焼け跡
キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2021年01月05日 09時28分08秒
ロスガリア大陸に差別は存在する。人口的に支配種族であるヒューマンから遠い外見になればなるほど、住みづらい。仕方がないだろう。人は本能的に異質なものを敬遠するのだ。ハリーヌ・ヨツユビが生まれ育ったヨツユビハリネズミ族の村は、歴史的に言えば他種族に追いやられて追いやられて、辺境へ流れたハーフビーストの小さな集落だった。
そもそも「ヨツユビハリネズミ族」と言う呼び名からして、区別なのか差別なのか分からないが形態が違うことをまっさきに示している。他から名づけられたのか、それとも自称するようになったのか。事の起こりはもう誰も覚えていないし、誰も気にしてはいないだろう。ハリーヌたちの集落は、そんな直立するハリネズミが集まってできていた。親も兄弟も隣人もヨツユビハリネズミ族で、目に入る相手はヨツユビハリネズミ族ばかり。
そんな社会で生まれ育ったハリーヌにとって、初めて見た異種族は衝撃だった。針がない。背が高い。鼻をひくひくしない。目が前しか向かない。けれども、よくよく見れば手の指は五本でやれる事もあまり変わらないようだった。雪で道を見失って迷い込んできた彼らは、一家で行商人という仕事をしていたらしい。立派な馬車と、キラキラしたり甘かったりする珍しい物を持っていた。
――そんな昔の夢を、今日も見ている。
●
「へぇー。ヨツユビハリネズミかー。なんだ、目がきょろきょろしてて可愛いじゃん」
「ワタクシ、可愛いでございますか?」
まったく見た目の違う種族から褒められても意味がありません、などと斜に構えることもなく。まだ幼いハリーヌは存分に機嫌を良くした。晩御飯の時に、ハリーヌは鼻をひくひくさせながらその事を報告する。
「でも、変な話し方をすると馬鹿にされたのでございます」
「ハリーヌにはどこに出ても恥ずかしくない話し方を身に着けさせた筈ですけれどね、お父さん」
「そうですねえ、お母さん。きっと、そのヒューマンは恥ずかしかったのでございましょうよ」
閉鎖集落にありがちなことだが、彼らの村の常識は世界の非常識だった。とはいえ、子供同士の付き合いではちょっと喋り方が違う事など大した問題にはならない。ハリーヌは行商人の子にとっておきの洞窟を案内してやったし、行商人の子は街だの砦だのと聞いた事の無いような場所の話を得意げに語った。おやつは一緒に食べた。
「うえ? 虫食うんじゃないの? ヨツユビハリネズミってさあ」
「それは失礼というものでございましょう。私どもはハーフビーストなのでございますよ」
「ハーフビースト……。俺、ハーフビーストって会う奴会う奴違い過ぎててよく分かんないや」
少年が言うには、この世の中にはとてもたくさんの種類のハーフビースト族がいるらしい。畑にいる害獣のウサギだとか、乳を出す家畜のヤギだとか、二軒隣の家で飼っているイヌだとか。それを不思議がっていたら、行商人の子がけらけらと笑った。
「そういうお前たちも、生け垣の所にいるハリネズミじゃないか」
「それもそうでございますね?」
ヒューマンや、後見た事の無いエルフやドワーフなんかと自分たちが違うのはよく似た動物がいるかいないかなのだろうか。そう両親に尋ねたら、動物絵本を出してきてくれた。
「この、猿というのがヒューマンの先祖なのだと、昔に聞いたことがありますよ」
「でも結構見た目が違うのではございませんか?」
あの行商人一家は体毛も生えていないし、顔も平べったい。もしかしたら見える所だけ剃っていて、服の下はボーボーなのだろうか。見せて欲しいと言ったら逃げられた。
「ハリーヌだって、服の下を見せてくれと言われたら恥ずかしいでございましょう?」
「それもそうでございますね!」
ハリーヌは反省して謝り、二人は仲直りできた。やがて、暖かくなると行商人は再び旅に出た。
●
「ここは変わらねーなー。ド田舎って感じでさあ」
「ふふん、良い所でございましょう?」
次の訪問は夏だった。冬に助けられたお礼だと言って持ち込まれた珍しい食物に、何かお返しできないかと森で取れる綺麗な石を見せた。小指の先ほどの小さい綺麗な石だった。すごいすごいと褒められ、気分が良くなったのでそれをお土産に渡した。その後は、冬と違って大急ぎで出発していったので、ハリーヌは少し物足りない気分になったものだ。
「そうでございますか。あの森の石を……。村長に相談した方がよいでしょうか、お母さん」
「あの方たちは悪い方では無さそうでございますから、大丈夫でございましょう」
お返しの事を報告したら、何やら両親が考え込んでいたようだが、それきり何事もなく。すぐに元の田舎の暮らしに戻った。
次の春が終わるころに、またあの行商人がやってきた。翌日が8歳の誕生日だったので、ハリーヌは少し嬉しくなる。今回は一行の人数が増えていた。いつもの少年は元気がない様子で、心配したのだがあまり話はできなかった。それよりも、と新しく加わっていた人に興味が向く。自分以外のハーフビーストを初めて見た。
「ハクビシン族、でございますか」
「あまり聞いたことがない一族でございますね」
両親も知らないらしい。ハーフビーストは多種多様だというので、世の中にはまだまだ知らない種族もいるのだろう。ハリーヌは初めて、少年の言う外の世界を見てみたいような気がした。
翌日、誕生日の朝は晴れていた。草の匂いに釣られてお散歩に出たら、少年にばったり出会った。普段より歯切れが悪い少年の様子に気づかず、ハリーヌは昨日の自分の思い付きを鼻をひくひくしながら語る。いつか、外の世界をちょっと見に行きたい、と。
「……じゃあ、ついて来いよ」
「え? そんな事は簡単に子供だけで決めて良い事ではございません。お母さんとお父さんにお話ししないと決められないでございますよ?」
「……いや。ちょっとお試しで、今日だけ……、いや、昼までだけでもさ。俺達のテントに遊びに来いよ。な? おやつもあるんだ」
何やら不審な少年の様子にその時は気が付くこともなく。おやつに惹かれたハリーヌはふんふんと鼻を鳴らしながらついていった。なにせ、まだ8歳になったばかりなのだから仕方がない。暢気についていった先では、ハクビシン族の男が三人、日も登りきらないうちからお酒を飲んでいた。おや、行商人のお供にいたのは一人だったと思ったのだけど、とハリーヌは首を傾げる。なんだか妙な匂いがした。
「へぇ、小僧が一匹連れてくるって言ってたのがそいつか? 見れば見るほど珍妙な種族だな」
「まあ、ハリネズミだしな。俺達とは違うわな」
ゲラゲラと笑う様子は好きになれそうにない、と幼いながらもれでぃーであったハリーヌは思う。ハクビシン族と言うのはこういう人ばかりなのだろうか、と思ったところで外からもう一人。ちらっと見えた感じだと、他にもいるようだ。ハクビシン族が、一人、二人……、全部で六人。男ばかり。もしかしたらもっといるのかもしれない、と何とはなしに思った。
「さて、じゃあ仕事だ。お前ら、行くぜぇ」
「へい、おかしら」
「待って、父さんは? 父さんはどうしたのさ」
少年が声を上ずらせる。そういえば、テントの中には見慣れた行商人の顔がない。必死そうな少年の様子に、少し心配になったが続く言葉にがつんと殴りつけられたような気がした。
「あの石を持ってきたハリネズミはこいつだ。こいつを連れてくれば助けてくれるっていったよな」
言葉の中身よりも、目だ。ハリーヌへ向けている目が、今までにない嫌な色に満ちていた。なぜそのような目を向けられるのか、心当たりがない。石がどうのと言っているからそのせいだろうか。あの緑の石は綺麗だけれど良くないものだったのだろうか。困惑するハリーヌをよそに、ハクビシンの男はゲラゲラと笑ってから。少年を抜き打ちに切りつけた。真っ赤な血が飛沫く。
「え? なん……で……?」
「馬ァァァァァ鹿ッ! これからぶっ殺す奴とした約束なんざなァ? 意味、ねェェンだよォ!!!」
そのまま蹴り飛ばされて、テント隅の一角に転がる。
「おやじはそこにいるさァ。お前のすぐ横になァァ!」
呻く少年の視線の先、一足先に絞め殺されて冷たくなっていた行商人が虚ろな目をしていた。ハリーヌはそれを、ぼーっと眺めていた。死ぬ? 殺す? 死んでいる? 殺された? 何もかもに現実感がない。朝に家を出た時からかけ離れ過ぎた世界だ。ただ、少年が倒れているのは理解できたので、そちらに近づいた。
「お、お前が……あんなもの、よこさなきゃ……。畜生、畜生……」
「何のことで、ございましょうか」
あんなものとは、緑の石の事だろうか。なぜこうなったのか、ハリーヌには分からない。でも、少年はハリーヌへ嫌な目を向けている。初めて見る目だ。でも、そういえば。彼は最初からハリーヌへを目を向けていなかった気もした。そういえば、名前を呼ばれたことがあっただろうか。もしかしたら、彼はハリーヌと他のヨツユビハリネズミ族の区別すらついていなかったのかもしれない。もしかしたら、彼は最初からハリーヌを罠に掛けようとしていたのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。ハリーヌはこの後何度もこの場面を回想した。そのたびに、自分の心も少年の目のように濁っていく気がした。
「…………ごめん」
少年が何かつぶやいていた気がしたが、よく聞こえない。目も耳も鼻も、役に立たなくなってしまった。
「……寝てしまった、でございますか? 目を開けたままで寝るのは良くないでございましょう?」
まだ何もかもに現実味がない。よろよろと立ち上がってテントから出た。寝ているのを起こすのは可哀そうだから。そんな風に考えたのだったろうか。もう覚えていない。その直後に見た光景が衝撃的過ぎた。
●
村が燃えていた。火の粉が舞っていた。遠くで誰かの悲鳴が聞こえて途切れた。熱に浮かされたような哄笑が響いてきた。
「逃げる奴は放っておけ。穴倉を探せ」
「酒もねぇのか? ……お、あるじゃねェか」
逃げた人がいるらしい、と。その言葉をずっと心の縁にしている。でも、本当にそんな声が聞こえたのかどうか、もうはっきりとは覚えていない。ハリーヌは8歳だったのだ。その後、叩かれて森へ案内した。臭いご飯を渡されて、頭を撫でられた。毛が逆立っても庭のハリネズミのように刺さらないのが悔しかった。村の焼け跡を連れまわされた。焼け跡に見える白い骨が何なのかは考えないようにした。
幸運のハリネズミだ、と言われ。ハクビシンに連れ歩かれた。首輪をつけられ、棒で小突かれながら歩いた。足が短いと怒鳴られることもあった。この集団の中で一番強い奴が誰なのか、覚えた。あの少年に切りつけた奴。ハクビシン族の癖に鼻の頭の線が白ではなく茶色だった。酔ってそれを茶化したハクビシンが死んだ。
あのハクビシンは強かった。いつの間にか、強いハクビシンの真似をするようになった。目をつけられたら困るから心の中で、そっと。嫌な事があればハクビシンになった。気分が楽になった。我慢して待っていたら、両親が探しに来てくれるかもしれない。でも、探しに来たら今度は殺されてしまう。来てほしい気持ちと、来ないで欲しい気持ちが行ったり来たりしていた。二カ月もすれば忘れた。
そして、二つ季節が過ぎた頃。飽きたハクビシン親分に人里で売り払われる頃には、今のハリーヌが出来上がっていた。村が襲われた理由ももうわかっている。緑の石の露鉱のせいだ。大した量などなかったのに。いや、あれっぽっちでもヨツユビハリネズミ族の数家族の価値より高かったのだ。人間の経済ではそうだったのだ。売られた先で、愚かな愛玩動物のフリをしながらハリーヌは色々な事を学んだ。世の中は、金だ。金があれば大体のことはできる。夢だって友情だって買える。
●
――今度は、しくじらないようにしよう。夢から覚めたハリーヌはいつもそう思うのだ。信じるべきは自分と家族だけ。それ以外の他人は利用してのしあがる。それだけで十分だ、と。
そもそも「ヨツユビハリネズミ族」と言う呼び名からして、区別なのか差別なのか分からないが形態が違うことをまっさきに示している。他から名づけられたのか、それとも自称するようになったのか。事の起こりはもう誰も覚えていないし、誰も気にしてはいないだろう。ハリーヌたちの集落は、そんな直立するハリネズミが集まってできていた。親も兄弟も隣人もヨツユビハリネズミ族で、目に入る相手はヨツユビハリネズミ族ばかり。
そんな社会で生まれ育ったハリーヌにとって、初めて見た異種族は衝撃だった。針がない。背が高い。鼻をひくひくしない。目が前しか向かない。けれども、よくよく見れば手の指は五本でやれる事もあまり変わらないようだった。雪で道を見失って迷い込んできた彼らは、一家で行商人という仕事をしていたらしい。立派な馬車と、キラキラしたり甘かったりする珍しい物を持っていた。
――そんな昔の夢を、今日も見ている。
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「へぇー。ヨツユビハリネズミかー。なんだ、目がきょろきょろしてて可愛いじゃん」
「ワタクシ、可愛いでございますか?」
まったく見た目の違う種族から褒められても意味がありません、などと斜に構えることもなく。まだ幼いハリーヌは存分に機嫌を良くした。晩御飯の時に、ハリーヌは鼻をひくひくさせながらその事を報告する。
「でも、変な話し方をすると馬鹿にされたのでございます」
「ハリーヌにはどこに出ても恥ずかしくない話し方を身に着けさせた筈ですけれどね、お父さん」
「そうですねえ、お母さん。きっと、そのヒューマンは恥ずかしかったのでございましょうよ」
閉鎖集落にありがちなことだが、彼らの村の常識は世界の非常識だった。とはいえ、子供同士の付き合いではちょっと喋り方が違う事など大した問題にはならない。ハリーヌは行商人の子にとっておきの洞窟を案内してやったし、行商人の子は街だの砦だのと聞いた事の無いような場所の話を得意げに語った。おやつは一緒に食べた。
「うえ? 虫食うんじゃないの? ヨツユビハリネズミってさあ」
「それは失礼というものでございましょう。私どもはハーフビーストなのでございますよ」
「ハーフビースト……。俺、ハーフビーストって会う奴会う奴違い過ぎててよく分かんないや」
少年が言うには、この世の中にはとてもたくさんの種類のハーフビースト族がいるらしい。畑にいる害獣のウサギだとか、乳を出す家畜のヤギだとか、二軒隣の家で飼っているイヌだとか。それを不思議がっていたら、行商人の子がけらけらと笑った。
「そういうお前たちも、生け垣の所にいるハリネズミじゃないか」
「それもそうでございますね?」
ヒューマンや、後見た事の無いエルフやドワーフなんかと自分たちが違うのはよく似た動物がいるかいないかなのだろうか。そう両親に尋ねたら、動物絵本を出してきてくれた。
「この、猿というのがヒューマンの先祖なのだと、昔に聞いたことがありますよ」
「でも結構見た目が違うのではございませんか?」
あの行商人一家は体毛も生えていないし、顔も平べったい。もしかしたら見える所だけ剃っていて、服の下はボーボーなのだろうか。見せて欲しいと言ったら逃げられた。
「ハリーヌだって、服の下を見せてくれと言われたら恥ずかしいでございましょう?」
「それもそうでございますね!」
ハリーヌは反省して謝り、二人は仲直りできた。やがて、暖かくなると行商人は再び旅に出た。
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「ここは変わらねーなー。ド田舎って感じでさあ」
「ふふん、良い所でございましょう?」
次の訪問は夏だった。冬に助けられたお礼だと言って持ち込まれた珍しい食物に、何かお返しできないかと森で取れる綺麗な石を見せた。小指の先ほどの小さい綺麗な石だった。すごいすごいと褒められ、気分が良くなったのでそれをお土産に渡した。その後は、冬と違って大急ぎで出発していったので、ハリーヌは少し物足りない気分になったものだ。
「そうでございますか。あの森の石を……。村長に相談した方がよいでしょうか、お母さん」
「あの方たちは悪い方では無さそうでございますから、大丈夫でございましょう」
お返しの事を報告したら、何やら両親が考え込んでいたようだが、それきり何事もなく。すぐに元の田舎の暮らしに戻った。
次の春が終わるころに、またあの行商人がやってきた。翌日が8歳の誕生日だったので、ハリーヌは少し嬉しくなる。今回は一行の人数が増えていた。いつもの少年は元気がない様子で、心配したのだがあまり話はできなかった。それよりも、と新しく加わっていた人に興味が向く。自分以外のハーフビーストを初めて見た。
「ハクビシン族、でございますか」
「あまり聞いたことがない一族でございますね」
両親も知らないらしい。ハーフビーストは多種多様だというので、世の中にはまだまだ知らない種族もいるのだろう。ハリーヌは初めて、少年の言う外の世界を見てみたいような気がした。
翌日、誕生日の朝は晴れていた。草の匂いに釣られてお散歩に出たら、少年にばったり出会った。普段より歯切れが悪い少年の様子に気づかず、ハリーヌは昨日の自分の思い付きを鼻をひくひくしながら語る。いつか、外の世界をちょっと見に行きたい、と。
「……じゃあ、ついて来いよ」
「え? そんな事は簡単に子供だけで決めて良い事ではございません。お母さんとお父さんにお話ししないと決められないでございますよ?」
「……いや。ちょっとお試しで、今日だけ……、いや、昼までだけでもさ。俺達のテントに遊びに来いよ。な? おやつもあるんだ」
何やら不審な少年の様子にその時は気が付くこともなく。おやつに惹かれたハリーヌはふんふんと鼻を鳴らしながらついていった。なにせ、まだ8歳になったばかりなのだから仕方がない。暢気についていった先では、ハクビシン族の男が三人、日も登りきらないうちからお酒を飲んでいた。おや、行商人のお供にいたのは一人だったと思ったのだけど、とハリーヌは首を傾げる。なんだか妙な匂いがした。
「へぇ、小僧が一匹連れてくるって言ってたのがそいつか? 見れば見るほど珍妙な種族だな」
「まあ、ハリネズミだしな。俺達とは違うわな」
ゲラゲラと笑う様子は好きになれそうにない、と幼いながらもれでぃーであったハリーヌは思う。ハクビシン族と言うのはこういう人ばかりなのだろうか、と思ったところで外からもう一人。ちらっと見えた感じだと、他にもいるようだ。ハクビシン族が、一人、二人……、全部で六人。男ばかり。もしかしたらもっといるのかもしれない、と何とはなしに思った。
「さて、じゃあ仕事だ。お前ら、行くぜぇ」
「へい、おかしら」
「待って、父さんは? 父さんはどうしたのさ」
少年が声を上ずらせる。そういえば、テントの中には見慣れた行商人の顔がない。必死そうな少年の様子に、少し心配になったが続く言葉にがつんと殴りつけられたような気がした。
「あの石を持ってきたハリネズミはこいつだ。こいつを連れてくれば助けてくれるっていったよな」
言葉の中身よりも、目だ。ハリーヌへ向けている目が、今までにない嫌な色に満ちていた。なぜそのような目を向けられるのか、心当たりがない。石がどうのと言っているからそのせいだろうか。あの緑の石は綺麗だけれど良くないものだったのだろうか。困惑するハリーヌをよそに、ハクビシンの男はゲラゲラと笑ってから。少年を抜き打ちに切りつけた。真っ赤な血が飛沫く。
「え? なん……で……?」
「馬ァァァァァ鹿ッ! これからぶっ殺す奴とした約束なんざなァ? 意味、ねェェンだよォ!!!」
そのまま蹴り飛ばされて、テント隅の一角に転がる。
「おやじはそこにいるさァ。お前のすぐ横になァァ!」
呻く少年の視線の先、一足先に絞め殺されて冷たくなっていた行商人が虚ろな目をしていた。ハリーヌはそれを、ぼーっと眺めていた。死ぬ? 殺す? 死んでいる? 殺された? 何もかもに現実感がない。朝に家を出た時からかけ離れ過ぎた世界だ。ただ、少年が倒れているのは理解できたので、そちらに近づいた。
「お、お前が……あんなもの、よこさなきゃ……。畜生、畜生……」
「何のことで、ございましょうか」
あんなものとは、緑の石の事だろうか。なぜこうなったのか、ハリーヌには分からない。でも、少年はハリーヌへ嫌な目を向けている。初めて見る目だ。でも、そういえば。彼は最初からハリーヌへを目を向けていなかった気もした。そういえば、名前を呼ばれたことがあっただろうか。もしかしたら、彼はハリーヌと他のヨツユビハリネズミ族の区別すらついていなかったのかもしれない。もしかしたら、彼は最初からハリーヌを罠に掛けようとしていたのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら。ハリーヌはこの後何度もこの場面を回想した。そのたびに、自分の心も少年の目のように濁っていく気がした。
「…………ごめん」
少年が何かつぶやいていた気がしたが、よく聞こえない。目も耳も鼻も、役に立たなくなってしまった。
「……寝てしまった、でございますか? 目を開けたままで寝るのは良くないでございましょう?」
まだ何もかもに現実味がない。よろよろと立ち上がってテントから出た。寝ているのを起こすのは可哀そうだから。そんな風に考えたのだったろうか。もう覚えていない。その直後に見た光景が衝撃的過ぎた。
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村が燃えていた。火の粉が舞っていた。遠くで誰かの悲鳴が聞こえて途切れた。熱に浮かされたような哄笑が響いてきた。
「逃げる奴は放っておけ。穴倉を探せ」
「酒もねぇのか? ……お、あるじゃねェか」
逃げた人がいるらしい、と。その言葉をずっと心の縁にしている。でも、本当にそんな声が聞こえたのかどうか、もうはっきりとは覚えていない。ハリーヌは8歳だったのだ。その後、叩かれて森へ案内した。臭いご飯を渡されて、頭を撫でられた。毛が逆立っても庭のハリネズミのように刺さらないのが悔しかった。村の焼け跡を連れまわされた。焼け跡に見える白い骨が何なのかは考えないようにした。
幸運のハリネズミだ、と言われ。ハクビシンに連れ歩かれた。首輪をつけられ、棒で小突かれながら歩いた。足が短いと怒鳴られることもあった。この集団の中で一番強い奴が誰なのか、覚えた。あの少年に切りつけた奴。ハクビシン族の癖に鼻の頭の線が白ではなく茶色だった。酔ってそれを茶化したハクビシンが死んだ。
あのハクビシンは強かった。いつの間にか、強いハクビシンの真似をするようになった。目をつけられたら困るから心の中で、そっと。嫌な事があればハクビシンになった。気分が楽になった。我慢して待っていたら、両親が探しに来てくれるかもしれない。でも、探しに来たら今度は殺されてしまう。来てほしい気持ちと、来ないで欲しい気持ちが行ったり来たりしていた。二カ月もすれば忘れた。
そして、二つ季節が過ぎた頃。飽きたハクビシン親分に人里で売り払われる頃には、今のハリーヌが出来上がっていた。村が襲われた理由ももうわかっている。緑の石の露鉱のせいだ。大した量などなかったのに。いや、あれっぽっちでもヨツユビハリネズミ族の数家族の価値より高かったのだ。人間の経済ではそうだったのだ。売られた先で、愚かな愛玩動物のフリをしながらハリーヌは色々な事を学んだ。世の中は、金だ。金があれば大体のことはできる。夢だって友情だって買える。
●
――今度は、しくじらないようにしよう。夢から覚めたハリーヌはいつもそう思うのだ。信じるべきは自分と家族だけ。それ以外の他人は利用してのしあがる。それだけで十分だ、と。