「今まで」と、「これから」と、

キャラクターノベル制作 弓月 蒼納品 2024年01月23日 23時20分20秒

●硝子窓に映る未来(あす)
 
 リーンエス王国――――パンクリアース学園。石畳の床をこつこつと、歩くのも様になったもの。
 遠目に見える初々しい集団は新入生だろうか。この校舎にも、随分と慣れ親しんでしまった。

 『気高き白(エーデルワイス)』コルネリウス・アーラは森人(エルフ)であり、その寿命は人と大きく異るが。
 他種族の家族に囲まれ人の社会で生きて来た彼女にとって、時間感覚は、唯人(ヒューマン)のそれと然程変わらない。

 この学園で過ごして来た日々は多忙に次ぐ多忙で、むしろ時に追われていた印象の方が強いが。
 良くも悪くも濃密な経験を経て、在籍する"学び舎"としての特別な立ち位置をコルネリウスの中で確立していた。

(……やっぱり、今は忙しいですよね)

 大図書館からの勉強帰り。……或いは、勉強と言う名目の人探し帰り……と、言った方が正しいだろうか。
 以前行き合ったいつもの席に、いつも居た黒服の青年の姿は無く。当然の結果にそれでも小さく息を吐く。

 領主業……なる物の忙しさは、平民である彼女にとって理解の外の範疇ではある。
 ただ、北方辺境で携わった事務作業の狂気の如き分量から察すれば。学業より暇と言う事は無いだろう。

 武器を振るうだけが戦いではない。勝敗が直接決する様な単純な揉め事はどんどん減っていくに違いない。
 コルネリウスは漠然と、遠からずそういった未来が来るだろうことを予期している。
 
 だからこそ勉学に励んで来たのだし、"分からない"と思っていた事とも向き合って来た。
 『王国』の。貴族の社会は非常に難解で困惑する事も多かったが、大分慣れて来た。

 そうして慣れ、理解した分だけ悩むことも増えて来た。むしろ2つは不可分だと気付いたと言うべきか。
 それはつまり「今まで」と――――「これから」のことだ。

(私は……これからどうするの)

 隣に映る。窓の自分へ問い掛ける。故郷は、彼女の最も信頼する"父さん"が守ってくれると言ってくれた。
 コルネリウスの力を。戦果を評し、仲間に誘ってくれた人達も居る。有り難いし、嬉しいことだ。

 心残りも無く、嫌が応にも選ばなければならない未来。けれど彼女自身は、未だ向き先を決めかねていた。
 いや。決めかねている――――と言うのはもう違うだろう。"やりたいこと"は決めた。覚悟も出来た。

 最後の一歩は、冒険者のコルネリウス・アーラでも、家族や仲間と一緒にいるコルネでもなく。
 きっとただの自分。何者でもない自分(コルネリウス)が……怖がっているだけ。

 ――――『帝都奪還』。ロスガリア大陸史における、一つの区切りと言える戦いが終わった。
 帝都崩壊後冒険者になった者たちは、数の多さと事態の緊急性から各国共同で抱え込みを禁止して来たが。

 難題に片が付きここから帝国復興が始まる以上、足並みを揃える為のこれら制限も外される事となる。
 事実として。帝国は早々に移民や代官を募集し初めたと聞くし、都市国家諸国も徐々に動き出しているらしい。

 では『王国』はと言えば、これまでと大きくは変わらない。
 何せ一度亡国の憂き目に遭った帝国を除けば、大陸で最も多くの内憂が表出したのが同国である。

 結果二大派閥の一つ『貴族派』は大きくその力を減じ、『集権派』なる第三派閥の台頭を許す事になった。
 にも関わらず。激動を超えて尚、この国の水面下には幾つもの火種と、争乱の起因を抱え込んでいる。

 帝都崩壊より3年余り。長いようで短いその程度の時間で膿を出し切れる程、『王国』の闇は浅くはない。
 それでも。確かに進んでいるのだと。そう思える程度に――――コルネリウスもまた。

 この国の事を考えてきた。自分が生きていく場所として。より良くしていく為にどうすべきか。
 自分に何が出来るのか――――ずっと――――――ずっと。

 視線を外に向ける。この『学園』に在籍して以来感じていた"透明な壁"は、今も其処に在る。
 囲まれていない唯人(ひと)には分からないほど自然に。まるで当たり前にように、いつも変わりなく。
 
(でも、最初に感じたほど頑なじゃない)

 同じ様に見えて、同じではない。変わっていくのだ。人の目も、心も、自分自身の受け取り方すら。
 最初、絶対の仕組みで築かれた堅牢な城塞のように感じた『学園』ですらそうだった。

 この『王国(くに)』からある日差別が消えることも、貧富の差が無くなる事もきっとない。
 それでも少しずつ"変えていく"事なら出来る。コルネリウスは確信を以てそう想う。

「もう、決めたことでしょう?」

 つい口を付いて出た一言に。横をすれ違った新入生達が向けて来た視線へ笑顔で応じる。
 その程度には、森人(エルフ)が校舎内を歩いていても好奇の眼では見られなくなってきた。
 
 それは小さな小さな一歩かもしれないけれど。紛れもなく確かな一歩に違いない。
 春が来れば、花壇で育てている花も二度目の芽吹きを迎える筈で。

 以前は好きでなかった硝子窓も――――今ならそれほど、嫌いではないのだから。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0