傷んだ手帳 ピックアップ


キュリアスが常に携帯している一冊の手帳。
表紙には流れるような美しい書体で『ロスガリア大陸大紀行』と銘が打ってある。
師匠の餞別であり非常に質の良い一品だが、旅の過酷な環境に晒され続けて随分褪せているようだ。

幾つかの手記や、様々な事象についてのメモと考察、詩曲の構想などが精細かつ乱雑に綴られている。
2020年10月22日 23時10分49秒 |2

2021年02月05日 22時21分29秒
●雪山の夜明け:1
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 死に目に遭った。
 今回ばかりは――本当に愚かな、若気の至りと言う他ない過ちで――この僕も深く反省している。
 分かっちゃあいたが、山なんざ真冬に登って良いものじゃない。

 だがそれでも、どうしてもこの目で見てみたい光景があった。
 大平原北西の山沿い、麓の村で一泊した後、早朝から呆れ顔の門番をよそに登山道と相対する。
 十分な準備と覚悟を整え(少なくとも当時の僕としてはそのつもりで)、重苦しい空気の立ち込める白銀の世界へと足を踏み入れた。

 一寸先も見えない吹雪! 何の目印もない落とし穴! 滑る足場! 容赦なく叩きつける風! 油断すれば一瞬で見失う現在地! 冷え切った不味い飯! 徐々に奪われる体温…………!!

 挙げ始めればキリがない、大自然の罠の数々。この自慢の冬毛がなければ、本当に危なかっただろう……。
 数多の脅威を紙一重で潜り抜け、あわや遭難と言った所で、ついに目的地の隠れ里へと辿り着く。
 前準備として夏にも訪れた地だったのだが、その時は本気で幻だったかとさえ疑っていた。人家の灯りが見えた時は、安堵のあまり意識が飛びかけた。

 外界と完全に断絶されたあの地で、逞しく冬を越す彼らには尊敬の念を抱かざるを得ない。(おかげで一命を取り留めた)

2021年02月05日 23時29分28秒
●雪山の夜明け:2

 隠れ里は山肌の一部が抉れたような地形にできていて、風も雪も周りと比べれば天国のように凪いで穏やかだ。
 夜半に死に体で現れた僕を、住民達は仰天しながらも手厚く迎えてくれた。火と夕餉の施しを受け、数日ぶりの温かい飯にかぶりつく。
 真っ赤なシチューの熱が体中に染み渡り、僕の体を溶かしていく……!!
 貴重な越冬用の備蓄を頂いてしまった事を申し訳なく思いつつも、しばし生の喜びに浸った。
 この時期に山に挑んだことに関しては、その後にこってりと絞られたが。

 もこもこの毛布に包まると、強烈な眠気が襲いかかってくる。
 このまま丸一日でも眠ってしまえそうな勢いだったし、僕もそうしたい限りではあったが……何とか根性を振り絞り、夜が明ける前に意識を取り戻した。
 刺すような寒さの外へゾンビのように這いずり出て、赤らんだ東の空、連なった峰の隙間をじっと眺める――幸いにも空は晴れ渡っていて――やがて、お目当てのものが現れた。

 差し込んだ一筋の光が、白銀の世界をきらきらと輝かせ始める。
アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0