約束の海、黎明の空
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2020年12月15日 20時08分54秒
黎明の空気が頬を刺し、息を白く煙らせる。
眼下では波頭が白く猛り、冬の海の厳しさを体現していた。
視線を横に振れば、なだらかな弧を描く断崖の海岸線。まるで何か巨大な意思が切り取ったのではないかと思わせる断崖を、猛た波が喰らい、岩肌が悲鳴を上げながら波を飛沫へと変えていた。
「……ここは何も変わらないな」
そんな崖上から海を見下ろし、ヨナ・シャハムが小さく呟く。
この場所へ訪れるのは年に一度。いつも決まって冬のこの時期だった。もう10年以上も続けている恒例行事は、たった一人残された俺だけの聖霊節――。
「1年間、寂しい思いをさせたね。今年もなんとか来ることができたよ」
その呟きに込められた想いは、波頭の先に葬った命へ捧げられる。
10年以上前に失くしてしまった大切な人たちへの報告だった。
「――本当に色々な事があったんだ。聞いてくれると嬉しいな」
普段はごく近しいものにしか使わない口調で、海へ向かって話す。
ゆっくりと思い出す様に、この一年で得て――失ったもの。出会って――別れたもの。笑い話に哀話。他愛のない小さな出来事から大事件まで。自身が得た経験を漏らさずに報告するのが、自分で決めた約束だった。
「今年は話すことが尽きないんだ。それはもう大変だったんだから――」
本当に激動といっていい一年だった。
帝国崩壊を機に爆発的に増えた依頼案件を、冒険者の一人として解決に導いていく。一つ解決すればまた別の依頼がギルドに並び、休む暇もなかった。折角譲り受けた工房も空けることが多くなって、紋具に触れることができない日々の連続は少し欲求不満気味だったりする。
「――今年の話はこんな所かな。ほんと、いつもの年の倍以上になっちゃったね」
冷気のせいか強張る頬の肉を両手でほぐしながら、空を見上げる。
凍える潮風が空気を洗い、澄み渡る夜空では満天の星々が煌きを競っていた。
時折流れる雲が、空を埋め尽くす星々を隠す。月は既に西の空へと消えていた。
「年が明けたら、しばらくは工房に籠りたいよ」
苦笑しながらそう呟いたヨナは、鞄から包みを一つ取り出す。
風で飛んでしまわないように慎重に開いた包みの中は、故人の好きだった菓子だった。
「これ、いつものね。今年のは手作りじゃないんだけど、ヴェルクリエでも評判の店のものなんだよ」
ナッツやドライフルーツのぎっしり詰まった焼き菓子。居を構えるヴェルクリエでも老舗と知られる名店の逸品だ。評判に違わぬ見た目と芳醇な香りが早朝の胃袋を刺激する。
「それじゃ、お先に」
ヨナは菓子をナイフで切り分けると、その一片を口に入れた。
口の中に広がるのは、流石と言える味。自分で作ったものが少し恥ずかしくなる程のうまさだった。
「これは、毎年ねだられそうだ」
と、ヨナは再び苦笑し、菓子の残りを海へと差し出すと。
「――メリー・ユールフェス」
お決まりの文句と共に、崖下へと投げ入れた。
菓子はすぐに波にもまれ海中に没する。それを食べると表現していいものか、いつも悩みながらも、この菓子を故人と一緒に味わうのも約束の一つだった。
「それじゃ、最後の約束も」
ヨナは再び鞄の中に手を差し入れると、小さな花束を取り出した。
両手にすっぽりと収まるほど小さな花束には、赤と白、二本の花が顔を覗かせている。
「今年は運良く手に入ったんだ。二人が好きだった花――マーガレットだよ」
この時期に咲く花は貴重だけど、商売の伝手を頼り手に入れた二本。
朧気になってしまった記憶の中でも、家の庭先に咲いていたこの花だけは鮮明に思い出せる。自分に向けられた二人の笑顔と一緒に――。
「もう見れないのは残念だけど、ずっと覚えているから」
もう届く事のない言葉を北の荒波に向かって呟き、ヨナは小さな花束も焼き菓子同様、海へと投げ入れた。
風に遊ばれながらゆっくりと海へと向かう花束をじっと見つめる。
波間に落ちた花束は波頭の隙間に二度三度顔を出して――沈んでいった。
「……」
三つの約束を終えたヨナは、ゆっくりと片膝をつくと祈りの姿勢を取る。
両目を閉じ瞼の裏に故人の姿を思い浮かべながら、しばらくの時を祈りに捧げた。
祈りを終え瞳を開けたヨナの視界に、随分と明るくなってきた東の空が映る。
もうすぐ日の出の時間だ。
「今年もなんとか、約束を果たせた」
安堵と共に寒さで強張っていた表情が自然とほぐれる。
最後にもう一度だけ海を見下ろすと、荒波の中に二人の笑顔が見えた気がした。
「それじゃ、また来るね」
波に映る二人に笑顔を返し。
「――父さん、母さん」
最後に小さく呟いて、ヨナは踵を返した。
登り始めた朝日が背中を温めてくれる。
それはまるで亡くした両親が「がんばれよ」と背を押してくれているようだった――。
眼下では波頭が白く猛り、冬の海の厳しさを体現していた。
視線を横に振れば、なだらかな弧を描く断崖の海岸線。まるで何か巨大な意思が切り取ったのではないかと思わせる断崖を、猛た波が喰らい、岩肌が悲鳴を上げながら波を飛沫へと変えていた。
「……ここは何も変わらないな」
そんな崖上から海を見下ろし、ヨナ・シャハムが小さく呟く。
この場所へ訪れるのは年に一度。いつも決まって冬のこの時期だった。もう10年以上も続けている恒例行事は、たった一人残された俺だけの聖霊節――。
「1年間、寂しい思いをさせたね。今年もなんとか来ることができたよ」
その呟きに込められた想いは、波頭の先に葬った命へ捧げられる。
10年以上前に失くしてしまった大切な人たちへの報告だった。
「――本当に色々な事があったんだ。聞いてくれると嬉しいな」
普段はごく近しいものにしか使わない口調で、海へ向かって話す。
ゆっくりと思い出す様に、この一年で得て――失ったもの。出会って――別れたもの。笑い話に哀話。他愛のない小さな出来事から大事件まで。自身が得た経験を漏らさずに報告するのが、自分で決めた約束だった。
「今年は話すことが尽きないんだ。それはもう大変だったんだから――」
本当に激動といっていい一年だった。
帝国崩壊を機に爆発的に増えた依頼案件を、冒険者の一人として解決に導いていく。一つ解決すればまた別の依頼がギルドに並び、休む暇もなかった。折角譲り受けた工房も空けることが多くなって、紋具に触れることができない日々の連続は少し欲求不満気味だったりする。
「――今年の話はこんな所かな。ほんと、いつもの年の倍以上になっちゃったね」
冷気のせいか強張る頬の肉を両手でほぐしながら、空を見上げる。
凍える潮風が空気を洗い、澄み渡る夜空では満天の星々が煌きを競っていた。
時折流れる雲が、空を埋め尽くす星々を隠す。月は既に西の空へと消えていた。
「年が明けたら、しばらくは工房に籠りたいよ」
苦笑しながらそう呟いたヨナは、鞄から包みを一つ取り出す。
風で飛んでしまわないように慎重に開いた包みの中は、故人の好きだった菓子だった。
「これ、いつものね。今年のは手作りじゃないんだけど、ヴェルクリエでも評判の店のものなんだよ」
ナッツやドライフルーツのぎっしり詰まった焼き菓子。居を構えるヴェルクリエでも老舗と知られる名店の逸品だ。評判に違わぬ見た目と芳醇な香りが早朝の胃袋を刺激する。
「それじゃ、お先に」
ヨナは菓子をナイフで切り分けると、その一片を口に入れた。
口の中に広がるのは、流石と言える味。自分で作ったものが少し恥ずかしくなる程のうまさだった。
「これは、毎年ねだられそうだ」
と、ヨナは再び苦笑し、菓子の残りを海へと差し出すと。
「――メリー・ユールフェス」
お決まりの文句と共に、崖下へと投げ入れた。
菓子はすぐに波にもまれ海中に没する。それを食べると表現していいものか、いつも悩みながらも、この菓子を故人と一緒に味わうのも約束の一つだった。
「それじゃ、最後の約束も」
ヨナは再び鞄の中に手を差し入れると、小さな花束を取り出した。
両手にすっぽりと収まるほど小さな花束には、赤と白、二本の花が顔を覗かせている。
「今年は運良く手に入ったんだ。二人が好きだった花――マーガレットだよ」
この時期に咲く花は貴重だけど、商売の伝手を頼り手に入れた二本。
朧気になってしまった記憶の中でも、家の庭先に咲いていたこの花だけは鮮明に思い出せる。自分に向けられた二人の笑顔と一緒に――。
「もう見れないのは残念だけど、ずっと覚えているから」
もう届く事のない言葉を北の荒波に向かって呟き、ヨナは小さな花束も焼き菓子同様、海へと投げ入れた。
風に遊ばれながらゆっくりと海へと向かう花束をじっと見つめる。
波間に落ちた花束は波頭の隙間に二度三度顔を出して――沈んでいった。
「……」
三つの約束を終えたヨナは、ゆっくりと片膝をつくと祈りの姿勢を取る。
両目を閉じ瞼の裏に故人の姿を思い浮かべながら、しばらくの時を祈りに捧げた。
祈りを終え瞳を開けたヨナの視界に、随分と明るくなってきた東の空が映る。
もうすぐ日の出の時間だ。
「今年もなんとか、約束を果たせた」
安堵と共に寒さで強張っていた表情が自然とほぐれる。
最後にもう一度だけ海を見下ろすと、荒波の中に二人の笑顔が見えた気がした。
「それじゃ、また来るね」
波に映る二人に笑顔を返し。
「――父さん、母さん」
最後に小さく呟いて、ヨナは踵を返した。
登り始めた朝日が背中を温めてくれる。
それはまるで亡くした両親が「がんばれよ」と背を押してくれているようだった――。