邪気退散! 豆撒きなのだ!
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2024年02月12日 11時55分32秒
●邪気退散! 豆撒きなのだ!
某所にある【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅兼研究所。
その居間にて、助手の【レゼル】が頼まれた資料の精査をしている。
ここに来てからある程度年月が経ち、レゼルも成長して良い体躯の青年となっていた。とはいえ、ストレガからはいまだに“少年”と呼ばれるのだが。
ふと窓の外を仰ぎ見る。日が落ち、少し薄暗い。
「そろそろ帰ってくる頃ですけど、ストレガ様……今日は楽しみにしておくといいのだって言ってましたが何を持ってくるんでしょうね」
冒険者であるストレガはよく戦利品として様々な物品を持って帰ってくる。魔物の破片や内臓に始まり、よくわからない遺物。何に使うかわからない物も多い。それらをしまっている倉庫は定期的に整頓しないと溢れてしまう程だ。
精査を終え、伸びをしながら体をほぐす。レゼルが何か飲もうと立ち上がった段階で扉が、ばぁんっと勢いよく開かれた。
「今帰ったのだー! 少年、邪気払いをするのだ! 必要なものは全て、持って帰ってきたのだ」
「邪気払い……ですか? 何ですか、それ」
荷物を下ろしながらストレガは説明を始める。彼女は脱いだ外套を適当な木の枝にかけた。
「うむ。邪気払いというのは、新しい年の特定のタイミングで行うもの。前年までの邪気を払い、今年の運気を呼び込むのだ」
なるほど、と頷きながらストレガが持って帰ってきたものをレゼルは確認していく。
まず大きめの瓶を取り出す。中には透明な液体が入っているようだ。栓はしっかりとされている。
「これは、ワインではないですし……何でしょう?」
「む? ああ、それはシャルガネ産の米酒なのだ。味がよく風味がいいものを選んだのだー」
次取り出したのは、黒い液体と塩。塩は馴染みが深いが、この黒い液体をレゼルは良く知らない。ストレガが食事に用いているのは知っているが、名前を憶えていなかった。
「この黒い液体、見たことがありますね。ソースではなく、確か……ああ、なんでしたっけ、せうよ? せうゆ?」
「それは醤油なのだ。たまに料理にも使っているのだ。これは大豆から精製するシャルガネの特産品。他で真似するのは難しい故、特産品というわけなのだ」
「ああ、醤油! それです、それ。味は覚えていても、なんだか名前が出なくって。それにしても変わった名前ですよね」
ストレガは醤油と米酒を棚にしまいながら、レゼルに何かが入った袋を差し出した。
袋の口を開けて中を確認すると、炒った豆が入っているようだ。香ばしい匂いが心地よい。
「あの、ストレガ様。これは一体?」
「ふっふっふ、それは今宵の重要な役割を担う一品なのだ。それは大豆を炒ったもので、それを撒いて邪気を払うのだ。余った分はおつまみにでもするといいのだ!」
きゅっと袋の口を締め直し、外に撒くというので玄関の木箱の上辺りに置いておく。
レゼルが戻ってくると、丁寧に布で包まれた品物を取り出しストレガは開いて見せた。中には黒い板状の薄っぺらい何かが包まれていたようだ。これはレゼルも知っていたようで顔を明るくする。
「知ってますよ、これは。海苔ですよね! 確か、お米と一緒に……何かしたような気が!」
「よく勉強しているのだ、少年。そう、海苔は米と合わせると抜群の相性を発揮するのだ! まあ、米以外ともあう万能食材なのだが」
包みに海苔をしまうとストレガは米の入った袋を担いで部屋に持っていく。どさっとそれを下ろすと袋の口を開けて中身を取り出した。
米を鍋に入れ、水で洗っていく。次第に水が濁り、白くなった所で水を捨てる。これを三回ほど繰り返した。
ちょうどいいぐらいの水を張ると鍋に蓋をして火にかける。
「さて、米を炊いている間に豆撒きをするのだ! 前年の邪気を払い、福を呼ぶのだー」
「豆はさっきの炒った大豆を使うんですよね?」
うむ、と頷いたストレガと一緒に豆の小袋を持ったレゼルは放牧地へと向かう。
「この辺りでいいのだ。ではいざ! 邪気退散っ! おにはそとーなのだー!」
ストレガはレゼルと共に豆を掴むと放牧地へと放り投げる。豆は散らばりながら地面へと落ちていった。この豆は動物たちが美味しく頂くことだろう。
「ちなみに……これは鬼を払い、無病息災を祈るシャルガネ文化なのだ。あ、この鬼とはゴブリンの事ではないのだ。自身に対して災いを呼ぶ者とでも言えばいいのだ」
「災い、ですか。トロルやオーガなどの魔物に、クリーパーみたいな存在。病気とかも入りそうですね」
「うむ。まあ、ゴブリンはまだまだゴールディに属していなければ、敵対する場合も多い。そういう意味では、邪な存在……になるのかもしれないのだ」
遠い目をするストレガの肩を掴み、レゼルは真っ直ぐに見つめて言う。その目は真剣だ。
「そんなことは! 俺、長く過ごしてきて……ストレガ様の色んな所を見てきました。邪だって思う所はありませんよ!」
驚いたように目をぱちくりさせたストレガは、ふふっと笑いレゼルの頭を撫でる。
「そう思ってくれているとは嬉しいのだ。だが少年、覚えておくといい。自由とは、混沌側にあり……振り切れてしまいルールを逸脱し過ぎることが邪悪なのだ。我らも自由を求めるならば、ルールの範囲内で自由であれ、ということなのだ」
「ルールの範囲内で自由に。大切なことですね」
豆を撒き終わったストレガとレゼルは家の中に戻っていく。適当な椅子に二人は腰かけ、暖かい飲み物を飲んだ。
「炒った豆を撒いて魔を滅し、豆を食べて御利益にあやかろうということなのだ。名前というものは力を持つという。こういう洒落も馬鹿にはできないのだ」
「確かコトダマというものもあるとは聞きますし、何かしらのご利益があるといいですね」
うむ、といってストレガはぐいっと飲み物を飲み干した。二人は他愛ない話で盛り上がっていく。
そうこうしているうちに、米が炊けたようでストレガとレゼルはキッチンへと移動した。
米の入った鍋の蓋を開けるとふっくらと米が炊きあがっている。良い香りがしており、食欲をそそられそうだ。
「いい出来なのだ。では木桶に移して酢を混ぜ込みながら冷ましていくのだ。少年にはこれを授けよう」
ストレガは団扇を取り出すと、レゼルに渡す。シャルガネで大きめの木桶と共に買って来たものだ。それを受け取ったレゼルはあまり見慣れない団扇に興味津々である。
「これをどうすればいいんです?」
「私が米に酢を混ぜていく。それを隣で見ながら適当なタイミングで扇いで欲しいのだー。しっかり冷まして米がキラキラしてきたら完成なのだっ」
「わかりました、風を送ればいいんですね。よし、頑張るぞ!」
小さく気合を入れているレゼルの隣でストレガは木桶に米を移していく。
移し終わったら酢を回し入れ、これまたシャルガネで購入してきた【しゃもじ】で米を混ぜていく。切るように混ぜ、米を潰さないことが大事だ。
ふと彼女が見ればレゼルは一生懸命、団扇で米を仰いでいる。長く扇いでいるせいか、腕が疲れてきている模様。時たま、団扇を持つ手を交換し疲労を軽減しているようだ。
「そろそろ良い頃合いなのだ。ちょっと味見を……うむ、良い酢飯が出来たのだ!」
「はあ、はあ……やっと完成ですね。いやぁ、結構疲れるものですね。団扇で扇ぎ続けるというのは」
凝り固まった腕を伸ばしながら揉み解し、息を整えているレゼルの隣でストレガは具材の用意を始めた。
まず取り掛かったのは、卵焼き。薄く焼き上げ、太巻きに包みやすいサイズへと切りそろえていく。
それから野菜を刻んでこれまた太巻きサイズへと整えた。
次に海苔をしき、酢飯を薄く広げると端に野菜と卵を置く。中心に置いてしまうと上手く巻けないので、端に置くのがポイントだ。
くるくると転がすように巻き、太巻きが一本完成する。
「我ながら良い出来なのだ。これぞ、太巻き」
「思ったよりも大きいですね。あれ、じゃあこっちの具材はなんです?」
レゼルの視線の先にあったのは、醤油漬けになった牛肉と別の大きさに切られた生野菜だ。何やら生地のような物も隣にある。
「そっちはクレープの様に巻いてみる方なのだ。別パターンとしてこういうのがあってもいいと思うのだー」
「そうだったんですね。俺はてっきり太巻きに入れるのかと」
ストレガがもう一本太巻きを作る間にレゼルは教わりながらクレープを作っていく。
鉄板に薄く生地を伸ばし、まずはクレープの生地を焼く。早すぎても生焼け、遅すぎても焦げてしまう。中々に難しい作業だ。
なんとか生地を焼きあげると、次に用意されていた生野菜と醤油漬けの牛肉を中心に置き、クレープを巻いていく。生地が薄いので破かないように注意しながら彼はゆっくりと巻いた。
「で、出来ました! はは、なんとかなるものですね」
「うむ、しっかり巻けている。こっちはこっちで美味しそうなのだー」
もう一つクレープを作ってから、ストレガとレゼルは食卓へと向かう。机には二本の太巻きと二つの牛肉野菜クレープが並んだ。大きさを考えると中々の量である。夕飯にするには申し分ない。
切られていない太巻きを見て、レゼルは不思議そうに尋ねた。
「えっと、これ……切れてないようなので、ナイフを持ってきますね」
「いや、それは切らずともいいのだ。運命を切らぬようにと、切らずにいただく。それがシャルガネ流太巻きの食べ方なのだー」
レゼルは太巻きを見る。中々に大きい。それに切らずにかぶりつくというのは、とてもワイルドに思えた。
「ちなみに、黙って食べるのだ。食べ終わるまで黙っているのが、儀式的な礼儀作法なのだー」
「わ、わかりました。では、いただきます!」
ストレガと共にレゼルは太巻きにかじりついた。野菜の旨味と卵が合わさり、とても美味しい。酢飯の酢の塩梅もちょうどいい。
いつもは何かしら話しつつ食べているので、黙っての食事というのは不思議なものだった。儀式というのだから余計に。
見れば、ストレガは難なくもう半分程太巻きを食べていた。相変わらずよく食べる人だなぁとレゼルは思いながら太巻きを咀嚼していく。
それからクレープも同じく黙って食べ終えた二人は暖かなお茶を飲みながら食休みをしていた。
「ふぅ……食べたのだー。やはり酢飯は腹にたまるのだー」
「ですね。もう他の料理入りそうにないです。幸せな満腹感ですよ」
しばらくのんびりとした後、レゼルとストレガは風呂へと向かった。身体の汚れを落とす為だ。
服を脱ぎ、二人は風呂で体を洗って汚れを落とす。
体が綺麗になった二人はサウナへと移動した。サウナはいつもと違い、低温で湿度が高められた状態になっていた。
サウナには見慣れぬ小袋が用意されている。
ストレガは適当な位置に座ると、小袋の中から塩を取り出して身体に乗せ始めた。決して塗る様に擦ったりはしない。あくまでまぶす、乗せる感覚だ。
「えっと、ストレガ様。これは……塩、ですか?」
「うむ。塩を身体に優しくまぶしていくのだ。ざらっとしているから擦ってはいけないのだ」
優しく塩を身体にまぶした二人は、じっくりとサウナを楽しんだ。
「なんだか、食材になった気分ですね。塩をふられて、蒸し焼きにされているお魚の気分といいますか」
「風呂もサウナも、自身の調理なのだ。あながち、間違いではないのだー」
塩の効果で汗がいつもより出た二人はタオルで顔を拭いながら談笑する。
「体の毒素も塩で抜かれ、いい感じに老廃物も出るという。まさに美容にいいのだ」
「なるほど。そういう効果があるんですね。じっくりと身体が温まって、綺麗にもなる。一石二鳥ですかね」
こくりと頷いたストレガはふふっと笑う。共に塩サウナを楽しめていることが嬉しいようだ。やはり一人よりも二人なのだろう。
塩が熱で透明になってきた頃、ストレガとレゼルはサウナから出て、熱めのお湯で身体を流していく。
体を流し終えた二人は少しぬるめにした湯船に共に入った。レゼルの成長に合わせ、湯船は改良されており二人で入っても十分な余裕がある。
「ふぅ……とても気持ちがいいのだ。こう染み渡る感じがするというか……ふぃー」
「ですねぇ……日頃の疲れが抜けていく感じがしますよー」
ゆったりとレゼルが湯船に浸かっていると、ストレガが風呂の隣から何かを取り出す。それは木桶と炒った豆の入った小袋、米酒だった。豆を小さな器に出し、米酒を四角い器に注ぐ。その器は木で出来ているようだ。
木桶を湯船に浮かべ、その木桶の中に二人分の米酒が入った器と豆の入った器が並べられた。ぷかぷか浮かぶ木桶が何とも不思議だ。
「こうして、湯に浸かりながら……夜空を眺めて飲む米酒もいいものなのだー。風流、という奴なのだ」
器を木桶から取り、一口レゼルも米酒を飲む。米の甘さが効いた酒が喉に染み渡っていく。
「確かにこういうの悪くないですね。この炒った豆もおつまみに最適ですよっ」
「ふふ、随分と飲兵衛に育ったものなのだ」
「はは、誰のせいですか、誰の」
しばし会話がなく、それでも心地のいい時間が流れていく。
風に揺れる木々の音。
空に広がるのは満天の星空。
そんな中で楽しむ酒は格別のものだった。
「思えば、長く一緒にいるのだ。拾った頃は……あんなにちっこかったというのに」
「そりゃそうですよ。俺は、ストレガ様から離れる気はありません。まだまだ勉強不足ですし」
ふふっと笑ったストレガはじっとレゼルを見た。
「それだけ、なのだ?」
「ふえぇ!? な、何がです?」
しどろもどろになるレゼルにストレガは悪戯そうな笑顔を見せた。
「なんだと思うのだー?」
「も、もうっ! からかわないでくださいよっ」
こうして彼をからかって遊ぶのも彼女の日課となりつつあった。彼女なりに愛弟子への愛情表現なのかもしれない。
風呂から出た二人は体が冷えないうちに着替え、桃のエキスを塗る。これもまた邪気を払う効果があるらしい。
「各地には様々な伝承があるのだ。今度はそういう伝承を現地をまわって追いかけるのも悪くないのだー」
「いいですね、それ。なんだか不思議なことにも出会えそうですし」
そうこう話しながら、二人はゆっくりと寝床の用意をする。
年月が経って少々ベッドのサイズが大きくなった。青年であるレゼルが収まるサイズに。
布団に潜り込み、いつものようにストレガは布団を広げ、ぽんぽんと自分の隣を叩く。
「少年、早く来るのだー。もう私は眠いのだー」
「は、はいっ、今行きます、今!」
少年時代からレゼルは“抱き枕”としてストレガに抱かれ眠っている。
それだけ長い年月を共に過ごせば、幾分かは慣れるかと思われたが……彼女の香りや感触に慣れることはなかった。
レゼルもいつものように、ドキドキしながらストレガの隣へと入る。
彼が入るなり、ストレガは待ってましたとばかりにぎゅっと抱きしめる。それはもう人形を抱く少女のように。
きっと眠かったのだろう。すぐさまストレガは、すうすうと穏やかな寝息を立てて眠り始めた。
一方、レゼルは勿論……全く眠りに付けずにいた。
(ああぁぁあ!? いつも通り香りがっ! ストレガ様の色んな柔らかさがぁああ!)
彼もれっきとした男性。スタイルのいいストレガにくっつかれ、何も思わないわけがない。心臓の鼓動は早くなるばかりだ。
(こういう時こそ、集中……ゆっくりと深呼吸を。すう、はあ……ダメだぁあ! 余計にいい香りがぁあ!)
心の中でじたばたと悶絶しているレゼルは、眠気が理性に勝つまでその悶絶を続けるのだった。
師匠と弟子。
始まりは気まぐれで拾った。
それでも彼は彼女に付いてきた。
長き時を共に過ごし、彼は彼女の隣に並び立つことを願った。
その道のりはまだ果てしなく長い。
ストレガたる彼女に並ぶには、まだ彼は未熟。
それでも彼は目指すのだ。
尊敬する師匠の背中を追いかけ続けて。
某所にある【ストレガ・L・リベルガストラ】の自宅兼研究所。
その居間にて、助手の【レゼル】が頼まれた資料の精査をしている。
ここに来てからある程度年月が経ち、レゼルも成長して良い体躯の青年となっていた。とはいえ、ストレガからはいまだに“少年”と呼ばれるのだが。
ふと窓の外を仰ぎ見る。日が落ち、少し薄暗い。
「そろそろ帰ってくる頃ですけど、ストレガ様……今日は楽しみにしておくといいのだって言ってましたが何を持ってくるんでしょうね」
冒険者であるストレガはよく戦利品として様々な物品を持って帰ってくる。魔物の破片や内臓に始まり、よくわからない遺物。何に使うかわからない物も多い。それらをしまっている倉庫は定期的に整頓しないと溢れてしまう程だ。
精査を終え、伸びをしながら体をほぐす。レゼルが何か飲もうと立ち上がった段階で扉が、ばぁんっと勢いよく開かれた。
「今帰ったのだー! 少年、邪気払いをするのだ! 必要なものは全て、持って帰ってきたのだ」
「邪気払い……ですか? 何ですか、それ」
荷物を下ろしながらストレガは説明を始める。彼女は脱いだ外套を適当な木の枝にかけた。
「うむ。邪気払いというのは、新しい年の特定のタイミングで行うもの。前年までの邪気を払い、今年の運気を呼び込むのだ」
なるほど、と頷きながらストレガが持って帰ってきたものをレゼルは確認していく。
まず大きめの瓶を取り出す。中には透明な液体が入っているようだ。栓はしっかりとされている。
「これは、ワインではないですし……何でしょう?」
「む? ああ、それはシャルガネ産の米酒なのだ。味がよく風味がいいものを選んだのだー」
次取り出したのは、黒い液体と塩。塩は馴染みが深いが、この黒い液体をレゼルは良く知らない。ストレガが食事に用いているのは知っているが、名前を憶えていなかった。
「この黒い液体、見たことがありますね。ソースではなく、確か……ああ、なんでしたっけ、せうよ? せうゆ?」
「それは醤油なのだ。たまに料理にも使っているのだ。これは大豆から精製するシャルガネの特産品。他で真似するのは難しい故、特産品というわけなのだ」
「ああ、醤油! それです、それ。味は覚えていても、なんだか名前が出なくって。それにしても変わった名前ですよね」
ストレガは醤油と米酒を棚にしまいながら、レゼルに何かが入った袋を差し出した。
袋の口を開けて中を確認すると、炒った豆が入っているようだ。香ばしい匂いが心地よい。
「あの、ストレガ様。これは一体?」
「ふっふっふ、それは今宵の重要な役割を担う一品なのだ。それは大豆を炒ったもので、それを撒いて邪気を払うのだ。余った分はおつまみにでもするといいのだ!」
きゅっと袋の口を締め直し、外に撒くというので玄関の木箱の上辺りに置いておく。
レゼルが戻ってくると、丁寧に布で包まれた品物を取り出しストレガは開いて見せた。中には黒い板状の薄っぺらい何かが包まれていたようだ。これはレゼルも知っていたようで顔を明るくする。
「知ってますよ、これは。海苔ですよね! 確か、お米と一緒に……何かしたような気が!」
「よく勉強しているのだ、少年。そう、海苔は米と合わせると抜群の相性を発揮するのだ! まあ、米以外ともあう万能食材なのだが」
包みに海苔をしまうとストレガは米の入った袋を担いで部屋に持っていく。どさっとそれを下ろすと袋の口を開けて中身を取り出した。
米を鍋に入れ、水で洗っていく。次第に水が濁り、白くなった所で水を捨てる。これを三回ほど繰り返した。
ちょうどいいぐらいの水を張ると鍋に蓋をして火にかける。
「さて、米を炊いている間に豆撒きをするのだ! 前年の邪気を払い、福を呼ぶのだー」
「豆はさっきの炒った大豆を使うんですよね?」
うむ、と頷いたストレガと一緒に豆の小袋を持ったレゼルは放牧地へと向かう。
「この辺りでいいのだ。ではいざ! 邪気退散っ! おにはそとーなのだー!」
ストレガはレゼルと共に豆を掴むと放牧地へと放り投げる。豆は散らばりながら地面へと落ちていった。この豆は動物たちが美味しく頂くことだろう。
「ちなみに……これは鬼を払い、無病息災を祈るシャルガネ文化なのだ。あ、この鬼とはゴブリンの事ではないのだ。自身に対して災いを呼ぶ者とでも言えばいいのだ」
「災い、ですか。トロルやオーガなどの魔物に、クリーパーみたいな存在。病気とかも入りそうですね」
「うむ。まあ、ゴブリンはまだまだゴールディに属していなければ、敵対する場合も多い。そういう意味では、邪な存在……になるのかもしれないのだ」
遠い目をするストレガの肩を掴み、レゼルは真っ直ぐに見つめて言う。その目は真剣だ。
「そんなことは! 俺、長く過ごしてきて……ストレガ様の色んな所を見てきました。邪だって思う所はありませんよ!」
驚いたように目をぱちくりさせたストレガは、ふふっと笑いレゼルの頭を撫でる。
「そう思ってくれているとは嬉しいのだ。だが少年、覚えておくといい。自由とは、混沌側にあり……振り切れてしまいルールを逸脱し過ぎることが邪悪なのだ。我らも自由を求めるならば、ルールの範囲内で自由であれ、ということなのだ」
「ルールの範囲内で自由に。大切なことですね」
豆を撒き終わったストレガとレゼルは家の中に戻っていく。適当な椅子に二人は腰かけ、暖かい飲み物を飲んだ。
「炒った豆を撒いて魔を滅し、豆を食べて御利益にあやかろうということなのだ。名前というものは力を持つという。こういう洒落も馬鹿にはできないのだ」
「確かコトダマというものもあるとは聞きますし、何かしらのご利益があるといいですね」
うむ、といってストレガはぐいっと飲み物を飲み干した。二人は他愛ない話で盛り上がっていく。
そうこうしているうちに、米が炊けたようでストレガとレゼルはキッチンへと移動した。
米の入った鍋の蓋を開けるとふっくらと米が炊きあがっている。良い香りがしており、食欲をそそられそうだ。
「いい出来なのだ。では木桶に移して酢を混ぜ込みながら冷ましていくのだ。少年にはこれを授けよう」
ストレガは団扇を取り出すと、レゼルに渡す。シャルガネで大きめの木桶と共に買って来たものだ。それを受け取ったレゼルはあまり見慣れない団扇に興味津々である。
「これをどうすればいいんです?」
「私が米に酢を混ぜていく。それを隣で見ながら適当なタイミングで扇いで欲しいのだー。しっかり冷まして米がキラキラしてきたら完成なのだっ」
「わかりました、風を送ればいいんですね。よし、頑張るぞ!」
小さく気合を入れているレゼルの隣でストレガは木桶に米を移していく。
移し終わったら酢を回し入れ、これまたシャルガネで購入してきた【しゃもじ】で米を混ぜていく。切るように混ぜ、米を潰さないことが大事だ。
ふと彼女が見ればレゼルは一生懸命、団扇で米を仰いでいる。長く扇いでいるせいか、腕が疲れてきている模様。時たま、団扇を持つ手を交換し疲労を軽減しているようだ。
「そろそろ良い頃合いなのだ。ちょっと味見を……うむ、良い酢飯が出来たのだ!」
「はあ、はあ……やっと完成ですね。いやぁ、結構疲れるものですね。団扇で扇ぎ続けるというのは」
凝り固まった腕を伸ばしながら揉み解し、息を整えているレゼルの隣でストレガは具材の用意を始めた。
まず取り掛かったのは、卵焼き。薄く焼き上げ、太巻きに包みやすいサイズへと切りそろえていく。
それから野菜を刻んでこれまた太巻きサイズへと整えた。
次に海苔をしき、酢飯を薄く広げると端に野菜と卵を置く。中心に置いてしまうと上手く巻けないので、端に置くのがポイントだ。
くるくると転がすように巻き、太巻きが一本完成する。
「我ながら良い出来なのだ。これぞ、太巻き」
「思ったよりも大きいですね。あれ、じゃあこっちの具材はなんです?」
レゼルの視線の先にあったのは、醤油漬けになった牛肉と別の大きさに切られた生野菜だ。何やら生地のような物も隣にある。
「そっちはクレープの様に巻いてみる方なのだ。別パターンとしてこういうのがあってもいいと思うのだー」
「そうだったんですね。俺はてっきり太巻きに入れるのかと」
ストレガがもう一本太巻きを作る間にレゼルは教わりながらクレープを作っていく。
鉄板に薄く生地を伸ばし、まずはクレープの生地を焼く。早すぎても生焼け、遅すぎても焦げてしまう。中々に難しい作業だ。
なんとか生地を焼きあげると、次に用意されていた生野菜と醤油漬けの牛肉を中心に置き、クレープを巻いていく。生地が薄いので破かないように注意しながら彼はゆっくりと巻いた。
「で、出来ました! はは、なんとかなるものですね」
「うむ、しっかり巻けている。こっちはこっちで美味しそうなのだー」
もう一つクレープを作ってから、ストレガとレゼルは食卓へと向かう。机には二本の太巻きと二つの牛肉野菜クレープが並んだ。大きさを考えると中々の量である。夕飯にするには申し分ない。
切られていない太巻きを見て、レゼルは不思議そうに尋ねた。
「えっと、これ……切れてないようなので、ナイフを持ってきますね」
「いや、それは切らずともいいのだ。運命を切らぬようにと、切らずにいただく。それがシャルガネ流太巻きの食べ方なのだー」
レゼルは太巻きを見る。中々に大きい。それに切らずにかぶりつくというのは、とてもワイルドに思えた。
「ちなみに、黙って食べるのだ。食べ終わるまで黙っているのが、儀式的な礼儀作法なのだー」
「わ、わかりました。では、いただきます!」
ストレガと共にレゼルは太巻きにかじりついた。野菜の旨味と卵が合わさり、とても美味しい。酢飯の酢の塩梅もちょうどいい。
いつもは何かしら話しつつ食べているので、黙っての食事というのは不思議なものだった。儀式というのだから余計に。
見れば、ストレガは難なくもう半分程太巻きを食べていた。相変わらずよく食べる人だなぁとレゼルは思いながら太巻きを咀嚼していく。
それからクレープも同じく黙って食べ終えた二人は暖かなお茶を飲みながら食休みをしていた。
「ふぅ……食べたのだー。やはり酢飯は腹にたまるのだー」
「ですね。もう他の料理入りそうにないです。幸せな満腹感ですよ」
しばらくのんびりとした後、レゼルとストレガは風呂へと向かった。身体の汚れを落とす為だ。
服を脱ぎ、二人は風呂で体を洗って汚れを落とす。
体が綺麗になった二人はサウナへと移動した。サウナはいつもと違い、低温で湿度が高められた状態になっていた。
サウナには見慣れぬ小袋が用意されている。
ストレガは適当な位置に座ると、小袋の中から塩を取り出して身体に乗せ始めた。決して塗る様に擦ったりはしない。あくまでまぶす、乗せる感覚だ。
「えっと、ストレガ様。これは……塩、ですか?」
「うむ。塩を身体に優しくまぶしていくのだ。ざらっとしているから擦ってはいけないのだ」
優しく塩を身体にまぶした二人は、じっくりとサウナを楽しんだ。
「なんだか、食材になった気分ですね。塩をふられて、蒸し焼きにされているお魚の気分といいますか」
「風呂もサウナも、自身の調理なのだ。あながち、間違いではないのだー」
塩の効果で汗がいつもより出た二人はタオルで顔を拭いながら談笑する。
「体の毒素も塩で抜かれ、いい感じに老廃物も出るという。まさに美容にいいのだ」
「なるほど。そういう効果があるんですね。じっくりと身体が温まって、綺麗にもなる。一石二鳥ですかね」
こくりと頷いたストレガはふふっと笑う。共に塩サウナを楽しめていることが嬉しいようだ。やはり一人よりも二人なのだろう。
塩が熱で透明になってきた頃、ストレガとレゼルはサウナから出て、熱めのお湯で身体を流していく。
体を流し終えた二人は少しぬるめにした湯船に共に入った。レゼルの成長に合わせ、湯船は改良されており二人で入っても十分な余裕がある。
「ふぅ……とても気持ちがいいのだ。こう染み渡る感じがするというか……ふぃー」
「ですねぇ……日頃の疲れが抜けていく感じがしますよー」
ゆったりとレゼルが湯船に浸かっていると、ストレガが風呂の隣から何かを取り出す。それは木桶と炒った豆の入った小袋、米酒だった。豆を小さな器に出し、米酒を四角い器に注ぐ。その器は木で出来ているようだ。
木桶を湯船に浮かべ、その木桶の中に二人分の米酒が入った器と豆の入った器が並べられた。ぷかぷか浮かぶ木桶が何とも不思議だ。
「こうして、湯に浸かりながら……夜空を眺めて飲む米酒もいいものなのだー。風流、という奴なのだ」
器を木桶から取り、一口レゼルも米酒を飲む。米の甘さが効いた酒が喉に染み渡っていく。
「確かにこういうの悪くないですね。この炒った豆もおつまみに最適ですよっ」
「ふふ、随分と飲兵衛に育ったものなのだ」
「はは、誰のせいですか、誰の」
しばし会話がなく、それでも心地のいい時間が流れていく。
風に揺れる木々の音。
空に広がるのは満天の星空。
そんな中で楽しむ酒は格別のものだった。
「思えば、長く一緒にいるのだ。拾った頃は……あんなにちっこかったというのに」
「そりゃそうですよ。俺は、ストレガ様から離れる気はありません。まだまだ勉強不足ですし」
ふふっと笑ったストレガはじっとレゼルを見た。
「それだけ、なのだ?」
「ふえぇ!? な、何がです?」
しどろもどろになるレゼルにストレガは悪戯そうな笑顔を見せた。
「なんだと思うのだー?」
「も、もうっ! からかわないでくださいよっ」
こうして彼をからかって遊ぶのも彼女の日課となりつつあった。彼女なりに愛弟子への愛情表現なのかもしれない。
風呂から出た二人は体が冷えないうちに着替え、桃のエキスを塗る。これもまた邪気を払う効果があるらしい。
「各地には様々な伝承があるのだ。今度はそういう伝承を現地をまわって追いかけるのも悪くないのだー」
「いいですね、それ。なんだか不思議なことにも出会えそうですし」
そうこう話しながら、二人はゆっくりと寝床の用意をする。
年月が経って少々ベッドのサイズが大きくなった。青年であるレゼルが収まるサイズに。
布団に潜り込み、いつものようにストレガは布団を広げ、ぽんぽんと自分の隣を叩く。
「少年、早く来るのだー。もう私は眠いのだー」
「は、はいっ、今行きます、今!」
少年時代からレゼルは“抱き枕”としてストレガに抱かれ眠っている。
それだけ長い年月を共に過ごせば、幾分かは慣れるかと思われたが……彼女の香りや感触に慣れることはなかった。
レゼルもいつものように、ドキドキしながらストレガの隣へと入る。
彼が入るなり、ストレガは待ってましたとばかりにぎゅっと抱きしめる。それはもう人形を抱く少女のように。
きっと眠かったのだろう。すぐさまストレガは、すうすうと穏やかな寝息を立てて眠り始めた。
一方、レゼルは勿論……全く眠りに付けずにいた。
(ああぁぁあ!? いつも通り香りがっ! ストレガ様の色んな柔らかさがぁああ!)
彼もれっきとした男性。スタイルのいいストレガにくっつかれ、何も思わないわけがない。心臓の鼓動は早くなるばかりだ。
(こういう時こそ、集中……ゆっくりと深呼吸を。すう、はあ……ダメだぁあ! 余計にいい香りがぁあ!)
心の中でじたばたと悶絶しているレゼルは、眠気が理性に勝つまでその悶絶を続けるのだった。
師匠と弟子。
始まりは気まぐれで拾った。
それでも彼は彼女に付いてきた。
長き時を共に過ごし、彼は彼女の隣に並び立つことを願った。
その道のりはまだ果てしなく長い。
ストレガたる彼女に並ぶには、まだ彼は未熟。
それでも彼は目指すのだ。
尊敬する師匠の背中を追いかけ続けて。