仲良しの皆で、今日も楽しいひと時を。
四月カフェ狂想曲 イベントノベル(テーマ)エイプリアンダイナー制作 蓮華・水無月納品 2024年06月12日 09時05分44秒
今日もエイプリアンダイナーは、数多のお客様で賑わっている。忙しい店内をくるくると動き回っていた、エレナは新たなお客様をパタパタと出迎えた。
「いらっしゃいませ!」
「よう、エレナ」
そんなエレナの元気な声に、アンリ=スティロはひらりと軽く手を振った。あら、とエレナの瞳が嬉しそうに輝きアンリを見上げる。
エレナにとって、アンリは幼い頃から面倒を見てくれた、兄のような存在だ。だから、エレナの制服姿をまじまじと眺めていたアンリが、
「制服、よく似合ってるぜ。くるっと回ってみてくれよ」
ふいにそう言ったのに、いいわ、と頷き誇らしげにくるりと回ってみせる。気分は、こんなに大人になったのよ、といったところ。
そんなエレナに目を細め、うんうん、とアンリは頷いた。
「イイね!」
「ふふっ、ありがとう!」
それに嬉しそうに礼を言う、エレナを見つめるジルギス・ランバートも、内心で「うんうん、よく似合ってる」と全力で頷いている。否、ちょっと顔も動いている。
そんなジルギスに気付いたエレナが、恥ずかしそうに目元を染めた。だがその恥じらいは、アンリの後ろからひょいと顔を出した友人達のおかげで吹っ飛んでしまう。
「ニア……じゃないエレナ! 遊びに来たよ♪」
「まあ、来てくれたのね!」
「もっちろん! ここの制服も可愛いね!」
「うんうん、動きやすそうだし色もカラフルで可愛い! ニア……じゃなくて、エレナもいつもとまた違う雰囲気で素敵だね♪」
にっこりと手を振ったリルク・C・ラトウィッジの隣で、ルーシェ・アルジェントもエレナの制服姿に目を輝かせた。エイプリアンダイナーらしい、動きやすい短め丈のスカートと上着は、エレナを普段よりも快活に見せている。
2人の素直な賞賛に、エレナはにっこり笑顔を浮かべた。
「2人もありがとう♪ 普段着ないタイプの服だから似合うか心配だったのだけど、そう言ってもらえて嬉しいわ」
そうしてお礼を言ってから、コホンと咳払いして営業用の笑顔になった。胸を張って堂々と、お客様を店内へと導くように手を挙げて。
「ご案内しますね。どうぞこちらのお席へ」
そうして歩き始めるエレナの背は真っ直ぐで、アンリは微かに目を細める。混み合う店内の中、こちらですと案内されたのは、窓際の4人掛けの丸テーブルだ。
思い思いに座ったアンリ達に続き、腰を下ろしかけたジルギスの隣に、さり気なくエレナが立つ。おや、とジルギスは彼女を見上げた。
「エレナ、どうし……ッ!?」
「お帰りなさいませ、旦那さま♪」
そんなジルギスの、耳に触れそうな距離でのエレナの囁きは、破壊力抜群だ。刹那、ジルギスは耳朶を抑えながら真っ赤になる。
パクパクと、何か言おうと口が動いた。だが、エレナの恥じらう笑みが、なけなしの言葉と思考力すら奪う。
「ふふ、サロン風の挨拶を一度やってみたかったの――この店の挨拶とは違うから、内緒ね?」
「なッ、エッ、その」
「おしぼりをお持ちしますね! 何かあればお呼び下さい」
そうしてダメ押しのささやきをジルギスに落としてから、エレナはにっこりと案内して去って行き。
(ニアが……ニアが、可愛すぎるっ!!!)
――残されたジルギスがテーブルに突っ伏し悶絶するのを、アンリはどこか新鮮な気持ちで眺めた。何かあったんだろうな、と簡単に予想はつくが、アヴリルで一緒に働いている時にはかっちり執事然としているジルギスの、こんな姿は面白――珍しい。
そうして、ジルギスを動揺させたエレナも、なかなか。前からこんな感じだったか、と天井を睨んで考えこみ、こんな感じだった気がするな、と1人納得した。
(恋人になったとは聞いていたが……)
なかなかうまくやっているようだと、微笑ましく目を細めたアンリの両脇で、だがリルクとルーシェはニヤニヤが止まらない。
「おや? ジル先輩はどうしたのかなぁ?」
「んふふー、熱でもあるのかなぁ?」
ニヤニヤ、にまにま。活き活きと、両脇から見えない顔を見ようとして覗き込む姿は、本当に楽しそう。
ぴったりと息の合った2人に、後輩’sも相変わらず仲良しだなぁと思いつつ、気遣わしげな眼差しをジルギスへ注ぐアンリである。そろそろ止めないとと、思っていたら案の定、両脇からの二重奏に耐えかねたジルギスが呻いた。
「……リルク、ルーシェ、うるさい」
「――だよな。2人とも、そっとしておいてやれ。ほら、メニュー選びな」
「はーい♪」
「りょうかーい」
そんなジルギスの頭を、遅くなって悪かったと軽く叩きつつアンリが止めれば、リルクとルーシェは存外素直に頷く。ちょっとだけ楽しさが爆発してしまったけれど、ジルギスを困らせるつもりはないのだ。
ゆえに2人揃ってテーブル備え付けのメニューを覗き始めた、友人達を胡乱に見つめてから、ジルギスはアンリに小さく「ありがとうございます」と告げる。――仕事での疲れを癒されに来たというのに、早くもぐったりしてしまった。
そうして、先とは別の意味でぐったりとテーブルに突っ伏したジルギスや、リルクとルーシェのやり取りが何だか聞き覚えがあるぞ、とパルドは給仕の手を止め、店内を見回した。そんな相棒に気付いたウォーゼルが、きょとんと首を傾げる。
「パルド?」
「この声は……」
そんなウォーゼルに頷きつつも、パルドの眼差しはまだ店内をさ迷っていて。だがリルク達のテーブルに気が付くと、あ、と目を瞬かせた。
ウォーゼルもまた、そんなパルドの眼差しの先に居た知己を見て、驚きの表情になる。そうして2人顔を見合わせて、向かったのは勿論リルク達のテーブルだ。
「いらっしゃいませ!」
「久しぶりだな!」
そうして元気いっぱいに挨拶をしたウォーゼルに続き、パルドがニッと笑ってそう言えば、リルクとルーシェの顔に驚きと喜びが同時に浮かんだ。わ! とリルクが思わず立ち上がる。
「ウォーゼル達もここで働いてたんだ!」
「すごーい、久しぶり! 2人とも元気だった?」
「ほんとお久しぶりですね」
ぴょんぴょんしたくなるのをぐっと堪えてそう言った、ルーシェにもウォーゼルはにこにこ頭を下げる。良かったぁ、と嬉しくなってから、あれ? とルーシェは首を傾げた。
何だか違和感があるような、と考え込むルーシェの疑問は、面白がるようなリルクの言葉で氷解した。
「今日はスカートじゃないんだ?」
「あっ、ああっ! そういえば! フリフリのワンピース、よく似合ってたよね」
ぽん、と大きく両手を打って、ルーシェはかつて2人と会った時の晴れ姿を思い出し。――ああ、とパルドとウォーゼルは、そろって遠くを見つめた。
そう、何故か解らないのだけれど、かつて2人は女装していた事がある。共にフリフリのワンピースの、パルドは天使のコスチューム、ウォーゼルは悪魔のコスチュームを。
もちろん好きで着ていた訳ではないが、じゃあ何故と言われれば本当に謎。とまれ、リルクとルーシェに出会ったのはそんな時だから、2人の中でその時の印象が強いのは仕方ない。
仕方ない、けれども、
「……あれは……忘れてくれ」
「えぇ、あれは事故なんで……」
口を揃えて言ったパルドとウォーゼルに、ルーシェは、えぇー? と大いに首を傾げた。あんなに可愛かったのに?
そんなルーシェの向かいで、リルクはパルドとウォーゼルの男装を、新鮮な気持ちで眺めていて。勿体ないなぁ、と呟いたルーシェが、ふいにジッと2人を見つめた。
何? とたじろいだパルドとウォーゼルに、そうして「うん」と1つ頷く。
「……アブリルの制服とかも似合いそ」
「いや、似合いませんし着ませんよ?」
すっごく良い事思いついた! と言わんばかりのルーシェに、被せ気味に反論しつつウォーゼルは苦笑いを零す。どうしてもそこからイメージが離れいらしい。
えー、とルーシェが唇を尖らせた。
「いいと思ったんだけどなぁ」
「大丈夫だよ、ケモ耳メイド服はこの業界では需要あるよ」
「なにも大丈夫じゃないですね? どうせやるなら、執事服を着て格好良くおもてなししたいです」
「執事服かぁ」
なぜか援護するリルクも笑顔で却下しつつ、自ら対案を出すウォーゼルに、自身の執事服姿を想像したパルドが楽しげに尻尾の先を揺らす。ピシッとした執事服で恰好良くおもてなし――うん、悪くない。
ただ、パルドから見ても、ウォーゼルはちょっとアリだなと思ったのだが――そんな4人のやり取りを見ていたアンリが、口を挟んだ。
「なんだなんだ、みんな知り合いなのか?」
その言葉に、すっかり4人で盛り上がってしまっていた、と気付いたリルクが朗らかに、だが少しきまり悪く頭を掻いた。
「っと、アンリさんは初めましてだったね。ウォーゼル、パルド、この人はアンリさん。ボク達の先輩だよ」
「アンリさん、はじめまして」
そうしてまずはアンリを紹介したリルクの言葉に、併せてウォーゼルが頭を下げる。パルドもその脇でちょこんと頭を下げた。
それからリルクはアンリを振り返り、ウォーゼル達を紹介する。
「アンリさん、この二人はウォーゼルとパルド。とあるイベントで天使と悪魔の可愛い女の子がいたから声かけて、それで知り合ったんだ」
「ワンピース、すっごく可愛かったんだよー」
横からルーシェもぐっと拳を握りつつ力説したが、そんな2人の解説に「ああ……」と相槌を打つアンリの頭の中には、幾つもの疑問符が飛び交った。ワンピースって何だ? 天使に悪魔って、一体どういう事なんだ?
説明のせいで余計に判らなくなったと、ゆえにアンリは困惑の眼差しになり。そこへ、慌てた様子のエレナが駆け寄ってきた。
「引き抜きはダメよ?! うちの貴重な戦力なんだから」
「エレナ?」
バッ、とウォーゼル達を背に庇いながら告げる、エレナの言葉にジルギスは顔をひょいと上げ、「ああ」と察する。恐らく、執事云々を半端に聞いて、勘違いしたのだろう。
ゆえに、そそっかしいな、と苦笑いした。
「違う違う。単に、2人にはメイド服も似合うんじゃないか、って話をしてただけだ」
「そう、なの……? 確かに、アヴリルの制服は似合うと思うけれど……」
「着ません!」
「着ないぞ!」
ジルギスの言葉に、納得しかけたエレナに慌てて、ウォーゼルとパルドは首を振る。そうなの? と今度は2人に首を傾げたエレナに、必死にこくこく頷いた。
うーん、とエレナは考える。アヴリルのメイド服姿、想像してみるとやっぱり2人に、とっても似合うと思うのだけども。
そうしてエレナは、先輩キャストらしくこう言った。
「……1日体験的なことなら大丈夫だから、行くなら誘ってね? 私も見たいわ」
「エレナさん……」
「だから着ないって……」
真剣なエレナの言葉に、がっくりと項垂れるウォーゼルとパルドである。否、執事服なら着てみたいけど。
クッ、とその様子にジルギスは喉の奥で笑いを噛み殺した。そうしてエレナの望みを叶え――じゃなかった、遅ればせながらこの話題に参戦するべく、口を開く。
「2人が希望するならウチは大歓迎だぞ? ね、アンリさん」
「おう、人手はいつだって歓迎だ。気になるなら1度、客として来るといい。精一杯おもてなしさせてもらいますよ」
そんなジルギスに話を振られ、アンリも大きく頷きながら座ったまま、執事っぽく礼をした。わ、とたちまちウォーゼルとパルドが好奇心に瞳を輝かせる。
そんな目で見られれば悪い気はしないと、微笑ましく見つめていたらリルクが、あれ、と小首を傾げる。
「アンリさん、2人のケモミミが気になってるの?」
「ん? いや」
「ねえパルド、耳触ってもいい? あと、アンリさんの次に僕も触らせて♪」
「耳? まぁ、触るくらいなら」
単に見ていただけだと、言おうとする前にたちまち話が纏まって、気付けばアンリの前にパルドが耳を触りやすいよう少し頭を下げていた。――まあ折角だしな、とアンリは腹をくくって、パルドの耳に手を伸ばす。
もふり、と手に暖かな毛皮が触れた。おぉ……と知らず感動を覚えたアンリに、くす、とウォーゼルが笑う。
「俺達のこれが珍しいですか? でしたら俺も、触るくらいなら大丈夫ですよ」
「ウォーゼルもいいの?!」
そんなウォーゼルの言葉に、ガバッ、と反応したのはリルクである。すかさずウォーゼルの頭へと伸ばし、耳と言わず髪と言わずわしゃわしゃと撫でまわし始めた。
思っていたのとは違う方向から触られて、ウォーゼルが「わ!?」と目を白黒させる。これを、もちろん黙って見ているルーシェではない。
「わぁ、いいな! わたしも、わたしもー!! ウォーゼルの耳、触らせてー♪」
「え、と、はい……?」
「今度は、パルドもー♪ わ、2人の耳、触り心地がちょっと違うね♪」
主張しながら猛然ともふり始めたルーシェに、ウォーゼルの腰が若干引けた。相棒の危機に気付いて助けようとするも、まだアンリにもふられていて動けぬパルドにも、ルーシェが手を伸ばし。
どっちも良い~、とにこにこするルーシェに圧されるように、アンリもウォーゼルの耳に手を伸ばす。最初は遠慮がちだった手付きは、次第に力強くなり始めた。
――実家の犬猫を思い出す。アンリの実家の犬猫達はすっかりでかくなっているけれど、幾つになったって可愛いもの。
記憶の中のその顔と、眼前のパルドやウォーゼルの笑顔が重なって見えたら、もう駄目だった。そんなアンリの手付きに、ついにパルドが控えめな声を上げる。
いや、嫌ではないのだけれど、
「……アンリさん、撫で方、そんな猫みたいな」
「……あ、悪い。つい実家の犬猫を思い出して……」
「へぇ、犬と猫を飼われてるんですね。ウチにもいるんですよ」
そうして頭を下げたアンリの言葉に、猛攻を受けながらもウォーゼルがほんわか笑顔になる。可愛くて見てるだけで癒されますよね、と家でお留守番してる子を思い浮かべた。
そんなやり取りに、エレナもそわそわし始める。いけないわ、仕事中なのよ、お客様がいるのよ、2人は後輩だし――と胸の中で幾つも理由を唱えたが、そわそわは収まらない。
そして――ついにエレナは尋ねた。
「わ、私もいいかしら?」
言葉は控えめだが、エレナの手は既にパルドの耳に吸い寄せられている。そうして指先がもふりと触れたら、もう駄目だった。
ふわ……と感動するエレナの指が、もふり、もふりと勝手に動く。その手はウォーゼルの耳にも伸びて――気付けばウォーゼルのもっふもふの尻尾をそっと抱き寄せ、頬ずりしていた。
もふりと頬が埋もれる感触は、至福。
(ふわふわ……もふ……)
「エ、エレナ……エレナが可愛い……」
そんな恋人を目撃した、ジルギスがまた悶絶し始めた。今度もっふもふのぬいぐるみを買おう、買ってプレゼントしよう、そうしよう。
だが、同じくその光景を目撃したリルクとルーシェからは、異口同音に「ニアずるい!」と文句が出た。
「僕ももふらせて! うわぁ、ウォーゼルの尻尾、すっごいもふもふ!」
「尻尾ほんともふもふだねぇ。癒される~♪」
そんな中、尻尾をホールドされているウォーゼルがついに悲鳴を上げた。
「あの……! そんな慌てなくても減りはしないですし、順番にっ!」
「え、と……そろそろ、注文、を……」
「……はッ!?」
併せてパルドの上げたか細い声に、エレナもようやく我に返る。慌ててもふっていた尻尾から手を放し、すっくと立ちあがると取り繕うように咳払いし、心を落ち着けた。
「失礼いたしました。お客様、ご注文をどうぞ!」
(ニアが可愛い……)
そんな恋人の愛らしい姿に、ジルギスは三度悶絶しそうになるのを必死に堪えた。これは何の修行だろう。可愛い。無理。死ぬ。癒される。
複雑過ぎる煩悶を抱えつつ、ジルギスは表面上は平静にもふり隊に声をかけた。
「ほら、その辺にしとかないと2人も困ってるぞ? 注文しないと店にも迷惑だしな」
「ああ、そうだな。悪かったな、癒された分しっかり食ってくわ」
その言葉に存外平静に頷いた、アンリがお高めかつボリューミーな一品を注文する。それに「はーい」とルーシェとリルクも良いお返事をして、もふっていた手を素直に止めた。
「あはは、やりすぎ? ごめんねぇ~。わたしは何にしようかなぁ♪ みんなは何にするー?」
「ごめんごめん、あまりにもいい触り心地だったからつい♪ 店員さん、おすすめはどれかな?」
「え、っと。おすすめは……」
その言葉に、やっと解放された尻尾を背中に庇いつつ案内するウォーゼルの影に、パルドは素早く隠れた。乱れた毛並みを撫でつけながら、深呼吸を繰り返してドキドキを落ち着けようと努力する。
ウォーゼルの方は平気なのかと、見ればもっふもふの尻尾が、内心を示すように少し膨らんでいた。すー、はー、と何度か深呼吸を繰り返してから、ポン、とそんな相棒の肩を叩いてパルドは位置を入れ替える。
「飲み物だったら、この辺も人気だ」
「そうなんだ? じゃあ……」
そうして案内を引き継いだパルドに、4人がそれぞれに注文をした。結果的に大量の注文を頂いて、かしこまりました! と3人は揃って元気な声を上げる。
そうして、今度は出来上がった注文をせっせとテーブルに運んだり、他のお客様の接客に向かったりと、3人は忙しく働き始め。そんな姿を眺めながら、お客様側の4人はのんびりと楽しいひと時を過ごしたのだった。
「いらっしゃいませ!」
「よう、エレナ」
そんなエレナの元気な声に、アンリ=スティロはひらりと軽く手を振った。あら、とエレナの瞳が嬉しそうに輝きアンリを見上げる。
エレナにとって、アンリは幼い頃から面倒を見てくれた、兄のような存在だ。だから、エレナの制服姿をまじまじと眺めていたアンリが、
「制服、よく似合ってるぜ。くるっと回ってみてくれよ」
ふいにそう言ったのに、いいわ、と頷き誇らしげにくるりと回ってみせる。気分は、こんなに大人になったのよ、といったところ。
そんなエレナに目を細め、うんうん、とアンリは頷いた。
「イイね!」
「ふふっ、ありがとう!」
それに嬉しそうに礼を言う、エレナを見つめるジルギス・ランバートも、内心で「うんうん、よく似合ってる」と全力で頷いている。否、ちょっと顔も動いている。
そんなジルギスに気付いたエレナが、恥ずかしそうに目元を染めた。だがその恥じらいは、アンリの後ろからひょいと顔を出した友人達のおかげで吹っ飛んでしまう。
「ニア……じゃないエレナ! 遊びに来たよ♪」
「まあ、来てくれたのね!」
「もっちろん! ここの制服も可愛いね!」
「うんうん、動きやすそうだし色もカラフルで可愛い! ニア……じゃなくて、エレナもいつもとまた違う雰囲気で素敵だね♪」
にっこりと手を振ったリルク・C・ラトウィッジの隣で、ルーシェ・アルジェントもエレナの制服姿に目を輝かせた。エイプリアンダイナーらしい、動きやすい短め丈のスカートと上着は、エレナを普段よりも快活に見せている。
2人の素直な賞賛に、エレナはにっこり笑顔を浮かべた。
「2人もありがとう♪ 普段着ないタイプの服だから似合うか心配だったのだけど、そう言ってもらえて嬉しいわ」
そうしてお礼を言ってから、コホンと咳払いして営業用の笑顔になった。胸を張って堂々と、お客様を店内へと導くように手を挙げて。
「ご案内しますね。どうぞこちらのお席へ」
そうして歩き始めるエレナの背は真っ直ぐで、アンリは微かに目を細める。混み合う店内の中、こちらですと案内されたのは、窓際の4人掛けの丸テーブルだ。
思い思いに座ったアンリ達に続き、腰を下ろしかけたジルギスの隣に、さり気なくエレナが立つ。おや、とジルギスは彼女を見上げた。
「エレナ、どうし……ッ!?」
「お帰りなさいませ、旦那さま♪」
そんなジルギスの、耳に触れそうな距離でのエレナの囁きは、破壊力抜群だ。刹那、ジルギスは耳朶を抑えながら真っ赤になる。
パクパクと、何か言おうと口が動いた。だが、エレナの恥じらう笑みが、なけなしの言葉と思考力すら奪う。
「ふふ、サロン風の挨拶を一度やってみたかったの――この店の挨拶とは違うから、内緒ね?」
「なッ、エッ、その」
「おしぼりをお持ちしますね! 何かあればお呼び下さい」
そうしてダメ押しのささやきをジルギスに落としてから、エレナはにっこりと案内して去って行き。
(ニアが……ニアが、可愛すぎるっ!!!)
――残されたジルギスがテーブルに突っ伏し悶絶するのを、アンリはどこか新鮮な気持ちで眺めた。何かあったんだろうな、と簡単に予想はつくが、アヴリルで一緒に働いている時にはかっちり執事然としているジルギスの、こんな姿は面白――珍しい。
そうして、ジルギスを動揺させたエレナも、なかなか。前からこんな感じだったか、と天井を睨んで考えこみ、こんな感じだった気がするな、と1人納得した。
(恋人になったとは聞いていたが……)
なかなかうまくやっているようだと、微笑ましく目を細めたアンリの両脇で、だがリルクとルーシェはニヤニヤが止まらない。
「おや? ジル先輩はどうしたのかなぁ?」
「んふふー、熱でもあるのかなぁ?」
ニヤニヤ、にまにま。活き活きと、両脇から見えない顔を見ようとして覗き込む姿は、本当に楽しそう。
ぴったりと息の合った2人に、後輩’sも相変わらず仲良しだなぁと思いつつ、気遣わしげな眼差しをジルギスへ注ぐアンリである。そろそろ止めないとと、思っていたら案の定、両脇からの二重奏に耐えかねたジルギスが呻いた。
「……リルク、ルーシェ、うるさい」
「――だよな。2人とも、そっとしておいてやれ。ほら、メニュー選びな」
「はーい♪」
「りょうかーい」
そんなジルギスの頭を、遅くなって悪かったと軽く叩きつつアンリが止めれば、リルクとルーシェは存外素直に頷く。ちょっとだけ楽しさが爆発してしまったけれど、ジルギスを困らせるつもりはないのだ。
ゆえに2人揃ってテーブル備え付けのメニューを覗き始めた、友人達を胡乱に見つめてから、ジルギスはアンリに小さく「ありがとうございます」と告げる。――仕事での疲れを癒されに来たというのに、早くもぐったりしてしまった。
そうして、先とは別の意味でぐったりとテーブルに突っ伏したジルギスや、リルクとルーシェのやり取りが何だか聞き覚えがあるぞ、とパルドは給仕の手を止め、店内を見回した。そんな相棒に気付いたウォーゼルが、きょとんと首を傾げる。
「パルド?」
「この声は……」
そんなウォーゼルに頷きつつも、パルドの眼差しはまだ店内をさ迷っていて。だがリルク達のテーブルに気が付くと、あ、と目を瞬かせた。
ウォーゼルもまた、そんなパルドの眼差しの先に居た知己を見て、驚きの表情になる。そうして2人顔を見合わせて、向かったのは勿論リルク達のテーブルだ。
「いらっしゃいませ!」
「久しぶりだな!」
そうして元気いっぱいに挨拶をしたウォーゼルに続き、パルドがニッと笑ってそう言えば、リルクとルーシェの顔に驚きと喜びが同時に浮かんだ。わ! とリルクが思わず立ち上がる。
「ウォーゼル達もここで働いてたんだ!」
「すごーい、久しぶり! 2人とも元気だった?」
「ほんとお久しぶりですね」
ぴょんぴょんしたくなるのをぐっと堪えてそう言った、ルーシェにもウォーゼルはにこにこ頭を下げる。良かったぁ、と嬉しくなってから、あれ? とルーシェは首を傾げた。
何だか違和感があるような、と考え込むルーシェの疑問は、面白がるようなリルクの言葉で氷解した。
「今日はスカートじゃないんだ?」
「あっ、ああっ! そういえば! フリフリのワンピース、よく似合ってたよね」
ぽん、と大きく両手を打って、ルーシェはかつて2人と会った時の晴れ姿を思い出し。――ああ、とパルドとウォーゼルは、そろって遠くを見つめた。
そう、何故か解らないのだけれど、かつて2人は女装していた事がある。共にフリフリのワンピースの、パルドは天使のコスチューム、ウォーゼルは悪魔のコスチュームを。
もちろん好きで着ていた訳ではないが、じゃあ何故と言われれば本当に謎。とまれ、リルクとルーシェに出会ったのはそんな時だから、2人の中でその時の印象が強いのは仕方ない。
仕方ない、けれども、
「……あれは……忘れてくれ」
「えぇ、あれは事故なんで……」
口を揃えて言ったパルドとウォーゼルに、ルーシェは、えぇー? と大いに首を傾げた。あんなに可愛かったのに?
そんなルーシェの向かいで、リルクはパルドとウォーゼルの男装を、新鮮な気持ちで眺めていて。勿体ないなぁ、と呟いたルーシェが、ふいにジッと2人を見つめた。
何? とたじろいだパルドとウォーゼルに、そうして「うん」と1つ頷く。
「……アブリルの制服とかも似合いそ」
「いや、似合いませんし着ませんよ?」
すっごく良い事思いついた! と言わんばかりのルーシェに、被せ気味に反論しつつウォーゼルは苦笑いを零す。どうしてもそこからイメージが離れいらしい。
えー、とルーシェが唇を尖らせた。
「いいと思ったんだけどなぁ」
「大丈夫だよ、ケモ耳メイド服はこの業界では需要あるよ」
「なにも大丈夫じゃないですね? どうせやるなら、執事服を着て格好良くおもてなししたいです」
「執事服かぁ」
なぜか援護するリルクも笑顔で却下しつつ、自ら対案を出すウォーゼルに、自身の執事服姿を想像したパルドが楽しげに尻尾の先を揺らす。ピシッとした執事服で恰好良くおもてなし――うん、悪くない。
ただ、パルドから見ても、ウォーゼルはちょっとアリだなと思ったのだが――そんな4人のやり取りを見ていたアンリが、口を挟んだ。
「なんだなんだ、みんな知り合いなのか?」
その言葉に、すっかり4人で盛り上がってしまっていた、と気付いたリルクが朗らかに、だが少しきまり悪く頭を掻いた。
「っと、アンリさんは初めましてだったね。ウォーゼル、パルド、この人はアンリさん。ボク達の先輩だよ」
「アンリさん、はじめまして」
そうしてまずはアンリを紹介したリルクの言葉に、併せてウォーゼルが頭を下げる。パルドもその脇でちょこんと頭を下げた。
それからリルクはアンリを振り返り、ウォーゼル達を紹介する。
「アンリさん、この二人はウォーゼルとパルド。とあるイベントで天使と悪魔の可愛い女の子がいたから声かけて、それで知り合ったんだ」
「ワンピース、すっごく可愛かったんだよー」
横からルーシェもぐっと拳を握りつつ力説したが、そんな2人の解説に「ああ……」と相槌を打つアンリの頭の中には、幾つもの疑問符が飛び交った。ワンピースって何だ? 天使に悪魔って、一体どういう事なんだ?
説明のせいで余計に判らなくなったと、ゆえにアンリは困惑の眼差しになり。そこへ、慌てた様子のエレナが駆け寄ってきた。
「引き抜きはダメよ?! うちの貴重な戦力なんだから」
「エレナ?」
バッ、とウォーゼル達を背に庇いながら告げる、エレナの言葉にジルギスは顔をひょいと上げ、「ああ」と察する。恐らく、執事云々を半端に聞いて、勘違いしたのだろう。
ゆえに、そそっかしいな、と苦笑いした。
「違う違う。単に、2人にはメイド服も似合うんじゃないか、って話をしてただけだ」
「そう、なの……? 確かに、アヴリルの制服は似合うと思うけれど……」
「着ません!」
「着ないぞ!」
ジルギスの言葉に、納得しかけたエレナに慌てて、ウォーゼルとパルドは首を振る。そうなの? と今度は2人に首を傾げたエレナに、必死にこくこく頷いた。
うーん、とエレナは考える。アヴリルのメイド服姿、想像してみるとやっぱり2人に、とっても似合うと思うのだけども。
そうしてエレナは、先輩キャストらしくこう言った。
「……1日体験的なことなら大丈夫だから、行くなら誘ってね? 私も見たいわ」
「エレナさん……」
「だから着ないって……」
真剣なエレナの言葉に、がっくりと項垂れるウォーゼルとパルドである。否、執事服なら着てみたいけど。
クッ、とその様子にジルギスは喉の奥で笑いを噛み殺した。そうしてエレナの望みを叶え――じゃなかった、遅ればせながらこの話題に参戦するべく、口を開く。
「2人が希望するならウチは大歓迎だぞ? ね、アンリさん」
「おう、人手はいつだって歓迎だ。気になるなら1度、客として来るといい。精一杯おもてなしさせてもらいますよ」
そんなジルギスに話を振られ、アンリも大きく頷きながら座ったまま、執事っぽく礼をした。わ、とたちまちウォーゼルとパルドが好奇心に瞳を輝かせる。
そんな目で見られれば悪い気はしないと、微笑ましく見つめていたらリルクが、あれ、と小首を傾げる。
「アンリさん、2人のケモミミが気になってるの?」
「ん? いや」
「ねえパルド、耳触ってもいい? あと、アンリさんの次に僕も触らせて♪」
「耳? まぁ、触るくらいなら」
単に見ていただけだと、言おうとする前にたちまち話が纏まって、気付けばアンリの前にパルドが耳を触りやすいよう少し頭を下げていた。――まあ折角だしな、とアンリは腹をくくって、パルドの耳に手を伸ばす。
もふり、と手に暖かな毛皮が触れた。おぉ……と知らず感動を覚えたアンリに、くす、とウォーゼルが笑う。
「俺達のこれが珍しいですか? でしたら俺も、触るくらいなら大丈夫ですよ」
「ウォーゼルもいいの?!」
そんなウォーゼルの言葉に、ガバッ、と反応したのはリルクである。すかさずウォーゼルの頭へと伸ばし、耳と言わず髪と言わずわしゃわしゃと撫でまわし始めた。
思っていたのとは違う方向から触られて、ウォーゼルが「わ!?」と目を白黒させる。これを、もちろん黙って見ているルーシェではない。
「わぁ、いいな! わたしも、わたしもー!! ウォーゼルの耳、触らせてー♪」
「え、と、はい……?」
「今度は、パルドもー♪ わ、2人の耳、触り心地がちょっと違うね♪」
主張しながら猛然ともふり始めたルーシェに、ウォーゼルの腰が若干引けた。相棒の危機に気付いて助けようとするも、まだアンリにもふられていて動けぬパルドにも、ルーシェが手を伸ばし。
どっちも良い~、とにこにこするルーシェに圧されるように、アンリもウォーゼルの耳に手を伸ばす。最初は遠慮がちだった手付きは、次第に力強くなり始めた。
――実家の犬猫を思い出す。アンリの実家の犬猫達はすっかりでかくなっているけれど、幾つになったって可愛いもの。
記憶の中のその顔と、眼前のパルドやウォーゼルの笑顔が重なって見えたら、もう駄目だった。そんなアンリの手付きに、ついにパルドが控えめな声を上げる。
いや、嫌ではないのだけれど、
「……アンリさん、撫で方、そんな猫みたいな」
「……あ、悪い。つい実家の犬猫を思い出して……」
「へぇ、犬と猫を飼われてるんですね。ウチにもいるんですよ」
そうして頭を下げたアンリの言葉に、猛攻を受けながらもウォーゼルがほんわか笑顔になる。可愛くて見てるだけで癒されますよね、と家でお留守番してる子を思い浮かべた。
そんなやり取りに、エレナもそわそわし始める。いけないわ、仕事中なのよ、お客様がいるのよ、2人は後輩だし――と胸の中で幾つも理由を唱えたが、そわそわは収まらない。
そして――ついにエレナは尋ねた。
「わ、私もいいかしら?」
言葉は控えめだが、エレナの手は既にパルドの耳に吸い寄せられている。そうして指先がもふりと触れたら、もう駄目だった。
ふわ……と感動するエレナの指が、もふり、もふりと勝手に動く。その手はウォーゼルの耳にも伸びて――気付けばウォーゼルのもっふもふの尻尾をそっと抱き寄せ、頬ずりしていた。
もふりと頬が埋もれる感触は、至福。
(ふわふわ……もふ……)
「エ、エレナ……エレナが可愛い……」
そんな恋人を目撃した、ジルギスがまた悶絶し始めた。今度もっふもふのぬいぐるみを買おう、買ってプレゼントしよう、そうしよう。
だが、同じくその光景を目撃したリルクとルーシェからは、異口同音に「ニアずるい!」と文句が出た。
「僕ももふらせて! うわぁ、ウォーゼルの尻尾、すっごいもふもふ!」
「尻尾ほんともふもふだねぇ。癒される~♪」
そんな中、尻尾をホールドされているウォーゼルがついに悲鳴を上げた。
「あの……! そんな慌てなくても減りはしないですし、順番にっ!」
「え、と……そろそろ、注文、を……」
「……はッ!?」
併せてパルドの上げたか細い声に、エレナもようやく我に返る。慌ててもふっていた尻尾から手を放し、すっくと立ちあがると取り繕うように咳払いし、心を落ち着けた。
「失礼いたしました。お客様、ご注文をどうぞ!」
(ニアが可愛い……)
そんな恋人の愛らしい姿に、ジルギスは三度悶絶しそうになるのを必死に堪えた。これは何の修行だろう。可愛い。無理。死ぬ。癒される。
複雑過ぎる煩悶を抱えつつ、ジルギスは表面上は平静にもふり隊に声をかけた。
「ほら、その辺にしとかないと2人も困ってるぞ? 注文しないと店にも迷惑だしな」
「ああ、そうだな。悪かったな、癒された分しっかり食ってくわ」
その言葉に存外平静に頷いた、アンリがお高めかつボリューミーな一品を注文する。それに「はーい」とルーシェとリルクも良いお返事をして、もふっていた手を素直に止めた。
「あはは、やりすぎ? ごめんねぇ~。わたしは何にしようかなぁ♪ みんなは何にするー?」
「ごめんごめん、あまりにもいい触り心地だったからつい♪ 店員さん、おすすめはどれかな?」
「え、っと。おすすめは……」
その言葉に、やっと解放された尻尾を背中に庇いつつ案内するウォーゼルの影に、パルドは素早く隠れた。乱れた毛並みを撫でつけながら、深呼吸を繰り返してドキドキを落ち着けようと努力する。
ウォーゼルの方は平気なのかと、見ればもっふもふの尻尾が、内心を示すように少し膨らんでいた。すー、はー、と何度か深呼吸を繰り返してから、ポン、とそんな相棒の肩を叩いてパルドは位置を入れ替える。
「飲み物だったら、この辺も人気だ」
「そうなんだ? じゃあ……」
そうして案内を引き継いだパルドに、4人がそれぞれに注文をした。結果的に大量の注文を頂いて、かしこまりました! と3人は揃って元気な声を上げる。
そうして、今度は出来上がった注文をせっせとテーブルに運んだり、他のお客様の接客に向かったりと、3人は忙しく働き始め。そんな姿を眺めながら、お客様側の4人はのんびりと楽しいひと時を過ごしたのだった。