アルフレッドのメモ


雑な記述のメモ
2020年10月08日 14時22分45秒 |3

2020年10月08日 14時23分03秒
呪術に関する考察
呪いの源流はエーテルとは無関係のところに存在している
「呪」は頭の大きい人が言葉を囁く図から来ており、それは祝いと同じで「神への捧げもの」であるという意味では根源的に同一のものである
今この世界に溢れる呪術の基本は「エーテルによる魔法」と同一視されるが、呪術はもっと奥深く魔法よりさらに「根源的」であると言える。その理由は「呪い」とはごく一般的な行為にもあり、話す、歩く、寝る、食べる、といった行為の一つ一つに呪いが当てはまることもある。もちろんエーテルにも同一のことが言えるかもしれないが、呪術は魔法より更に古いものであるという認知を先に述べておこう。
言葉は即ち呪いの根幹、「言霊」であると言える。「死ね」「生きて」「好き」「嫌い」これによる感情の一喜一憂はまさしく言霊の所作であろう。強い言葉は相手に強い影響を与え、忌み嫌われる言葉を述べれば相手には嫌な感情を抱かせる。
概ね呪術の源流はこんなところで、我々の世界で発展した魔法的呪術は「エーテルを活用している」という一点においては特別だがそれは「エーテルを活用せずとも使える」のが特徴だ。約束や誓いもまた古典的呪術の一つであるが、エーテルを活用しより強固に定義づけしている場合もある。
結論として私は呪術と魔法を個別のものとし、呪術は魔法より古典的なものであると定義づける。エーテルを研究する者としてこれは非常に重要な視点であろう

2020年10月09日 02時25分47秒
・創世記源流派(そうせいきげんりゅうは)
思想的な面での派閥
数ある文献や一般に主流とされている定説の多くは創世記の影響を受けて独自の解釈を生み出しつつ一般に広まった。これをデファクトスタンダードあるいは帰納的アプローチによって生み出された「一般的解釈」として一旦置き、「創世記の文献」を重要視しながらも解釈より「各定説がどのような影響を受けたのか」や「創世記の定義の仕方」についてを考察し「創世記が与えている影響」を研究する集団または自称。単に「創世記文献の独自の解釈」を生み出すときも創世記源流派と定義する。
主な活動は、様々な「一般的解釈による文献」と「創世記の文献」の違い考察しそれぞれの文献を体系化させている。
現状私は一部について創世記源流派である。

2020年10月24日 12時35分10秒
・エーテル操作に関する雑記
いくつかの文献を見ると「エーテル操作は授恵者以外にも可能」であることが判明した
特に一般的に「エーテル操作は一般人でも可能」という点はよく認知されている
授恵者が特権的なものであるのは周知だが、創世記の記述と照らし合わせると
「そもそも生命はエーテル操作が可能だった」かあるいは「エーテル変質の折にエーテル操作もまた変質した」可能性が高い
つまり「樹木・動物の類でもエーテル操作は可能」であるということは否定できない
特に自然とエーテルの関係性を見ると、「エーテル変質の折、植物が最初に適応し始めた」とあるようにエーテルに適応すること自体は可能であり「自然の偏在化には植物のエーテル操作が関与している可能性」が存在している
あるいは生態系そのものがエーテル操作を可能としている、と言えるかもしれない
アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0