風待ちの罪人

キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2024年01月20日 11時57分59秒

 今日は一段と冷える。【屍涯宮(モルド・サイン)】の首魁であった青年・セウェルス=マルキアスは、自身が細く吐いた息が幽かに白く烟るのを眺めた。
 冷えると言っても、基本的に王国の気候は温暖だ。ここルエリのように「雪降る街」として認知されている場所は珍しい。そしてどうにも寒々と感じるのは、膝の上に乗せて抱き込んでいたものが今そこにないからだ。
「まだ~?」
 セウェルスは机を挟んだ向かい側に座る王国騎士アレクシスに抗議した。セウェルスの聴取担当であるアレクシスは、幾度目かになるそれに眉を顰める。
「少しは待つということができないのか? ……ほら」
 持ち込まれたぬいぐるみを検分し終えたアレクシスは、セウェルスから預かった(取り上げた)それを持ち主に返した。
 面会者が彼に与えたものは事前にすべて記録され、問題ないと判断されたものばかりだ。だがそのぬいぐるみに関しては本人がやたらと強いこだわり(衣装を取り外すことへの拒否)を見せるので、アレクシスが改めてそれを確認することになった――というのが、ことの経緯である。
 結局上から触った感覚で確かめるということでどうにか妥協させたのだが、本来なら囚人であるセウェルスにここまで慮る必要はない。
 当の本人は非常に不機嫌そうな様子でぬいぐるみを膝の上に乗せ、アレクシスが触った場所を手で払っていた。
「人のものにべたべた触るな」
「ただのぬいぐるみだろう」
 嫌悪を隠そうともせずに目を眇めたセウェルスにアレクシスが思わず反論すると、セウェルスは底冷えするような低い声音で殺気を放った。
「静粛に(カット)、人間(モータル)。俺(わたし)はそれほど寛容ではない」
 一瞬放たれただけのそれに、アレクシスは息を詰まらせた。指先に触れた慣れた感覚(剣の柄)に遅れて、自身が椅子を蹴り倒して立ち上がったことを知る。さらにそれに巻き込まれた給仕台車が倒れ、上に載っていた食事が床に転がった。
「あ、」
 載っていたのはパンだけだったが、アレクシスは慌ててそれを拾い上げると埃を払う。落ちた先が渇いた石床だったため、食べるのに問題はなさそうだ。
「あれ? いらないって言わなかったっけ」
 だが、セウェルスはそれを拒否する。
 落ちた食べ物だから、というわけではない。食べる必要がないからいらない、というのが彼の主張だった。どういう原理か不明だが何日も食べずに問題ないのだから、事実なのだろう。
「決まりなんだ。食べたくないなら鳥の餌にでもするといい」
「ふーん?」
 アレクシスはパンを片手に倒れた椅子を起こすと、セウェルスの前に座り直す。
 交わす言葉が途切れると、セウェルスは決まって窓に目を向けた。窓と言っても、石積みの枠に鉄格子が嵌まっているだけのものだ。しかし彼が鳥を待っているのではないことは、アレクシスにも分かっている。
 囚人との面会が許されているのは月に一度だ。セウェルスにとってその時間はそれほど長いものではないにしろ、彼の機嫌は彼女の存在に大きく左右されていた。
 アレクシスは背中に冷たいものを感じつつも、聴取のために筆記用具を用意する。
「ねえ、君はリジー(こいびと)のこと抱いたことある?」
 だが、突然投げかけられた問いに唾を飲み損ねて大きく咽込んだ。
「い、いきなりな、なにを……!?」
「好きな相手とはそうしたくなるんだろ? でもいまいちよくわからないから」
「そうとは限らないし……ッじゃない! 質問するのはこちらだ。これからお前への聴取を――」
「髪の指通りとか、柔らかさとか、感触は好ましいなって思うんだけどね」
「話を聞いてくれよ!」
 アレクシスは頭を抱えた――いや、初めからまともな応酬を期待するべきではない。アレクシスは気を取り直し、インク瓶の蓋を開ける。だがセウェルスはお構いなしに問いを続けた。
「彼女の献身には相応しい対価が必要だ。祈願には応報が、素晴らしい舞台には拍手喝采が。愛情には何が相応しいと思う? 君なら知っているんじゃないか?」
「ああ、わかったよ、もう……」
 アレクシスは丸まった紙を広げ、さっさと答えを提示して質疑応答を終わらせたほうが賢いと考え直す。
「親が子に向けるそれも、恋人同士が互いに向けるそれも、何がしかの期待があるのが常だ。喜んでもらえなかったらがっかりするし、注いだ端から取りこぼされれば無価値に感じられる。だけど、愛するということはもとより『自分がそうしたい』からするもので……だから相応しいとか、対価が必要とかじゃないと思う。応えるものがいるから、相互に結びつくように見えるだけだろう。満足したか?」
「……なるほど」
 セウェルスは視線を落として、ぬいぐるみの頭を撫でる。
 今まで自由気ままに振る舞ってきたセウェルスの道のりは、それこそ『自分がそうしたいから』で舗装されていた。であれば、難しく考える必要はない。
 その日、セウェルスの機嫌はそこそこ上向きに修正された。


 なお、後日。面会時には立会人がいることを、アレクシスが憤慨しながら訴えたらしい。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0