血の果ての安寧

キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2024年06月30日 09時00分46秒

 国外追放を言い渡された後、ロヴェル=ハーヴェンは【隠叡の一族】の隠れ里へと身を寄せた。一族は【屍涯宮(モルド・サイン)】との戦いによって壊滅的な被害を受け、生き残った者は復興のために終始慌ただしくしていた。
 帝都決戦の勝利に沸き活性化した市場に運よく滑り込むことができ、里の人々は想定よりも早く安定した生活を取り戻しているものの――。
「ごほんよんで! よんで! ねー! おひめさまはどうなったの?」
「おい、今日は俺に稽古つけてくれる約束だろ!」
「ろびー、かくれんぼしたい」
 ロヴェルの日々は常に子供達に囲まれ、賑やかを通り越して騒がしいものだった。

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「すっかり子守りが板についてますね、ロビ。私にも御本を読んでいただけませんか?」
「……『魔術行使とエーテル拡散率』第二章『物性の理解と分極』からでいいか?」
 ロヴェルは疲弊も隠さず、据わった目で少年を睨みつけた。
 かつて月の砂(モニー)と呼ばれていた少年は、素顔を隠していた面を取り去り、一族の衣に身を包んでいる。少年は上品に口元を隠して笑うと、「冗談ですから怒らないで」と続ける。
「それとその本の内容は知っています。私が書いたので」
「……」
 ロヴェルは無言で手に取った本を山に戻した。
 族長であるクレオンが「とにかく人手がいる」といって呼んだのがこの少年だった。旧知の間柄というよしみ、そして少年が【月の塔】の弟子たちと共に隠棲先を探していたということもあって話はとんとん拍子に進んだ。
 そういうわけで現状、体力のある男手は出稼ぎに、それ以外が里を預かり分担して切り盛りするという形だ。
「私が言いたいのは、小さき命(彼ら)は敏感で聡く、誰を頼れば安全か正確に理解しているということです。私は嫌われていますしね」
 少年が『なんとなく怖い』と言われ子供達から距離を置かれていることを、ロヴェルも理解している。そしてこの少年はそれを利用して、ロヴェルに一時の休息を与えにやってきたのだ。
「具合も良くなってきているようですね。子供達の相手がなければもっと回復も早いでしょうに」
「これ以上悪化するようなものでもないからな」
「ですが私は心配です。細君のことをお忘れでは?」
 妻を引き合いに出され、ロヴェルは顔を上げた。
「波瀾万丈の末にようやく想いが通じ合ったというのに別れねばならず、全てを捨てて再会を果たしたと思えば、夜の共寝まで子供達と一緒、ですからね」
「それは、」
 里の子供達があの夜を思い出して泣き出してしまうのを宥める必要があるからだ――とはいえ、ロヴェルは反論できる立場にはないと口をつぐむ。
「夫婦の問題にまで首を突っ込まないでください」
 そこへ、当の本人(キーリ)が帳を勢いよく上げて入ってきた。キーリに睨まれた少年はのんびり立ち上がり、二人に軽く手を振る。
「ではごゆっくり。我々は子供たちと夕食を作ります」
「新作(へんなもの)を混ぜないでくださいね!」
 好奇心旺盛で知的探究心の赴くままに行動する【塔】の面々は、時折素面でとんでもないことをしでかすのだ。キーリは釘を刺しつつ、ロヴェルのそばへ腰を下ろす。
「少しお疲れのご様子ですが」
「私は問題ない。君は……」
「貴方ほどではありません。……彼はああ言っていますが、子供たちと一緒に寝るのは私も賛成したことです。私が、そうしたいんです……安心するから」
 キーリは噛み締めるようにそう言うも、ふと顔を背けた。
「……それに二人きりで寝るのはその、さすがに私も心身ともにしっかり準備をしたいというか」
 もごもごと口籠るキーリの耳が少し赤いのに気づき、ロヴェルは手を伸ばした。振り返ったキーリは頬に触れた指先に驚き、目を見開く。
「えっあ、あの?」
「赤いから、冷やした方がいい。ここの陽射しは強すぎる」
「あっはいそうですよね……そうします……」
 肩を落としたキーリは、気を取り直して懐から手紙の束を取り出す。
「私たち宛に手紙が届いたそうなので、お持ちしました」
「我々に?」
 二人の居所は知る人間はごくわずかだ。丁寧に開いたそれひとつひとつから溢れる押し花に、ロヴェルは差出人の顔ぶれを悟った。
 二人は身を寄せ合い、綴られた安寧の祈りを指でなぞる。彼らとのやりとりはこれが最後となるだろう。
「ロヴェル。私の望みは貴方の隣です」
 心の内を読んだかのようなキーリの言葉に、ロヴェルはかつて喪ったものに思いを馳せた。
 あの日、同じ言葉とともに恋人と別れた。
 あの日それを選ばなかったら、何か変わったのだろうか。
 ――この選択は、何かを変えられるだろうか。
「……そろそろ出稼ぎに出た者たちも戻ってくる。この慌ただしさも落ち着くはずだ。準備が整い次第、婚礼衣装を贈ろう」
「楽しみにしています」
 触れ合った指先が、どちらともなく絡む。
 少なくとも今、身を引き裂かれるような痛みは感じない。ただ温もりを分かち合っているという心地よさだけがあり、ロヴェルは目を閉じた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0