琥珀の旅路
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2024年02月29日 00時12分03秒
ヴァンゲルス・ロッドはリブラネスタを訪れていた。都市同盟の海岸は新居の候補地のひとつではあるものの、今回は別件だ。
ひとまず冒険者ギルドで話を聞こうと本部の扉を開けると、ちょうど外へ出ようとした冒険者とぶつかりそうになる。
「っと、悪い……ん?」
「あ、ヴァンだ」
相手とぶつからないよう素早く身を引いたヴァンゲルスとは対照的に、その冒険者はのんびり眠そうな声でヴァンゲルスを見上げていた。【ひよこ隊】の頭目、ミュルグレスだ。
「ミュルグレス。シャルガネに寄るとは聞いてたが、もう大森林へ帰っちまったかどうか、中で聞こうと思ってたところだ」
「そうなんだ? じゃあ、よかった」
周囲に他の面子が見当たらないところを見ると、別行動だろうか。
少女の実父のことも気がかりだっただけに、ヴァンゲルスはミュルグレスを『子熊亭』へと誘った。
「酒の流通も戻ってきたな。いいことだ」
帝都決戦中、あらゆる物資が戦地へと運び込まれており、その中に酒も含まれていた。さすがに供出地から枯渇するような規模ではなかったものの、品薄になった酒もあったのは確かだ。
「ミュルグレスは確か、うわばみだったな」
「そう、いっぱい飲める」
ミュルグレスは得意げに胸を張り、どうだと言わんばかりにヴァンゲルスを見ていた。すでに成人しているはずだが、行動の端々にどこかあどけなさがあるのがミュルグレスの特徴だった。これから長い時を生きていく彼女はきっと、そのまま変わらずにいるのだろう。
「破産しない程度にしておかないと、親父さんのようになるぞ」
父親を引き合いに出され、ミュルグレスはむうっと眉根を寄せてむくれた。父親の所業を考えれば当然の反応ではある。
「わかった、ひかえめにする」
「それがいい。ま、お前さんに関しては『酒が三度の飯より美味い』って性格じゃあなかろうがな。これは詫びと、お前さんの旅路を労う酒だ、受け取ってくれ」
ヴァンゲルスは苦笑しつつも、店で最も上等な酒を一本頼んだ。ミュルグレスがすかさず肉も注文する。まだ【ひよこ隊】が即席結成だった頃はもそもそと葉野菜ばかり食べていたのに、誰に影響されたのかは今更言うまでもないだろう。
「仲間とは一緒じゃないのか?」
よく冷えた酒が届くと、それをグラスに注いで渡し、ヴァンゲルスは単刀直入に訊ねた。ミュルグレスはつまみの肉を切り分けながら頷く。
「一度みんな、故郷に帰ることになって。ここで待ってる」
「待ってる、ってのは……お前さんは帰らないのか?」
聞く限りでは一時的な帰省のようだ。であればミュルグレスもまた故郷への帰途にあるはずだが。
「もしかして、親父さんのことで――」
「私が大森林から戻ってくるのを待ってたら、おじいちゃんおばあちゃんになっちゃう、って」
「ああ……」
ミュルグレスはまだまだ年若いとはいえ、やはり森人だ。その時間感覚に任せていては危ないと、彼らは身に沁みて理解しているのだろう。
「じゃあ、全員揃ってから大森林に帰るんだな」
「うん。族長にもみんなのこと、紹介したい」
「族長、か」
ふと、ヴァンゲルスの記憶に引っ掛かるものがあった。そう、あれは迷宮都市エドゥノーグでのことだ。ミュルグレスが自らの氏族の長について言及しており、確か、ミュルグレスのあの際どい旅装は族長が用立ててくれたものだと、か。
「……なあ、今の服はどこで仕立てたんだ? 帝都決戦の時には、もうその装備だったよな」
「族長が『がんばりなさい』って送ってくれた」
「本当にいい趣味してんな、お前さんの氏族の長は……」
いや、服の趣味が際どいだけで割とまっとうな人物の可能性はあるが。そうでない場合は、まあ、彼女の仲間のドワーフが大暴れするだろう。
「親父さんとはちゃんと話せたか?」
「ん……」
ミュルグレスは言いにくそうに、口に運んだ肉をしばらく咀嚼していたが、やがてそれを飲み込むと酒の入ったグラスを傾ける。
「必要なことだったんだ、って言ってた。まだ、納得できたわけじゃ、ないけど」
ふむ、とヴァンゲルスは顎をさする。言葉の割に、仕方がなかったという弁明の含みは見受けられない。ミュルグレスの氏族では星を読む習慣があり、そこでは何事も天命として受容されるのかもしれなかった。
しかし、ミュルグレスが大森林を出て旅の仲間とともに成長する、そのために母の死と父の出奔が必要なことだった――というのはいささか説得力に欠ける。ミュルグレスも同じ違和感を抱いているようだった。
彼女の旅は、まだ終わってはいないのかもしれない。
「でも、みんなと会えて、よかった」
ミュルグレスの言葉に、思惟に耽っていたヴァンゲルスは現実に引き戻された。ミュルグレスは小皿に盛られたにんじんを頬張り、美味しそうに目を細めた。
「一緒に旅をして、ご飯を食べて、眠って、命をかけて……笑って、悲しんで、喧嘩もするけど、大丈夫だって思える。そんな相手を、大切にしたいって思ってる」
酒が入っているからか、ミュルグレスは普段よりも饒舌だ。
「ヴァンも、ありがとう」
「ああ」
それなりに長くその旅路を見守っていた者として、ミュルグレスの言葉には感慨深いものがある。
それからも話に花を咲かせ、夜も更ける頃。ヴァンゲルスは空になっているそれぞれのグラスに酒を注いだ。
「これで最後の一杯になりそうだな」
ミュルグレスはその言葉に何かを察したらしく、微笑みを浮かべる。
これからどうするのか、という問いは、ミュルグレスの口からはついぞこぼれることはなかった。あるいは聞こうとしたが、ヴァンゲルスの様子を見て飲み込んだのかもしれない。
いずれにせよ、互いに必要なのはもう、この一杯のみだと分かっている。
「お前さんがその旅路で得たものに」
「私たちがこれからも紡いでいく物語に、乾杯」
掲げられた祝杯は、琥珀色に煌めいていた。
その後、ヴァンゲルスは金眼の森人が率いる一党について、多くの冒険譚を耳にした。
曰く、故郷に眠っていた大蛇魔獣を退治したとか、砂漠で金銀財宝を見つけたとか、剣豪と業物を賭けて飲み比べたとか。
やがて語られる名がひとりだけとなっても、彼女は冒険を続けているようだった。
いまだ星を追っているのか、星ではない何かを探しているのか。ただ確かなことは、彼女の旅が終わらず続いているということだ。
さざ波の音は優しく、窓辺で本を開いていたヴァンゲルスを眠りへと誘う。起きたらまた、続きを読むとしよう――。
ひとまず冒険者ギルドで話を聞こうと本部の扉を開けると、ちょうど外へ出ようとした冒険者とぶつかりそうになる。
「っと、悪い……ん?」
「あ、ヴァンだ」
相手とぶつからないよう素早く身を引いたヴァンゲルスとは対照的に、その冒険者はのんびり眠そうな声でヴァンゲルスを見上げていた。【ひよこ隊】の頭目、ミュルグレスだ。
「ミュルグレス。シャルガネに寄るとは聞いてたが、もう大森林へ帰っちまったかどうか、中で聞こうと思ってたところだ」
「そうなんだ? じゃあ、よかった」
周囲に他の面子が見当たらないところを見ると、別行動だろうか。
少女の実父のことも気がかりだっただけに、ヴァンゲルスはミュルグレスを『子熊亭』へと誘った。
「酒の流通も戻ってきたな。いいことだ」
帝都決戦中、あらゆる物資が戦地へと運び込まれており、その中に酒も含まれていた。さすがに供出地から枯渇するような規模ではなかったものの、品薄になった酒もあったのは確かだ。
「ミュルグレスは確か、うわばみだったな」
「そう、いっぱい飲める」
ミュルグレスは得意げに胸を張り、どうだと言わんばかりにヴァンゲルスを見ていた。すでに成人しているはずだが、行動の端々にどこかあどけなさがあるのがミュルグレスの特徴だった。これから長い時を生きていく彼女はきっと、そのまま変わらずにいるのだろう。
「破産しない程度にしておかないと、親父さんのようになるぞ」
父親を引き合いに出され、ミュルグレスはむうっと眉根を寄せてむくれた。父親の所業を考えれば当然の反応ではある。
「わかった、ひかえめにする」
「それがいい。ま、お前さんに関しては『酒が三度の飯より美味い』って性格じゃあなかろうがな。これは詫びと、お前さんの旅路を労う酒だ、受け取ってくれ」
ヴァンゲルスは苦笑しつつも、店で最も上等な酒を一本頼んだ。ミュルグレスがすかさず肉も注文する。まだ【ひよこ隊】が即席結成だった頃はもそもそと葉野菜ばかり食べていたのに、誰に影響されたのかは今更言うまでもないだろう。
「仲間とは一緒じゃないのか?」
よく冷えた酒が届くと、それをグラスに注いで渡し、ヴァンゲルスは単刀直入に訊ねた。ミュルグレスはつまみの肉を切り分けながら頷く。
「一度みんな、故郷に帰ることになって。ここで待ってる」
「待ってる、ってのは……お前さんは帰らないのか?」
聞く限りでは一時的な帰省のようだ。であればミュルグレスもまた故郷への帰途にあるはずだが。
「もしかして、親父さんのことで――」
「私が大森林から戻ってくるのを待ってたら、おじいちゃんおばあちゃんになっちゃう、って」
「ああ……」
ミュルグレスはまだまだ年若いとはいえ、やはり森人だ。その時間感覚に任せていては危ないと、彼らは身に沁みて理解しているのだろう。
「じゃあ、全員揃ってから大森林に帰るんだな」
「うん。族長にもみんなのこと、紹介したい」
「族長、か」
ふと、ヴァンゲルスの記憶に引っ掛かるものがあった。そう、あれは迷宮都市エドゥノーグでのことだ。ミュルグレスが自らの氏族の長について言及しており、確か、ミュルグレスのあの際どい旅装は族長が用立ててくれたものだと、か。
「……なあ、今の服はどこで仕立てたんだ? 帝都決戦の時には、もうその装備だったよな」
「族長が『がんばりなさい』って送ってくれた」
「本当にいい趣味してんな、お前さんの氏族の長は……」
いや、服の趣味が際どいだけで割とまっとうな人物の可能性はあるが。そうでない場合は、まあ、彼女の仲間のドワーフが大暴れするだろう。
「親父さんとはちゃんと話せたか?」
「ん……」
ミュルグレスは言いにくそうに、口に運んだ肉をしばらく咀嚼していたが、やがてそれを飲み込むと酒の入ったグラスを傾ける。
「必要なことだったんだ、って言ってた。まだ、納得できたわけじゃ、ないけど」
ふむ、とヴァンゲルスは顎をさする。言葉の割に、仕方がなかったという弁明の含みは見受けられない。ミュルグレスの氏族では星を読む習慣があり、そこでは何事も天命として受容されるのかもしれなかった。
しかし、ミュルグレスが大森林を出て旅の仲間とともに成長する、そのために母の死と父の出奔が必要なことだった――というのはいささか説得力に欠ける。ミュルグレスも同じ違和感を抱いているようだった。
彼女の旅は、まだ終わってはいないのかもしれない。
「でも、みんなと会えて、よかった」
ミュルグレスの言葉に、思惟に耽っていたヴァンゲルスは現実に引き戻された。ミュルグレスは小皿に盛られたにんじんを頬張り、美味しそうに目を細めた。
「一緒に旅をして、ご飯を食べて、眠って、命をかけて……笑って、悲しんで、喧嘩もするけど、大丈夫だって思える。そんな相手を、大切にしたいって思ってる」
酒が入っているからか、ミュルグレスは普段よりも饒舌だ。
「ヴァンも、ありがとう」
「ああ」
それなりに長くその旅路を見守っていた者として、ミュルグレスの言葉には感慨深いものがある。
それからも話に花を咲かせ、夜も更ける頃。ヴァンゲルスは空になっているそれぞれのグラスに酒を注いだ。
「これで最後の一杯になりそうだな」
ミュルグレスはその言葉に何かを察したらしく、微笑みを浮かべる。
これからどうするのか、という問いは、ミュルグレスの口からはついぞこぼれることはなかった。あるいは聞こうとしたが、ヴァンゲルスの様子を見て飲み込んだのかもしれない。
いずれにせよ、互いに必要なのはもう、この一杯のみだと分かっている。
「お前さんがその旅路で得たものに」
「私たちがこれからも紡いでいく物語に、乾杯」
掲げられた祝杯は、琥珀色に煌めいていた。
その後、ヴァンゲルスは金眼の森人が率いる一党について、多くの冒険譚を耳にした。
曰く、故郷に眠っていた大蛇魔獣を退治したとか、砂漠で金銀財宝を見つけたとか、剣豪と業物を賭けて飲み比べたとか。
やがて語られる名がひとりだけとなっても、彼女は冒険を続けているようだった。
いまだ星を追っているのか、星ではない何かを探しているのか。ただ確かなことは、彼女の旅が終わらず続いているということだ。
さざ波の音は優しく、窓辺で本を開いていたヴァンゲルスを眠りへと誘う。起きたらまた、続きを読むとしよう――。