春風の終着駅
キャラクターノベル(グループ)制作 炙りとろ左門納品 2024年02月17日 12時19分01秒
【屍涯宮】の首魁であるセウェルス=マルキアスは現在、塔の上に収監されている。彼がどのような罪を犯し、どれほどの力を振るったのかは、ルエリの民には伏せられているが――。
「これは噂になるんじゃない?」
セウェルスは運び込まれたものを見て、笑いを堪えきれずに噴き出した。日々聴取のために退屈な時間を過ごすだけの机の上には、今、チョコレートファウンテンが置かれている。
器は基本的に携行はできない大きさだ。どのように運んだにせよ、面会時の検査には提出されたであろうことを思うと、セウェルスは肩を震わせる。
「本当に君は――俺を退屈させないよね、っ……」
「そっ、そこまで笑うことさぁ!?」
顔を背け、笑いを堪えようと声を引き攣らせるセウェルスに対し、フリューリングスルフト=ティエラは頬を染めてむくれる。その手元には華やかな茶器があり、湯が注がれた茶葉から柔らかな香りがたちのぼった。
「ここは娯楽がほとんどないから些細なことでも可笑しくなっちゃう……ってことにしとこうかな。それにしても随分、色々用意したんだ?」
脇に置かれた皿には、チョコレートにつけて食べるための果物や菓子が並べられている。囚人にはあまりにも贅沢な品々なだけに、申請許可が下りたことに驚いているようだ。
現状、フリューがセウェルスの手綱を握っている人物だからか、あるいはこれから流れるであろう噂を利用しようというのか。はたまたあの生真面目な王国騎士が、先日ぬいぐるみに働いた無体を気にしてか――いずれにせよ月に一度の逢瀬もなかなか有意義に過ごせそうだと、セウェルスは満足そうにしている。
「甘輝祭だから、市場の品揃えも良かったんさぁ」
フリューはそう言いながらチョコレートを下台に流し込む。それを眺め何を思ったのか、セウェルスはそっと自分の口元を隠した。
あらかじめ湯煎にて溶かされ、【生活魔法】を駆使して柔らかいまま持ち込まれたのであろうチョコレート。それらの手続きを、あの王国騎士がどんな顔で記録したのかと思うと愉快でたまらない、と言ったところだろうか。
「セウェルス?」
「ごめんって」
フリューはじとりとセウェルスを睨みつけたが、青年が笑っていること自体を咎めているのではなかった。フリューが不満に思うのは、そうではなく。
「他の人のことじゃなくて……う、うちのこと、だけ、考えて?」
絞り出された小さな声に、セウェルスは銀色の瞳を瞬いた。視線がようやく自分の方へ向いたことに、フリューは満足げに目を細める。
「俺が追うと逃げるのに……」
「か、加減っていうものがあるんさぁ!」
『愛すること』についてセウェルスがフリューにした数々の行いについて、フリューには抗議の権利がある。あれは危険だ。少なくとも他人の目があるところでやりたいことではない。他人の目がなければ良いというわけではないにしろ。
「じゃあ、今日は大人しくしてるよ」
セウェルスはそう言ってひとつ息を吐く。
普段の薄笑いとは違う、穏やかな表情だ。青年の性格を鑑みれば珍しい、ともすれば『似つかわしくない』と評されるであろうそれをもたらすのは、茶葉の優しい香りか、それとも別の何かなのか。
「……いい香りだね。春の陽差しみたいな香りだ」
セウェルスの何気ない呟きに、フリューは少しどきりとした。果物が載った皿へ伸ばした手に一瞬不自然な強張りが走るが、目を閉じているにセウェルスには見えていない。
当然、陽差しそのものに香りがあるわけではない。冬の寒さから目覚めた花々が一斉に蕾を開き、暖かく柔らかな風が花の香りを運ぶ、その『情景』の記憶が五感によって呼び起こされているのだろう。
であればその光景は確かに、青年が身を置いていた長く孤独な時間の中に、かつて存在していたのだ。そしてセウェルスはそれを憎からず――いや、好いている。
「ひぇ、」
セウェルスが再び目を開いてフリューを見据え、フリューは思わず小さく悲鳴を上げた。セウェルスが『陽差しのよう』と表現するものは決まって、ただひとりの少女であるからして。
フリューは思わず立ち上がると、腰掛けていた椅子を持って移動し、セウェルスの左隣に陣取る。
「そっちは見づらいんだけど」
「視線がやらしいから」
「視線がやらしい……」
フリューの言葉が予想だにしないものだったのか、セウェルスは相手の言葉をそのまま繰り返す。
フリューとて、セウェルスの視線が下卑たものだと言いたいわけではない。逆だから困る。溶かしたチョコレートに加えるはずだった甘味をウェストポーチの奥底にぐいぐいと追いやってから、フリューは気を取り直して皿を手に取った。
切り分けた果物について串やフォークを使うことができれば良かったのだが、それらは持ち込めなかったのだ。そしてフリューは手袋をしているため、果物に流れるチョコレートをつけて食べることについては、セルフサービスである。
しかしセウェルスは何か勘違いしたらしく、ひょいとつまんだいちごにチョコレートをつけると、さも当然のようにフリューの口元に運んだ。
「えっ!?」
「え? 違うの? 皿を出してきたからてっきり」
「どうぞって意味であって、食べさせてってことではないんさぁ!」
そもそもセウェルスに食べてもらいたくて持ち込んだ品々だ。食べるけど、とフリューは差し出されたいちごにぱくつく。砂糖を加えなかったチョコレートはほろ苦く、甘い。
「……セウェルス?」
乾燥で少しざらついたセウェルスの指先が、そのままゆるりとフリューの唇をなぞる。
「君に呼んでもらえるのが、結構好きなんだなって思って」
寒々とした場所だからだろうか、余計に、触れたところから伝わる温もりに意識が向く。フリューが幾度となく好きだと伝えてきた分、セウェルスも時折それを口にするようになった。短いこの逢瀬に一度か二度、惜しむようにして。
「うちも呼んで、ほしいなあ」
「フリュー、」
「そうじゃなくて」
もちろんそれも嬉しい。それは親しみが込められている呼び名だからだ。だがその名の全貌は、フリュー自身がそうありたいものであると同時に、セウェルスも好むものであるから。
「フリューリングスルフト」
穏やかな声音で囁かれ、フリューはふにゃりと力の抜けたような笑顔を見せた。
長い冬を過ごしていた青年を、次の季節へ誘う春風。そのようなものでありたいと、少女は願っている。
「でもいま食べるのはうちじゃなくてこっち。お茶も冷めないうちに飲んでほしいんさあ」
「……はーい」
顔が少し近づいたところへ、フリューはねじ込むように皿を押し上げて示した。セウェルスは少し残念そうにしながらも、大人しく従うのだった。
「これは噂になるんじゃない?」
セウェルスは運び込まれたものを見て、笑いを堪えきれずに噴き出した。日々聴取のために退屈な時間を過ごすだけの机の上には、今、チョコレートファウンテンが置かれている。
器は基本的に携行はできない大きさだ。どのように運んだにせよ、面会時の検査には提出されたであろうことを思うと、セウェルスは肩を震わせる。
「本当に君は――俺を退屈させないよね、っ……」
「そっ、そこまで笑うことさぁ!?」
顔を背け、笑いを堪えようと声を引き攣らせるセウェルスに対し、フリューリングスルフト=ティエラは頬を染めてむくれる。その手元には華やかな茶器があり、湯が注がれた茶葉から柔らかな香りがたちのぼった。
「ここは娯楽がほとんどないから些細なことでも可笑しくなっちゃう……ってことにしとこうかな。それにしても随分、色々用意したんだ?」
脇に置かれた皿には、チョコレートにつけて食べるための果物や菓子が並べられている。囚人にはあまりにも贅沢な品々なだけに、申請許可が下りたことに驚いているようだ。
現状、フリューがセウェルスの手綱を握っている人物だからか、あるいはこれから流れるであろう噂を利用しようというのか。はたまたあの生真面目な王国騎士が、先日ぬいぐるみに働いた無体を気にしてか――いずれにせよ月に一度の逢瀬もなかなか有意義に過ごせそうだと、セウェルスは満足そうにしている。
「甘輝祭だから、市場の品揃えも良かったんさぁ」
フリューはそう言いながらチョコレートを下台に流し込む。それを眺め何を思ったのか、セウェルスはそっと自分の口元を隠した。
あらかじめ湯煎にて溶かされ、【生活魔法】を駆使して柔らかいまま持ち込まれたのであろうチョコレート。それらの手続きを、あの王国騎士がどんな顔で記録したのかと思うと愉快でたまらない、と言ったところだろうか。
「セウェルス?」
「ごめんって」
フリューはじとりとセウェルスを睨みつけたが、青年が笑っていること自体を咎めているのではなかった。フリューが不満に思うのは、そうではなく。
「他の人のことじゃなくて……う、うちのこと、だけ、考えて?」
絞り出された小さな声に、セウェルスは銀色の瞳を瞬いた。視線がようやく自分の方へ向いたことに、フリューは満足げに目を細める。
「俺が追うと逃げるのに……」
「か、加減っていうものがあるんさぁ!」
『愛すること』についてセウェルスがフリューにした数々の行いについて、フリューには抗議の権利がある。あれは危険だ。少なくとも他人の目があるところでやりたいことではない。他人の目がなければ良いというわけではないにしろ。
「じゃあ、今日は大人しくしてるよ」
セウェルスはそう言ってひとつ息を吐く。
普段の薄笑いとは違う、穏やかな表情だ。青年の性格を鑑みれば珍しい、ともすれば『似つかわしくない』と評されるであろうそれをもたらすのは、茶葉の優しい香りか、それとも別の何かなのか。
「……いい香りだね。春の陽差しみたいな香りだ」
セウェルスの何気ない呟きに、フリューは少しどきりとした。果物が載った皿へ伸ばした手に一瞬不自然な強張りが走るが、目を閉じているにセウェルスには見えていない。
当然、陽差しそのものに香りがあるわけではない。冬の寒さから目覚めた花々が一斉に蕾を開き、暖かく柔らかな風が花の香りを運ぶ、その『情景』の記憶が五感によって呼び起こされているのだろう。
であればその光景は確かに、青年が身を置いていた長く孤独な時間の中に、かつて存在していたのだ。そしてセウェルスはそれを憎からず――いや、好いている。
「ひぇ、」
セウェルスが再び目を開いてフリューを見据え、フリューは思わず小さく悲鳴を上げた。セウェルスが『陽差しのよう』と表現するものは決まって、ただひとりの少女であるからして。
フリューは思わず立ち上がると、腰掛けていた椅子を持って移動し、セウェルスの左隣に陣取る。
「そっちは見づらいんだけど」
「視線がやらしいから」
「視線がやらしい……」
フリューの言葉が予想だにしないものだったのか、セウェルスは相手の言葉をそのまま繰り返す。
フリューとて、セウェルスの視線が下卑たものだと言いたいわけではない。逆だから困る。溶かしたチョコレートに加えるはずだった甘味をウェストポーチの奥底にぐいぐいと追いやってから、フリューは気を取り直して皿を手に取った。
切り分けた果物について串やフォークを使うことができれば良かったのだが、それらは持ち込めなかったのだ。そしてフリューは手袋をしているため、果物に流れるチョコレートをつけて食べることについては、セルフサービスである。
しかしセウェルスは何か勘違いしたらしく、ひょいとつまんだいちごにチョコレートをつけると、さも当然のようにフリューの口元に運んだ。
「えっ!?」
「え? 違うの? 皿を出してきたからてっきり」
「どうぞって意味であって、食べさせてってことではないんさぁ!」
そもそもセウェルスに食べてもらいたくて持ち込んだ品々だ。食べるけど、とフリューは差し出されたいちごにぱくつく。砂糖を加えなかったチョコレートはほろ苦く、甘い。
「……セウェルス?」
乾燥で少しざらついたセウェルスの指先が、そのままゆるりとフリューの唇をなぞる。
「君に呼んでもらえるのが、結構好きなんだなって思って」
寒々とした場所だからだろうか、余計に、触れたところから伝わる温もりに意識が向く。フリューが幾度となく好きだと伝えてきた分、セウェルスも時折それを口にするようになった。短いこの逢瀬に一度か二度、惜しむようにして。
「うちも呼んで、ほしいなあ」
「フリュー、」
「そうじゃなくて」
もちろんそれも嬉しい。それは親しみが込められている呼び名だからだ。だがその名の全貌は、フリュー自身がそうありたいものであると同時に、セウェルスも好むものであるから。
「フリューリングスルフト」
穏やかな声音で囁かれ、フリューはふにゃりと力の抜けたような笑顔を見せた。
長い冬を過ごしていた青年を、次の季節へ誘う春風。そのようなものでありたいと、少女は願っている。
「でもいま食べるのはうちじゃなくてこっち。お茶も冷めないうちに飲んでほしいんさあ」
「……はーい」
顔が少し近づいたところへ、フリューはねじ込むように皿を押し上げて示した。セウェルスは少し残念そうにしながらも、大人しく従うのだった。