先の未来、ある日の遠征
キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2024年01月07日 13時57分26秒
●先の未来、ある日の遠征
それは少し時間が経った、未来の話。
深い森の中、巨木の上で生い茂る葉に身を隠すように【ストレガ・L・リベルガストラ】は助手の青年【レゼル】と共に息を潜めていた。
眼前にはすやすやと眠る、家ほどもある巨大なトカゲ【リザードブレイズ】がいる。体のあちこちには小さな炎が灯っているようだ。
二人の目的はリザードブレイズが守る金色の卵である。あれは珍味として大変美味しく、焼いて良し、茹でて良しの優れものとの噂だった。何としても手に入れて食してみたい、とストレガは言うので取りに来たということだ。
魔獣であるならば倒してしまえば手っ取り早くていいかもしれないが、リザードブレイズは耐久力が高く、吐くブレスは鉄すら簡単に溶かすという。魔法も効きにくい為、ストレガとレゼルの二人で倒すには少々骨が折れる相手だった。
故にストレガが立てた作戦は、軽く注意を引いて卵を奪取、後は互いに卵をパスしながら森の外へ逃げようというものだった。リザードブレイズは森の外が嫌いらしく、森から出ようとはしないのである。
手を軽く立て、飛び出す合図をするとストレガはリザードブレイズの前に躍り出た。
「さあ、相手はこっちなのだ!」
藍色の鎖に繋がった錨を顕現させると、ストレガはそれをリザードブレイズに向かって放った。錨が突き刺さり、藍色の鎖がその身体を縛り上げる。
「グ!? ギャァアア!」
急な奇襲を受けたリザードブレイズは絡まった藍色の鎖に阻害され、地に伏せる。全く動けないというわけではないがかなり動きづらそうだった。
行く手を阻むようにストレガは重力大渦を展開、もし動き出してもある程度時間を稼げるようにしたのだ。
ストレガがリザードブレイズの動きを止めたことを確認したレゼルは卵に向かって走る。動けないリザードブレイズの隣をすり抜け、巣の中から金の卵を奪った。卵は片手で抱えられるがかなり大きく運びづらい。
「やりました、ストレガ様! では手筈通りにッ!」
「うむ、頑張って走るのだ、少年!」
ストレガの隣を走り抜け、レゼルは人が一人通れるほど大きい巨木の枝を伝って走っていく。
唸るリザードブレイズに教鞭を向けたストレガはにやっと笑う。
「さあ、躾の時間なのだ……!」
どれくらい経っただろうか。
巨大な木の枝の上を走り続けるレゼルはたまにチラッと背後を確認する。まだリザードブレイズの姿はない。
「ストレガ様……」
少し離れた場所から戦闘音が響いてくる。恐らくストレガが足止めをしているのだろう。
木の枝の先っぽでジャンプし、上から垂れさがっているツルを片手で掴むと振り子の要領で別の木の枝へとレゼルは飛び移った。
その瞬間、先程までいた木の枝の位置に多少傷だらけのリザードブレイズが現れる。その瞳は赤く輝いており、激昂している証だった。奇襲し、卵を盗んだのだから当たり前だ。
激しい咆哮をあげると、リザードブレイズは飛び上がり、空中からブレスを吐いた。燃え盛る火炎がレゼルを襲う。
「ひぃいいーーー!?」
咄嗟に右に飛んで別の木の枝に移り、彼は難を逃れた。メラメラと燃える木の枝を踏み締め、リザードブレイズはレゼルを睨んでいる。
「グギャアァアアアアッ!」
至近距離での耳を裂くような咆哮にひるみ、レゼルはその場に腰を抜かしてしまう。
「あ、足が、動かない! こ、このままじゃ……っ!」
ゆっくりと木の幹を這いながら近づいてくるリザードブレイズに光弾が降り注いだ。光弾は表皮を多少傷つけただけであまりダメージを与えられていない。じろりとリザードブレイズの赤い瞳が現れたストレガを睨んだ。
「卵をこっちに投げるのだーっ!」
ストレガの声を聞いたレゼルは思いっきり卵をストレガ目掛けて投げた。リザードブレイズも手を伸ばすが、その手をすり抜け、卵はストレガが受け止めた。
「グゥウオオオッ!」
「悔しいのだ? なら追ってくるといいのだ!」
飛び上がったリザードブレイズは細い木の枝を折りながら突進し、ブレスをストレガ目掛けて吐く。紅蓮の炎が彼女を襲うが、ひょいひょいと枝を渡るストレガには当たらない。
滑り台の様に斜めになった巨大な木の枝を、卵片手に滑りながらストレガは背後を見る。背後からはどすどすとリザードブレイズが猛進していた。もう枝があろうが邪魔な葉があろうがお構いなしである。
「グギャアァアオオオ!」
激しく咆哮したリザードブレイズは後ろ足に力を込めて高く飛び上がり、ストレガを軽く飛び越えると目の前に着地する。
「なるほど、進路を塞ぐのは実に良い手なのだ。だが……」
ミシミシっと音がしたかと思うと、リザードブレイズの乗っていた巨木の枝がばきりと折れる。憐れ、足場を失ったリザードブレイズは地上へと落下していった。鈍い音が響き渡る。
「自重を考えた方がいいのだ。さて、これでしばらく時間を稼げるのだ」
垂れ下がったツルを掴むと、卵を抱えたままストレガはリザードブレイズが開けた穴をひょいっと飛び越えた。
それからレゼルと合流し、しばらく走ったがリザードブレイズが追ってくる気配はなかった。
森を無事出ることが出来たストレガとレゼルは小さな湖のほとりに辿り着く。
少し調査し周囲に危険はないと判断した二人はそこでキャンプを張ることにした。
その日の夕食にはリザードブレイズの卵を使った料理が並んだ。その味は想像を絶するほど美味で、今まで食べたことがないような味であった。
「この味は、形容しがたいのだー。ふむむ……どう文字で表そうか」
「不思議な味ですよね、こう頭がふわふわするというか。身体もぽかぽかする気がします」
はふぅっと息を吐くレゼルの頬は少々上気して赤くなっていた。
資料へのメモ書きを終えたストレガは、ぽすんっとレゼルの隣に座った。肩を寄せ、彼に腕を絡ませる。急な密着は彼の心音をドキドキと高めていった。
「ス、ストレガ様ぁ!?」
急な密着を予想していなかったレゼルはうわずったような、素っ頓狂な声をあげてしまった。
対するストレガはとろんとして潤んだ瞳を向け、顔は赤く染まっている。こんなストレガを彼は一度も見たことがない。
「……何だか、おかしいのだ。頭がぼーっとするのだ――――少年、随分と逞しくなったのだ。ふふ、背もいつのまにか、抜かされてしまったのだ」
「そんな、俺なんてまだまだで……わっ!?」
ストレガに抱き着かれたレゼルは真っ赤になって硬直する。彼の胸に身を寄せるストレガは頬をすり寄せていた。
彼女の背中に手を回すべきか否か、レゼルは迷っているようだ。その証拠に硬直した腕を開いたままにしている。
頬をすり寄せたストレガはレゼルの手を握る。指が絡み合い、ストレガは潤んだ瞳をレゼルに向けた。惚けた表情にレゼルの胸は高鳴る。
「そろそろ、眠くなってきたし寝るとするのだ。ふふ、一緒にテントに行くのだー」
ドキドキしたレゼルの手を引き、テントの中へと彼と共にストレガは消えていった。
翌朝。
汗でべったりした身体をストレガはゆっくりと湖の水で流していた。勿論、衣服は身に着けていない。水浴びなのだ、形のいい双丘も丸出しである。
ゆっくりと水をすくって柔らかな双丘を押し上げながら汗を流していく。乳肉を持ち上げ、胸の下側はしっかり流さねば、痒くなってしまう。巨乳の悩みの種の一つだ。
腕を伸ばし、もう片方の手で水をすくって身体にかける。撫でる様に水で汗を流し、彼女は身を清めていった。
「……昨日の夜、何があったのだ? うろ覚えであまり覚えていないのだ。何やら全身が疲労しているのだが……一体何が?」
水浴びを終え清潔な布で身体の水を拭き取ったストレガは自然の風で身体を乾かしてから衣服を身に着ける。
適当な石に腰かけ、のんびりと空を眺めていたが……いつまでたってもレゼルが起きてこない。
「全く、少年は寝坊助なのだ。仕方がない、起こすとするのだー」
よいしょっと立ち上がり、ストレガはテントの中に入る。
寝ているレゼルに近づきストレガはレゼルの顔をぺちぺちと軽く叩いた。
目を擦りながら目覚めたレゼルはストレガの顔を見るなり、真っ赤になってそっぽを向いた。彼は昨夜の出来事を覚えていそうだ。
「何なのだ? 少年、何があったのか語って欲しいのだ」
「む、無理です! ああもうっ、どうしてそんな羞恥プレイを! ぼ、僕には言えませんよーー!」
がばっと起き上がったレゼルは、顔を洗ってきますとテントから出ていった。かなり恥ずかしそうな様子だ。
頬をぽりぽりと掻きながら、ストレガは自分が書きなぐったのであろう。しわしわの湿ったメモ書きを見る。
「――なるほど、そういうことなのだ」
メモを見て何があったのか理解したストレガは、しばらくからかって遊べそうだと笑うのだった。
朝食を済ませた二人は湖のほとりに立っていた。成長したレゼルは既に授恵者として目覚めており、彼女の特訓もそれに合わせて更に実践向けのものへと変化している。
教鞭を構えたストレガは初手として光雨を放った。数えるのも面倒な程の光弾の雨がレゼル目掛けて降り注ぐ。
レゼルは長剣を振るってそれらを弾きながらストレガに接近、横一文字に剣を振るった。肉を切らせて骨を断つ、避けられない程の数ならば致命傷になり得る部位への着弾さえ防げばいいとの考えだ。
振るわれた長剣を後方に跳んで避けると、ストレガは足絡之呪を放つ。藍色の錨がレゼルを狙う。
「くっ、それに捕まったらまずいっ!」
ぎりぎりまで引き付け、錨が命中する直前に横っ飛びに避けたレゼルは地面を蹴って、剣を突き出すように構え突進する。無駄のない素早い動きだった。
だがストレガはそれをひらりと避け、すれ違い様に教鞭で彼の横っ腹を殴りつける。
「がはっ!?」
「動きが単調なのだー。それでは知性の低い魔獣は倒せても、授恵者相手では通用しないのだ」
距離を取ったレゼルは肩で息をしながらも長剣を構え直す。
そんなレゼルを見ながらストレガは次の手を考え始める。
(経験も実力も、私の方が上。さあ、次はどうかわす? 少年の力を見せて欲しいのだ)
教鞭に意識を集中させると、レゼルの眼前に光輝くエーテルが収束を始める。
「なっ!? あれの範囲から逃げるには時間が足らない! なら――」
輝くエーテルが限界まで収束し弾ける。氷の礫を伴う氷嵐が吹き荒れ、レゼルを飲み込んだ。
直後、ストレガは教鞭を振り、保険として重力大渦を設置しておく。レゼルからは設置の瞬間を視認できないだろう。
「ふむ、勝負あったのだ。まだまだなの……む?」
「でぇえりゃああああーーー!」
氷の嵐を突っ切る様に突進したレゼルがストレガの眼前に現れる。氷嵐のダメージでぼろぼろだが、動けなくなる程ではないらしい。
「これで、チェックメイ……な、これ、はぁ! ぐ、身体が……動かない!?」
レゼルは剣を突き出した格好でピタッと静止している。どれだけ力を入れようとも、体は動かない。
そんなレゼルを教鞭で殴り飛ばし、地面にストレガは転がした。容赦なくミシッと踏みつけ、教鞭の先をレゼルに向けた。
「勝負あったのだ。保険に足止めがあると思わなかったのだ? 正面からくるとは、まだまだ駆け引きがなってないのだー」
「うぐ、おっしゃる通りです……」
仰向けに倒れ、少ししょぼくれるレゼルの傍にしゃがむと、ストレガは彼の頭をゆっくり撫でた。
「だが……イチかバチかダメージ覚悟で突っ込む作戦はあの状況では悪くないのだ。次は先を読み、更に精進するといいのだ」
「……はい、次こそは一本取って見せますよ」
その意気なのだ、と笑ったストレガはにやっと笑う。
「では、罰ゲームなのだ。少し休んだら湖の傍まで行くのだー」
小休止した後、湖の傍まで行ったレゼルの胴体へ肉が付いた縄をストレガは巻き付けている。生肉は6つ程度、巻き付けられたようだ。
「あの、ストレガ様? これは一体……」
「行けばわかるのだ、さあ、湖に入るのだ。ある程度、向こうまで泳いで欲しいのだ」
詳細を伏せられ、頭にはてなを浮かべながらもレゼルは湖に入って、ストレガが言う様に向こう側へ向かって泳ぎ始めた。
しばらく泳いだ所で、何か様子がおかしい事に気がつく。黒い巨大な影が足元に揺らいで見えた気がしたのだ。
「今なのだー! 早く戻ってくるのだ!」
「え、戻るんですか?」
不思議そうにしながらもレゼルはストレガの方に向かって泳ぎ始める。すると、その瞬間背後で激しい水しぶきが上がった。見れば、巨大な魚型魔獣【ザメット】が大口を開けている。
「あ、え? で、でかいぃいッ!?」
「早くこっちへ泳いで逃げるのだー! 食われても知らないのだー!」
じろりと睨むザメットと目が合う。巨大なサメの頭が甲羅から突き出ているという奇妙な形状をした魔獣は大口を開け、彼を喰らおうと猛追する。
水ごと吸いこもうとザメットが追いかけながら水を吸い上げる。必死にレゼルは吸い込まれまいと泳いだ。あんなものに吸い込まれたら無事では済まないだろう。
「ぎゃあぁぁあああ!」
「もっと速く泳ぐのだー! 吸い込まれてしまうのだ!」
大きな石の上でストレガが手を振っている。何やら楽しそうに見ている辺り、これもまた特訓の一環なのだろう。
だがそんなことを気にしている余裕はレゼルにはない。腕は軋み、バタ足を続ける足は乳酸が溜まって次第に動かし辛くなっている。あまり長くは続けられないだろう。
それでも必死に彼は泳ぎ、何とか陸地に辿り着いた。転がり、はあはあと荒い呼吸を繰り返す。
ストレガは彼と交代するように水に入っていく。膝まで水に浸かった状態で教鞭をザメットに向けた。
「よくやったのだ。後は任せてゆっくり休むのだ。では、終わりなのだー!」
輝くエーテルを収束させると、ザメットを巻き込む氷嵐をストレガは放った。荒れ狂う氷の嵐がザメットをズタズタにしていく。
ぐらっと揺らいだザメットは倒れると、力なく水に浮かんだ。どうやら倒せたようである。
「ふむ、後は回収して調査と検証をするのだ。少年、手伝って欲しいのだ」
「はいっ、ストレガ様!」
ザメットの死体を回収し、二人が掛かりで何とかその巨体を陸に引き上げる。
引き上げてみるとザメットの身体は亀でありながら、下半身は魚。そう、甲羅に入った魚のように見える不思議な体系をしていた。
「これは興味深いのだ。頭部はサメでありながら、体は亀。その下半身の組成はサメと亀が混ざっているのだ。しかしサメの要素が強い部分が……」
ストレガはザメットの身体を庖丁で解体しながら各部位の形状や特徴をメモしているようだ。やはり研究者魂が燃えるのだろう。
「とんだ罰ゲームでしたね、まさか囮役とは……」
適当な岩に仰向けになり、レゼルは呼吸を整えている。
解体しながら顔を向けずにストレガは話す。ずしゃ、ぶしゃっと肉を切り裂く音が響く。
「ザメットは警戒心が強いのだ。肉の香りで誘わないと姿を現さない。罰ゲームには最適なのだ」
「もう、逃げ切れなかったらどうするつもりだったんですか?」
「え、逃げ切れる筈なのだ。少年なら余裕なのだー」
当たり前のことをなぜ聞く、といった顔で振り向いたストレガとレゼルの目が合う。信頼してくれている、というのと実力を疑っていないということを感じレゼルは嬉しくなって笑顔がこぼれた。
その後、ザメットの可食部位を切り分け、ストレガとレゼルは調理して食した。
ザメットの肉は淡白であり、その味は癖がなく食べやすいものだったという。
ストレガが言うには、唐揚げが一番美味しかったとのこと。
レゼルのオススメはソテーだったらしく、色んなソースを作ってはどれが合うのか試していたほどだった。
きっとストレガのメモには様々な料理に使用可能と書かれたに違いない。
時に遠征には危険がつきものだ。
だがそういった経験が明日を生きる糧になっていくのだろう。
得た経験は裏切らないのだから。
それは少し時間が経った、未来の話。
深い森の中、巨木の上で生い茂る葉に身を隠すように【ストレガ・L・リベルガストラ】は助手の青年【レゼル】と共に息を潜めていた。
眼前にはすやすやと眠る、家ほどもある巨大なトカゲ【リザードブレイズ】がいる。体のあちこちには小さな炎が灯っているようだ。
二人の目的はリザードブレイズが守る金色の卵である。あれは珍味として大変美味しく、焼いて良し、茹でて良しの優れものとの噂だった。何としても手に入れて食してみたい、とストレガは言うので取りに来たということだ。
魔獣であるならば倒してしまえば手っ取り早くていいかもしれないが、リザードブレイズは耐久力が高く、吐くブレスは鉄すら簡単に溶かすという。魔法も効きにくい為、ストレガとレゼルの二人で倒すには少々骨が折れる相手だった。
故にストレガが立てた作戦は、軽く注意を引いて卵を奪取、後は互いに卵をパスしながら森の外へ逃げようというものだった。リザードブレイズは森の外が嫌いらしく、森から出ようとはしないのである。
手を軽く立て、飛び出す合図をするとストレガはリザードブレイズの前に躍り出た。
「さあ、相手はこっちなのだ!」
藍色の鎖に繋がった錨を顕現させると、ストレガはそれをリザードブレイズに向かって放った。錨が突き刺さり、藍色の鎖がその身体を縛り上げる。
「グ!? ギャァアア!」
急な奇襲を受けたリザードブレイズは絡まった藍色の鎖に阻害され、地に伏せる。全く動けないというわけではないがかなり動きづらそうだった。
行く手を阻むようにストレガは重力大渦を展開、もし動き出してもある程度時間を稼げるようにしたのだ。
ストレガがリザードブレイズの動きを止めたことを確認したレゼルは卵に向かって走る。動けないリザードブレイズの隣をすり抜け、巣の中から金の卵を奪った。卵は片手で抱えられるがかなり大きく運びづらい。
「やりました、ストレガ様! では手筈通りにッ!」
「うむ、頑張って走るのだ、少年!」
ストレガの隣を走り抜け、レゼルは人が一人通れるほど大きい巨木の枝を伝って走っていく。
唸るリザードブレイズに教鞭を向けたストレガはにやっと笑う。
「さあ、躾の時間なのだ……!」
どれくらい経っただろうか。
巨大な木の枝の上を走り続けるレゼルはたまにチラッと背後を確認する。まだリザードブレイズの姿はない。
「ストレガ様……」
少し離れた場所から戦闘音が響いてくる。恐らくストレガが足止めをしているのだろう。
木の枝の先っぽでジャンプし、上から垂れさがっているツルを片手で掴むと振り子の要領で別の木の枝へとレゼルは飛び移った。
その瞬間、先程までいた木の枝の位置に多少傷だらけのリザードブレイズが現れる。その瞳は赤く輝いており、激昂している証だった。奇襲し、卵を盗んだのだから当たり前だ。
激しい咆哮をあげると、リザードブレイズは飛び上がり、空中からブレスを吐いた。燃え盛る火炎がレゼルを襲う。
「ひぃいいーーー!?」
咄嗟に右に飛んで別の木の枝に移り、彼は難を逃れた。メラメラと燃える木の枝を踏み締め、リザードブレイズはレゼルを睨んでいる。
「グギャアァアアアアッ!」
至近距離での耳を裂くような咆哮にひるみ、レゼルはその場に腰を抜かしてしまう。
「あ、足が、動かない! こ、このままじゃ……っ!」
ゆっくりと木の幹を這いながら近づいてくるリザードブレイズに光弾が降り注いだ。光弾は表皮を多少傷つけただけであまりダメージを与えられていない。じろりとリザードブレイズの赤い瞳が現れたストレガを睨んだ。
「卵をこっちに投げるのだーっ!」
ストレガの声を聞いたレゼルは思いっきり卵をストレガ目掛けて投げた。リザードブレイズも手を伸ばすが、その手をすり抜け、卵はストレガが受け止めた。
「グゥウオオオッ!」
「悔しいのだ? なら追ってくるといいのだ!」
飛び上がったリザードブレイズは細い木の枝を折りながら突進し、ブレスをストレガ目掛けて吐く。紅蓮の炎が彼女を襲うが、ひょいひょいと枝を渡るストレガには当たらない。
滑り台の様に斜めになった巨大な木の枝を、卵片手に滑りながらストレガは背後を見る。背後からはどすどすとリザードブレイズが猛進していた。もう枝があろうが邪魔な葉があろうがお構いなしである。
「グギャアァアオオオ!」
激しく咆哮したリザードブレイズは後ろ足に力を込めて高く飛び上がり、ストレガを軽く飛び越えると目の前に着地する。
「なるほど、進路を塞ぐのは実に良い手なのだ。だが……」
ミシミシっと音がしたかと思うと、リザードブレイズの乗っていた巨木の枝がばきりと折れる。憐れ、足場を失ったリザードブレイズは地上へと落下していった。鈍い音が響き渡る。
「自重を考えた方がいいのだ。さて、これでしばらく時間を稼げるのだ」
垂れ下がったツルを掴むと、卵を抱えたままストレガはリザードブレイズが開けた穴をひょいっと飛び越えた。
それからレゼルと合流し、しばらく走ったがリザードブレイズが追ってくる気配はなかった。
森を無事出ることが出来たストレガとレゼルは小さな湖のほとりに辿り着く。
少し調査し周囲に危険はないと判断した二人はそこでキャンプを張ることにした。
その日の夕食にはリザードブレイズの卵を使った料理が並んだ。その味は想像を絶するほど美味で、今まで食べたことがないような味であった。
「この味は、形容しがたいのだー。ふむむ……どう文字で表そうか」
「不思議な味ですよね、こう頭がふわふわするというか。身体もぽかぽかする気がします」
はふぅっと息を吐くレゼルの頬は少々上気して赤くなっていた。
資料へのメモ書きを終えたストレガは、ぽすんっとレゼルの隣に座った。肩を寄せ、彼に腕を絡ませる。急な密着は彼の心音をドキドキと高めていった。
「ス、ストレガ様ぁ!?」
急な密着を予想していなかったレゼルはうわずったような、素っ頓狂な声をあげてしまった。
対するストレガはとろんとして潤んだ瞳を向け、顔は赤く染まっている。こんなストレガを彼は一度も見たことがない。
「……何だか、おかしいのだ。頭がぼーっとするのだ――――少年、随分と逞しくなったのだ。ふふ、背もいつのまにか、抜かされてしまったのだ」
「そんな、俺なんてまだまだで……わっ!?」
ストレガに抱き着かれたレゼルは真っ赤になって硬直する。彼の胸に身を寄せるストレガは頬をすり寄せていた。
彼女の背中に手を回すべきか否か、レゼルは迷っているようだ。その証拠に硬直した腕を開いたままにしている。
頬をすり寄せたストレガはレゼルの手を握る。指が絡み合い、ストレガは潤んだ瞳をレゼルに向けた。惚けた表情にレゼルの胸は高鳴る。
「そろそろ、眠くなってきたし寝るとするのだ。ふふ、一緒にテントに行くのだー」
ドキドキしたレゼルの手を引き、テントの中へと彼と共にストレガは消えていった。
翌朝。
汗でべったりした身体をストレガはゆっくりと湖の水で流していた。勿論、衣服は身に着けていない。水浴びなのだ、形のいい双丘も丸出しである。
ゆっくりと水をすくって柔らかな双丘を押し上げながら汗を流していく。乳肉を持ち上げ、胸の下側はしっかり流さねば、痒くなってしまう。巨乳の悩みの種の一つだ。
腕を伸ばし、もう片方の手で水をすくって身体にかける。撫でる様に水で汗を流し、彼女は身を清めていった。
「……昨日の夜、何があったのだ? うろ覚えであまり覚えていないのだ。何やら全身が疲労しているのだが……一体何が?」
水浴びを終え清潔な布で身体の水を拭き取ったストレガは自然の風で身体を乾かしてから衣服を身に着ける。
適当な石に腰かけ、のんびりと空を眺めていたが……いつまでたってもレゼルが起きてこない。
「全く、少年は寝坊助なのだ。仕方がない、起こすとするのだー」
よいしょっと立ち上がり、ストレガはテントの中に入る。
寝ているレゼルに近づきストレガはレゼルの顔をぺちぺちと軽く叩いた。
目を擦りながら目覚めたレゼルはストレガの顔を見るなり、真っ赤になってそっぽを向いた。彼は昨夜の出来事を覚えていそうだ。
「何なのだ? 少年、何があったのか語って欲しいのだ」
「む、無理です! ああもうっ、どうしてそんな羞恥プレイを! ぼ、僕には言えませんよーー!」
がばっと起き上がったレゼルは、顔を洗ってきますとテントから出ていった。かなり恥ずかしそうな様子だ。
頬をぽりぽりと掻きながら、ストレガは自分が書きなぐったのであろう。しわしわの湿ったメモ書きを見る。
「――なるほど、そういうことなのだ」
メモを見て何があったのか理解したストレガは、しばらくからかって遊べそうだと笑うのだった。
朝食を済ませた二人は湖のほとりに立っていた。成長したレゼルは既に授恵者として目覚めており、彼女の特訓もそれに合わせて更に実践向けのものへと変化している。
教鞭を構えたストレガは初手として光雨を放った。数えるのも面倒な程の光弾の雨がレゼル目掛けて降り注ぐ。
レゼルは長剣を振るってそれらを弾きながらストレガに接近、横一文字に剣を振るった。肉を切らせて骨を断つ、避けられない程の数ならば致命傷になり得る部位への着弾さえ防げばいいとの考えだ。
振るわれた長剣を後方に跳んで避けると、ストレガは足絡之呪を放つ。藍色の錨がレゼルを狙う。
「くっ、それに捕まったらまずいっ!」
ぎりぎりまで引き付け、錨が命中する直前に横っ飛びに避けたレゼルは地面を蹴って、剣を突き出すように構え突進する。無駄のない素早い動きだった。
だがストレガはそれをひらりと避け、すれ違い様に教鞭で彼の横っ腹を殴りつける。
「がはっ!?」
「動きが単調なのだー。それでは知性の低い魔獣は倒せても、授恵者相手では通用しないのだ」
距離を取ったレゼルは肩で息をしながらも長剣を構え直す。
そんなレゼルを見ながらストレガは次の手を考え始める。
(経験も実力も、私の方が上。さあ、次はどうかわす? 少年の力を見せて欲しいのだ)
教鞭に意識を集中させると、レゼルの眼前に光輝くエーテルが収束を始める。
「なっ!? あれの範囲から逃げるには時間が足らない! なら――」
輝くエーテルが限界まで収束し弾ける。氷の礫を伴う氷嵐が吹き荒れ、レゼルを飲み込んだ。
直後、ストレガは教鞭を振り、保険として重力大渦を設置しておく。レゼルからは設置の瞬間を視認できないだろう。
「ふむ、勝負あったのだ。まだまだなの……む?」
「でぇえりゃああああーーー!」
氷の嵐を突っ切る様に突進したレゼルがストレガの眼前に現れる。氷嵐のダメージでぼろぼろだが、動けなくなる程ではないらしい。
「これで、チェックメイ……な、これ、はぁ! ぐ、身体が……動かない!?」
レゼルは剣を突き出した格好でピタッと静止している。どれだけ力を入れようとも、体は動かない。
そんなレゼルを教鞭で殴り飛ばし、地面にストレガは転がした。容赦なくミシッと踏みつけ、教鞭の先をレゼルに向けた。
「勝負あったのだ。保険に足止めがあると思わなかったのだ? 正面からくるとは、まだまだ駆け引きがなってないのだー」
「うぐ、おっしゃる通りです……」
仰向けに倒れ、少ししょぼくれるレゼルの傍にしゃがむと、ストレガは彼の頭をゆっくり撫でた。
「だが……イチかバチかダメージ覚悟で突っ込む作戦はあの状況では悪くないのだ。次は先を読み、更に精進するといいのだ」
「……はい、次こそは一本取って見せますよ」
その意気なのだ、と笑ったストレガはにやっと笑う。
「では、罰ゲームなのだ。少し休んだら湖の傍まで行くのだー」
小休止した後、湖の傍まで行ったレゼルの胴体へ肉が付いた縄をストレガは巻き付けている。生肉は6つ程度、巻き付けられたようだ。
「あの、ストレガ様? これは一体……」
「行けばわかるのだ、さあ、湖に入るのだ。ある程度、向こうまで泳いで欲しいのだ」
詳細を伏せられ、頭にはてなを浮かべながらもレゼルは湖に入って、ストレガが言う様に向こう側へ向かって泳ぎ始めた。
しばらく泳いだ所で、何か様子がおかしい事に気がつく。黒い巨大な影が足元に揺らいで見えた気がしたのだ。
「今なのだー! 早く戻ってくるのだ!」
「え、戻るんですか?」
不思議そうにしながらもレゼルはストレガの方に向かって泳ぎ始める。すると、その瞬間背後で激しい水しぶきが上がった。見れば、巨大な魚型魔獣【ザメット】が大口を開けている。
「あ、え? で、でかいぃいッ!?」
「早くこっちへ泳いで逃げるのだー! 食われても知らないのだー!」
じろりと睨むザメットと目が合う。巨大なサメの頭が甲羅から突き出ているという奇妙な形状をした魔獣は大口を開け、彼を喰らおうと猛追する。
水ごと吸いこもうとザメットが追いかけながら水を吸い上げる。必死にレゼルは吸い込まれまいと泳いだ。あんなものに吸い込まれたら無事では済まないだろう。
「ぎゃあぁぁあああ!」
「もっと速く泳ぐのだー! 吸い込まれてしまうのだ!」
大きな石の上でストレガが手を振っている。何やら楽しそうに見ている辺り、これもまた特訓の一環なのだろう。
だがそんなことを気にしている余裕はレゼルにはない。腕は軋み、バタ足を続ける足は乳酸が溜まって次第に動かし辛くなっている。あまり長くは続けられないだろう。
それでも必死に彼は泳ぎ、何とか陸地に辿り着いた。転がり、はあはあと荒い呼吸を繰り返す。
ストレガは彼と交代するように水に入っていく。膝まで水に浸かった状態で教鞭をザメットに向けた。
「よくやったのだ。後は任せてゆっくり休むのだ。では、終わりなのだー!」
輝くエーテルを収束させると、ザメットを巻き込む氷嵐をストレガは放った。荒れ狂う氷の嵐がザメットをズタズタにしていく。
ぐらっと揺らいだザメットは倒れると、力なく水に浮かんだ。どうやら倒せたようである。
「ふむ、後は回収して調査と検証をするのだ。少年、手伝って欲しいのだ」
「はいっ、ストレガ様!」
ザメットの死体を回収し、二人が掛かりで何とかその巨体を陸に引き上げる。
引き上げてみるとザメットの身体は亀でありながら、下半身は魚。そう、甲羅に入った魚のように見える不思議な体系をしていた。
「これは興味深いのだ。頭部はサメでありながら、体は亀。その下半身の組成はサメと亀が混ざっているのだ。しかしサメの要素が強い部分が……」
ストレガはザメットの身体を庖丁で解体しながら各部位の形状や特徴をメモしているようだ。やはり研究者魂が燃えるのだろう。
「とんだ罰ゲームでしたね、まさか囮役とは……」
適当な岩に仰向けになり、レゼルは呼吸を整えている。
解体しながら顔を向けずにストレガは話す。ずしゃ、ぶしゃっと肉を切り裂く音が響く。
「ザメットは警戒心が強いのだ。肉の香りで誘わないと姿を現さない。罰ゲームには最適なのだ」
「もう、逃げ切れなかったらどうするつもりだったんですか?」
「え、逃げ切れる筈なのだ。少年なら余裕なのだー」
当たり前のことをなぜ聞く、といった顔で振り向いたストレガとレゼルの目が合う。信頼してくれている、というのと実力を疑っていないということを感じレゼルは嬉しくなって笑顔がこぼれた。
その後、ザメットの可食部位を切り分け、ストレガとレゼルは調理して食した。
ザメットの肉は淡白であり、その味は癖がなく食べやすいものだったという。
ストレガが言うには、唐揚げが一番美味しかったとのこと。
レゼルのオススメはソテーだったらしく、色んなソースを作ってはどれが合うのか試していたほどだった。
きっとストレガのメモには様々な料理に使用可能と書かれたに違いない。
時に遠征には危険がつきものだ。
だがそういった経験が明日を生きる糧になっていくのだろう。
得た経験は裏切らないのだから。