体現する外観と内装。それに似つかわしくない明るい笑顔が、ぱぁっと。
「どうぞこちらにおかけください」
僕はサロン・ド・アヴリルのキャスト――ヒトミに促されるまま、背もたれの高い椅子に座り、メニューに視線をやる。
座り心地は良い。居心地は悪い。
「あっ、えっと」
僕にはこういった店の作法が全くわからない。学業は淡々とこなし、休日は家で娯楽を貪るばかりだ。
「つい先日、ダージリンのセカンドフラッシュの茶葉を仕入れたばかりですが、如何でしょうか?」
そんな僕の内心を察したかのように、ヒトミはメニューを掌で示す。僕はよくわからないまま何度も頷いた。
「それでは少々お待ちくださいませ」
ヒトミから我が意を得たり、と言わんばかりの得意げな笑みが返ってくる。恐らくこれでいいのだろう。
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今し方、自分の客をお見送りしたレンは、背を丸めたままあちこちを見る学生服の客をその目に捉えた。
(……一見のご主人様だろうか?)
レンはすぐに視線を逸らし、テーブルの片付けに取りかかった。ティーセットとケーキスタンドを厨房へと運び、テーブルと座席を消毒する。毎日のようにやっていることだ、そう時間はかからない。
「ご主人様、ご注文の品をお持ちしました!」
間もなく後輩――ヒトミが客に対応する。コトリ、とティーセットがテーブルに接する音が心地よい。
「今年の二番茶は特にいー匂いが……あっ、香り高いと評判です!」
レンはすぐさま振り返った。彼は養父に楽をさせるために働いているそうだ。レン自身も父に男手一つで育てられたため、彼に自分を重ねている部分がある。
だからこそ、レンにはヒトミの些細なミスも見過ごせなかった。
「おもてなしが終わったら私の元に来るように」
レンはヒトミに耳打ちする。
その瞬間、客は伏し目がちな瞳を見開き、僅かに口角を上げた。それを誤魔化すようにダージリンを啜る。
(美味しいな。いや、でも……)
客の表情が緩む。しかし視線はヒトミとレンに固定されたままだった。
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「ヒトミ君。なぜ呼ばれたかはわかっているだろう?」
「はい。すんませんっした」
「……常日頃から丁寧な言葉遣いを心がけていれば、あのようなボロはそう出ない」
「そーですけど! 四六時中堅っ苦しかったら友達とかびっくりするじゃないっすか?」
「そうじゃない、せめて就業中は私相手でも敬語で話せと……! ヒトミ君は働いているんだろう?」
店の奥――事務室や更衣室に繋がる薄暗い通路にて、そのやりとりは繰り広げられた。
「わかりましたわかりました! 次は絶対やらかさないんで!」
レンは世話焼きとお節介が同居している。その上めげない。そんな性質のおかげで雑に扱っても罪悪感が薄くて済むから、ヒトミとしては助かるのだが。
ヒトミはターンの要領でレンに背を向ける。歩を進めると、キッチリ閉めたはずのドアに隙間が出来ている事に気がついた。
(大丈夫か? 今の店内に漏れてんじゃね?)
とはいえ長時間持ち場を離れるわけにはいかない。躊躇せずにドアノブを引っ張る。
「あっ、スミマセッ……」
「ご主人様っ!?」
こんな事態初めてなんだが?
「レン先輩はどう思います?」とばかりに振り返ると、俯いて頭を抱えていた。
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店内は平常運転。幸いにして他の客には聞こえていなかったようだ。
「「見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」」
厳密には向こうが覗いていたとか、そういうことには突っ込まない。
ヒトミとレンは二人並んで深く深く頭を下げた。
客に裏側を見せてしまったという事実が二人の頭の中をぐるぐる回る。
「いえっ! 素晴らしかったです!」
情けなさや罪悪感やらで重くなるヒトミとレンの後頭部に、意外なほどに軽やかな言葉が降り注いだ。
「ぼっ、僕も、お二人みたいに言い合える仲間が、ほしいっていうか……」
頭を上げたヒトミとレンは顔を見合わせた。あのやりとりがそんな風にきこえたのか?
「……お二人をもっと見ていたい、です……!」
戸惑う二人に客が慎ましく告白する。
ヒトミは明後日の方に視線をやり、レンは目と口を大きく開いたまま固まってしまった。
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後日、盗み聞きの客からヒトミとレンのセット予約が入った。
「ってことは俺、ご主人様と普通に喋っていんじゃないですか?」「……ご主人様が望むならな」
意外なる組み合わせに、事情を知るキャストは笑い、レンの夫はヒトミに複雑な視線を向けた。
「違うんだ! 私は夫一筋だ!」
レンは夫の腕に縋り付き、頬を染める。
(俺は別に好きなヤツいるし?)
ヒトミは視線を受け流して涼しい笑みを浮かべた。ちょっと面白くなってきたななどと、余計なことを考えながら。