彼の地に沈む残滓を掬って
キャラクターノベル制作 白葉うづき納品 2020年12月30日 11時47分28秒
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冷たい風が吹き付ける。枯れた香りを伴ったそれは季節を告げる自然からの知らせで、道を歩く青年に冬が近づいてきたと教えてくれた。思わず小さく身震いする。
(そろそろ暖かな装いを用意しないといけないかな)
同盟国周辺は比較的穏やかな気候のため、急ぎで準備する必要はないが、季節が移ろうにつれここからさらに北の国や都市はより厳しい寒さが訪れる。依頼で赴くこともあるだろうし、時間が空いた時に買い出しへ行くのもいいかもしれない。先日の戦いで経験した夜の寒さも、ひどく肌に残っていた。
歩き慣れた道の先に見えてきたのは冒険者ギルド。扉を開き、ギルド職員に挨拶をして、幾人かの冒険者が眺める壁にヴィナスも立つ。
盗賊やクリーパーの退治、遺跡調査、荷物運搬、探し人やちょっとしたお使い程度の依頼。大陸中から集められた、両の手では数え切れないほどの依頼が壁を埋めており、解決される時を静かに待っていた。依頼の内容、依頼人、そして冒険者が最も気にするだろう報酬。ここまでの情報で依頼を受けるか否か決める冒険者は多いが、緑の瞳は別の欄を辿っていた。
ふと、隣で同じように依頼書を見ていた冒険者が声をかけてくる。フードを被り短剣を提げ、まだ少年といった柔らかな声で、何かお探しですかと。
「いや。いつもより依頼が多いなと見ていたんだ。先日まで多くの冒険者たちが出払っていたからかもしれないね」
頷いた少年は壁に視線を戻すと小さく声を上げ、一つの依頼書を手に取った。どうやら彼の出身地の依頼らしい。家族もまだいるから気になった、と照れくさそうな様子に、ヴィナスは柔らかな声を掛ける。
「気持ちはわからなくもないよ。故郷の依頼は気になるよね」
目を瞬かせた少年は嬉しそうに笑う。あなたも望みの依頼が見つかりますようにと小さな祈りを捧げてから、少年は依頼書を持って受付へと駆けていった。
●
再び冒険者街に出たヴィナスはまた別の建物へと向かう。『踊る子熊亭』という名の酒場は、昼よりだいぶ早い時間帯でも混雑していた。適当に空いていた席に座るとすぐに店員が駆けてきて、注文を伝えると元気に応えて戻っていく。
ヴィナスはテーブルの上で手を組み、そのまま双眸を閉じ息を吐いた。
「王国でまた吸血鬼が出たらしい。隠れ家に攻め込む依頼もあったとか」
「慰霊祭も終わっちゃったわね。今年もアキュアリスタの祭りに参加できて何だかほっとしたわ」
「ゴールディのボスとの会合はどうなったんだ? 誰か参加した奴はいないのかよ」
冒険者ギルド直営であり、冒険者御用達の酒場。漏れ聞こえてくる大半は彼らの会話であり、大陸中を駆ける彼らの会話は同時に世の情勢を掴む助けにもなる。聞いていると近頃ギルドで騒がれた依頼の話が多いようだ。未だ謎や問題の多い帝国関係の話題も尽きない。皆、自分勝手に語っては別の話題に移っていく。
近付く気配に瞳を開けると、注文した品が届けられる。名物のバゲットとピンチョス、それに温かな野菜スープとワイン。礼を告げ、それらを口にしながらヴィナスは再び思考の中へと舞い戻る。
ギルドへの依頼書、冒険者たちの噂話――その中では故郷の名前を見ることも聞くこともなかった。噂にもならないということはあの場所の安寧を示すものであり、それはヴィナスにとっても喜ばしい。
(気にし過ぎ……かもしれないな)
同盟国内に位置する故郷。平時から気に留めていた場所ではあるが、それに関わる依頼がないかとヴィナスを掻きたてたのは彼の戦いが深く関わっている。
ヴァイセントラフ砦で相対したのはやりきれない悲しみを背負う帝国民の慣れの葉てと吸血鬼。家族が、親友が、大切な人が吸血鬼たちに弄ばれ、生き残った人々の心が苛まれる様をヴィナスは見た。中でも自分の息子が殺され、良い様にされている将軍の悲しみはいかほどのものだろうか。
想像がつかない、けれど。
(もし俺の大切な者が巻き込まれてしまったら)
ヴィナスは瞳を閉じて息を吐く。到底平常心を保っていられそうにない。
●
帝国やヴァイセントラフ砦を襲った敵は強大な力を持っていた。きっととんでもなく理不尽で、紡がれていた小さな幸せを嵐のように一瞬で吹き飛ばしてしまう。それがいつ自分や身の周りに降りかかるかも、誰にも分からない。
もし故郷に何かあったら、自分はどうするのか。
その場所からの依頼、もしくはそれに類する噂。それだけでなく周辺地域にも気を配っておくことも重要だ。何気ない小さな依頼でも、後々大きな事件に関わってくるということも十分考えられる。ならばどんな依頼でも積極的に受けた方が良いのだろうが、その分気付かれてしまう危険性も増してしまう。
名前も家も捨ててきた地。帰りたいとも思わないし、自分の所在が彼らに漏れることも避けたい。いっそ自分が死んだとさえ思っていても構わないくらいだ。
ただその場所にはあの子もいる。
滅びていいと思っている訳でも、ない。
だからこそ故郷を何かしら大変な事態が襲った時、指をくわえて見過ごすような真似がヴィナスに出来るとは到底思えなかった。
――己が取る選択肢は、恐らく決まっているのだろう。
グラスにワインを注ぎ緩く回す。今、彼はどうしているだろうか。
素直で優しく、懐いてくれていた。
ヴィナスにとって唯一の味方であり、自分のことよりもこちらのことを思いやってくれた、7つ下の本当に優しい弟。
まだあそこを出て一年も経っていないが、自分が出奔した後で恐らく正式な跡取りになったのだろう。あの人たちは諸手を上げて喜んだに違いない。
(もしかしたら、俺が家を出ることも考えの内に入っていたのかもしれないな)
商売人は先を読むことも必要だ。ありえない話ではない。
晴れて後継者となった彼は忙しく商売の勉強もしているだろう。辛いことも多いだろう。ただあの子ならばきっと大丈夫だと、ヴィナスは確信に近い想いを抱いていた。
だから、彼に降りかかるような災禍は出来る限り除きたい。
(あの子が幸せならば、それ以上のことはない)
どうか記憶に残るあの優しい笑顔が曇ることがないように。
どうか、自分を救ってくれたあの優しさを失うことがないように。
(……これがブラコンというやつなのかもしれないな)
この想いや考えをヴィナスが誰かに悟らせることは恐らくないだろう。ただ万が一彼に知られたら、記憶に残るあの瞳は戸惑いと申し訳なさを見せるかもしれない。それでも構わないと思う自分に、ヴィナスは小さく口元を緩めた。
●
勘定を済ませ、ヴィナスは寒風が吹きつける外へ出る。
今日はこれからどうしようか。知り合いを誘って買い物に出かけるのも悪くない。
見上げた空は青く澄み切り、雲は一つもなく、太陽が光り輝いていた。
冷たい風が吹き付ける。枯れた香りを伴ったそれは季節を告げる自然からの知らせで、道を歩く青年に冬が近づいてきたと教えてくれた。思わず小さく身震いする。
(そろそろ暖かな装いを用意しないといけないかな)
同盟国周辺は比較的穏やかな気候のため、急ぎで準備する必要はないが、季節が移ろうにつれここからさらに北の国や都市はより厳しい寒さが訪れる。依頼で赴くこともあるだろうし、時間が空いた時に買い出しへ行くのもいいかもしれない。先日の戦いで経験した夜の寒さも、ひどく肌に残っていた。
歩き慣れた道の先に見えてきたのは冒険者ギルド。扉を開き、ギルド職員に挨拶をして、幾人かの冒険者が眺める壁にヴィナスも立つ。
盗賊やクリーパーの退治、遺跡調査、荷物運搬、探し人やちょっとしたお使い程度の依頼。大陸中から集められた、両の手では数え切れないほどの依頼が壁を埋めており、解決される時を静かに待っていた。依頼の内容、依頼人、そして冒険者が最も気にするだろう報酬。ここまでの情報で依頼を受けるか否か決める冒険者は多いが、緑の瞳は別の欄を辿っていた。
ふと、隣で同じように依頼書を見ていた冒険者が声をかけてくる。フードを被り短剣を提げ、まだ少年といった柔らかな声で、何かお探しですかと。
「いや。いつもより依頼が多いなと見ていたんだ。先日まで多くの冒険者たちが出払っていたからかもしれないね」
頷いた少年は壁に視線を戻すと小さく声を上げ、一つの依頼書を手に取った。どうやら彼の出身地の依頼らしい。家族もまだいるから気になった、と照れくさそうな様子に、ヴィナスは柔らかな声を掛ける。
「気持ちはわからなくもないよ。故郷の依頼は気になるよね」
目を瞬かせた少年は嬉しそうに笑う。あなたも望みの依頼が見つかりますようにと小さな祈りを捧げてから、少年は依頼書を持って受付へと駆けていった。
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再び冒険者街に出たヴィナスはまた別の建物へと向かう。『踊る子熊亭』という名の酒場は、昼よりだいぶ早い時間帯でも混雑していた。適当に空いていた席に座るとすぐに店員が駆けてきて、注文を伝えると元気に応えて戻っていく。
ヴィナスはテーブルの上で手を組み、そのまま双眸を閉じ息を吐いた。
「王国でまた吸血鬼が出たらしい。隠れ家に攻め込む依頼もあったとか」
「慰霊祭も終わっちゃったわね。今年もアキュアリスタの祭りに参加できて何だかほっとしたわ」
「ゴールディのボスとの会合はどうなったんだ? 誰か参加した奴はいないのかよ」
冒険者ギルド直営であり、冒険者御用達の酒場。漏れ聞こえてくる大半は彼らの会話であり、大陸中を駆ける彼らの会話は同時に世の情勢を掴む助けにもなる。聞いていると近頃ギルドで騒がれた依頼の話が多いようだ。未だ謎や問題の多い帝国関係の話題も尽きない。皆、自分勝手に語っては別の話題に移っていく。
近付く気配に瞳を開けると、注文した品が届けられる。名物のバゲットとピンチョス、それに温かな野菜スープとワイン。礼を告げ、それらを口にしながらヴィナスは再び思考の中へと舞い戻る。
ギルドへの依頼書、冒険者たちの噂話――その中では故郷の名前を見ることも聞くこともなかった。噂にもならないということはあの場所の安寧を示すものであり、それはヴィナスにとっても喜ばしい。
(気にし過ぎ……かもしれないな)
同盟国内に位置する故郷。平時から気に留めていた場所ではあるが、それに関わる依頼がないかとヴィナスを掻きたてたのは彼の戦いが深く関わっている。
ヴァイセントラフ砦で相対したのはやりきれない悲しみを背負う帝国民の慣れの葉てと吸血鬼。家族が、親友が、大切な人が吸血鬼たちに弄ばれ、生き残った人々の心が苛まれる様をヴィナスは見た。中でも自分の息子が殺され、良い様にされている将軍の悲しみはいかほどのものだろうか。
想像がつかない、けれど。
(もし俺の大切な者が巻き込まれてしまったら)
ヴィナスは瞳を閉じて息を吐く。到底平常心を保っていられそうにない。
●
帝国やヴァイセントラフ砦を襲った敵は強大な力を持っていた。きっととんでもなく理不尽で、紡がれていた小さな幸せを嵐のように一瞬で吹き飛ばしてしまう。それがいつ自分や身の周りに降りかかるかも、誰にも分からない。
もし故郷に何かあったら、自分はどうするのか。
その場所からの依頼、もしくはそれに類する噂。それだけでなく周辺地域にも気を配っておくことも重要だ。何気ない小さな依頼でも、後々大きな事件に関わってくるということも十分考えられる。ならばどんな依頼でも積極的に受けた方が良いのだろうが、その分気付かれてしまう危険性も増してしまう。
名前も家も捨ててきた地。帰りたいとも思わないし、自分の所在が彼らに漏れることも避けたい。いっそ自分が死んだとさえ思っていても構わないくらいだ。
ただその場所にはあの子もいる。
滅びていいと思っている訳でも、ない。
だからこそ故郷を何かしら大変な事態が襲った時、指をくわえて見過ごすような真似がヴィナスに出来るとは到底思えなかった。
――己が取る選択肢は、恐らく決まっているのだろう。
グラスにワインを注ぎ緩く回す。今、彼はどうしているだろうか。
素直で優しく、懐いてくれていた。
ヴィナスにとって唯一の味方であり、自分のことよりもこちらのことを思いやってくれた、7つ下の本当に優しい弟。
まだあそこを出て一年も経っていないが、自分が出奔した後で恐らく正式な跡取りになったのだろう。あの人たちは諸手を上げて喜んだに違いない。
(もしかしたら、俺が家を出ることも考えの内に入っていたのかもしれないな)
商売人は先を読むことも必要だ。ありえない話ではない。
晴れて後継者となった彼は忙しく商売の勉強もしているだろう。辛いことも多いだろう。ただあの子ならばきっと大丈夫だと、ヴィナスは確信に近い想いを抱いていた。
だから、彼に降りかかるような災禍は出来る限り除きたい。
(あの子が幸せならば、それ以上のことはない)
どうか記憶に残るあの優しい笑顔が曇ることがないように。
どうか、自分を救ってくれたあの優しさを失うことがないように。
(……これがブラコンというやつなのかもしれないな)
この想いや考えをヴィナスが誰かに悟らせることは恐らくないだろう。ただ万が一彼に知られたら、記憶に残るあの瞳は戸惑いと申し訳なさを見せるかもしれない。それでも構わないと思う自分に、ヴィナスは小さく口元を緩めた。
●
勘定を済ませ、ヴィナスは寒風が吹きつける外へ出る。
今日はこれからどうしようか。知り合いを誘って買い物に出かけるのも悪くない。
見上げた空は青く澄み切り、雲は一つもなく、太陽が光り輝いていた。