『めぐりめぐってこの場所と』
ライリー・ベル更新 2026年03月15日 23時58分02秒
エピローグ後の私たちです。冒険者さんたちが、私たちを幸せにしてくれました。 心から感謝しております。
●
春が来た。のだと思う。
辺境都市群冒険者ギルド職員、兼ドゥジン信徒のライリー・ベルは自室のベッドに腰を下ろすと、空気の暖かさに気が付いた。
両手で持つ便せんに視線を落とす。薄桜色のそれに刻まれた想いの列は、ライリーの父と母によるものだ。
『色々大変だったけどこっちはなんとかやっていけてるわ。あの貴族様と奥様、この街を守るために戦ってくれたのよ。復興にも力を入れてるわ』
『これもお前が連れてきてくれた冒険者さんたちの影響だろうな。これまでの身勝手が嘘みたいだ。お二人の姿勢がちょっとだけ、あの勇敢な人たちに重なって見えたよ』
(そっか、二人は立派な夫婦になったんだなぁ……)
どこか物語の中の出来事のように感じながら、ライリーは瞳を細めた。辺境都市群に来た頃には貴族との離別を引きずっていたけれど、今ではすっかり他人だ。「よかった」という感想しかない。
『良い手本がいると、人って影響をうけるものね』
母が綴った温かな言葉に、ライリーはうんうんと頷いた。
(あたしだって最初は情緒不安定極まりなかったけど、冒険者さんたちと一緒に居るうちに大分マシになっていったし!)
サイドテールが不意に頬を擽って、少し邪魔だなと感じる。
仕事に生きると決めてこの髪型にしたのだけれど、今にして思えば子供っぽい決意であった。結局、自分一人じゃ内面は変わらなかったのだから。
顔中に血が集まってくる。思い返すと恥ずかしいのだ。ここに来たばかりの頃はドゥジン信仰と仕事に明け暮れ、三徹などという狂気の沙汰を繰り返していたのだから。
(ま、まぁ? 今は節度を持ってドゥジン信仰してるし? 仕事だって良い感じに……良い感じ……だよね?)
採点の難しい問題にぶち当たる。冒険者たちとのやりとりは楽しいし、仕事だって充実している。とはいえそれらはライリーの主観だ。
便せんを胸に抱き、倒れる。薄いマットレスは殆ど抵抗せずにライリーを受け入れた。
自然、目に入る天井に答えは無く。
(誰から見て何点でも、あたしは……)
心の中に決意がある。
依頼で知り合った冒険者さんたちから貰った沢山の思い出が、今のライリーの決意を形作っていた。
(あたしは……ここで生きていくから。ここで出会った沢山の人たちと)
飾りを引き抜くと長い髪が自由に散らばる。明日からは髪型を変えよう。そう思った。
●
次の日、午前中の仕事に区切りを付けたライリーは、食堂で注文の品の完成を待っていた。
ぼんやりと思い出すのは今日尋ねてきた夫婦と、二人の愛の結晶のこと。
(ツェレン先輩とアーキルさんのお子さん、可愛かったなぁ……)
ライリーの先輩職員で現在は育児休暇中のツェレン。その夫で冒険者のアーキル。そして二人の間に生まれた赤ちゃん。
三人で顔を見せに来たときは、ギルド内にふんわりとしたお祝いムードが漂っていた。ギルドで働いていた頃に比べて少し細くなったツェレンの腕。その抱擁を受ける赤子の、なんと幸福そうなことか。
二人の子供はまだ幼く、喃語を喋ることすらやっとだ。けれどライリーが仕事と信仰に勤しむ間に、両親の愛を受け取ってすくすくと成長するのだろう。
「今日会えなかった冒険者さんたちにも、よろしく伝えておいてほしい。今の私が幸せなのは、貴方たちがいたからだって」
「ワタシからも感謝を。アナタがたがいなければ今頃ワタシたちは全く違う人生を歩んでいたかもしれないですから」
お世話になった人々への言伝を残して、幸せ一家は帰っていった。
(お二人のお子さん、私の指、ぎゅって握ってくれたなぁ……)
指を見る。ペンだこで不格好な指を、あんなに小さな手が握ったのだ。――ドゥジンシを生み出すために使われているこの指を。
(そう思うとすっごい気まずい……)
ライリーは自分が生み出した薄い冊子たちとその中身を思い出す。純粋な存在に触れると、改めて自分の欲の大きさを突きつけられる。
(ドゥジン信仰についてこんな風に思うなんて、潮時なのかな……?)
「……何をしているんですか、貴女は」
もう聞き慣れてしまった男の声が耳朶を打つ。ティボーだ。ドゥジン信徒誘拐事件から始まった人間関係ではあったが、今では普通に話せる職員の一人になっている。
ライリーは徐に顔を上げた。解いたままの髪が揺れる。――髪を縛っていた飾りには紐が通され、ライリーの胸元で揺れていた。
ティボーはほんの一瞬だけぼうっとしたが、すぐに我に返って目を逸らす。その理由は複数あるが、ティボーとしてはライリーの外見が好みであること以外は認めたくなかった。
「ご、ご飯を待ってます……」
ライリーはといえば、ティボーの密かな葛藤など知るよしもない。自分の葛藤だけで手一杯なのだ。声に情けなさが滲んで、失笑してしまいそうになる。
「ご飯待ちの人がそんな顔します?」
というティボーの頬には黒い汚れが付いていた。見ればわかる、インクだ。ドゥジン活動の必需品と言っても良い。
「あの、もしかして気付いてますか? 今回の本当の依頼主があの……誘拐事件の主犯だったって」
ティボーは如何にも言いづらそうに声を潜めて、申し訳なさげな表情だ。ライリーもドゥジン関連の依頼だろうと推察していたが、そんなピンポイントな。
どう回答して良いか迷っているうちにライリーの昼食が出来上がったらしい。食堂からライリーを呼ぶ声が上がる。有難いことだ。
●
ティボーが今回の依頼について話している間に、ライリーの昼食は終わった。ふわっと湯気を立てていたご飯はすっかりライリーの胃の中だ。
「あの二人が、一緒にドゥジン活動ですか……」
ライリー誘拐の主犯は父親と袂を分かつことにしたらしい。そして今は主犯と第一目撃者が手を取り合って信仰活動中。
ライリーの観測していない世界も常に回っていると、つくづく実感させられる。
空腹が収まったからか、ライリーの気持ちは少し上向いたようだ。ティボーの話が普通に興味深く思えた。
「ええ。曖昧な指示しかない高額の依頼なんてろくなもんじゃないだろうと思ったら、案の定ですよ」
ちらりと、ティボーの視線がライリーを伺う。
「依頼を受けた冒険者のみなさんもなんとなく予想は付いていたみたいで、すぐに順応していました」
ライリー個人としてはこれまでの色々もあり、誘拐の実行犯であるティボーを恨む気持ちは殆ど無くなっている。ゆえにぎこちない態度をとられる方がよほど居心地が悪い。
「あっ、えっと! みなさんが無事に帰ってきたなら良かったです! 勿論ティボーさんもですよ!」
じとりと、ティボーの大きな瞳が細まる。
「貴女って……。命さえ取られなければ大丈夫な人なんですか?」
呆れの混じった声に、妙に安心する。急に視線を逸らさないでいてくれるともっと楽になるのだが。
「そんなんじゃないですけど。冒険者さんたちに助けてもらってあの件は終わりましたからっ!」
そうだ。いつも助けてもらった。亜人・魔獣ハーレムが沸いたときも、ドゥジンシが間に合いそうになかったときも、ツェレンとアーキルが危うく破局しかけたときも、誕生日も。
冒険者たちはいつだって、ライリーたちを助けてくれた。
(潮時なんかじゃないよね!)
ライリーが執筆したドゥジンシにも、冒険者たちとの思い出が詰まりに詰まっている。
(思い出は、簡単に否定していいものじゃないから……!)
ぐっと右手を握る。頭の天辺からつま先まで、全身が燃えたぎるように熱い気がする。
春のせいじゃない。冒険者たちとの日々を思うだけで、心の奥底から活力が沸いてくるのだ。
●
午後はより忙しくなる。ライリーは受付と依頼板の間を忙しなく移動し、合間に依頼の説明を拵える。
「いらっしゃいませ冒険者さん!」
休む間もないが、笑顔は絶えない。今日も冒険者がこの場所を訪れてくれるからだ。
春が来た。のだと思う。
辺境都市群冒険者ギルド職員、兼ドゥジン信徒のライリー・ベルは自室のベッドに腰を下ろすと、空気の暖かさに気が付いた。
両手で持つ便せんに視線を落とす。薄桜色のそれに刻まれた想いの列は、ライリーの父と母によるものだ。
『色々大変だったけどこっちはなんとかやっていけてるわ。あの貴族様と奥様、この街を守るために戦ってくれたのよ。復興にも力を入れてるわ』
『これもお前が連れてきてくれた冒険者さんたちの影響だろうな。これまでの身勝手が嘘みたいだ。お二人の姿勢がちょっとだけ、あの勇敢な人たちに重なって見えたよ』
(そっか、二人は立派な夫婦になったんだなぁ……)
どこか物語の中の出来事のように感じながら、ライリーは瞳を細めた。辺境都市群に来た頃には貴族との離別を引きずっていたけれど、今ではすっかり他人だ。「よかった」という感想しかない。
『良い手本がいると、人って影響をうけるものね』
母が綴った温かな言葉に、ライリーはうんうんと頷いた。
(あたしだって最初は情緒不安定極まりなかったけど、冒険者さんたちと一緒に居るうちに大分マシになっていったし!)
サイドテールが不意に頬を擽って、少し邪魔だなと感じる。
仕事に生きると決めてこの髪型にしたのだけれど、今にして思えば子供っぽい決意であった。結局、自分一人じゃ内面は変わらなかったのだから。
顔中に血が集まってくる。思い返すと恥ずかしいのだ。ここに来たばかりの頃はドゥジン信仰と仕事に明け暮れ、三徹などという狂気の沙汰を繰り返していたのだから。
(ま、まぁ? 今は節度を持ってドゥジン信仰してるし? 仕事だって良い感じに……良い感じ……だよね?)
採点の難しい問題にぶち当たる。冒険者たちとのやりとりは楽しいし、仕事だって充実している。とはいえそれらはライリーの主観だ。
便せんを胸に抱き、倒れる。薄いマットレスは殆ど抵抗せずにライリーを受け入れた。
自然、目に入る天井に答えは無く。
(誰から見て何点でも、あたしは……)
心の中に決意がある。
依頼で知り合った冒険者さんたちから貰った沢山の思い出が、今のライリーの決意を形作っていた。
(あたしは……ここで生きていくから。ここで出会った沢山の人たちと)
飾りを引き抜くと長い髪が自由に散らばる。明日からは髪型を変えよう。そう思った。
●
次の日、午前中の仕事に区切りを付けたライリーは、食堂で注文の品の完成を待っていた。
ぼんやりと思い出すのは今日尋ねてきた夫婦と、二人の愛の結晶のこと。
(ツェレン先輩とアーキルさんのお子さん、可愛かったなぁ……)
ライリーの先輩職員で現在は育児休暇中のツェレン。その夫で冒険者のアーキル。そして二人の間に生まれた赤ちゃん。
三人で顔を見せに来たときは、ギルド内にふんわりとしたお祝いムードが漂っていた。ギルドで働いていた頃に比べて少し細くなったツェレンの腕。その抱擁を受ける赤子の、なんと幸福そうなことか。
二人の子供はまだ幼く、喃語を喋ることすらやっとだ。けれどライリーが仕事と信仰に勤しむ間に、両親の愛を受け取ってすくすくと成長するのだろう。
「今日会えなかった冒険者さんたちにも、よろしく伝えておいてほしい。今の私が幸せなのは、貴方たちがいたからだって」
「ワタシからも感謝を。アナタがたがいなければ今頃ワタシたちは全く違う人生を歩んでいたかもしれないですから」
お世話になった人々への言伝を残して、幸せ一家は帰っていった。
(お二人のお子さん、私の指、ぎゅって握ってくれたなぁ……)
指を見る。ペンだこで不格好な指を、あんなに小さな手が握ったのだ。――ドゥジンシを生み出すために使われているこの指を。
(そう思うとすっごい気まずい……)
ライリーは自分が生み出した薄い冊子たちとその中身を思い出す。純粋な存在に触れると、改めて自分の欲の大きさを突きつけられる。
(ドゥジン信仰についてこんな風に思うなんて、潮時なのかな……?)
「……何をしているんですか、貴女は」
もう聞き慣れてしまった男の声が耳朶を打つ。ティボーだ。ドゥジン信徒誘拐事件から始まった人間関係ではあったが、今では普通に話せる職員の一人になっている。
ライリーは徐に顔を上げた。解いたままの髪が揺れる。――髪を縛っていた飾りには紐が通され、ライリーの胸元で揺れていた。
ティボーはほんの一瞬だけぼうっとしたが、すぐに我に返って目を逸らす。その理由は複数あるが、ティボーとしてはライリーの外見が好みであること以外は認めたくなかった。
「ご、ご飯を待ってます……」
ライリーはといえば、ティボーの密かな葛藤など知るよしもない。自分の葛藤だけで手一杯なのだ。声に情けなさが滲んで、失笑してしまいそうになる。
「ご飯待ちの人がそんな顔します?」
というティボーの頬には黒い汚れが付いていた。見ればわかる、インクだ。ドゥジン活動の必需品と言っても良い。
「あの、もしかして気付いてますか? 今回の本当の依頼主があの……誘拐事件の主犯だったって」
ティボーは如何にも言いづらそうに声を潜めて、申し訳なさげな表情だ。ライリーもドゥジン関連の依頼だろうと推察していたが、そんなピンポイントな。
どう回答して良いか迷っているうちにライリーの昼食が出来上がったらしい。食堂からライリーを呼ぶ声が上がる。有難いことだ。
●
ティボーが今回の依頼について話している間に、ライリーの昼食は終わった。ふわっと湯気を立てていたご飯はすっかりライリーの胃の中だ。
「あの二人が、一緒にドゥジン活動ですか……」
ライリー誘拐の主犯は父親と袂を分かつことにしたらしい。そして今は主犯と第一目撃者が手を取り合って信仰活動中。
ライリーの観測していない世界も常に回っていると、つくづく実感させられる。
空腹が収まったからか、ライリーの気持ちは少し上向いたようだ。ティボーの話が普通に興味深く思えた。
「ええ。曖昧な指示しかない高額の依頼なんてろくなもんじゃないだろうと思ったら、案の定ですよ」
ちらりと、ティボーの視線がライリーを伺う。
「依頼を受けた冒険者のみなさんもなんとなく予想は付いていたみたいで、すぐに順応していました」
ライリー個人としてはこれまでの色々もあり、誘拐の実行犯であるティボーを恨む気持ちは殆ど無くなっている。ゆえにぎこちない態度をとられる方がよほど居心地が悪い。
「あっ、えっと! みなさんが無事に帰ってきたなら良かったです! 勿論ティボーさんもですよ!」
じとりと、ティボーの大きな瞳が細まる。
「貴女って……。命さえ取られなければ大丈夫な人なんですか?」
呆れの混じった声に、妙に安心する。急に視線を逸らさないでいてくれるともっと楽になるのだが。
「そんなんじゃないですけど。冒険者さんたちに助けてもらってあの件は終わりましたからっ!」
そうだ。いつも助けてもらった。亜人・魔獣ハーレムが沸いたときも、ドゥジンシが間に合いそうになかったときも、ツェレンとアーキルが危うく破局しかけたときも、誕生日も。
冒険者たちはいつだって、ライリーたちを助けてくれた。
(潮時なんかじゃないよね!)
ライリーが執筆したドゥジンシにも、冒険者たちとの思い出が詰まりに詰まっている。
(思い出は、簡単に否定していいものじゃないから……!)
ぐっと右手を握る。頭の天辺からつま先まで、全身が燃えたぎるように熱い気がする。
春のせいじゃない。冒険者たちとの日々を思うだけで、心の奥底から活力が沸いてくるのだ。
●
午後はより忙しくなる。ライリーは受付と依頼板の間を忙しなく移動し、合間に依頼の説明を拵える。
「いらっしゃいませ冒険者さん!」
休む間もないが、笑顔は絶えない。今日も冒険者がこの場所を訪れてくれるからだ。