ひよこの卵

キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2021年01月23日 19時20分34秒

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 両親との軋轢で思う所はあるにせよ、リサ・ベイカーは商人街の活気が好きだ。故郷のエスト・ポーラの油断ならない雰囲気も、リブラネスタの生き馬の目を抜くようなやり取りも嫌いじゃない。良く晴れた今日は一人、エドゥノーグの街を歩いていた。ウィンドウショッピングも楽しいし、何なら買い食いだって悪くない。店頭のレイアウトを眺めたり、店主と客のやり取りに耳を傾けるのも楽しいものだ。

「うーん。リブラネスタやエスト・ポーラも良いけれど、この街も好きだな」

 どこが、と言うのは分からないけれど。新作だよ、美味しいよ、と元気な女の子に売り込まれた迷宮パイをさくさくと食べ歩いていると、なんだか活気のない店舗が目に入る。玄関先にぽつねんと座り込んだ青年の顔に、どこか覚えがあった。

「……あ、そうだ。鳥屋さん! お店は夜からですか?」
「ん? どちら様……って、あの時の冒険者さんか!」

 お互い覚えがあったようで、ほっと一安心。大手の店長たちほどの存在感は無かったが、自分より少し年上なだけなのに店を持っているなんてと感心したのを思い出した。彼が炭火で焼いた迷宮チキンは、絶品と言うほどではなくともどこか安心する味だった気がする。以前に食べた時の感想をそう伝えると、青年は困ったように苦笑を浮かべた。

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。うちで自慢なのは鶏じゃないんだ。ほら」

 指さされた看板には『ダイクの絶品迷宮卵焼き! サンドもあるよ!』と書かれている。ダイクというのはこの青年の名前だろう。

「ダイクさん、ですか。わたし、リサです」
「リサちゃんか、よろしく。本当はあの時も卵焼きを出したかったんだけど、卵が手に入らなかったんだよね」
「え、迷宮の卵、ってまさか迷宮鶏のですか? ……あの爆発する奴です?」

 リサ自身はあまり積極的に戦ったわけではないのだけど、狩りの様子は見ている。確か、迷宮雌鶏が産み落とした卵は十秒もせずに大爆発を起こす危険物だったはずだ。あれをどうやったら食べることができるのだろう、と首を傾げる。

「冒険者さんはみんなそう言って、卵拾いの依頼を受けてくれないんだよ。卵焼きを出せないおかげで売り上げが落ちちゃってね」
「……お店、畳むかもしれないんですか?」
「わかっちゃう? そうなんだよな。今月いっぱいで閉めようと思ってる。その後は、どこかの店で雇ってもらおうかな……」

 聞けば、授恵者たちに狩りを依頼するようになる前は、一般人の冒険者が卵拾いに行っていたらしい。一般人でも気を付ければたどり着ける程度の優しい狩場で、一般人が罠を使って雌鶏を捕らえたりもしていたそうな。その頃は、じっくり探せば卵も幾つかは拾えたのだという。

「今は取りにいけないんですか?」
「チキンシーズンが終わってからも、授恵者さんに雌鶏やひよこをバンバン狩って貰うようになったからね。昔雌鶏を捕まえる仕事をしてた人たちは誰も引き受けてくれないんだよ」
「なるほど。それはそうですよね。わたし達のせいで、その人たちのお仕事が無くなってしまったんですか……」
「いや、連中は連中で、授恵者さんたちが狩った獲物の運搬役で稼いでるらしいよ。部屋に入らなくても大丈夫だから、前より安全に稼げるって言ってた」

 ならばそっちはよし、と一安心。しかし、自分たちが迷宮都市に新たなムーブメントを巻き起こした一方で、こうして失われてしまう物もあるのは仕方が無い事なのだろうか。今夜も卵焼きはメニューから外さないとな、と青年が寂しげに言うのを聞くと、少しおせっかいの虫がうずいた。

「あの。もしも依頼してもらったら、行きますよ。卵採り」
「え。君は信じてくれるのかい?」
「絶品っていう、卵焼きを食べてみたいです」
「はは、もしも手に入ったら、真っ先にごちそうするよ」

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 食欲半分、好奇心も半分。青年と一緒に冒険者ギルドへ出向いて、依頼の手続きと一緒に資料を調べてみた。それによれば、確かに昔は卵を拾うことができていたらしい。雑な感じのイラストも残されていた。

「そう、これだよこれ。あー、やっぱりあったんだよなあ」

 あまりに採れないので、昔のあれは何かの間違いだったんじゃないかとすら思い始めていたらしい。ただ、ダンジョンでは生態系がコロッと変わったりすることもあるので、以前採れていた物が幻のように消えてしまうこともある、と受付嬢が指摘した。

「あー……。もしもそうだったら、諦めもつく。見つけられなくても仕方がないんで、リサちゃんは気にしないでね」

 ダイクを下手に慰めても、結果が伴わなければ意味がない。彼自身もよく分かっているだろうから、リサはそっと話の流れを戻した。

「……爆発するのと、違いはどこにあるんでしょうね」

 残念ながら、過去の資料にはそこまでは書いていない。落ちている卵は安全だ、とは書かれているのだが。

「あとは現地に行かないとわからないですね」
「……よし、俺も行くよ。案内役がいるだろ。こう見えてもガキの頃は自分で卵拾いしてたんだ。場所ならわかる」

 危なくはないだろうか。ちょっと考えてみたが、この間の大部屋でなければそこまで大量にはいないと言う。誰か友達がいれば確実なのだけど、この日はたまたま誰もいなかった。仕方がない。同行者一人くらいは守れるだろう、と思う。念のため受付嬢にも相談してみたが、リサ一人でも大丈夫と太鼓判を押してくれた。

「わかりました。でも、わたしから離れないでくださいね」
「もちろん。出すのは口だけにするよ。あー、指示出ししてもらうんだから、口調は遠慮なしでどうぞ」

 男としては情けないけれど、と苦笑するのには、料理ではわたしが負けてるんだから、と笑顔で返す。袋やらランタンやらを手早く準備して、ダンジョンへ向かった。

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「大部屋はホントに密集地帯だったのね……」

 芋を洗うような状態だったあの時と違って、今回やってきた部屋には迷宮鶏が1羽、ひよこが数羽しかいない。代わりに迷宮カエルが3匹ほどいたのだがさっさと黙ってもらった。

「おお、強いんだなあ」

 分かっていたはずだけど、目で見ると聞くとは大違い。頼もしいな、と笑う感じからすると、ダイク青年が同行を言い出したのは案内の為だけという訳でも無かったようだ。聞けば、リサが無理しているようだと思ったら、引き返すことにしようと考えていたらしい。

「あ、別にリサちゃんが弱いと思ってたんじゃないよ。前の宴会で聞いた感じ、あまり戦うのは好きじゃないのかと思って」
「あはは、ひよこが可愛いからやりにくいな、ってあの時は思ってたのよね」

 最後の頃には、可愛いよりも怖いが上になってやっぱり手出ししたくなくなっていた。ただ、仕事で引き受けたのならしっかりやります、と力こぶを作って見せる。

「まずは雌鶏を倒して……は、いけないのかな。卵を産ませないと」
「いや。石を探そう。たぶん、ここ……か、あそこ、みたいな感じの……」
「わかったわ。ちょっと待ってて!」

 ダイクが自分で石を動かしているのを止めて、部屋の入り口で待っていてもらう。ひよこや雌鶏の位置に注意しつつ、ひとつ、ふたつと石を覗いていると、その陰に何やら卵っぽい形のものがあった。色は灰色で、石に紛れているとわかりにくいのだけれど。

「あ、これかな!」
「それだ!」

 会話に驚いたひよこがリサへと殺到したりもしたが、危なげなく返り討ち。雌鶏も退治して部屋の中を安全にした。

「攻撃されていない時に雌鶏が生んでいるの……かな。あ、ここにもあったわ」
「良かった。こうしてあることがはっきりすれば、また依頼もできるからさ」

 授恵者も、大勢で大部屋にいくばかりではない。一人や二人で小部屋を回っている授恵者に依頼すれば、また卵を入手できるようになるのではないかとダイクは言う。目の下のクマは店先で会った時と変わらないが、瞳は生き生きと輝いていた。

「それじゃあ、集めるときのやり方をまとめましょうか」

 今回はダイクが同行してどんな石の影を探すのかを教えてくれたが、できれば授恵者だけでわかるようにしておきたい。もしかしたら、運び屋をしている一般人に尋ねれば教えてくれるかもしれないけれど。

「少人数で回っていると、運び屋は使わないからね。それで知る機会が無かったんだろうな」

 と話している間にも、幾つか卵が見つかった。爆弾になっている卵に比べると小さい。普通の鶏の卵よりは大きい。これ一つで出来る卵焼きの量を聞くと、思ったよりも多かった。

「黄身が多めなんだ。その分、白身を使うお菓子とかだと向いてないかな。一つこの場で目玉焼きにしてみようか?」
「いえ。卵焼きを食べたいです!」

 きっぱり言うリサに笑って、ダイクは晩に店に来れば食べれるようにしておく、と約束する。出汁やら仕込みがいるらしい。ギルドへ引き上げて、報酬を受け取った。足取りも軽く立ち去っていく青年を見送れば、良い事をしたと心も軽い。

「うん。やっぱり。この街は好きな感じかも」

 そういえば、父が昔、エドゥノーグ商人は進取の気性が強いと言っていた。何が出てくるか分からない玉手箱のような迷宮を商売のタネにしていると、なかなかどっしり構えて居られないのかもしれない。迷宮カエルに迷宮チキン。迷宮卵焼きに、迷宮パイ。聞いたことがないようなものも、他にもあるのかもしれない。

「……ちょっとお腹が空いたな」

 約束の夜までは、また買い食いでもして過ごそう。しっかり運動をしてきたのだから、きっと大丈夫なはずだ。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0