途歩む闘士の名

キャラクターノベル制作 崎田航輝納品 2020年12月17日 21時51分12秒

 自分はもう、歩き出していたのだろう。
 けれどこれは己が道を確かめて、真っ直ぐに見据え始めたその端緒。
 その時踏み出した一歩は、小さくとも大きかったのだから。

 薄い砂塵の向こうに砦の輪郭が見える。
 巨大な岩場を利用し、木材と石で作られた要塞。
 これから攻め入る敵地の大きさに、十歳のハヤト=ガラン=ヴォルファングは仄かな緊張を覚えていた。
「敵はこっちより多そうだな……」
 砂漠の奥地にあると言われた賊の一団の拠点。傭兵団として討伐に訪れたそこには予想以上の敵が蠢(うごめ)いているように思われた。
「――何、これからそんな戦いも増えてくる。いい鍛錬になるさ」
 と、声が聞こえて視線を向けると、父の顔があった。
 シルバーファング傭兵団を率いるその人は、銀狼のハーフビーストらしい精悍な貌に大らかな表情を見せている。
 突入の前だというのに微塵の動揺もなく。冷静さは平素のままだった。
「策略も立てがいがある」
「あら、私は真っ向から攻めてもいいと思うけど?」
 快活な声音に、ハヤトはまた瞳を動かす。そこに美しい二本角のゴブリナ――母の姿があった。
 母は鮮やかな赤い肌の顔に笑みを見せる。
「あのくらいなら何とかなるでしょう?」
「君ならそうかも知れない。だが、それでは俺達の立つ瀬がないな」
 男共の分も残して貰わねば、と。父が言うと、団員達からそうだそうだと和やかな声が上がった。
 そこにあるのは戦いを知る者同士の信頼の空気。
 父はハヤトの頭に優しく手を置いた。
「俺達が遅れを取ると思うか?」
「いや、そんな事は思ってないって」
 ハヤトは苦笑してしまう。
 父と母は戦場で常に最強だった。ハヤトの憧れであり、誇り。頼れる団員もいればこそ、敗北など想定はしていない。
「大丈夫ね?」
「勿論」
 母に応えると――彼女はもう前を見ていた。
「それじゃ、行きましょうか」

 砂埃の中に、無数の足音が重唱を奏でる。
 作戦は迅速だった。砦には脆い部位もある。そこを母が破壊し、入口と合わせて二方向から攻め入るのだ。
 ハヤトは入口側、父の後ろ。素早く見回し、既に武装した賊を捉えていた。
「ここだけで五人――」
「俺が道を開こう」
 大きな背中で、父が声を響かせる。
 瞬間、まるで豪風が吹いたように。床を蹴った父は最前の賊へ迫って拳で一撃。爆発的な打力でその体を吹っ飛ばしていた。
(強い……!)
 ハヤトは改めて感じる。
 無論、父はその上で油断なく敵の動きに目を光らせていた。
「この統率力、元軍人が交じっているな」
「その通りさ。死にな!」
 事実、奥から出てくる賊は言葉と曲刀を振るい、常人にはおよそ扱えぬ衝撃波を放ってくる。
 が、常人でないという言葉は父にこそ当てはまる。
 元より、代々帝国軍人であった家に生まれ将軍位まで上りつめた身。
 そこから傭兵団を立ち上げ、各地を渡り歩いた遍歴を持つ父が――賊に堕ちたいち軍人と比べられる訳もなく。回し蹴りで衝撃波を弾くと、裏拳。顎を砕いてその賊を床に沈めていた。
 同時に治癒の光を飛ばすと、対角側で母と共に戦っていた団員が癒やされていく。
「支援をありがとうね」
 母もまた軽く声を返しながら――猪突猛進。
 一閃、眼前の大男を大太刀で斬り捨てると踏み込んで後ろの賊へ。たん、と廻りながら旋風の如き斬撃を閃かせ、二人、三人と薙ぎ倒している。
 ――俺も。
 目にしたハヤトも追随する心で、こちらを囲おうとしてくる賊へ相対した。
 子供と言われようが、鍛えてきた自負もある。だから鉤爪を研ぎ澄まし――
「はぁっ!」
 低い態勢から掬い上げる斬撃で一人に傷を刻む。
 反撃が来れば、床を蹴って跳躍。後ろに宙返りしながら壁に足をつき、更に蹴り上がって賊の背後へ。
「……貰った!」
 上下反転の体勢のまま斬り上げ、背を裂いて一人を斃していた。
 素早く着地し、横の賊が振り下ろした刃を爪で受ける。甲高い金属音。腕が痺れる衝撃だが耐えられぬ程ではなかった。
 いける。戦える。
 思いは過信ではあるまい、だが。
「……っ」
 迫る後続の多さに、僅かな怯みが生まれたか。一瞬の隙に賊の追撃で鉤爪を弾かれ、壁へよろめいた。
 そこへ賊達が走り込む。
 ――追い詰められた。
 敵の連撃を受け続けながら。息が浅くなって、ハヤトは焦りに呑まれかけた。

「ハヤト」
 そこに、張り詰めた心を融かす声。
 見れば余裕の面持ちで戦いを続ける父が、そっと顔を向けていた。
「父さん――」
「なあ、お前の名がどうしてハヤトなのか知っているか」
「俺の名前……?」
 ああ、と父は頷く。
「お前の生まれはシャルガネだった。そこで武士達から話を聞いていたんだ。東方には『ハヤト族』と呼ばれる戦闘民族がいて――比類のない程、勇猛だったと」
「ハヤト族……」
「そうだ。そして俺は、生まれたばかりの赤子を見て確信した。この子は、勇敢な戦士になる顔をしていると」
 そこには父の愛情も想いも、全てが籠もっていた。
 そして、と横を見やると――母も頷いている。
 シルバード出身で偉大なるゴブリンの祖の一人『ガラン』。その血族によるファミリー『ヴァイオレットレオン』の直系として。
「私からも、偉大なる祖の血を受継ぐ者として――『ガラン』の名を付けたのよ」
「ああ、そうだ」
 だから、ハヤト=ガラン=ヴォルファング。
 お前は最強なんだ、と。父は言った。
「誰よりも勇敢で強くなれるんだ」
「……父さん。母さん」
「尤も、俺も母さんも最強の座を譲るつもりはないが」
 父の笑いに、ハヤトは馬鹿言え、と笑みを零していた。
 そうだったと、奮い立つ気分だった。
 忘れていた訳じゃない。
 派閥闘争に嫌気がさして退役した後、その人望に集まった仲間と共に傭兵団を作った父。
 シルバードへ訪れたそんな父と恋に落ち、自らも傭兵団の一員として腕を振るう母。
 共に歩んできたであろう二人は間違いなく最強で、憧れの存在で――それ故に余りに遠い場所にいる戦士だったけれど。
「俺は、超える」
 両親以上の闘士になる。その思いを胸に抱き続けていた事を。
 戦意が高揚し、思いが焔のように滾る。熱すぎて、じっとしていられない程に。
 ああ、父と母と超えようというのならば。
「こんな所で負けてられっかよ」
 尖った歯を覗かせて、瞳を爛々と輝かす。
「ガキだと、侮んなよ」
 刹那、ハヤトは疾風となる。
 面前の賊を爪で貫き、止まらず疾駆。宙を翔けるように段差を越えると一人、二人。縦に斬り裂き、横に斬り伏せて。少々の痛みも構わず駆け抜けた。
「それでこそ我が子だ」
「私に似たわね」
「俺にも、な」
 父と母が言って、残党を退治し始める。
 その声に、やり取りに、懐かしさを感じるから――ハヤトは理解してもいた。これは今の自分が見ている昔の夢だと。
 戦いが終わると、父と母が優しく労ってくれる。
 その感覚を惜しむ気持ちになりながら……ハヤトは視界が薄らいでゆくのを自覚した。

 目を覚ますと宿の天井が見えた。
「……ああ」
 十八歳に帰ったハヤトは、伸ばしていた手を握る。
 父と母に会う事は出来ない。帝国崩壊――その時二人は傭兵団と共に帝国領内にいた。今尚、行方も生死も判らぬままだ。
 ただ、ハヤトは皆が死んだとは思っていない。
 だから、今は言葉を交わす事は望めないけれど。
「俺はまだ真っ直ぐ進んでるぜ」
 だから再会する時を楽しみにしててくれ、と。一度だけ目を閉じて、そう呟いた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0