スパイ潜入大作戦!
四月カフェ狂想曲 イベントノベル(テーマ)卯月浪漫茶房制作 STANZA納品 2024年05月14日 09時59分30秒
盗んだネタで、おもてなす。
それがエイプリアンダイナーの矜持である。 ※諸説あります
そんな彼等のアンテナに不穏な情報が引っかかった。
卯月浪漫茶房がダイナーのシマを横取りしようと、何やら企んでいるというのだ。
事態を重く見た上層部の動きは迅速だった。
招集されたのは、フュルフュール、クリス、BELLの3名。
その人物評に関するデータには、いずれ劣らぬ精鋭達と記されていた。
データなんて、いくらでも偽造や書き換えが出来るんですけどね。
だってスパイだもの。
「本日はご指導よろしくお願いします!」
出動を前に、クリスが緊張の面持ちで……いや、ないな。緊張の欠片もない。
その全身から溢れる空気は、遠足前夜の小学生そのものだ。
一方のBELLも表情にこそ緊張が見られるものの、頭に猫を被っている。物理で。
「こいつはフーアってぇ俺の相棒だ」
BELLはいつも、猫のフーアと一緒にダイナーで食事を摂る。
「客として潜入するってんなら、普段通りが良いと思ってなぁ」
卯月浪漫茶房が毛玉OKかどうかは知らないが、うさぎ大王をおもてなししようというのだから、恐らく問題はないだろう。
「そうやって平常心で臨むのも、スパイにとっては大切な心得ね」
潜入任務はこれが初めてという二人を前に、フュルフュールは軽く頷いてレクチャーを続ける。
スパイ特有の秘密言語を用いている為、部外者がその内容を知る事は出来ない。
だが生まれ落ちたその瞬間から――いや、母の胎内で羊水の揺籃に浮かんでいたその頃から、スパイとしての教育と薫陶を受けて来たフュルフュールの言葉だ。さぞかし実践的かつ高効率で、有意義にして完璧なアドバイスだったに違いない。
「この国は独特な文化が魅力的だし、お客さんとしても素直に楽しみ!」
クリスは寧ろ普通に客として楽しみすぎて、目的を忘れそうな勢いだ。
「フーアが食えるもの、あるといいんだがなぁ」
BELLが頭上に声をかけると、「んなぁお」という声が返って来た。
「なかったら、どうするの?」
戯れに尋ねたフュルフュールに、BELLの瞳に凶暴な光が宿る。
「要は茶房のヤンチャを止めりゃぁ良いんだろぅ? だったらスパイとかまどろっこしい事はナシに、物理で潰した方が手っ取り早いしラクで良いよなぁ?」
「そうね、それもアリかも」
だが建前上、5つのカフェは平和共存が求められている為、表立った敵対行動は出来ない。
「それでも、事故は起きるものよね」
フュルフュールがその目を細める。
「面白そう。どういう結末になるのか、楽しみね」
そして彼等に命令が下る。
クリスとBELLは客として、フュルフュールはキャストとして卯月浪漫茶房に潜入し、情報の詳細を掴んで来るのだ!
「ふー、まさかこんな事が起こるとは思ってなかったんでビックリっすよー」
ホームに戻って思いっきり気を抜いた六花が、気を抜きながらも店長に詰め寄る。
「あーしが潜入時に聞いてて良かったよーなもんっす」
なんとダイナーが茶房のイベントに関する情報を入手したまさにその時、六花はSHINOBIとしてそこに潜入していたのだ。
とはいえダイナーも、まだイベントの詳細までは掴んでいない様子だった。
「で、あーしも知らないんすけど、具体的にどんなイベントやるんすかー?」
問われても、店長には答えられない。
だって今から考えるんだもの、キャストの皆さんが。
というわけで、会議です。
参加者は六花の他、黙っていれば知的で聡明なSAMURAIリディリディと、キャストにして用心棒の華緋(ハナビ)の三人。
店長も同席しているが、口を出す事はない。良いアイデアは現場から、上は黙って金だけ出せば良いというのが店長の矜持だった。
なんとなく流れで司会進行役に収まった六花はまず、華緋に意見を求めてみる。
だが彼女の視線は天井の一点に据えられたきり、微動だにしない。その顔には「頭脳労働は丸投げします」と書かれていた。
「平常運転っすよねー、知ってたっす」
次に六花はリディリディに視線を向ける。
こちらも日頃の言動から察するに、あまり期待は出来そうもない――と思ったら。
「エイプリアンダイナーと言えばポップでレトロ、笑顔の溢れる職場のイメージがあります」
案に相違して、真っ当な答えが返って来た。
「ですのでダイナーのお客様には、あの『すぽぅてぃな恰好』がウケているのではと考えます」
「じゃ、あーしらにもあんなカッコしろって?」
「いいえ、何事も形から入るのは素人です。けれど私達はプロですから」
凛々しく表情を引き締め、リディリディは続ける。
「配膳中に居合を披露してはどうでしょうか」
室内に重たい沈黙が落ちる。
沈黙は重いが空気は軽い。ふわっふわだ。
「……は? いあい?」
六花は助けを求めるように華緋を見た。
「居合か、良いな」
「良いんすか!?」
いや待って、ちょっと待って。
「華火サンにリディサンや、大王さんにそういうの刺さるんすか?」
「ど真ん中どすとらいくです」
「間違いない」
自信と期待に満ちたキラキラの瞳×4が六花を見返す。駄目だこのSAMURAIコンビ。
一縷の望みと共に、六花の目は店長に向けられた。
「いやいやイベントってそういう事じゃない気が……ってノリ気っすか店長!」
駄目だこの店。
この時、六花は本気で転職を考えた。
だがこの界隈どこもこんなもんだった事を思い出し、諦めと共に全てを飲み込むのだった。
そして翌日。
イベントは唐突に始まった。
「いらっしゃいっす、なんか頼むっすか……なんも頼まなくても別にいいんすけど」
不自然な営業スマイルのダル接客に迎えられたクリスは、一番奥の席に収まる。
「あ、じゃあこの『ふるーつあんみつぱふぇ』をお願いします!」
「頼むんすか、面倒っすね……」
注文を取った六花は、ダルそうに立ち去ろうとする。
その翻った袂を、クリスはがっしと掴んで引き止めた。
「イベントにはどうすれば参加できますか!」
「……は? イベント?」
「はい! 楽しそうなので来ちゃいました!」
その答えに、六花の中でNINJAの本能が警報を鳴らした。
(何故それを……告知も宣伝もしてないっすよ?)
それどころか何の練習も打ち合わせもしていないし、そもそも今日からやるなんて聞いてない。
(あーしらキャストも知らない情報を持つこの客……まさか間者っすか?)
内心の動揺をNINJAFACEに隠し、六花はすっとぼけた。
「あーしバイトなんで、知らねっす」
BELLは頭に猫を被ったまま、店に足を踏み入れた。
「オヌシ客か。まあ座れ」
接客に来たのはいかにも真面目で堅物そうな無愛想キャストだった。
だが猫被りを咎める事もなく通した上に、フーアの為に椅子を引いてくれたので、きっと良い奴に違いない。
(名は華緋か)
さりげなく名札をチェックして、BELLは渡されたメニューを開く。
その片隅に「メニューに記載のないお料理もご用意いたします」と書かれている。
「この店にゃ、なんか猫が食えるようなモンは置いてあるのかぃ?」
「ねこまんまなら出せるぞ」
その返答に、BELLの眉がぴくりと動いた。
「おいおい、おめぇさんよぉ。俺の大事な相棒を病気にしようってぇのかぃ?」
ねこまんまと言えばご飯に鰹節、だが米は猫の主食ではないし、鰹節に至っては塩分とミネラル過多で腎臓に障害を引き起こす危険があるのだ。
「それなら心配はない」
華緋が答える。
「ねこまんまと呼んではいるが、プレミアムフードに猫用の減塩鰹節を少量トッピングしたものだ」
「そうか。ならそいつと……俺には天ぷらそばとぜんざいのセットで頼まぁ」
「かしこまりだ」
メニューを下げてオーダーを告げに行く華緋の背中を、BELLは見るともなしに見送った。
スパイとしての潜入には不慣れだが、今のところ怪しまれる事なく過ごせている、筈だ。
(しかし例のイベントってぇのが何なのか……暫くは様子見だなぁ)
少し時間をずらして店に入ったリディリディは、そこに居る筈のない人物を見付けて不思議そうに首を傾げた。
「あら、ピュルピュールさん? 今日はお休みじゃなかったです?」
「うん、でも今月はちょっと財布がピンチで」
問われて、ピュルピュールと呼ばれたキャストは何食わぬ顔で答える。
「だから休日返上で働きに来たってわけ」
「ああ、そういえば月末に推しドルさんのライブがあるんでしたね」
「そうそう、新しいグッズも出るし、もう出費が大変!」
リディリディはその受け答えに納得した様子で、仕事に取り掛かろうと背を向ける。
だがピュルピュールの中身は、茶房のキャストに変装したフュルフュールだったのだ!
スパイとしての潜入と見せかけ、その実はダイナーvs茶房の攻防を一番の特等席で見る為に潜り込んだ、単なる野次馬である。
(国防といっても、ガードの緩いのは一人はいるのよね)
従業員シフトを弄るのは簡単だったし、店長は店に利益が出ている限り何事にも口を出さない放任主義。我ながら見事な、穴のない潜入工作だった。
だが好事魔多し、己の才能に酔ったフュルフュールは、つい余計な一言を発してしまった。
「それにほら、今日って例のイベントの日でしょ? 私も楽しみで!」
「え? イベント……ですか?」
振り向いたリディリディはかくりと首を傾ける。
「それ今日でしたっけ?」
しまった、墓穴を掘ったか。
思わず身を固くするフュルフュール、だがその緊張はリディリディがポンと手を打つ音で解除された。
「そうでした! 言われてみればそんな気がします!」
危機一髪、リディリディの天然に救われた。
「それでは始めましょう! いっつしょうたいむ、です!」
リディリディは声と共に白刃一閃、居合抜きからのクリスの目の前に置かれた食べかけのパフェごとテーブルを一刀両断!
「えっ」
クリスは暫し固まった。
隣のテーブルで食事を楽しんでいたBELLは箸を取り落し、フーアは皿をひっくり返して天井近くまで垂直に飛び上がった。
他の客も、それどころかキャスト(一部を除く)までが驚いている。
(これってどう楽しむのが正解なのかな。盛り上がるのが良いのか、静かに拍手するのが良いのか……)
いや、おもてなしに正解はない。
受けた者がそれを正解と感じるなら、どんなパフォーマンスも全て正解となり得るのだ。
(もう開き直って楽しんじゃいましょう。お客さんがおもてなしを楽しむのは当たり前だもんね!)
クリスは褒めた、素直に、心の赴くままに。
「お見事な腕前です……!」
「恐れ入ります、引き続き、ごゆっくりお食事をお楽しみください」
にこりと微笑み、リディリディは去って行く。
器はおろかテーブルごと真っ二つに切られたパフェをどうやって楽しめば良いのか、それは誰も教えてくれなかった。
(マジかー、マジで居合になっちゃったかー、剣舞スゲー)
お盆を胸に抱いたまま、六花は呆然とその光景を見つめていた。
(うわー、ホントに刀で切れるんだー)
ツッコミ担当の自負はあるが、もはや何をどこからどうやって突っ込めば良いのかわからない。
「フーア、大丈夫か? 怪我はしてないか?」
BELLは相棒の無事を確認すると、蹴るように席を立った。
茶房が秘密裏に計画していたイベントは、居合道パフォーマンス。
この目で見ても信じられないが、この目で見たのだから間違いはない。
この情報を、一刻も早く持ち帰らねば。
ミステリーやゾンビ物なら死亡フラグだが、これは平和なおもてなし大会だ。
それに猫命優先は鋼のフラグも棒きれの如くへし折る絶対正義なのである。
ネコチャンは無事に逃がした。
さあ、後は何でも好きにするがいい!
予想の斜め上を行く展開に、流石のフュルフュールも言葉を失って立ち尽くしていた。
その背に、華緋が疑いの目を向ける。
「怪しいな、オヌシ本当にピュルピュールか?」
今日も今日とていつものように、不審な客がいないか張り切って目を光らせていた華緋は、その目をキャストにも容赦なく向けていた。
ならば真っ先にリディリディの行動を不審かつ不穏と認定すれば良さそうなものだが、SAMURAIにとっては剣技の冴えこそ至高、技術の高さは人格の高さであった。
「その足の運び、見事な接客術……さては貴様スパイだな、私にはそんなことできないぞ!」
万事休すか。
だが華緋は天性の勘(気のせい)で見抜い(たつもりになっ)ているだけだった。
「まあまあ、華緋さんは早とちりさんですね」
リディリディがやんわりと否定する。
「ピュルピュールさんはNINJAですよ? だからあのような動きも朝飯前なのですよ。きっと」
「そうか……じゃあスパイと違うか……」
「そうですよ。その証拠に、ピュルピュールさんは分身の術が使えるんです」
いや無理。変装は出来ても技のコピーとか無理。
だがリディリディは彼女の疑いを晴らす為、善意100%で次々と無邪気に無茶振りを要求する。
「水の上だって走れるし、身代わりの術も使えるんですよね? あと、忍法微塵隠れ! ぜひ見てみたいです!」
だから無理です死んじゃいます。
「でも、お店の中では難しいですし……あっ、居合と手裏剣で模擬戦というのはどうでしょう?」
「良いな、いっそ御前試合にしてはどうか」
「ごぜんじあい?!?!」
こっそり聞いていた六花の声が裏返る。
「SAMURAI vs NINJA、茶房らしくて良いと思いませんか?」
「いやいや華火サンにリディサンや、そんなに簡単に間者はあやしい行動しないっしょ? あーしが潜入してる時もバレないよう色々と工夫しt――」
「!? なんでわかったの!?」
ここでまさかの自白である。善意の無茶振りがフュルフュールの精神をじわじわと追い詰めていたようだ。
「……ってホントに間者なんかーい!」
「キサマ、やはりそうだったか!」
「私達を謀るとは……逃げられるとお思いですか?」
茶房の三人がフュルフュールを取り囲む。
しかし、ここでNINJAの 術が炸裂した!
「忍法、微塵隠れ!」
どっかーーーん!
いや、ただの発煙筒ですけどね。
音と煙がド派手なだけの。
だが茶房の店内はパニックに陥った。
「ってか、ダイナー側の間者、色々と甘かぁねっすか? こっちを過小評価してるって言うか……って、なんでそっちに刀飛んでいくんすかー!!」
刀どころか屋根も飛んでるけどね。
「えー……うん、は、え、ドユコト?」
華緋が頭から煙を出して稼働停止している間に、全てが終わっていた。
「私もそれが聞きたいです!」
瓦礫の中でパフェの残り半分を食べながら、クリスが尋ねる。
「これはどんな意図があるんですか? どんな楽しみ方を想定したおもてなしなんでしょうか? 後学の為、是非ともお聞かせ願いたいです!」
向学心に溢れたキラキラの瞳が、疲れ果てた茶房のキャストを見つめる。
わからん。
どうしてこうなった。
誰もが、それしか言えなかった。
それがエイプリアンダイナーの矜持である。 ※諸説あります
そんな彼等のアンテナに不穏な情報が引っかかった。
卯月浪漫茶房がダイナーのシマを横取りしようと、何やら企んでいるというのだ。
事態を重く見た上層部の動きは迅速だった。
招集されたのは、フュルフュール、クリス、BELLの3名。
その人物評に関するデータには、いずれ劣らぬ精鋭達と記されていた。
データなんて、いくらでも偽造や書き換えが出来るんですけどね。
だってスパイだもの。
「本日はご指導よろしくお願いします!」
出動を前に、クリスが緊張の面持ちで……いや、ないな。緊張の欠片もない。
その全身から溢れる空気は、遠足前夜の小学生そのものだ。
一方のBELLも表情にこそ緊張が見られるものの、頭に猫を被っている。物理で。
「こいつはフーアってぇ俺の相棒だ」
BELLはいつも、猫のフーアと一緒にダイナーで食事を摂る。
「客として潜入するってんなら、普段通りが良いと思ってなぁ」
卯月浪漫茶房が毛玉OKかどうかは知らないが、うさぎ大王をおもてなししようというのだから、恐らく問題はないだろう。
「そうやって平常心で臨むのも、スパイにとっては大切な心得ね」
潜入任務はこれが初めてという二人を前に、フュルフュールは軽く頷いてレクチャーを続ける。
スパイ特有の秘密言語を用いている為、部外者がその内容を知る事は出来ない。
だが生まれ落ちたその瞬間から――いや、母の胎内で羊水の揺籃に浮かんでいたその頃から、スパイとしての教育と薫陶を受けて来たフュルフュールの言葉だ。さぞかし実践的かつ高効率で、有意義にして完璧なアドバイスだったに違いない。
「この国は独特な文化が魅力的だし、お客さんとしても素直に楽しみ!」
クリスは寧ろ普通に客として楽しみすぎて、目的を忘れそうな勢いだ。
「フーアが食えるもの、あるといいんだがなぁ」
BELLが頭上に声をかけると、「んなぁお」という声が返って来た。
「なかったら、どうするの?」
戯れに尋ねたフュルフュールに、BELLの瞳に凶暴な光が宿る。
「要は茶房のヤンチャを止めりゃぁ良いんだろぅ? だったらスパイとかまどろっこしい事はナシに、物理で潰した方が手っ取り早いしラクで良いよなぁ?」
「そうね、それもアリかも」
だが建前上、5つのカフェは平和共存が求められている為、表立った敵対行動は出来ない。
「それでも、事故は起きるものよね」
フュルフュールがその目を細める。
「面白そう。どういう結末になるのか、楽しみね」
そして彼等に命令が下る。
クリスとBELLは客として、フュルフュールはキャストとして卯月浪漫茶房に潜入し、情報の詳細を掴んで来るのだ!
「ふー、まさかこんな事が起こるとは思ってなかったんでビックリっすよー」
ホームに戻って思いっきり気を抜いた六花が、気を抜きながらも店長に詰め寄る。
「あーしが潜入時に聞いてて良かったよーなもんっす」
なんとダイナーが茶房のイベントに関する情報を入手したまさにその時、六花はSHINOBIとしてそこに潜入していたのだ。
とはいえダイナーも、まだイベントの詳細までは掴んでいない様子だった。
「で、あーしも知らないんすけど、具体的にどんなイベントやるんすかー?」
問われても、店長には答えられない。
だって今から考えるんだもの、キャストの皆さんが。
というわけで、会議です。
参加者は六花の他、黙っていれば知的で聡明なSAMURAIリディリディと、キャストにして用心棒の華緋(ハナビ)の三人。
店長も同席しているが、口を出す事はない。良いアイデアは現場から、上は黙って金だけ出せば良いというのが店長の矜持だった。
なんとなく流れで司会進行役に収まった六花はまず、華緋に意見を求めてみる。
だが彼女の視線は天井の一点に据えられたきり、微動だにしない。その顔には「頭脳労働は丸投げします」と書かれていた。
「平常運転っすよねー、知ってたっす」
次に六花はリディリディに視線を向ける。
こちらも日頃の言動から察するに、あまり期待は出来そうもない――と思ったら。
「エイプリアンダイナーと言えばポップでレトロ、笑顔の溢れる職場のイメージがあります」
案に相違して、真っ当な答えが返って来た。
「ですのでダイナーのお客様には、あの『すぽぅてぃな恰好』がウケているのではと考えます」
「じゃ、あーしらにもあんなカッコしろって?」
「いいえ、何事も形から入るのは素人です。けれど私達はプロですから」
凛々しく表情を引き締め、リディリディは続ける。
「配膳中に居合を披露してはどうでしょうか」
室内に重たい沈黙が落ちる。
沈黙は重いが空気は軽い。ふわっふわだ。
「……は? いあい?」
六花は助けを求めるように華緋を見た。
「居合か、良いな」
「良いんすか!?」
いや待って、ちょっと待って。
「華火サンにリディサンや、大王さんにそういうの刺さるんすか?」
「ど真ん中どすとらいくです」
「間違いない」
自信と期待に満ちたキラキラの瞳×4が六花を見返す。駄目だこのSAMURAIコンビ。
一縷の望みと共に、六花の目は店長に向けられた。
「いやいやイベントってそういう事じゃない気が……ってノリ気っすか店長!」
駄目だこの店。
この時、六花は本気で転職を考えた。
だがこの界隈どこもこんなもんだった事を思い出し、諦めと共に全てを飲み込むのだった。
そして翌日。
イベントは唐突に始まった。
「いらっしゃいっす、なんか頼むっすか……なんも頼まなくても別にいいんすけど」
不自然な営業スマイルのダル接客に迎えられたクリスは、一番奥の席に収まる。
「あ、じゃあこの『ふるーつあんみつぱふぇ』をお願いします!」
「頼むんすか、面倒っすね……」
注文を取った六花は、ダルそうに立ち去ろうとする。
その翻った袂を、クリスはがっしと掴んで引き止めた。
「イベントにはどうすれば参加できますか!」
「……は? イベント?」
「はい! 楽しそうなので来ちゃいました!」
その答えに、六花の中でNINJAの本能が警報を鳴らした。
(何故それを……告知も宣伝もしてないっすよ?)
それどころか何の練習も打ち合わせもしていないし、そもそも今日からやるなんて聞いてない。
(あーしらキャストも知らない情報を持つこの客……まさか間者っすか?)
内心の動揺をNINJAFACEに隠し、六花はすっとぼけた。
「あーしバイトなんで、知らねっす」
BELLは頭に猫を被ったまま、店に足を踏み入れた。
「オヌシ客か。まあ座れ」
接客に来たのはいかにも真面目で堅物そうな無愛想キャストだった。
だが猫被りを咎める事もなく通した上に、フーアの為に椅子を引いてくれたので、きっと良い奴に違いない。
(名は華緋か)
さりげなく名札をチェックして、BELLは渡されたメニューを開く。
その片隅に「メニューに記載のないお料理もご用意いたします」と書かれている。
「この店にゃ、なんか猫が食えるようなモンは置いてあるのかぃ?」
「ねこまんまなら出せるぞ」
その返答に、BELLの眉がぴくりと動いた。
「おいおい、おめぇさんよぉ。俺の大事な相棒を病気にしようってぇのかぃ?」
ねこまんまと言えばご飯に鰹節、だが米は猫の主食ではないし、鰹節に至っては塩分とミネラル過多で腎臓に障害を引き起こす危険があるのだ。
「それなら心配はない」
華緋が答える。
「ねこまんまと呼んではいるが、プレミアムフードに猫用の減塩鰹節を少量トッピングしたものだ」
「そうか。ならそいつと……俺には天ぷらそばとぜんざいのセットで頼まぁ」
「かしこまりだ」
メニューを下げてオーダーを告げに行く華緋の背中を、BELLは見るともなしに見送った。
スパイとしての潜入には不慣れだが、今のところ怪しまれる事なく過ごせている、筈だ。
(しかし例のイベントってぇのが何なのか……暫くは様子見だなぁ)
少し時間をずらして店に入ったリディリディは、そこに居る筈のない人物を見付けて不思議そうに首を傾げた。
「あら、ピュルピュールさん? 今日はお休みじゃなかったです?」
「うん、でも今月はちょっと財布がピンチで」
問われて、ピュルピュールと呼ばれたキャストは何食わぬ顔で答える。
「だから休日返上で働きに来たってわけ」
「ああ、そういえば月末に推しドルさんのライブがあるんでしたね」
「そうそう、新しいグッズも出るし、もう出費が大変!」
リディリディはその受け答えに納得した様子で、仕事に取り掛かろうと背を向ける。
だがピュルピュールの中身は、茶房のキャストに変装したフュルフュールだったのだ!
スパイとしての潜入と見せかけ、その実はダイナーvs茶房の攻防を一番の特等席で見る為に潜り込んだ、単なる野次馬である。
(国防といっても、ガードの緩いのは一人はいるのよね)
従業員シフトを弄るのは簡単だったし、店長は店に利益が出ている限り何事にも口を出さない放任主義。我ながら見事な、穴のない潜入工作だった。
だが好事魔多し、己の才能に酔ったフュルフュールは、つい余計な一言を発してしまった。
「それにほら、今日って例のイベントの日でしょ? 私も楽しみで!」
「え? イベント……ですか?」
振り向いたリディリディはかくりと首を傾ける。
「それ今日でしたっけ?」
しまった、墓穴を掘ったか。
思わず身を固くするフュルフュール、だがその緊張はリディリディがポンと手を打つ音で解除された。
「そうでした! 言われてみればそんな気がします!」
危機一髪、リディリディの天然に救われた。
「それでは始めましょう! いっつしょうたいむ、です!」
リディリディは声と共に白刃一閃、居合抜きからのクリスの目の前に置かれた食べかけのパフェごとテーブルを一刀両断!
「えっ」
クリスは暫し固まった。
隣のテーブルで食事を楽しんでいたBELLは箸を取り落し、フーアは皿をひっくり返して天井近くまで垂直に飛び上がった。
他の客も、それどころかキャスト(一部を除く)までが驚いている。
(これってどう楽しむのが正解なのかな。盛り上がるのが良いのか、静かに拍手するのが良いのか……)
いや、おもてなしに正解はない。
受けた者がそれを正解と感じるなら、どんなパフォーマンスも全て正解となり得るのだ。
(もう開き直って楽しんじゃいましょう。お客さんがおもてなしを楽しむのは当たり前だもんね!)
クリスは褒めた、素直に、心の赴くままに。
「お見事な腕前です……!」
「恐れ入ります、引き続き、ごゆっくりお食事をお楽しみください」
にこりと微笑み、リディリディは去って行く。
器はおろかテーブルごと真っ二つに切られたパフェをどうやって楽しめば良いのか、それは誰も教えてくれなかった。
(マジかー、マジで居合になっちゃったかー、剣舞スゲー)
お盆を胸に抱いたまま、六花は呆然とその光景を見つめていた。
(うわー、ホントに刀で切れるんだー)
ツッコミ担当の自負はあるが、もはや何をどこからどうやって突っ込めば良いのかわからない。
「フーア、大丈夫か? 怪我はしてないか?」
BELLは相棒の無事を確認すると、蹴るように席を立った。
茶房が秘密裏に計画していたイベントは、居合道パフォーマンス。
この目で見ても信じられないが、この目で見たのだから間違いはない。
この情報を、一刻も早く持ち帰らねば。
ミステリーやゾンビ物なら死亡フラグだが、これは平和なおもてなし大会だ。
それに猫命優先は鋼のフラグも棒きれの如くへし折る絶対正義なのである。
ネコチャンは無事に逃がした。
さあ、後は何でも好きにするがいい!
予想の斜め上を行く展開に、流石のフュルフュールも言葉を失って立ち尽くしていた。
その背に、華緋が疑いの目を向ける。
「怪しいな、オヌシ本当にピュルピュールか?」
今日も今日とていつものように、不審な客がいないか張り切って目を光らせていた華緋は、その目をキャストにも容赦なく向けていた。
ならば真っ先にリディリディの行動を不審かつ不穏と認定すれば良さそうなものだが、SAMURAIにとっては剣技の冴えこそ至高、技術の高さは人格の高さであった。
「その足の運び、見事な接客術……さては貴様スパイだな、私にはそんなことできないぞ!」
万事休すか。
だが華緋は天性の勘(気のせい)で見抜い(たつもりになっ)ているだけだった。
「まあまあ、華緋さんは早とちりさんですね」
リディリディがやんわりと否定する。
「ピュルピュールさんはNINJAですよ? だからあのような動きも朝飯前なのですよ。きっと」
「そうか……じゃあスパイと違うか……」
「そうですよ。その証拠に、ピュルピュールさんは分身の術が使えるんです」
いや無理。変装は出来ても技のコピーとか無理。
だがリディリディは彼女の疑いを晴らす為、善意100%で次々と無邪気に無茶振りを要求する。
「水の上だって走れるし、身代わりの術も使えるんですよね? あと、忍法微塵隠れ! ぜひ見てみたいです!」
だから無理です死んじゃいます。
「でも、お店の中では難しいですし……あっ、居合と手裏剣で模擬戦というのはどうでしょう?」
「良いな、いっそ御前試合にしてはどうか」
「ごぜんじあい?!?!」
こっそり聞いていた六花の声が裏返る。
「SAMURAI vs NINJA、茶房らしくて良いと思いませんか?」
「いやいや華火サンにリディサンや、そんなに簡単に間者はあやしい行動しないっしょ? あーしが潜入してる時もバレないよう色々と工夫しt――」
「!? なんでわかったの!?」
ここでまさかの自白である。善意の無茶振りがフュルフュールの精神をじわじわと追い詰めていたようだ。
「……ってホントに間者なんかーい!」
「キサマ、やはりそうだったか!」
「私達を謀るとは……逃げられるとお思いですか?」
茶房の三人がフュルフュールを取り囲む。
しかし、ここでNINJAの 術が炸裂した!
「忍法、微塵隠れ!」
どっかーーーん!
いや、ただの発煙筒ですけどね。
音と煙がド派手なだけの。
だが茶房の店内はパニックに陥った。
「ってか、ダイナー側の間者、色々と甘かぁねっすか? こっちを過小評価してるって言うか……って、なんでそっちに刀飛んでいくんすかー!!」
刀どころか屋根も飛んでるけどね。
「えー……うん、は、え、ドユコト?」
華緋が頭から煙を出して稼働停止している間に、全てが終わっていた。
「私もそれが聞きたいです!」
瓦礫の中でパフェの残り半分を食べながら、クリスが尋ねる。
「これはどんな意図があるんですか? どんな楽しみ方を想定したおもてなしなんでしょうか? 後学の為、是非ともお聞かせ願いたいです!」
向学心に溢れたキラキラの瞳が、疲れ果てた茶房のキャストを見つめる。
わからん。
どうしてこうなった。
誰もが、それしか言えなかった。
登場キャラクター
リディリディ・トゥラ・イェレミース