いとしき黒薔薇の君へ、白薔薇の彼女より。

キャラクターノベル制作 相沢納品 2024年03月29日 15時14分48秒

 ある日ネーヴェ・グラヌローザが目に留めたのは、かの世界樹(ハイアルヴ)の跡地で行われるという植樹会についての報せだった。聖地を守る為の一助であり、未来への希望や祈りを託した素晴らしい活動になるだろう。更には植樹のみならず、タイムカプセルを埋めるらしい。きっと集まる人種は異なる為、開けるタイミングは人それぞれ。
 膝に横たわり喉を鳴らすアーテルを撫でる手が、止まる。
(――折角の機会、それなら。)
 ネーヴェはアーテルを抱えてゆっくりと下ろすと、紙とペンを取りに慌てて席を立った。

 手紙を宛てたいと思った。大切な想い人に、手紙を。
 何せ、幾ら伝えても伝え切れない多くの慕情が、ネーヴェの中には数多存在している。
 手紙なんて小さな媒体では足りないかも知れない。それでも、今この時の感情を記し、いつかの彼に届けたいのだ。未来の彼は、過去の自分からの手紙を受け取ってどう思うだろう。どう感じ、どう返してくれるだろう。そう考えるだけで、堪らなくいとしく思うのだ。
 エルフである自身は、彼と同じ時を歩めない。だからこそ、多くの時間や経験を共に重ね、大切にしてゆきたいとネーヴェは願うのだ。
 ペンを手に取り、便箋を並べる。そうして椅子に腰を据えると、再度アーテルがやってきてネーヴェの膝に乗る。それを好きにさせつつ、彼女は文面を考え始める。
 なるべく一枚に収まる方が良いだろう。あまり長いものであると、タイムカプセルに仕込んだことが彼にバレてしまうかも知れないから、内容は慎重に吟味する。
 なぜならこれはサプライズなのだから、タイムカプセルを開くその時まで、決して悟られぬようにする必要があった。
『黒薔薇の君へ――』
 書き出しは決まっている。いとしい片割れの名は、自身と対なる大切なもの。
『折角の機会だからと、未来のあなたへ向けて筆を取りました』
 未来のことはわからない。先を見通すことが叶えばどれ程楽だったろうかと、冒険を続けたネーヴェであれば考えたこともあるかも知れない。――けれど、不確定だからこそ知ることの出来たもの、得ることが出来た繋がりがある。
 彼と自分は未来ではどう過ごしているだろう? 今のネーヴェのように幸せだろうか、それとも今以上の愛を形作っているのだろうか。どうあったとしても、互いに寄り添い合っていることは変わらないだろう。
『今の私はあなたから沢山の愛を貰って、とても幸せです』
 記憶を喪っていたあの頃には、明るい未来なんて想像がつかなかった気がする。取り戻すことを恐れて、あの日の孤独からの道程に怯えていた。それでも今笑えているのは――。
『あなたの隣にいると心が暖かくなるの。陽だまりのようなひと、って、きっとあなたのような人のことを言うのね』
 大切な人と出逢った。あたたかで陽だまりのような、心地のよい人。ネーヴェにとって他の誰であっても替えになんてならない、唯一のひとだ。
 例えこれからどんな苦難が二人を待ち受けていようと、きっと間違いなく超えてゆける。そんな確信さえ持てるのだから、二人の絆は強い。
『ずっとあなたの隣で、一緒に歩んでいきたいと、そう思い願っています。だからきっと今、あなたの隣にいる私も同じ気持ちだと思います』
 嘘偽りのない本心を書いた。真っ直ぐ彼に届くよう、誤解させてしまわないよう、心の底から彼に対して抱く感情をゆっくりと綴っていく。
 ふと気付くと、アーテルは膝の上で眠っているようだった。膝の上のぬくもりもまた、ネーヴェにとっていとしい時を紡ぐ仲間のひとつだ。
『良かったら聞いてみて。きっと今の素直な気持ちを話すと思うから』
 これは、未来の自分に向けてのハードルだ。過去の自分が寄せたとびきりの愛情の籠もる手紙を見て恥ずかしがるかも知れないけれど、だからこそ、素直な想いを告げて欲しい。
 ネーヴェと彼は、生きる時間が違ってしまっている。それは純然たる事実で、きっと彼はネーヴェを置いて先に逝く。それでも共に在りたいと願うのは、彼の託してくれる想いが、自身の託す想いと繋がっているから。
 たとえこれから未来で、生きる速度ゆえに離れ離れになる時が来るとしても。――二人の想いは繋がっている。どこまでも、分かたれることなく繋げてゆける。
『私達は生きる時間が異なるけれど、だからこそ、その日その一瞬の時を大事にしていきたいです――』
 締め括りは、そう綴った。
 思うがままに書くなら籠める想いが溢れて、便箋が何枚も必要だ。それではきっと、収めるものが手紙でなく本になってしまうだろう。
 ネーヴェは小さく笑って、文面を撫でる。
 ここに記された文字を彼と共に目にする瞬間、二人はどんな姿になっているのだろう。どんな風に時を重ねて、どんな命の花を咲かせているのだろう。
 封筒に仕舞い、封蝋を捺す。
 籠めた想いは、長い長い月日を経て届くだろう。

 ――いとしき黒薔薇の君へ、白薔薇の彼女より。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0