秘めやかなる祝福

キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2024年03月17日 14時11分15秒

 風が甘やかな花の香りを運んでくる頃、同都市の尖塔から一人の罪人が密かに連れ出された。より法機能の整った都市、ベレスへと移送されたのだ。
 ベレスの政情不安定を理由として一時的にルエリに留め置かれていたものが、ようやく手続きを完遂した形になる。【屍涯宮(モルド・サイン)】の処理に係るさまざまな政治的問題が解消されつつある、ということだろう。

 牢獄には手狭な長椅子以外に何もないが、ベレスの貧民街に比べれば随分と清潔な環境だ。それについて担当の王国騎士は苦々しい顔をしていた――フリューリングスルフト=ティエラはその際のやり取りを思い出し、小さく息を吐く。
 律儀な王国騎士(次期領主)から囚人移送の知らせが届いたために、月に一度の面会が空振りに終わらずに済んだ。本来そのような知らせを受け取ることは難しいのだが、『恋人』ということで何かと気を回してもらっている。
 そう、恋人だ。王国騎士から「『他人』よりは融通が利くが本当にその扱いでいいのか」と再三聞かれたが、フリューはその倍ほど頷いたのではなかろうか。

 フリューは手を伸ばし、長椅子に体を縮こめて眠るセウェルスの頬をつついた。眠っているように見えるが、睡眠を必要とする体かどうかは不明だ。狸寝入りならすぐにわかるため、こうして突っついている。
「セウェルス~……」
 貴重な面会日、それも長くは取れないこの時間に悠々と寝こけられては不満も募ろうというもの。ただでさえベレスの監獄は物品の持ち込み制限が厳しく、今日のフリューは手ぶらになってしまっているのだ。
「いやでも、寝てるところは珍しいかも」
 実際に寝ているのかどうかはともかくとして、これはこれで貴重な機会ではなかろうか。起きている時に「ちょっとよく見せて」と頼んだとして、セウェルスがフリューを前に黙って大人しくしているという選択肢を取るはずがない。フリューはそう考え直してセウェルスの顔を覗き込む。
 壁の通気孔から差し込む光と、風が運んだ花びらがセウェルスを飾っている。フリューは頭の上に散っている花びらをそっと指でつまんだ――が、本人は全く微動だにしない。
「……生きてる、よね?」
 フリューはさすがに不安になり、身を乗り出した。
「わぷっ!?」
「ぁれ?」
 そのままセウェルスの胸に耳を当てようとしたところ、急に動いた腕に抱き込まれる。割ときつめに。しかし当の本人は今起きましたという様子で寝ぼけた声をあげた。
「セウェルス! く、くるしぃん、さ……!」
「おっと」
 フリューは自由に動く手でべちべちとセウェルスの腕をはたく。セウェルスはそれで完全に意識がはっきりしたのか、すぐにフリューを解放した。
「ごめん、襲われたのかと思った」
「襲われるような心当たりがあるん――」
 心当たりしかなさそうだった。言いかけたまま、フリューはすんと表情を消して身を離す。
 締め上げるという表現の方がしっくりくる強さで抱き込まれたせいか、本能的に警戒してしまう。セウェルスはそんなフリューを見るなり身を起こし、平謝りした。
 いつも人を食ったような態度で謝罪も形ばかりという本人の言動を鑑みれば、フリューに対する表情はかなり真摯な部類に入るだろう。
「仕方ない、許す! ……ところで、寝てたん?」
 フリューの声音に責めるような色はない。観察の結果、セウェルスの様子は眠っているというよりは『気絶』に近い気がしたのだ。
「いや、切ってた。体を回復させたいんだけど、こう、上手く眠れなくてね」
 セウェルスはそう答えつつ、強張った体をほぐすように伸びをする。そしてフリューの手を取ると、軽く自分の方へと引いた。
「さて。仕切り直させて欲しいな」
「うぐ」
 フリューはセウェルスの表情を見て思わず唸った。何者でもなくなった後、ただひとりを前にして晒される感情がただただ穏やかなものであるというのは、どんな甘やかな言葉や表情よりも雄弁に互いの距離を語るものだ。
 そしてフリューはいつも、セウェルスのそんな顔を見ると愛おしさが溢れて泣きそうになってしまう。フリューはそれを悟られまいと、素早く膝の上に乗った。
「あれ、今日は素直」
「うわわ、耳元で話さんといて……!」
 セウェルスがフリューの頭に顔を埋めると、ちょうどふわふわとした耳のあたりに口元が来るのである。耳朶にふれる吐息に心臓が跳ね、フリューは頬を染めた。
 しかしあんなに笑顔で圧をかけておきながら、フリューを抱き寄せるセウェルスの動きはややぎこちない。いつしかフリューを羞恥に困惑させたことを彼なりに反省しているらしい。
「そういえば、向こうで何か話してたみたいだけど」
「えっ聞こえてたん?」
 今度は別の意味でどきりとして、フリューはいつもより距離が近いことも忘れて勢いよく顔を上げた。あわや顔がぶつかりそうになり腰が引けるが、セウェルスはなんでもないようにそこへ腕を回し、不服そうにフリューを見つめる。
「小さな声でも結構聞こえるんだよね。構造上の問題なのかな。筒抜けってほどじゃないけど」
「ふ、ふーん?」
 物品の持ち込みについて看守から説明を受けてはいたが、終始事務的なものだった。何か機嫌を損ねるような内容でもなかったはず……とフリューは記憶を辿る。
「……誕生日」
「あ」
 セウェルスにそう言われて思い出す。面会受付簿に記載欄があり、誕生日が近いことについて確かに少し話した。
「誕生日にはおめでとうって言って、プレゼントをするんだよね。欲しいものとかある?」
「欲しいものって」
 セウェルスはここから出ることができないはずだ。一定期間の服役ののち仮釈放、という事例もあるらしいが、そもそも裁判も始まっておらず、セウェルスの罪状を考えてもまずないだろう。
 しかしセウェルスはフリューに関する判断が甘すぎる上に、必要な倫理観が備わっていない。セウェルスが獄中で大人しくしているのは本人の意思だが、フリューが望むなら牢獄の鉄格子がひしゃげてもおかしくはなかった――弱った体で実際にできるかどうかはともかくとして。
「そういえば前、花をくれたよね。どこかで摘んできてもいいだろうし」
「あっ、あ~! そやねでもここにも咲いてるし!」
 フリューは咄嗟にセウェルスの首元に咲く花に手を添える。直後、我に返った。
(ここにも咲いてるし、じゃないさあ!)
 いくら焦っていたとはいえ、さすがに『あなたの体に咲いている(と思しき)花が欲しいです』とはなかなか猟奇的だ。
「でも俺の体から離れるとそのうち枯れちゃうしな」
 それは普通の生花も同じだとは思うのだが、フリューはしきりに頷いて話を進める。
「じゃあ、おめでとうって言ってくれたらええよ」
「それだけ?」
 目を瞬くセウェルスに体を預けて、フリューはしばし目を閉じた。
 大切に想う相手から祝福してもらえることが、『それだけ』にとどまらない何よりの贈り物なのだ。セウェルスはまだ完全には理解していないようにも見えるが、フリューがそれでいいならばと納得した。
「おめでとう、フリューリングスルフト。君の季節だね」
 その時春風が吹き込んで、大量の花びらが二人に降り注いだ。一部口の中に入りこんだものに苦慮しているうち、どちらともなく笑い声が漏れる。
「ありがと。すごくうれしい」
 陽の光を受けてきらきらと輝く金色の髪に触れられ、セウェルスはくすぐったそうに――そして眩しいものを見るように、目を細めた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0